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夢の中で  作者: 殻豆
3/5

 私は未だ、パソコンの前で苦しんでいた。

小説のいい題材が思い浮かばず、無理して書いても評価を得られない、評価が得られないため書くのがおっくうになる、という悪循環に陥っていた。しかも、高校生活は悪化の一途をたどり、精神を病んだようになっていた。何もかも嫌になり、私はキーボードの上に頭を乗せた。


 もう何時間、車の中にいるのだろう。私は見ず知らずの人と車の中に入っていた。意識はあるような、ないような感じだった。車のドアは、開かない。何回も押してみたり、ドアを開けようとしたが、一向に開かない。窓を割ることはできたかもしれない。しかし、窓を割ってまで外に出ようという気力はなかった。仮にその気力があったとしても、恐らく割ることはできなかっただろう。

 車の中の人々は、皆若い男だった。モテそうな顔つきをした男からとても見ていられないような容姿の男もいた。しかし、そこにいた誰からも不思議と親しみを感じられた。また、皆恐怖と安楽の混じった表情を浮かべていた。

 窓の外は公園らしい。美しい公園だった。ランニングしている人、のんびり歩いている人、複数人で会話をしている人、ただぼーっとしている人など、様々な人々がおのおのの生活を送っていた。そして人々の間に共通点は見られなかった。私たちに無関心なのを除いては。

 私は仲間を多くは作らなかった。親友は居るが、ごく少人数で、ネット友達はいない。それで孤独を感じたことはなかった。だが、この時は激しい不安感に襲われた。このまま自分がはるか彼方まで行ってしまうような気がした。私は自分が、別人のように感じられた。焦燥にかられ、ドアを強く押したが開かない。もう一度押そうとした所でさっきから開かないことを思い出し、押すのを諦めた。

こちらから開かないなら向こうから開けてもらうまで。そう考えた私はドアや窓を叩いて音を出した。身振りを交えてみたりもした。私はとにかく外の世界へサインを送った。しかし、外の世界から反応が返ってくることはなかった。

 お手上げ状態の私はいつ手にしたかもわからないミント味のタブレットを出して口に放り込んだ。そしてそれを噛み砕いた。ミントの強い刺激が口の中に広がる。少し気分が晴れたような気がした。その味を味わっていると、外の世界、とりわけ友人が今何をしているのか気になり始めた。しかし、その友人もまた、遠くへ行ってしまう気がして、またやるせない気分になった。

 いつの間にか日は落ち、夜になった。公園の人々は魔法にかけられたように姿を消し、残っているのは私たちだけになった。

 すると、車内の男たちが一斉に口を開いた。「そろそろだな」「怖いか」

「まさか」「もうすぐだ、もうすぐ全ての苦しみから逃げられる」

私は黙っていた。彼らの話には、まるで生気がなかった。まるで、機械が命令を忠実に実行するように、彼らは話をしていた。

「もう未練はないな」「まさか」「あったらここまで来ていない」

「だよな」「それじゃそろそろ始めるぞ」「わかった」

私は彼らの会話から、彼らが何のためにここへ来ているのか、何故彼らの会話には生気がこもっていないのか理解した。しかし、私は、それを止めようという気力が出なかった。干渉しても無意味な気がしたからだ。私は外の世界の人々に対して抱いた感情と全く同じ感情を車の中の人々にも抱き始めていた。

 車内の独特な臭いと、男たちの慣れた臭いの中に混じって、変な臭いが混じるようになった。それに気が付いた時、私は思わずはっとした。私は予想以上に危険な状態にいた。そしてその時、自分が他人であるような感覚はなくなった。

 私はドアを強く押し始めた。今までの結果を全て無視し、無我夢中になってドアを押した。ガラスを殴ってみたりもした。しかし、ドアはピクリともしなかった。私は失望した。無抵抗な自分に、嫌気がさした。

 変な臭いはどんどん強くなっていく、そして、それに合わせて車内の男たちの会話も加速していた。「もうすぐだ」「もうすぐ苦しくなくなる」

「こんな醜い世界とはおさらばだ」「早く、早くしてくれ」

 変な臭いの正体は、炭だった。彼らは練炭を燃やして、一酸化炭素中毒によって、自殺しようとしていた。いわゆる練炭自殺だ。

 私は死ぬ気は毛頭なかった。しかし、抵抗する気は起きなかった。意識は薄らいでいくが、楽になっていくような気がしたのだ。肉体の疲労は消えていき、間もなくすべての責務から解放される。仲間もいる。仲間は皆、幸せそうだった。

いっそのこと、このまま・・・。

 そんな言葉が頭をかすめた瞬間、突然車のドアのガラスが吹き飛び、物凄い力で引っ張られ、私は車の外へと引っ張りだされた。そこで初めて私は息苦しさを覚え、ぜえぜえと息を荒立てた。私を助けたのは、何度も夢の中で出会った、あの少女だった。私は少女に引きずられながら車の中を見た。男たちは頭をがっくりとおろしていた。そして、その顔は苦痛に歪んでいた。そしてそこで私の思考は、ぷっつりと途切れた。


 私はパソコンの前で目が覚めた。パソコンの画面には、練炭自殺について書かれたサイトがあった。私は、自殺をテーマにして小説を書こうとしていた。しかし、夢の事を思い出した私は、恐ろしい気持ちになって、その考えを捨て去った。

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