サイボーグ イン ベースボールグラウンド
あらすじっ♪
西暦2542年!! ベースボールは衰退したっ!! だが野球好きは滅んではいなかった!!!
これはっ! サイボーグたちが繰り広げる“超人野球”! その一幕を綴った熱血物語であるっっ!!!
「うおおぉっ!!! 必殺!! シャイニングクロスっ!!!」
カメレオンに似た顔をした男がマウンドで独り、吠える。
咆哮と同時に男は敵、バッターボックス上の男を睨む。
その手に握りしめた白球に魂を込め、全力で腕を送り出す。だがキャッチャーに対して送り出されるべき男の右足は、それとは九十度異なる方向、自軍ベンチに向けて踏み出された。
「出たっ! レオン選手の必殺技っ、シャイニングクロスだあっ!!」
実況アナウンサーがガバとやおら立ち上がり、激しく唾を飛ばす。
それと時を同じくしてレオンと呼ばれたピッチャーは完全にバッターに対して背を向ける。だが彼の動きは止まらない。
するとどうしたことだろう。レオンの腰関節が回転し常人ではありえない動きを見せる。彼のお尻はキャッチャーを向いているのに、上半身も同じキャッチャーの方向を向いているのだ。
まだまだ彼の動きは止まらない。回転した上半身に隠れるように加速された左腕がムチのようにしなり、上半身に付いてくる。レオンの腕が上げる風切り音がスタジアムの喧騒を突き破って客席まで届く。
「くらい!! やがれええええ!!!」
彼は自分の魂ごと放り出したかのように雄たけびを上げて、白球を解き放った。
「見切ったでござるっ!」
迎え入れるは剣道の防具に似た装いの男。右バッターボックスに立った彼は、腰だめの居合切りの体勢からバットを送り出す。その切っ先は霞んで見え、彼のスイングスピードのすさまじさを物語っている。
数瞬、白球とバットは激突し、トラックがコンビニに突っ込んだ時のような金切声を立てる。そして一瞬スタジアムに静寂が走る。
「ファウルボール!!!」
球審が声を上げると時は再び動き出した。
あわれファウルとなった白球は、バックネットの衝撃吸収エネルギーシールドにぶつかった後転々とグラウンドを流れていく。
「レオン選手の必殺技ですが、パク選手が捉えかけました! ですが惜しくもファウルと言った格好です! これでフルカウント、走者は一塁二塁! レオン選手九回裏に来て捕まってしまいましたぁ! 解説のマニーさん! いまのプレイに関して解説をお願いします!」
実況アナウンサーは現状を激しく実況しつつ、解説者に言葉を求める。
「いや~、いまのはいけませんね。確かにレオン選手のボディ、インクース社製のソブレロマークツーは、三百六十度回転可能な腰関節と伸縮可能なフレキシブルアームによって独特な投法が可能です。ですがパク選手に対しては効果が薄い」
「ほう? と言いますと?」
「レオン選手の必殺技、シャイニングクロスは投球に極端な角度をつけることによって玉の出所を視にくくし、かつ打ちにくくする投法です」
「そうですね。これまでも幾人ものプロ選手が打ちあぐねてきました」
アナウンサーは私もそれくらいわかってるぞと言いたげにウンウンと小さく相槌を打つ。
「ですが対するパク選手は悪球打ちで有名な選手です。パク選手はいにしえの武術、KEN・DOから編み出した独自打法、音速切りと、伸縮自在な特性バット、NYOI・BOによってストライクゾーンを大きく外した球でも打つことが可能です。レオン選手とパク選手の愛称は最悪と言っていいでしょう」
「なるほど、それはそうですね。ああっとぉ!? ここで試合が動いた! これはいけないレオン選手またフォアボールです! これで三者連続フォアボールだあ!」
「いけませんねレオン選手、ここにきて自分を崩してしまったようです」
「これでワンナウト満塁! ゴブリンスターズ三点リードで迎えた九回裏、この試合始まって以来の大ピンチです! 」
