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隻腕の英雄  作者: あに
5/6

03

フィニアから見える海は綺麗だと雄牙は思う。


空と海の、同じようで微妙に違う青色のコントラストが誰かの目の色に似ている。

快晴の日には雲1つなく、一面の青が広がるのは圧巻だ。

そんな中で一本の糸を垂れ下げ、大きな欠伸を零した。


この場を包んでいるのはカモメに良く似た名前の違う鳥が鳴く声と、波の音。

当たりの無い釣り糸は上下に揺れる事無く、波の中で漂っている。


ぼーっとし続けていた雄牙は何故だか無性に歌いたくなり、口ずさみはじめる。

スローテンポで、誰に向かって歌うでも、1人楽しく歌うでもなく。


「うーみーはー、ひろいーなー、おーきーいなー」


知っているフレーズしか出てこない歌の続きを雄牙は知る術も無く、すぐに鼻歌へ変わった。

誰も教えてくれるはずの無い歌を何度歌った事だろうか。

別段、好きでもないその歌をつい口ずさんでしまうのは、故郷が懐かしいと思うからなのか、と諦めの悪い自分に呆れてしまう。

同じフレーズを繰り返し歌うとだんだん飽きてきて、客観的に見ると自分がぼっちで寂しい人間に見えるということに気づき、歌う声が小さくなっていった。


「ふーんふんふーん、ふーんふんふん……早く帰ってこねぇかなぁ」


そう呟いた雄牙はふと海の方を見て、あれ?と首を傾げた。

「ひぃふぅ……」と海に浮かぶ船の数を数え、再び首を傾げる。


「船の数、少ねぇな……」


いつもは多数の船が沖の方へ出ていく光景があったが、今日は本の数船しか視界に入らない。

港で何かあったのか?と思い、雄牙は釣り糸をあげる。

空の魚籠びくと釣竿を片手で持ち、住居である小屋に戻ろうとした時だった。



「ユーガ!」



名前を呼ばれて振り返ると遠くからフリオが猛ダッシュで近づいて来ていた。

その表情はいつもの澄ました顔ではなく、焦っているものだ。

この馬鹿、いやフリオがこういう顔をしている時は大抵それほど大事ではない事が多いのだが……


「3人程、子供を見なかったか?!」

「子供?いんや?」


雄牙がいつも釣りをしている場所は住民区からも港からもかなり離れている手作りの桟橋。

そこにやってくる人間はほとんどいない。

子供が来るにも、遊具も何も無いし、ぽつんと雄牙が釣り糸を垂らしているだけ。

こちらの方に子供が興味を引くものはほとんどない。


雄牙はそうか、と言って息を整えているフリオに、どうしたのか聞いた。


「実は、朝、ミトスの町からハウンドウルフが討伐された、と報告があって……」

「ああ、それは俺も聞いたけど」


朝の散歩道で出会った漁師のおっさんにきいた。

町ではこれで安心して生活できる、と喜び、商人達も出立の準備を始めていたと。

しかし、フリオはその後の事を話し始める。


「実は、前に襲われた商人の馬車の御者が、報告書にあったハウンドウルフの大きさと、自分が見たハウンドウルフの大きさがちょっと違う、と言い出したんだ」


彼はもっと大きなハウンドウルフを見たと言っていて……とまで聞いて、雄牙は魚籠と釣竿を地面に落とした。


「その討伐された方は小さかったのか?」

「あ、ああ。そうらしい……でも、それでもかなりの大きさだったと」

「子供だ……」

「え?」

「あいつ等、繁殖時期が今だったのか……」


知らなかった……と呟く雄牙。

フリオは意味が分からずたずねる。


「魔物は普通の動物と同じ様に子供を産むけど、数年に一度しか時期は来ないんだ。出産に十分な魔力を溜める為に食って食って食いまくって、そして子供を産む。あいつ等は群れる事はしないが、その時期だけは雌と雄の番が一組になって行動するんだ……そういう時のあいつ等は餌を求めていつもよりも食う」

「じゃあ報告があったのは子供?じゃあ……」

「そうだ。近くに親の番もいるはずだ。それも、子供なんか目にならない大きさの……って、さっきガキ共ががいないって言ってたよな?まさか町の外に出たんじゃないよな?!」

