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夢の中で  作者: 殻豆
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人混み

 私はショッピングセンターのような建物の中で、それはもううんざりするような人混みに巻き込まれていた。その人たちの目的は分からなかったが、私には目的があった。一人の少女を探していたのである。その少女は、今まで幾度となく私を助けてくれた。そんな彼女がここにいるはずだった。少女から連絡を受けていた気がしたからである。しかし、連絡の内容ははっきり覚えていない。電話だったかもしれないし、電子メールだったのかもしれない。「助けてほしい」という旨の内容のような気もすれば、ただこのショッピングモールに来るというだけの連絡だったのかもわからない。つまり、私はあるかどうかも怪しい連絡を頼りにショッピングセンターに来ていたのだった。

 今、私がいる通路にある店は、ほとんど衣服や、帽子などの被服を売っている、ファッションブランドのような店だった。ような店というのは、私が被服に対して疎いからであって、そこにあった店はブランドとは言えない店であったかもしれないし、ショッピングセンターにはあってはならないような高級店なのかもしれない。しかし、人が数名気楽に出入りしていたから、高級店という訳ではなさそうだった。

 人混みの量はあいかわらずだったが、存在感はなかった。人混みというより、人混みという風景と言った方が適切なほどに感じられた。皆同じ方向を向いていて、そのことを確かめようとするのは私だけだった。先導者は見当たらない。だが、何者の先導もなく同じ方向を向いている訳ではないのだろう。人が人の向きをそろえている。言ってみれば、全員が全員の先導者なのだろう。こうして、他人の考えを自分の考えと誤解するような人が出てくるのかもしれない。

 とはいえ、私はその流れに従う他なかった。後ろはいつの間にやら暗闇になっていて、存在感が無いにせよ人混みの中なのにはかわりはなく、つまり、今引き返そうとすれば暗闇で探すべきものを見失い、人混みに押し倒されて踏みつけられるようなことにもなりかねない。身の安全と少女を探す目的からすれば、今の流れに従った方が賢明であるように見えた。

 被服を売っている店は、少し思索にふけっている間に様変わりしていた。しかし、そこに出入りしていたのは、相変わらず存在感のない人々だった。だが、客の雰囲気は店が変わる前と変わった後で変わったところは見られなかった。別に変っている所もあるのだろうが、私に分かった違いは、店の違いだけだった。

 人混みに流されるように通路を進んだ先には、エスカレーターがあった。エスカレーターは広場の真ん中から乗れるようになっていた。人混みはエスカレーターを右に曲がって出口に向かっていた。エスカレーターは上りだった。私は人混みがエスカレーターを横切るのを見計らって人混みから抜け出し、エスカレーターに乗りこんだ。後から乗り込んでくる人はいなかった。

 エスカレーターの先は、元のおしゃれなショッピングセンターからは想像出来ないものだった。部屋全体が銅のようなものが溶けたようになっていて、ぐちゃぐちゃしていた。そこから生えてくるように銅像がいくつも立ち並んでいた。不可解だが、引き寄せられるようなものを感じた。

 私はここに、件の少女がいると直感した。なぜそう感じたのかは自分でも分からない。ただ、これも根拠のないことなのだが、彼女はこの建物の外には出ていないと確信していた。

 赤茶色の解けた世界は、ショッピングモールの人々と違って、異様な存在感を放っていた。まるで太古の昔からそこにいたように、私を待ち受けていたように感じられた。はえていた銅像は、まるで私を見つめているようにも感じられた。私は、心が張り裂けるような、苦しい気持ちになった。

 私は引き返すことなく、溶けた銅の世界をさまよっていた。ここまで来たからには引き返すわけにはいかない。這ってでもこの世界を突き進んで、せめて少女がいるかどうかだけでもはっきりさせてやる。すると、その意思を読み取ったように声が聞こえてきた。

 「迷いしものよ、救いを求める者よ」私は驚き、耳をふさいだ。「迷いしものよ、救いをもとめるものよ」声は二度響いた。「なんだ?」私は二度目の呼びかけに返答した。すると、生えていた銅像が一斉にこちらを向いた。そして、もう一度声が響いた。よく見ると、銅像の口が動いていた。「なぜ、悩むのか、なぜ、苦しもうとするのか。それはお前の悩みに過ぎない。お前の悩みであれば、お前が考えなければよいのだ」自己啓発書で飽きるほど読んだ主張だ。だが、それでうまく行かなかったから私は悩んでいるのだ。銅像たちは何も分かっていない。私は大声で抗議をしようと息を吸い込んだ。そして叫ぼうとした。しかし、私は叫ばなかった。銅像ではない人影が見えたからである。

 それはまさしく、私が探していた少女だった。彼女はこちらを向いてすっと立っていた。歪んだ銅の世界で、私と彼女だけが秩序だった形を取っていた。彼女はそこに立っていただけだったのだが、私は彼女に後光が差しているように見えた。私は少女に駆け寄った。


 そこで私は目が覚めた。勉強机に頭を乗せて、眠っていた。私はぼんやりしたまま机の上を眺めた。原稿用紙が散乱している。眠りにつく前、確か私は、次に書くことが思い浮かばずイライラしていた。そんなことを思い出していたが、確かに小説は進んでいる。銅像の言葉は、全ては呑み込めなかった。ただ、私はどうにかなることまでイライラしていたのかもしれない。そんなことを考えながら、私は机を離れた。

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