その一夜
私がまだ
うら若き乙女の頃の話です。
本人は、体験談なので
思い出すとちょっと怖いですが
見てるだけなら大丈夫だと思います。
試しに、
どぅぞお入りください。
::::::::
私の伯母が
亡くなる前に
幾つかのおかしな事がありました。
聞いた事ありませんか
年寄り達が言っていたのですが…
カラスが集まってギャァギャァ鳴くと
不吉
壁と天井の境目辺りに
‐‐死に花‐‐
と呼ばれる白い花が咲くと不吉
梅干しにカビが生えると不吉
黒い猫が‥
黒い猫は、飼っていましたが‥。
不吉と呼ばれる事が次々起こりました。
それから、 不幸の手紙‥
今ではチェーンメールなど、携帯で回って来るのでしょうが
昔は、封書か葉書で来ました。
~しないと7年後に死ぬ
~しないと5年後に死ぬ
~しないと3年後に死ぬ
なんと伯母には、一年越しくらいに、
あらゆる地方の消印のあるものが
何度も送られてきました。
迷信です。
迷信ですが、
これだけ重なると
気にしない訳にもいきません。
ーーあの世からの知らせなのではーー
などと言う人もいました。
迷信ですから。
そうに決まっています。
そうなんですが…
…それから間もなく
…伯母は
癌に蝕まれて
呆気なく
亡くなりました。
当時、私の家は
青葉という旅館を経営していました。
伯母は、同じ敷地内に
芸者衆を何人か住まわせて
雪桜川という屋号で
置き屋の女将をしていました。
昼間は三味線の音や長唄の声、踊りの練習でにぎやかですが、
夜まで騒がしい時がありました。
嫌な事もあるのでしょう
酔って喧嘩したり、シクシク泣いていたりする おねえさん達もいました。
まだ子供だった私に
両親は
夜更かしさせてしまう、勉強に身が入らない
という理由で
一番奥の静かな、一番小さい離れ家を一軒、私の部屋として、あてがってくれました。
その頃の私といえば、
肝試しと称した、夜の墓地歩きなどは何とも思わない
世にも無頓着な小娘でした。
そんな私でも
自分の家の、母家から
自分の部屋の、離れ家に行くまでの庭を通るのが
明るいうちでも
ちょっと嫌でした。
庭の入口には
右と左に少し離れて並んだ二本の松
その木の枝が
アーケードのように長く横に延び、
その根元には
石を敷き詰めた一角があり、中程に大きな瓶
その上には、ししおどし
中を案内するように
道の両脇に
ズラリと並んだ刈り込みの行き届いた緑
上を見上げれば
奥まで続く
垂れ下がった藤の花
最後まで行くと
高い木々の間に
大昔に使っていたであろう
五右衛門風呂が
オブジェとして置いてあります。
古井戸こそありませんが
シチュエーションは最高です。
少し 薄暗い
そこを
一度進んで行ったなら
振り返るには
少々の勇気がいるかもしれません。
そして部屋は
と いえば………
………………
真夜中にありえない筈の
三味線の音色が聞こえたり
女のすすり泣きが聞こえたりしました。
伯母の家から聞こえていたそれとは
あきらかに違う、
おどろおどろしい‥
どぅ表現したら良いのでしょうか、
異様な雰囲気のモノでした。
伯母が亡くなってからは置き屋も閉めたのですから
誰もいません。
私の部屋、離れ家は
幾ら小さいと言っても
一軒家ですから
トイレ、洗面、風呂はあります。
しかも全部すりガラスの窓付きです。
続き部屋の両方に、
やはり、すりガラスの大きな窓
玄関も、全面すりガラスの引き戸
風が悪戯してガラスを軽く叩きます。
木や草が
からかうように不気味な影を映します。
イメージしてください。
真後ろに迫る何かを、気づかぬ振りをしながら、
独りでいる様子。
トイレに入ると
小さめのすりガラスの窓がついた壁を
一枚隔てた向こう側から
…僅かな吐息
(何も映らないで!)
風呂に入れば
すりガラスの下の方に
スーッと通る黒い影
(こっちは見ないで!)
ノックされた事も‥
風で、木が揺れたのでしょう。
そう思い込まないと
やっぱり
良い気持ちはしませんでした。
しかし、
さすがに世にも無頓着な小娘だけあって
慣れというのは怖いものです。
その内 気にならなくなってくるのです。
ただ、それだけで終われば良かったのですが…
その日は
風ひとつ無い
静かな夜でした。
…………ずっ、……ずっ……
その2夜につづく