「はっ!そうだ、そうなんだ!親御さんが子供達がいないって言って、皆で町を探しているんだ!」


子供達は元気がいいのは良いんだが、フィニアで生まれ育った子供は外の怖さを知らない。

たまに町を抜けだして近くの森に珍しい動物や果物を探す、探検ごっこなるものをやっている、と聞いた事がある。

その度に親は怒るが、そういったスリルは止められないのだろう。

どこの世界も同じだ。


「だから船も少なかったのか」

「商人達や住民はとりあえず漁の船に一時非難させている。今、緊急で討伐隊を編制して、外へ探しがてらハウンドウルフ討伐をしに出たところだ」

「馬鹿か……そんな急ごしらえでどうにかなるものじゃねぇよ……」


緊急という事は武器も満足に揃えず、寄せ集めで作った脆い集団。

冒険者もいない自警団の集まりがハウンドウルフに挑むのは危険すぎる。


「魔道士はいるのか?」

「あ、ああ……たしか使える人間はいたと思うぞ」

「そんな程度か?ったく……おい、子供達が良くいく森はどこだ?」

「町のすぐ近くだが……おい、待て。まさか行くつもりではないだろうな?!」

「決まってんだろ」


慌てふためくフリオは雄牙に睨まれ、口をつぐんだ。


「商人が襲われて何時間経ってると思ってんだ。あいつらは町のすぐ外にいる。もう食われてても不思議じゃねぇんだ」

「……ならば僕も行くぞ!」

「お前は来るな。足手まといだから」

「き、君に言われたくはないぞ!ユーガ!」

「は?」


引き留めようとするフリオの言葉に、雄牙は睨んでいた眼を和らげ、フッと笑った。




「誰に言ってやがる」






*****






「ぐああああああっ!」

「さっさと魔法を打て!」

「速すぎて当たらないのよ!詠唱も間にあわなっきゃあ!」

「足を止めろ!足を止めれば隙が出来る!」

「そんなこといったって……どうやって止めるんだよ!」


「グォオオオオオオオオン!」


隊列も連携も意味をなさない、それはまさに虐殺だった。



森で子供達は無事、自警団に見つけられた。

怒られる事をびくびくと待っていたが、大人達は一様に急いで非難させろ、と混乱する子供達を矢継ぎ早に先導していった。


しかし、そこへ黒い影が通り、1人の自警団員が消えた。


悲鳴が止むと、森の影から出て来た巨大な姿にそこにいた人間は開いた口が塞がらなかった。

恐怖。

それがその場を支配し、それからはもう相手の狩り場に引きずり込まれた獲物となっていた。


子供達を先に逃がし、戦闘を専門としている団員達が足止めをしているのだが、ハウンドウルフの素早さに魔法も剣も意味をなしていなかった。


「いやぁあああ!」

「くそっ!」


爪で引き裂かれた仲間を見て悲鳴を上げた女性隊員。

それに反応してハウンドウルフが飛びかかってくる。

モリスは悪態をつきながら、腰を抜かしていた彼女の腕をひき、間一髪で助けた。


「立て!食われるぞ!」


そう一括するが、その顔には怯えしかなく、モリスは昨日の事を脳裏に過らせた。



『自警団だけじゃ自殺行為だ。あいつ等は狩りに関してはプロ。行っても餌になるだけ』


『速い。重い。でかい』



「たしかにっ」


あの少年の言う通りだった。

俺たちは何を過信していたのか?

こんな魔物ばけものを相手に勝てるとでも思っていたのか?


