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隻腕の英雄  作者: あに
4/6

02

「すまないな、手間をかけさせた」

「いやいや、自警団に協力するのは町民として当然の事だし」

「いい心がけだな!」


「「てめぇ(フリオ)は黙ってろ」」




気絶したガロットは騒ぎを聞き付けた非番の自警団員がお縄にした。


事の次第をギルドに伝えなければいけないため、被害者とその娘の少女、そして当事者となった雄牙は自警団の本部である詰め所に案内される事となった。

被害者の女性は同性の団員に調書を録って貰っており、雄牙は応接の間で団員の男、モリスに応対されている。


事情をさらっと簡潔に説明すると、モリスはフリオに拳骨を食らわせ、正座を要求し、年上の上司である彼に従い、フリオは大人しく床に座った。

騒ぎをおさめた雄牙に対してモリスは友好的であった。

もともと顔を知っている程度だったが、雄牙の人となりはフリオから聞いていたらしく、今度一緒に飲むか、とも誘われ、快諾した。


大人しくなったフリオを尻目に、雄牙はモリスに話しかける。


「詰め所って初めて入ったが、いつもこんなに静かなのか?」


有志が集まる、と言いつつもかなりの人数が所属している筈の詰め所は入った時から何故かあまり人に出くわさなかった。

賑やかな雰囲気を想像していたが……と、首を傾げる雄牙にモリスは苦笑いを浮かべた。


「皆、今日は出払っててな」

「……やっぱり、例のあれか?」


そう言われ、モリスは難しい顔をして頷く。


「外から来た商人の話なんだが……ハウンドウルフを見かけたらしい」

「そりゃ……」


大変だな、と雄牙は呟いた。


ハウンドウルフ。

ギルドでも高ランクの討伐対象に指定されている魔物(ばけもの)だ。

幼体の頃から人の子程の大きさで、成長すれば人を裕に丸飲みできるくらいの巨体になる狼。

素早い動きと鋭い爪と牙がハウンドウルフの武器で、1度目が合えば次の瞬間命を刈り取られている、とか。


「フィニアからはまだ離れている森で遠目に見ただけだが、確かにハウンドウルフだったらしい。偵察を数名出して、あとの勤務中の団員もその対応で外に出ているんだ」


俺は非番だが緊急時には出られるようにな、と腕に巻かれている蒼を見せた。


「ハウンドウルフは東側にはあまりいないはずだと俺は認識していたんだけど……」

「多分、だが。イオカリスの方で何かしらの事が起き、魔物が(こちら)側に流れてきているのでは、と」

「……国が、シュトレインが言っていたのか?」

「そうだ」


そもそも、魔物は昔から世界に生息している生物だった。

一般的な動物と違うのは魔力があるという部分と、彼等は魔力があるものを補食することで進化し強くなる、ということ。

長く生きていれば生きているほど、補食すればするほど、魔物は強くなり、脅威となる。

その魔物も、アルカトス東南大戦の前は減少していたのだが、大戦後、徐々に数を増やしていった。

シュトレイン国は魔物が他の地よりも少なかった。

逆に、大戦の敵であり、今では終戦条約を結んだ南の大国イオカリス帝国は、『魔物の巣窟』と呼ばれるほど、世界では数を減らしていた魔物が住み着いていた。

それも大戦が起こるずっと昔から。


そのために、イオカリス帝国では魔物討伐専門の部隊が存在しており、『魔物狩りの専門家(プロフェッショナル)』と呼ばれるほどの実力を持っていた。

1人1人が実力を持つ彼らも、大戦のおりには対人の戦力として駆り出されていた。

シュトレインはイオカリスに武力的に圧され、一時は敗戦を覚悟していた位だ。


だがそれも、1人の人間が加わったことで大きく変わったのだが……


「俺達自警団も、魔物に対しての訓練をいれようと思っている」

「……そうか」


自警団、と言っても彼等はあくまで町の治安維持が目的の組織。

イオカリス帝国の部隊のように年がら年中魔物を相手にしている者たちとは違い、こちらは元冒険者以外は殆どが対人専門。

町の周囲にたまに出没する魔物は元冒険者である団員が請け負っているらしい。

魔物が多くなってきている中、現状では心もとないだろう。


もしもハウンドウルフがフィニアに入ってきたら……


「ギルドに協力を得たらどうだ?」


至極真っ当な意見をするが、モリスは難しい顔をしたまま、俺もそう思ったんだが、とため息を吐く。


「これから魔物が増えていって、町に現れる度にギルドに頼んでいたら、町の経営が危うい……と上が却下してな」


たしかに、と納得した。


フィニアにギルドは存在していない。

ギルドというのはどこにでもあると思われがちだが、彼らはギルド職員と冒険者、それと依頼人、そして、国の援助を元に成り立っている。

依頼人はギルドに依頼をし、ギルドは冒険者に仲介をする。

その際に仲介料と依頼料が発生し、仲介料はギルドへ、依頼料は冒険者へ払われる。

冒険者はその金で武器や物資などを買い、それは依頼者となり得る商人や住民に流れていく。

もちろん、その依頼者には国も含まれるし、ギルドの発行する冒険者の登録証は大陸共通のもので、身分証として公式に認められている。

ギルドはその発行する権利を国から受けており、それは支部の土地代と一緒に国への支払義務となっている。

それと同時に、上位の冒険者、主にA級、S級とされるハイランクの人間には国からの極秘の特別な依頼が入る事があり、高額な依頼料が支払われる事もある。

ギブアンドテイクの関係。


しかし、フィニアにそんな経済的余裕はない。

その日その日を自給自足で生き、町の維持費は主な収入源である漁のみ。

自警団も、出費はほぼ無く、寄付を受けて武器や医療道具などをそろえる程度。


常に冒険者に依頼をするとなると、完全自治区として機能しなくなってしまう。


「ハウンドウルフ並の魔物が常に押し寄せてくる訳じゃない。確認されているのは1頭だし、討伐隊を編成して対処するっていうのが今の所の決定だ」

「んー、ギルドは結構金毟ってくるからな……ハウンドウルフは討伐最難関の魔物だから余計に」

「俺たちはハウンドウルフと名前だけは聞いた事があるが、実のところ、どのくらい強いのかも、恐ろしいのかも分かっていない。今回だけは冒険者に依頼した方が良いと打診したんだが……」


