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迷宮狂騒  作者: 榊原
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001

第一話です、最初から嫌な描写がありますのでご注意ください。

ゆっくりと数日に一話ペースで投稿できるように頑張りたいと思っています。

 目の前には嘲笑いながら腰を振る男の姿、悲痛な声を上げながら「子供だけはっ!」と涙を流す母さんの姿。

 耳障りな水音が響き、母さんの苦しみに喘ぐ声が上がる度に嬉しそうな笑い声が腰を振る男とその周りにいる仲間の男達から上がり続ける。

 部屋は荒れ果て、無事な場所などほとんどない、壊れたテーブルの上で母さんが泣いている。

 父さんは既に俺の傍らで倒れ、息絶えた。

 俺に残っているのは目の前の母さんだけなのだ。


「がぁざんを゛、ばなぜっ゛」


 俺が声を上げると、俺の背中を踏みつけ、押さえつけている男の仲間が一度足を上げ、もう一度強く踏みつけて来る。

 その衝撃で家のどこかが壊れるように音を立て、外からは炎の燃える火花が散る音、燃え上がる何かの異臭が漂っている。


「がぎゃっ!」

「ケルンっ! や、やめて、わ、私ならなんでも、何でもするから子供はもう何もしないでっ!」


 それを見て母さんが頭を振りながら涙を流し、必死に懇願する様に腰を振る男に縋りつく。

 そこに衣服など既に残っていない、あちこちに痣を、剣で薄く切りつけられた傷をつけている。


「あ゛? うるせぇよ! 手前ぇは俺達が楽しめる声だけ上げてりゃ良いんだよ!」


 ガンとそんな母さんの頬を思いっきり殴りつけ、口が裂けたのか唇の端から血が垂れる。

 それでも母さんは「お願いします、お願いします」と俺の事だけを助けようと縋りつく。

 そんな母さんに男は鬱陶しそうに腕を上げ、嫌な笑みを浮かべてそっと頬に手を添える。


「そうだな、お前が俺の言う通り俺を、俺たち全員お前が自分からすすんで楽しませて満足させてくれたら考えてやるよ」


 そしてそんな事を言い出した。


「ぐぇっ!?」


 戸惑い、どうしたらよいのかという様子で困惑する母さんの姿を見た男は、俺の身体を踏みつけている仲間に視線を投げると二度、三度と強くストッピングを繰り返す。


「いやぁぁぁ! やめて、止めてください!」


 俺の視線はぼやけている、涙と、倍近く腫れあがった顔のせいだ。


「ならさっさとするんだな、早くしねぇとあっちのガキが何時まで持つか解ったもんじゃねぇぜ?」


 ヒヒヒと嫌な笑みを浮かべた男は一度母さんを離すとそう言って見下ろしている。


「わ、解りました――――」


 そして母さんは膝をつき頭を下げ男に――――





 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 





「っ!」


 バッと布団を乱暴に跳ね飛ばし俺は目を覚まし身を起こす。


「はぁはぁはぁはぁっ! チッ! 嫌な夢を見た」


 息を整え思わず舌打ちが漏れて出る。

 脇のテーブルの上にある水差しからコップに注ぐのも面倒だと、そのまま口に水を流し込んでいく。


「解ってる、解ってるよ母さん、忘れてないから」


 脳裏によみがえる母親の最後の姿、瞳がある筈のそこには何もなく赤黒い空洞が広がり、全身は赤と白で染まっていた。

 腕など全て折れ曲がり、脚すら真面に残ってはいなかった。

 全身のあちこちに剣が突き刺さり、見たくもない贓物がそこから零れ落ちていた。

 覚えてる、全部覚えてる。

 瞳の無いその瞳で俺を見つめ、生きてと言い続けて事絶えた母さんの最後を覚えてる。


「生きるさ、母さんの最後の言葉だ、絶対に、絶対に生きてやるさ」


 再度水差しから今度はコップに水を注ぎ喉を潤していく。