「だがっ……」


死ぬわけにはいかない。

モリスは少しでも息のある者を影に非難させ、魔道士に結界魔法を使う様に頼んだ。

団員の魔道士は「了解!」と言って詠唱を始める。


「『風の精霊よ、我求めるは守護の守り』」


精霊が魔力に反応し、彼女の求める魔法を形作る。


「皆、集まった?!……いきます、『エアーウォール』!」


薄い膜が集まった人間を包みこんでいく。

脆そうなそれは噛み付いて来たハウンドウルフの牙を弾き、発動者と対象者を守った。

だが、ハウンドウルフは諦める事無くそこに体当たりをしてくる。

巨体から生まれる衝撃はかなりのもので、魔道士は苦しそうだった。


「耐えてくれ!」

「ごめっ、私の魔力じゃっ」


この結界が解かれれば確実にここにいる人間は死ぬ。

一応は剣を構えるがそれも意味は無いだろう。

数度目の攻撃にピキッと結界にヒビが入り、カウントダウンの様にパキッパキッと次々に割れていく。

もう駄目!と魔道士が目尻に涙を溜めて叫んだ。


「グルォオオオオオ!!」


鋭い爪が結界を切り裂き、ついに命綱の魔法を打ち破ってしまった。

強制的に魔法を破られた衝撃で魔道士は吹き飛ばされ、ハウンドウルフの大きな口が牙を剥いて来た。

モリスはとっさに近くに倒れていた魔道士を庇う様に抱きしめ、目を瞑る。


悲鳴すら出ない討伐隊は死を覚悟し、モリスと同じ様に目を瞑った。





だが、彼らが予想した事は起きなかった。

恐る恐る目を開けたモリスが見たのは、無いはずのもの。

彼らとハウンドウルフの間に、先ほど破られたはずの結界が再び張られていたのだ。

その結界は倒れている魔道士が張ったものとは違い、薄い黄色の膜で、時折バチッと火花を散らしている。


「こ、これは?」


魔法に関して素人なモリスだが、彼女が張った結界とは違うとすぐに分かった。

ハウンドウルフはその結界を切り裂こうと爪を立てるが、バチッという黄色い発光と火花に触れる事ができないようだ。


「うっ……あ、モリスさん……え?」

「気づいたか?これは君が?」

「い、いえ……これは光属性?!そんな稀少な属性魔法、私使えない……っ」

「じゃあいったい誰が」


自分たちを守る魔法を誰が発動したのか分からず、周囲を見るモリス。

ハウンドウルフは再び結界を壊そうと距離を取り、低く構えている。

また、この結界が破られたら……そんなことを想像していると、ハウンドウルフが耳をピクピク動かし、辺りを見回し始めた。


聴覚と嗅覚が鋭いハウンドウルフが何かを察知したのか、モリス達から注意を逸らす。




「よぉ、デカわんこ!」



そこへ聴こえて来たのはモリスに覚えのある声。

発生源を見ると、モリス達とはハウンドウルフを挟んだ反対側に、1人の少年が立っていた。

片方の袖が風に揺れ、空っぽを象徴している。

モリスは目を見開き、何故ここに?!と驚愕した。


「旨い飯が食いたいんだろう?」


そう言った彼の意図がモリスには理解できた。

魔物は獲物の魔力を吸収して強くなる。

魔力が良質なら、大きければ大きい程、魔物には『ご馳走』になる。

そして気づいた。


『何かあったら俺も手を貸すからさ……あ、 今は左腕だけだけど!あっはっは』


この結界を誰が張ったかを。


「そっちの『国産』はちょっと賞味期限が過ぎててグルメなお前にはまずいんじゃないか?……どうだ?こっちは新鮮だぞ?……『輸入食品』、だけどな」


国産?輸入?訳が分からない。

だが彼は注意を自分に向けさせている。

じっと見ていると、バチッと彼と視線が合い、こちらを見て笑った。

そして、小さくパクパクとモリスに向かって告げる。


「っ……」


意味を読み取ったモリスは僅かに躊躇ったが、力強く頷いた。

座り込んでいる討伐隊の面々に小声で指示を送り、彼らも恐る恐る頷いたのを確認して、再び彼に視線を送った。

再び笑うと、彼はハウンドウルフに一歩、又一歩と近づいていく。

モリス達は危ない、と警告するがおかまい無しだ。