却下されたのか、と聞くと思った通りの返答がかえってきた。


「そうお目にかかるものじゃないからしかたない。俺も討ば……あー、遠目から見たのは4頭位だな」

「見た事があるのか……って、ユーガは外から来たんだったな」

「モリスはフィニアで生まれ育ったんだっけ」

「ああ。実際、どんなハウンドウルフはどのような感じなんだ?」

「うーん……どんな……」


興味津々で質問され、雄牙は顎に手を当てて唸った。

過去のハウンドウルフの姿を思い浮かべ、特徴をひねり出し、適した単語を口に出す。


「速い。重い。でかい」


なんか某牛丼チェーン店のキャッチフレーズみたいになった、と言ってから気づく。

しかしそれ以外に思い当たると言えば、豪快な食べっぷり!とか。

言葉にするのも躊躇われる黒光りした虫……頭文字Gのような逃げのプロだ!とか。

モフモフしてる……かと思いきや剛毛過ぎてガッチガチ!とか。

若干主観が入った感想になってしまう。


それでもモリスは首を傾げながらもふむ、となんだか理解してくれたようだった。


「戦力的には上級魔法が使える魔道士が5人と腕の立つ剣士やらが……そうだな、10人くらいかな」

「な、なに?!」


驚愕した相手に雄牙はえ?と目を丸くする。


「あー、少なすぎた?じゃあ……」

「いやいや、多すぎじゃないか?ハウンドウルフはそんなに強いのか?」

「はぁ、まぁ……」


一般人からしたら強いどころかもうめっちゃ強い!的な感じ、とは言えず、言葉を濁す。

言ってしまえば、自警団だけでは到底無理だ。

行っても相手の栄養分になるだけで。


「正直言うと、自警団だけじゃ自殺行為だ。あいつ等は狩りに関してはプロ。行っても餌になるだけで何の利も無い」

「だが、綿密な計画を立てれば……」

「立ててる内に町は襲われちまうよ。言ったろ?『速い』って」


雄牙は低い声と真剣な面持ちで暗に冗談ではないことを伝える。


ハウンドウルフは機動力が並じゃない。

餌の臭いがすれば自慢の脚力で地面を蹴り、必ず狩る。


現実的な意見にモリスは顔を僅かに固まらせ、息を飲んだ。

重苦しい空気になったが、雄牙は次ににこっと笑い、椅子の背にもたれた。


「俺が言えるのは、自警団だけじゃ無理ってこと。ギルドに依頼して冒険者を募るしかないっていうのが俺の見解かな。まぁ、参考までに覚えておいてくれよ」

「あ、ああ……」

「何かあったら俺も手を貸すからさ……あ、 今は左腕だけだけど!あっはっは」

「はは……そうならないようにするさ……」


先ほどの話が効いたのか、モリスは口元を引きつらせ、苦笑いを浮かべるしか無かった。

大人しく手で口を塞いでいるフリオも心無しか顔が青い。

笑っているのは雄牙だけ。

その雄牙も、「あ」と笑うのを中断させた。


「やばい。今日は日用品買いに来たんだった!」


あそこの店、閉まるの早いんだよ、と焦った様子で立ち上がり、出されていた茶を一気に飲み干す。


「あ、ああ、時間を取らせて悪かった」

「良いって良いって。あー、まだ開いてるかな……ってかあいつまだ帰ってないよな……っと、じゃあお邪魔しましたー」


パタン、と静かにしまる扉。



窓の外から駆け回る子供の声が小さく聞こえてくる。

雄牙はそちらに近づき、中から彼らを眺めた。


小さな男の子と女の子が数人、年齢も少し別れているようで、少しだけ大きい子供は小さな子達の面倒をみている。

地面に枝で線を引いたり、かけっこをしたり……


「……」


ほんの少しだけ口許が緩み、雄牙は目を逸らした。

早く買い物をして帰ろう、と思い入り口へ向かう足を止めたのは幼い声だった。






「お兄ちゃん!」


「っ」



雄牙は心臓が大きく跳び跳ねたような感覚に襲われ、バッと振り返った。

一瞬止まった息が、相手の顔を見て一気に吐き出される。


「あ、ああ……さっきの……そうだよな、あいつは……うん」


そこにいたのはガロットに暴行を受けた女性の娘だった。

パタパタと駆け寄ってきた彼女は外で遊んでいた子供たちと同じくらいの年だ。

幼い少女に先程までの怯えはなく、笑顔で雄牙の前に来た。


「お母さんを助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして。お前も偉いな、お母さん守ってたんだろ?」