スコアボードに輝くゼロの羅列。レオンと呼ばれた投手は九回までを無失点で潜り抜けてきた。だが彼はここで限界のようである。レオンのボディからはむせるようなオイルの焼ける匂いが漂い、間接は軋んで甲高いノイズを立てている。もう限界だろう。オーバーホールを受けなければ彼のボディは自壊してしまう。
「おっとぉ!? ここでゴブリンスターズベンチ動きました! ムース監督がベンチから出てきます! 交代です! ピッチャー交代です!」
実況アナウンサーは固く拳を握りしめ現状を告げる。ややあって特大のバックスクリーンに投手交代を示す新しい選手名が浮かび上がった。
「ここで出てくるのはあの男しかいな~い!! ゴブリンスターズ無敵の守護神! 俺がやらなきゃ誰がやる! 必殺仕事人、ジョージ・君島だぁ!!!」
「これはファルコンズ苦しい展開ですね。ファイヤーマンと呼ばれたジョージ選手の実力は別格です。音速を超える彼のストレートを打ち崩せるかどうか……」
熱く語る実況アナウンサーに比べ解説者はだいぶ冷静である。だがスタジアムは彼の登場によって湧き上がり、歓声と興奮によってその身を揺らしている。グラウンドには抑え投手として登場したジョージの立体映像が映し出される。リリーフカーで登場した彼はマウンドで先ほどまで熱投を続けたレオンと相対した。
「すまねえジョージ……、俺は此処までだ……。後は、頼むっ……」
レオンはそう言ってうなだれながらジョージの肩を掴む。
「任せておけっレオン! ファルコンズなんて俺の力でねじ伏せてやる! シャンパンでも開けて待ってな! お前に十勝目をプレゼントしてやるぜ!!」
ジョージはそう言って親指を立て、特注のアモルファスセラミック製の犬歯を光らせながら陽気に笑う。
なおこの茶番はスタジアムに設置された高性能カメラと集音マイクによってばっちりと、そして鮮明に記録されている。スクリーンに映し出された二人の熱い友情を見た観客から拍手と歓声が巻き起こりスタジアムのボルテージは最高潮に達する。
「ふんっ! 何かと思えば犬の餌にもならぬ友情ごっことはな。うぬらの幻想なぞこのカイザーが叩ききってくれるわ!!」
いつの間にかバッターボックスには新たな打者が立っている。そのボディは厚く、そして高く。熊相手でもねじり殺してしまいそうなそのボディはスタジアムのスポットライトを反射して黄金色に輝いている。
「おおっとぉ! カイザー選手、ジョージ選手を挑発しています。それもそうでしょう!二人はともにメーカーからワンオフボディを与えられたスター選手です! カイザー選手としてはスポンサーのアルドラ社の優位性を示したいところです!」
「ゴブリンスターズの絶対的守護神と、ファルコンズの四番打者。これは注目の対決ですねえ」
実況アナウンサーと解説者は離れた所からこの戦いの行く末を見守る。一方打者と投手の間にはバチバチと激しい火花が飛んでいる。
「はっ、仲間の力を信じられないお山の大将が何を言っているんだか」
ジョージは鼻を鳴らしカイザーの言葉を一蹴する。
「ふん、弱い犬が吠えておるわ! 御託はいいからかかってこい!」
「上等だぜ! 見ていろ! お前なんか一球で仕留めてやる!」
スタジアムの盛り上がりと同調して二人の間の緊張も最大となる。だが球審からプレイボールの声が告げられるとスタジアムは水を打ったように静まり返った。
ジョージは大きく腕を振りかぶりワインドアップの体勢を取る。
「刮目しろっ! 俺の魔球をっ! 必殺!! 音速魔球42号!」
ジョージは大きく左足をあげ吠える。
「これがっ! 俺の、魂のボールだあぁ!!!」
「来るがいい! 若造!!」
全力でテイクバックを取ったジョージは雄たけびと共に腕をしならせる。
強靭なボディによって支えられた右腕はどんどん加速してゆく。亜音速に達した右腕の周囲には、圧縮された空気がまとわりつき雲を形作る。音の壁の存在を示す雲、ベイパーコーンはジョージの右腕に複数現れる。