「でも、お前等は間違ってるよな……気づいてんだろ?」


近づいてくる雄牙にハウンドウルフは動かない。

持ち前の速さで近づいて一気に飲み込める位置に来ているのに、警戒心を解かずに睨んでいる。

モリス達は固唾を飲んで、その時を待った。


「俺がただの獲物じゃないってこと……そして」




「お前は『狩る側』じゃないってことを」




「グォオオオオオオ!」


ハウンドウルフが咆哮した瞬間、モリス達も立ち上がった。


「今だ!」


その声と同時に張られていた結界が解かれ、怪我人を抱えてその場から逃げ出す。

もつれそうになる足をなんとか動かし、生存者を助ける為に走る。


モリスはその中で一度振り返ろうとしたが、自分の力の無さと悔しさより、今やるべき事をするためにそのまま走り続けた。





*****






駆けつけた雄牙が発動させた光属性の結界魔法『ライトニングウォール』が解除され、討伐隊の面々はこの場から退場した。

ハウンドウルフは彼らに目もくれず、挑発して来た雄牙を食い殺す為に飛びかかって来る。

常人では避けられない距離からの攻撃を雄牙は紙一重で避け、「とりあえず」と口にして手を掲げる。


「『エアニードル』」


詠唱を無視して発せられた魔法。

魔力を帯びた風が視覚化され、鋭い針の様に凝縮され放たれる。

それを軽々と避けたハウンドウルフに雄牙はなるほどと頷く。


「『前の』よりは速いか。さすがお父さん」


ハウンドウルフ、番の内の雄。

雌よりもガタイが大きく、能力値が高いのが特徴である。


「さすがに詠唱魔法じゃ無理か……よっと」


詠唱魔法は言葉に魔力を乗せて発動する術式。

細かい調整が出来ない代わりに、魔力を持つ人間が唱えれば魔法として発動される。

しかし、高位の魔法程詠唱が長く、詠唱破棄が出来ない。

そのため、魔道士は単独での狩りにはでない。

必ず前衛を交えた隊列を組んで戦う。


完全後衛職と呼ばれるのも無理はない。

例外があるとすれば、魔道騎士という魔法も武術も万能な人間。

前衛で剣をふるいながら魔法を駆使した戦術を使うことができ、国の有名な騎士は大体が魔導道騎士だ。


雄牙は騎士ではない。


後衛の魔道士。


前衛の『彼』が居ないことが少し心許ない……とかは思わなかった。


「こちとら、ぼっちで戦場生きてきたんだぜ、わんころ」


そう言った雄牙の瞳は『黒く』鋭利な光を宿していた。

ハウンドウルフの金色の瞳と対をなすその色の中に、獲物をうつす。



魔力が雄牙の身の内で動いている。

彼の作る魔法へ形を成すために。

多量のそれが主の意思に忠実に構築されていくのにハウンドウルフは気づくことはない。

雄牙の黒い瞳の中に魔力の光がわずかに色付いた。


匂いで気配を察したハウンドウルフは地を蹴り、一瞬で獲物に距離を詰めた。

眼前に迫る牙に、雄牙は口角をあげ、左腕を浮かせる。


「いいのか?前だけ見てて」


知能が高い魔物にその言葉が届いたのか、ハウンドウルフは雄牙を捕らえた瞳を細くした。


「俺のは速いぞ?」


食いつこうとするハウンドウルフを前に、雄牙は浮かせた左手で指を指し、クイッと手首で上に向ける。

すると、それに呼応したようにハウンドウルフの下から光が発せられた。

地面に描かれているのは円の中に幾つもの文字が刻まれている幾何学模様……魔力を帯びた魔法陣だった。

突如現れたその魔法陣に反応しても、ハウンドウルフは勢いを殺すことができない。


詠唱も発動呪文も無しに発動されたそれは雄牙の指に導かれるように魔法の姿となる。


陣から発生した魔力は地面を突起させ、逃げることのできないハウンドウルフの腹に突き刺さった。

『グランニードル』。

『エアニードル』とは属性の違うニードル系の魔法で、地の力を纏ったそれは、まるで地獄の針山のように刺々しい土の塊となった。

食われる寸前だった雄牙に魔物の牙は届かず、ハウンドウルフはそのまま串刺しにされる。