お礼を言ってくる少女は誉められたことに照れたように頬を染める。

雄牙はそんな彼女の頭にポンッと手を乗せ、「偉い偉い」と撫でた。

リンスやコンディショナーがない世界だが、手にフワフワとした感触が生まれる。


「怖かったけど、お兄ちゃんに助けてもらったお兄ちゃんに助けてもらって……あれ?」


自分の言っている事に混乱しかけている少女が微笑ましく、雄牙は小さく噴き出しかがんだ。


「俺はユーガっていうんだ。勇敢なお嬢ちゃんの名前は何かな?」

「アリアだよ!」

「へ?あ、そ、そうか!アリアか!可愛い名前だな」


あはは、と笑う顔は固いが、少女アリアは気づいておらず、名前を褒められて尚嬉しそうにはにかんでいると、奥の部屋から顔を出した母親に名前を呼ばれた。

彼女は雄牙に気づくと優しい笑みを浮かべ、深く頭を下げていた。

「あ、お母さん!」とアリアは母親の元に向かう。

途中で立ち止まり、「ユーガお兄ちゃん、ばいばーい!」と手を振る彼女に、雄牙も手を振った。


「お兄ちゃん、か……いい響きだなぁ」


そんなに可愛く呼ばれた事無いもんなぁ、としみじみとした呟きを聞いたものは誰もいなかった。







*****








少年が出ていった扉を見て、モリスはそのまま頭に手を当てた。


冒険者に絡まれていたらしい女性を助けたフリオ……を助けてくれた、と言われ会ってみれば、フリオよりも年若い少年だった事に驚いた。

しかも、それがフリオの友人と聞いていたユーガという人物だと知り、更に驚いた。


町外れに小屋を立ててもう1人の同居人と生活をしているユーガ。

町に降りてくるのは頻度が少なく、いつか挨拶をしようとは思っていたものの、すれ違いが多かったため、今日が初対面だった。


話に聞いていたのは……


酒が強くて昼間から飲んだくれてる。

フリオよりも年下だけどそうは思えない図太さで、年齢詐称疑惑がある。

説としては精神年齢が高いだけか、またはエルフ説がある。

釣りが下手。

地味に頭を捕まれると痛い。

笑顔が怖い。

など、最後の部分は少々私情が含まれていたが、実際に会ってみると納得してしまった。


見た目は若いのにどこか堂々としていて、現実的な思考の持ち主だった。


ハウンドウルフの対策に関しても、見たことがあるらしく、有力なアドバイスを貰うことができた。

外から来たという彼は、普通の少年とは思えないほど、『戦い』というものを知っているような口調で話していたが……


「まさかな」

「ああ!!」


フッと笑ったモリスは突然声を上げたフリオに驚いた。

今まで黙っていたからすっかり忘れていた……とは、本人に言わない方が良いだろう。

マイペースだが、変に繊細でナイーブな性格である真面目な年下君にモリスはなんだ、と発言を許可した。


「なんということだ……」

「何かあったのか?」


わなわなと震えているフリオに心配そうな表情で問うと、彼は立ち上がり、大きな声で叫んだ。



「ユーガに真昼の飲酒について、説教をするのを忘れていた!!」



また逃げられたぁあ!と頭を抱えて天を仰ぐ馬鹿、もといフリオを、モリスは頭を痛くしながら強く叩いた。