やがてパアンという甲高い音がスタジアムに響き、ジョージの右腕と白球が音速を超えたことを伝えた。
そして解き放たれた白球は突き刺さった。
キャッチャーのミットではなく、バッターの体に。
「デッドボール!!」
球審が短く現状を告げる。そして球場の観客たちは湧き上がり、今日一番の盛り上がりを見せる。
ジョージが放った白球はキャッチャーのミットに収まることは無かった。白球はカイザーの上半身に食らいつき、貫通し、そして後方のエネルギーシールドにぶち当たってようやく止まった。
「見たか! 俺の魂の輝きをっ!!」
「ぐっ……、無念である……」
ジョージは右手人差し指を天に掲げ勝ち名乗りを上げる。一方カイザーはジョージの音速魔球によって上半身と下半身が泣き別れとなり、そのボディはバチバチと閃光を立てている。
「ああっ! いけませんカイザー選手! ボディが燃えていますっ!! 消火班が出動しています、視聴者と観客の皆様は消火が終わるまでしばらくお待ちくださ~い!」
ベンチ裏から消火用のロボットたちが緊急出動する。ロボットたちは消火用ポリマーラクティック液をぶちまけて消火に当たる。ややあって火は消し止められ、破壊されたカイザーのボディも回収用ロボットによって取り除かれた。
「さあ試合再開ですっ! 戦闘不能になったカイザー選手に代わり、一塁には俊足のスイフト選手が代走で入ります!」
「スイフト選手は塁間タイム一秒を切る俊足です、長打が出れば間違いなくホームに帰ってくるでしょう。ファルコンズ逆転のチャンスですよ」
スイフトと呼ばれた選手は一塁ベース上で自身のホイール型下半身を空転させ砂を巻き上げる。
「ゴブリンスターズ先ほどのデッドボールによって一点を失いました! これで三対一! さあジョージ選手、このピンチをどう捌いていくのか!」
「これは見ものですよ! ジョージ選手のファイヤーマンという二つ名の由縁が見られるでしょう!!」
新たな打者がバッターボックスに入り試合の再開を告げる球審の声が響く。
「悪いが一球で仕留めさせてもらうぜ!」
ジョージは右腕をバッターの方向につきだし宣言する。
「うおぉっ!! 音速魔球43号っ!!」
音速を超えた白球はまたもバッターに突き刺さる。
「デッドボール!!」
「音速魔球44号っ!!!」
「デッドボール!!」
破壊されたバッターたちはロボットに回収され退場していく。
「三連続デッドボールでファルコンズ三点を追加しましたが……、おっとファルコンズベンチ動きます! ああっ! サレンダー!! サレンダーです! ファルコンズ、ベンチ入りボディ18体を使い切ってしまいましたぁ!! この時点でゴブリンスターズの勝利が決定しました!」
「いや~、やはりファイヤーマンの二つ名は伊達ではないですね!」
盛り上がる実況室に比例してスタジアムのボルテージも最高潮である。
「ここで見事3キルストリークを上げたジョージ選手にインタビューをしたいと思います!」
アナウンサーの言葉に対応して、スーパービジョンカメラを乗せたドローンがマウンドへ向かう。
「俺はいつ何時、誰の挑戦でも受ける! 俺より強いと思うやつ、いつでもかかってこい!」
「はい! いつも通りのジョージ選手のキメ台詞でした~。ここで今回のスーパーベースボールの放送は終了です! 次の放送でまたお会いしましょ~う! それでは次回も最強で最高なっ☆」
それでもいまだスタジアムの熱狂は冷めやらずにいた。
超人野球ルールブック
第三条一項 ベンチ入りできるボディは18体に限られる。
第三条二項 必ずしも18体のボディの人格は同一でなくてよい。
第六条一項 プレー可能なボディが9体を下回ったとき、試合続行不可能として降伏しなければならない。
野球とは格闘技だった(白目)