まだ息があり、抜け出すために暴れているが、傷口から動く度に血が溢れ染み込み、土を黒に染めていく。

生命力が高いのか、抜け出そうともがいているハウンドウルフの周囲に再び小さな魔法陣が出現する。

その数は軽く10を越えていた。

宙に浮かぶ陣は黄色く光り輝き、ハウンドウルフを囲んでいる。


「魔物は魔法に耐性があるから面倒なんだよな。剣が使えれば苦しまずに逝かせてやれるんだが……」


悪いな、と申し訳なさそうな声色で語りかける雄牙の顔はその言葉に反して笑っていた。


「今の俺はそんな優しくないから」


振り下ろされた左手が合図となり、魔法陣が輝き出す。

バチッという弾ける音。

その音をハウンドウルフの聴覚が捉えた時には、全てが終わっていた。


「っ……」


魔法陣から生まれた電気を帯びた光の矢が多方向から巨体を串刺しにする。

光速で貫かれた体を光は貫通し、空気に溶け込んでいき、そこには無数の穴が空いた死骸が土に貫かれているだけになった。

金色の瞳は光を無くし、四肢は力なく宙ぶらりになっている。

雄牙は生命活動を停止した死骸を確認し、動かないのを見ると「こんなもんか」、と突起した地面を崩した。

ドシンッ―と地面に転がった死骸に雄牙は歩み寄ったが、少し距離のある位置で立ち止まる。


死骸はまだ新鮮な為に腐臭はしないが、傷口から黒い靄がじわじわと溢れ、空中に溶け込んでいた。

黒い靄……瘴気、と呼ばれるそれは、魔物が身の内に蓄えていた魔力が、生命活動という蓋が消えた事で漏れ出してくる『悪質な気』の事。

これは人間や他の生物、自然にも害を及ぼす為に危険視されている。

小さな魔物の瘴気は濃度も低く、それほど害はないのだが、大漁の生物から魔力を食い漁り蓄える上級の魔物等は討伐した際に、清める為の浄化魔法、もしくは全てを焼き払う火炎魔法で消滅させなければならない。

浄化魔法を使えるのは神聖魔法という極限られた人間にしか使えず、一般的には火炎魔法で、金になる部位を採った後に消却するのが暗黙のルールである。


大食いのハウンドウルフは溜め込んでいた魔力が多く、漏れ出す瘴気は尋常ではない。

燃やし尽くすのもかなりの魔力を使わなければならない。

魔力が少ない非魔道士などは魔力が凝縮されている魔石を購入し、常備して使い焼却している。


魔石1個で銀貨と金貨が飛んでいくのを恐れて、パーティには魔道士を必須としているとか。

一応魔道士である雄牙が使用するには縁遠い代物である。


「『火の精霊よ、我求め』……やっぱ詠唱ってハズいな。あーもーいいや。はい、『ファイア』」


ゴォンッ―—

軽い感じに放った呪文でハウンドウルフを炎が包み込む。

大きく燃え盛った炎を見て、放った本人は思わず顔を引きつらせた。


「やばっ、久しぶりだから加減間違えた」


呪文は初期の火炎魔法『ファイア』で、主に日常生活に使われる一般的な魔法。

普通はマッチの火の様に「ファイア」「ポッ」と火が灯るくらいで、鍋を温めたりするような弱い魔法……のはずなのだが、雄牙の『ファイア』はむしろ「はい、ファイア」と言った瞬間鼓膜を大きく揺らすような火力を見せた。

普段は少量の魔力で着火するが、どうやらそれと同じ要領で燃やそうとしたら魔力の量を間違えたらしい。

こうして魔物を燃やすのは久々なので

火の粉が森を焼いてしまわない様に風を魔力で『簡単に』操りながら自らの失敗に反省する。


「あーあ…………ま、いっか」


面倒だった雄牙はやっちまったもんはしょうがない、と考えるのを止めた。

次はちゃんと出来る気がするとよくわからない確信をして、瘴気ごと死骸が燃え尽きていく姿を尻目に、雄牙は周囲を歩き出した。




倒れている討伐隊の面々は息絶えている者から虫の息の者まで、皆意識無く横たわっている。


肉が燃える臭いが当たりに充満し、パチパチと火が勢いをつけて空に上がる。

赤い炎と倒れている人間が雄牙の黒いままの瞳に映る。




――キャーッ!!


―—仕方ないだろ!命令なんだ!


―—騙したんだな……っ!?