 コトンとコップを置き、気づけば全身にかいていた汗が乾いていた。

 バサッと布団をめくり起き上がる。

 木の板の窓枠を外せばそこからは眩いばかりの朝日が部屋の中に満ちて行く。

 外は良い天気で、緩やかな風が窓から入り俺の身体を撫でて行った。

 窓の外に見えるのは乱雑な作りの街並み、見慣れたとはまだ言い難いそこに視線を這わせる。

 視線の先はやがて一ヶ所にとまる、街の中でも一際大きな建物で立派な姿のそこで。


「強くなる、強くなって誰にも負けない位強くなって、自分で何があっても生きて行けるようになってやる」


 その建物を見て知らずとそんな言葉が漏れて出た。

 軽く頭を振り視線を部屋の中へと戻し、昨日のうちに組んでおいた桶の水で身体を拭っていく。

 顔を洗い、衣服に身を包めば準備は終わりだ。

 そっと腰元の袋に手を這わせる、それなりの重さが手に伝わり、同時にジャラジャラと金属が擦れる音が響く。

 少し袋の口を開き中身がしっかりある事を確認し、それを衣服の裏側にしまい込んだ俺はその小さな部屋、宿屋の一室を後にした。

 外に出ればそこは小汚い廊下、そこどこの床は抜けている。

 ぎしぎしと今にも抜けそうなまだ無事な廊下を歩きながら入り口に向かっていく。


「…………」


 そして入り口のカウンターには一人の老人がいる。

 俺をジロリと睨み、何か催促する様に見続ける。

 俺がカタンと部屋の鍵をカウンターの上にのせれば、さっと鍵を受け取り興味を無くしたように視線を外す。

 そのまま俺も挨拶をする事なくそこを出て行く、扉を開けて外に出れば頭上から刺さる陽の光りで一瞬視界が白く染まった。

 眩しいと、少し目を細め、目をほぐす。

 今日からだ、今日から始まるのだ、気合を入れて行こう。

 パンパンと頬を軽くたたき、俺は歩き始める。

 昨日街に着いてから必要そうな場所の確認だけは済ませておいた、まずは武器と防具だ。

 街の中を歩き、周囲に人がまばらながらに増えていく。

 まだ朝も早い時間帯、この街の人間は予想以上に朝が早いらしい。

 そんな事を考えながら歩く事三十分ばかり、目星をつけていた武具屋に辿り着きその中へと入っていく。


「いらっしゃい」


 不愛想そうな女の声が響く。

 カウンターの奥に座るのはまだ少女、と言ってもぎりぎり成人はしていそうな見た目だ。

 焼けた肌、赤い髪を後ろで一本に纏め流している。

 チラリと俺を見て、すぐに肘をつきながら面倒そうに視線を外す。

 俺はそれに構わず中を物色していく、俺が使えそうな武器と防具を探す為に。

 だが今まで真面な武器も防具も持ったこと等一度もない、今までは与えられたのは木の棒や石ころ程度、それでやってきたのだ。

 木の棒に一番近いのは短めの剣か?

 棍棒は木の棒と比べると太すぎて違和感がある、槍は長くてあまり振り回したり出来そうにない。

 弓なんて振れたこともないのだ、使えるわけがない。

 斧や鞭等も持っては見たが、斧は重すぎて難しそうであり、鞭なんて振れば自分が傷つくのが間違いないだろう。

 結果落ち着いたのはナイフか剣のどちらかだった。


「あんた武器の心得がないの?」


 それを見ていたのだろう、カウンターの奥の少女が俺にそう声をかけて来た。


「えっ? あ、ああ、ない、今まで使った事があるのは木の棒と石ころ位だ」

「ふぅん、そぅ。なら刃物は辞めておいた方が良いよ、自分を傷つけるから」

「……そう、なのか?」


 持ってみた所短めの刃の剣であれば問題なく持てる、片手で持って振り回す事位は出来そうだった。


「当たり前でしょ、全く扱った事がなくて教えてくれる人もいないなら刃物何て持ったらまず間違いなく自分を斬りつけたりすることになるよ。斬るより叩くって感じに作られてるそれらでも刃物は刃物、刃がついてるんだから斬れない訳じゃないんだからね」


