龍神湖のStorry 6
車の中は夏の日差しを受けてかなり暑くなっていた。はじめて乗る菜々子の車の中は少し落ち着かなかった。狭い空間が奇妙な緊張感を作っていた。
「鍾乳洞まではどれくらいかかりますか?」
「一時間」くらいだと思います」
沈黙が車内の緊張感増幅させてしまう気がして徹は車に乗るとすぐに菜々子に尋ねた。
「今日 午後に一旦帰って明後日また着ようと考えてます。」
「実は今朝、食事を済ませて食堂でテレビを見ていたら、大学の准教授という人から2週間ほど自分の研究を手伝ってほしいと頼まれて」
菜々子は少し徹に顔を向けて頷いた。
「湖と江戸時代の住民の生活について調べてるとかで、アルバイト代は民宿の宿泊代くらいだと言ってましたが」
徹は今朝の話の説明を続けた。
「僕もちょうどいいと思ったんですが一応、菜々子さんに話してからと思ってまだ返事はしてないんですよ」
菜々子はその話を聞くと
「私はそうなれば嬉しいです」と少し遠慮がちに答えた。
山道はカーブが続いていた。昨日見たみどり湖の駐車所の案内看板が見えてきた。案内看板を右に曲がるとみどり湖の駐車場へ行く。曲がらずにまっすぐに走ると鍾乳洞に向かう。まっすぐに走ると道路がみどり湖にぶつかりLの字に左に曲がっていた。暫くはみどり湖を右手に見ながら走った。
みどり湖の湖面は少し深い緑色をしていた。みどり湖をすぎると道も細くなっていてセンターラインも引かれてなくやっと普通車がすれ違いができるくらいの道幅だった。道の両脇から樹木が道に迫ってはえている。その生い茂った樹木が直射日光を遮り道路の所々に木陰をつくっていた。
菜々子は以前、鍾乳洞の近くまで山桜を見にきたことはあったが実際行くのは今日が初めてであった。30分ほど走ると鍾乳洞と書いた看板が出ていた。
徹が「看板が出てますね、着いたみたいですね」と菜々子に行った。
看板の出てるところが砂利引きの駐車場になっていた。車から降りると思ったよりも暑くはなかった。駐車場の奥に目をやると50㎝ほど下がっていて小川が流れていた。小川に手をつけるとひんやりと気持ちよかった。この小川の水があたりの温度を心持ち下げているようだ。
徹は、「今朝の返事をしなければいけないので少し待ってください」と言うと 田中からもらった名刺を出して菜々子から少し距離をとって電話をかけた。
3回ほど呼び出すと田中が出た。
「福西でずか、今朝のお話おねがいできますか? 明後日民宿にもどるのでそのとき詳しくお話をききたいのですが」
「わかりました、では明後日お願いします」徹は田中の返事を聞くと菜々子のところに戻った。
鍾乳洞を探すとさっきの小川に4メートルくらいの橋がかかっていてそこを渡ったところに巨大な岩が壁のように立ちはだかっていてその岩の隅に人が一人くらい入れる穴が開いていた。
鍾乳洞の前に立つと鳥肌がたった。中から冷気が出ていた。
外から中を覗くと3メートルくらいの深さがあり そこから横に洞窟が伸びているようだった。下まではほぼ垂直になっていて鉄の梯子がついていた。
「僕は降りてみますが菜々子さんはどうしますか?」
「私も降りてみます」
「僕が先におりますね」
徹はそう言うと軽い身のこなしで下まで降りて行った。中は電球がついていたが薄暗くよほど近づかなければ顔の表情はわからなかった。
徹が下で待っていると菜々子がゆっくりと降りてきた。真夏なのに中はひんやりとしていた。
「少し奥に行ってみましょうか?」
徹はそう言うと菜々子に手を差し出した。菜々子は徹の手を握った。菜々子の手は温かかった。温もりを感じた。鍾乳洞のところどころから水が落ちていて全体的にジメジメした感じであった。
5メートルほどあるくとくの字型に進路が曲がっていた。その曲がっているところにの角が少し高くなっていてそこに何かを祀ってあるのか小さな神棚のようなものが置かれていた。
菜々子はその光景を見て過去にも見たと思った。それはいつかはわからないが記憶の中に確かにあった。既視感とは少しちがう この情景とは少し違う情景であるのだが、どんな情景かは思い出せない。
でもここに過去に来たことは確かである。はっきりとここの場所の記憶がある。
菜々子は急に震えがきた。前に進めなくなってしまった。徹も何かを感じたのか、「もどりましょうか?」と言って出口の方に戻った。さっき降りてきた鉄の梯子が高く感じた。
何かから逃げるように梯子を上った。鍾乳洞からでると二人とも冷や汗をかいていた。
駐車場に戻ると中年の男性が乗った車が入ってきて徹の横に止まった。中を見ると今朝 食堂であった田中であった。田中は窓を開けて
「徹くんだよね 徹くんもここに来たんだ」と人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
そして車から降りてきて「今日は龍神様隠れ屋敷を調べに来たんだよ」と言って車から降りてきた。
「龍神様の隠れ屋敷ですか?」
「そうだよ。ここの鍾乳洞が龍神様の隠れ屋敷といわれてるんだ。ここの鍾乳洞とみどり湖が繋がっていて 龍神が隠れていると昔からこの地域に言い伝えられてるんだ。」
そう言うと田中はポケットからたばこを取り出して火をつけた。
「そちらの女性は湖畔の椅子で働いてる女性だよね、徹君の知り合いだったのか? 感じのいい女性だと思ってたけど どうやら彼女かな?」
徹は田中に菜々子を紹介した。
「菜々子さんです。また今度説明しますが、まだ付き合い始めたばかりなんです。」
菜々子は少し遠慮がちに
「はじめまして 菜々子と申します。カフェの方には二度ほど来ていただきましたよね」と挨拶をした。
田中は二度行ったことを話した。
そして 「では行ってくるね」と言って鍾乳洞の方に歩いて行った。
時刻を見ると10時半だった。
「10時半か そろそろ戻ろうか?」
徹と菜々子は車に乗った。やはりまだ狭い空間が奇妙な緊張感を作っていた。徹は菜々子の手を握ると体を引き寄せた。菜々子の柔らかい体が徹の腕に当たった。菜々子がゆっくりと目を閉じた。そして二人の唇が重なった。唇が離れると徹は
「今日帰りますが明日また来ます。」
「自分のしっかりとした意志でいいます。お付き合いしてください。」
菜々子は徹の目をみて
「私でよければお願いします。」と答えた。
二人の距離が縮まったのか奇妙な緊張感は薄れていた。帰りは行きよりも早く感じた。気が付くとみどり湖の横を走っていた。みどり湖は変わらず深い緑色をして。少し神秘めいて見えた。湖面の上を鳥が飛んでいた。徹は少し寂しさを感じた。
民宿の駐車場に付くともう一度菜々子の手を握り
「明日の夕方までには民宿に戻ります」
と言ってから車から降りた。そして自分の車に乗ると窓を開けてまた
「明日メールします」と言うと帰っていった。
菜々子は車が見えなくなるまでその場で見送るように徹の車をみていた。