―—殺したくないっ……




「……」


灰燼と化していく炎の中に見えた光景に雄牙はそっと目を閉じる。

瞼の裏にもそれは現れた。


逃げ惑う人々。

襲ってくる兵士。

化け物を見るような目。

泣いて救いを求める幼い手。


「はぁ……」


雄牙は覚悟を決め、深呼吸をする。

熱を帯びた酸素が肺に吸収され、過去の場面をリアルに見ているような気分になりながら言葉を紡ぐ。



「『精霊よ、万物の命を司りし命の光よ、我が求めるは光の加護。闇を開き、迷える魂を導く加護。我が力、我が契約の下、彼の者に光を灯したまえ』」



言葉に秘められた魔力に呼応して周囲に炎の光とは違う、色とりどりの光が舞う。

雄牙の周りを取り囲むそれらが増えるのを感じ、呪文を静かに告げる。


「『コールス・レイ』」


漂っていた光が発光しながら意思を持った様に飛び交い始め、それらは倒れている人間へと吸収されていった。

飛び込むように体に溶けていくと、息絶えていた人間の顔色が白から赤みを帯びたものになる。

倒れている全員に光がそれぞれ飛び込んでいき、雄牙は更に足りない魔力を補充していく。

そして、もう1つの魔法を発動させる。


「『ヒール』」


詠唱破棄の治癒魔法は瀕死の彼らの致命傷を癒し、『辛うじて生きてる』状態まで回復させた。

全回復させないのは後々のためだが……

感覚が鈍っているために確かではない匙加減に不安になり、近くにいた一番重症な元死人の首元に手をやると僅かに脈が動いていた。

ほっとした雄牙は久し振りに大量消費した魔力のせいか少し疲労を感じ、ハウンドウルフが切り裂き倒した樹木に座り込んだ。




ついここまでやって来てしまったが、これからどうするか。


雄牙は片膝をついて顔を埋めた。


本当ならば傍観していようと、一般市民で居続けようと思っていたが、知り合いの人間や町を守っている彼らの食い殺される状況が思い浮かび、体が勝手に動いてしまった。

自分にもまだ正義感とかそういう類いの情が残っていたとは。

これで人生設計がパァだ。


先程助けた討伐隊……自警団の人間は雄牙が魔法を使えることを知った。

別段、それは気にすることではないだろう。

この世界で魔法が使える人間はごまんといる。

問題は光属性の魔法を使ってしまったことだ。

光属性は魔のものを拒絶する力に長け、結界魔法では他の属性を凌駕する威力をもっている。

ハウンドウルフ程の魔物はそれくらいしないと完全に攻撃を弾くことはできない。


だから、自警団が襲われているとき、咄嗟に使ってしまったが…

あの場にいた魔道士は気づいただろう。


光属性は特殊な魔法属性で、神から祝福を受けたものにしか使えないと言い伝えられている稀少な属性。

治癒魔法にも攻撃魔法にも、万能な属性でもあり、国は光属性に適性のある人間を獲得し、保護という名目で軍事的に組み込む方針を掲げている。

稀少であるからこそ、どこかしらの国に属さざるを得ない。


雄牙もかつてはその『属さざるを得ない』立場にいた。

稀少な光属性の人間が国の所属から外れるという事は滅多に無い事で、あるとすれば、殉職するか罪を犯し追放されるか……脱走するか。


いずれにしろ雄牙が問題を抱えている事は明白となる。


フィニアはどんな過去があろうと誰も追求はしてこない。

町のそういった空気が雄牙は心地よく、できることならこのまま生活したいと考えていた。

小さな住居でのんびり暮らして、いつかくる寿命を待ち続けて生を終える。

そういう最期を想像していた。


「無理、だよなぁ」


この世界に『来て』から10年間。

雄牙は『普通』という概念が狂ってしまった。

自分の世界がこの世界に奪われてから10年。

今の自分にはたったそれだけの時間……けれど、染井雄牙にとってはすべてが変わるには十分な長い時間であり、諦めがつくのにも十分な時間だった。





「グルォオオオオオン!」


座り込む雄牙の背後から飛びかかって来る影。

燃え盛る炎から嗅ぎ付けた臭いが番のものだと分かり、尖った牙を剥き出した魔物が木々の隙間を縫う様に駆け込んで来たのだ。