 カウンターの奥から出て来ながら少女は小さく溜息をつきながらそう説明してくれる。

 立ち上がり出て来た少女は予想以上に小さい、俺の腰上位にその頭がある位だ。

 大凡百四十ちょい、五十は無い位だろう。


「ちょっと触るよ」


 そう言って近づいて来た少女は折れの身体をペタペタと触っていく。

 そして顔を顰め、少し考えた後に少し長めの棒を持ってきた。


「これ持ってみて、振り回せる?」


 良く解らず、言われるまま持ってみて軽く振ってみる。

 木の棒だと思っていたが予想以上に重い、さっき持っていた剣よりもかなり重く、最初何度か振った時にふらついたが直ぐに何とか普通に振り回せるくらいにはなった。


「剣を使いたいなら先ずそういう棒とかで練習した方が良いよ。柄と刃の部分に注意して刃の部分を意識しながら使っていけば少しはマシになるから。別に師匠とか教えてくれる人がいるなら普通に剣でも良いんだけど、あんたいないでしょ?」


 一応疑問を投げかけるような問いかけだが、その視線と声の調子から確信している様にそう告げられ、俺は困惑しながら頷いた。


「それ、一応ロングソード、一般的な剣ね? その長さに長さを合わせて重さも一般的なロングソードと同じ重さにしてるから、それに慣れて問題なく振り回せる様になったら剣も少しは使えるんじゃない? 剣を使う事を目標にするならちゃんと刃の部分を意識しながらやらないと意味がないけどね」


 少女はちょっと貸してと棒を俺から受け取ると、軽く棒の表面にさっさと掘り込みを入れる。


「この掘り込みの下が柄、上が刃の部分だと思って良いよ。この上の刃の部分に自分の身体を振れさせない様に使えるようになれば、まぁ何とかなるんじゃない?」


 そして再度その棒を渡してくる。

 これを買うと決めた訳ではないのだが、こうまでされたらこれを買わないのは失礼じゃないのかと思い始めてしまう。

 少女はそのまま他の棚を見て回り、途中でぴたりと止まる。


「あ~、忘れてた。あんた予算は?」


 ポリポリと頭を掻きながら少女が俺に尋ねて来る。


「あっ、せ、千ガルド」

「そっ」


 そして再び棚の方へと足を運び、幾つかの物を持ってカウンターの上に置く。


「ちょっと来て、そしてこれ身に着けてみて」


 そう言って渡されるのは茶色いレザーアーマーに脛まであるしっかりとした作りのブーツ、レザーアーマ―と同じ茶色い厚手のマント、左手だけの籠手だった。


「? 着方解らない?」


 俺がどうした物かと考えていると少女は小首をかしげながらそう尋ねて来る。


「いや、着方は解る」


 取りあえず促されるままそれらの装備を身に着けてみる。

 レザーアーマ―はこれほどしっかりしてはいなかったがボロボロの奴を身に着けた事がある。

 ブーツだって今はいているのも同じだ、すでにボロボロでそこがはげかけているが。


「んっ」


 そして少女は身に着けた俺を見た後、レザーアーマ―の余り部分、大きさが少しあってないでぶかぶかになっていた部分に布を入れていく。

 ブーツはサイズに違いが無く、予想以上にピッタリと収まっている。

 マントと籠手も問題なく、俺は身に着けた後軽く体を動かしてみる。


「どう? 動きづらいとは思うけど動けないって事もない感じ?」

「ああ、違和感は少しあるけど問題ない程度だな。これももう少し動けば違和感が消えそうだし」

「そっ、なら多分あんたが身に着けるのそれらが良いと思うよ。これ以上だと一気に高くなるし、金属混じりの装備を身に着けるには筋力が足りて無さそうだし、どうする? それらなら一式で八百ガルドで良いよ」

「……それじゃあこれら一式で頼む、けど籠手は何で左手だけなんだ?」

「ん? だってあんた盾持ちながら戦えないでしょ? その棒だって片手で振り回せる重さではあるけど、片手で扱うならすぐに体力が尽きて話にならないと思うよ。だからその籠手は軽い攻撃を防ぐための盾代わりにと思ったけど、必要なかった? もう少し予算があるなら両手分の籠手を用意出来るけど、重たくなるし棒を振る体力が尚更無くなると思うけど必要なら用意するよ?」

「あっ、いやそれなら良い」

「そっ良いなら良いわ、んじゃ一旦レザーアーマ―脱いで、サイズ合わせるから」


 少女は俺の返答を聞くと、小さく頷くとそう言ってその場でレザーアーマ―のサイズ調整を済ませて行く。

 手慣れた手つきで様になっている事から予想以上にもしかしたら年上だったりする可能性もあるのかと考え始めた。

 というよりも流されっぱなしで知らない内に全部決まってしまいどうしてよいのか解らなくなっていた。


「これで良いと思うよ、着てみて合わないならもう少し詰めるから着てみて」

「いや、大丈夫みたいだ、ありがとう」

「良いよ、その代わりこれからも贔屓にして」


 俺は袋から金を出しながらその少女の言葉に頷く。


「毎度……あっ、ちょっとまった。あんた迷宮に潜るんだよね? 剥ぎ取りナイフとかは持ってるの?」

「いや、持ってないけど必要なのか?」

「……必要よ、必須と言っても良いわ。あんた迷宮に潜ってどうやって金を稼ぐつもりだったの? 迷宮のモンスターから剥ぎ取り以外だと宝箱を探す位しか金何てあそこ滅多に手に入らないよ。宝箱だって本当に極稀にしか手に入らないしね」

「そ、そうなのか、知らなかったから助かるよ、ありがとう。それでその剥ぎ取りナイフってどれくらいの値段がするんだ?」

「ん、ならこれなんて良いかな、重さは大丈夫? 値段は百ガルドだけど」


 そう言って渡されたのは大振りのナイフと小振りの鋭いナイフの二つだった。

 手に持てば両方とも然程ではない。


「あーちょっとまって、これに巻いて腰に付けて、それで重さが問題ないかもう一回言って」


 少女は俺が手に持って問題ないというのを見ると、ぽりぽりと頭を掻いてカウンターの横からベルトを取り出し、それにナイフの鞘を付けてナイフを納める。

 そしてその上でそれを腰に巻く様にと告げて来る。

 素直に従い動いてみると、少し動きづらい。

 だが重さ自体は問題なかった。


「それなら大丈夫そうね。これより上のグレードだと五百ガルドクラスだし、それより下だと数回で下手したら駄目になるからお勧め出来ないよ。安いのだと十ガルド位のもあるけどね」


 少女はそう言いながら小振りの違うナイフを取り出しながら伝えて来る。

 刃の鋭さが今の小振りの奴より厚みがあり、切れ味は今身に着けている奴の方がかなりよさそうだという事が素人目からでも解る位だった。

 それも大振りは無しで、大振りの安い奴は三十ガルドで全体的に薄い、折れやすそうだという印象を与えられる物だった。


「一応使えはするけど慣れてないけど本当に直ぐに駄目になるよ。使い慣れてる人だと一時しのぎとかに使えはする位の奴だよ」


 俺の表情から何を考えているのかが解ったのか、少女はそう説明をしてくれた。


「ならやっぱりこれをくれ、あんたの言葉なら信用出来そうだし」

「そっ、なら良かったわ」


 俺がそう告げながら金を払うと毎度と言いながら少しだけ微笑んだ。

 その微笑みは、今まで常に不愛想染みた無表情だったため予想以上に可愛らしく見える。


「色々ありがとう、知らない事ばかりだったから助かったよ」

「家に来てくれる人はそんなにいないからね、折角来てくれたんだからまた来てほしいんだよ。だから贔屓にしてよ」

「ああ、これからも何か買い替えたり必要な物が出来たら来させて貰うよ」

「そっ、なら嬉しいわ、宜しく」

「こっちこそ宜しくな」


 俺は少女とそんなやり取りをして、店を出た。

 まだ違和感はあるが、それもだんだん気にならなくなっている。

 取りあえず後は道具だ。

 此処に来る前に聞いた話では明かり、松明やカンテラや水と携帯食料、ロープや袋の類は絶対にもっていかないと死にに行くようなもんだと教えられた。

 剥ぎ取りについてはその時に教えられなかったが、袋は恐らくその剥ぎ取った物を入れる為の物も含まれるのだろう。

 袋も何個か用意しておいた方がよさそうか?

 そんな事を考えながら街の中央付近、宿で見た立派な建物が立っている場所の近くまで辿り着き、その近くにある道具屋の中へと入った。

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