動く様子の無い獲物を殺す為、地面を蹴る音がダンッと鳴り、雄牙を影が包む。


遠くから「ユーガ!」とフリオの悲鳴にも似た叫ぶ声が聴こえたが、雄牙は逃げる事は無かった。

膝からあげた顔はどこか不機嫌そうで、呆れを含み、食われる寸前に口を開く。



「遅いぞカザス」



飛びかかっていたハウンドウルフの体。

雄牙の言葉はその上空に向かって投げかけられた。

宙にいる巨体の更に上にいたのは外套を身に纏った青年。

手には身の丈程の太刀を持ち、ハウンドウルフの背後から目に見えない速度でそれを振りかざした。


その瞬間、被っていたフードが外れ、金色の髪が現れる。

燻みのない天然の金色の間から見える碧眼が炎の光を受けて揺れた。


一瞬の一太刀でハウンドウルフの太い首はいとも簡単に切り取られ、雄牙を避けて地面に落下した。


タンッと小さく静かな音が鳴り、雄牙は立ち上がる。

死骸の近くに静かに着地した金髪の青年、カザスは雄牙の方へ向き直ると黒い刀身の太刀を一振りし、背中の鞘に納めた。


「すみません、師匠せんせい


整っている人形のような容貌が僅かに申し訳なさそうに歪み、小さく頭を下げる。

雄牙の事を『師匠』と呼ぶ彼に首を切断されたハウンドウルフ。

瘴気がじわじわと溢れてくるのを見て、雄牙は先ほどと同じ呪文を唱えた。

今度は爆発せずに炎は死骸だけを飲み込んだ。


「今回は手こずったのか?」

「……少し、速かっただけです」

「…………ああ!」


特徴だけを言ったカザスの視線を追ってみると、そこには燃えている死骸があった。


「なんだ、お前もハウンドウルフが獲物だったのか!なんだそうだったのか」

「はい」

「そっかそっか、ハウンドウルフはお前初めてだったか」


そうかそうか、と言う雄牙にカザスはコクコクと頷く。


「ギルドからの依頼か……やっぱり問題視はしてたんだな」

「師匠が燃やしているのは……」

「ああ、あれ?お父さんです。で、お前が殺ったのがお母さんです」


ちなみに、雄より雌の方が食い意地が張ってて、出産の為に魔力を大量に貯めてるから瘴気も濃い。

そう説明され、カザスは成る程、と道具袋から取り出した用紙に書き加えた。


「あとは子供の数だな……1頭だけじゃないだろうし……」

「3頭でした」

「え、なに?お前狩ったの?」

「はい」


カザスはギルドの依頼でハウンドウルフを追っていた。

単独で狩る彼は情報が少なく、とりあえず『居そうな方向』へと進むという野性的な直感でここまで追って来たらしい。

そして、ハウンドウルフを見つけて討伐したは良いが、魔物についての資料と比べ、成体にしては小さいと感じ目標は別に居ると気づいた。

幼体は全部で2頭程狩り、もう1頭はギルドの他の冒険者が狩った。

合わせて3頭。

ハウンドウルフは最高でも3頭しか子供は生めない。

それ以上生んでしまうと母体の魔力がなくなり、死んでしまうのだ。

3頭狩ったということはもうそれ以上この辺りには居ないだろう。


「じゃあ一安心だ……」


ふぅ、と一息……しようとして雄牙は止まった。


「で、なんでお前はここにいんだ?フリオ君」


俺は待ってろって言ったよな?と笑顔で名前を呼ばれたのは、ポカンと立ち尽くしているフリオだった。

戦闘用の装備をしている彼は再度名前を呼ばれると、ハッとして動き出した。


「僕とした事が!突然魔物の首が落ちて驚いてしまうとは!」

「違うだろ、なんでここに……あーもー、いいや」

「投げやりになるな、って違う!ユーガ!これは一体どういう事だ?!」

「どういうことって?」


燃え尽きた死骸と、現在進行形で燃えている死骸。

元は凶暴なハウンドウルフという魔物だったもの。

それを一刀両断したカザスと、焼却係をしている雄牙。

そして何故かここに居るフリオ……


「可笑しいだろう?!」

「お前がな」

「そうだ、僕が可笑し……違う!僕が言いたいのは……




何故僕が戦う前に全て終わっている空気なのか、という事だ!」



「お前、本当黙っててくれ」










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