*****





コンッコンッ―という控え目なノック。

中から聞こえた低い声に「失礼します」とメリッサは入室した。


部屋を飾っているのは質素に見える調度品。

全て魔物の部位素材から作られたもので、壁には中型の魔物の頭骨が掛けられている。

ギルド職員であるメリッサは見慣れたその頭骨が討伐困難な魔物の1種である事を知っている。

この部屋の主が若い頃に狩ったとされるそれを入る度に見ていた為、今では何の感想も浮かばない。

そう……ただ、掃除が大変なだけだ。


「書類をお持ちしました」


メリッサはそう言い、手にしていた数枚の書類をデスクに置く。

それを見た部屋の主は面倒そうに顔を顰め、「またか」と零した。


「これで何人目だ?」

「当支部では5人目になりますね」


淡々とした返答に一応は彼女のボスである男、ヴェルグは深いため息と共にデスクに項垂れた。



ミトスという小さな町にあるギルドの支部。

ヴェルグはその支部長の席に座っていた。

若い頃はSランクの冒険者として狩りに出ていた彼も今ではデスクワークが日課となったが、自主鍛錬で保っている筋肉が服の上からでも分かる。

特に筋肉フェチでもないメリッサにとっては肉のかたまりにしか見えていないようだが。


「支部長、むさ苦しい男のむさ苦しい溜息は正直ウザ……んんっ、聞けたものではありません」

「ウザイって正直に言えよ、余計傷つくだろうがよぉ」

「そうですね……言い直しますか?」


今日も絶好調だな、と嫌味を含めたヴェルグにメリッサは「ありがとうございます」と感情も込めずに返答した。


「それで、確かガロット……だったか?そいつは登録証没収。1ヶ月、支部内の便所掃除な」

「はい、身柄については転送魔法にて済んでおりますので、そのように通達しておきます」


一ヶ月の活動停止。

一見軽そうな罰だが、冒険者は依頼を受けてその日その日を生きている。

一ヶ月、無報酬で生きていくのはこのご時世かなり辛い。

それに加えて支部内の便所掃除……

これは他の冒険者からの笑いの的にされるために、別名『羞恥の刑』と言われていた。

他の冒険者が勇ましく魔物を狩っている中、彼はたわしを手に便器の汚れを『狩る』のだ。

考えるだけでおぞましい、と冒険者の間では不評だが、罰を与える側としては楽し……良い刑だと思っている。


「おう頼むわ……にしても、今はそれどころじゃねぇってのにな」

「ハウンドウルフの件ですね」


項垂れたままのヴェルグに、メリッサは最近の報告内容を思い出す。


ギルドでは魔物の討伐難易度が設定されている。

討伐困難な順からS、A、B、C、D、E、となっており、Sランクに関してはパーティによる討伐を推奨していた。

ハウンドウルフは凶暴性や俊敏さによる困難さからSランクに近いA+(プラス)に設定されている。

冒険者達に狩られる存在でありながら、逆に狩る側となりうる魔物。

ギルドのランクではB以上の冒険者で結成されたパーティに受領許可が出ており、ハウンドウルフを狩って名を上げようと何組ものチームが受領をしていった。

同時に何組も受領できる依頼は早い者勝ち。

報奨金と知名度を得る為に、今もハウンドウルフを狩ろうとしている者達が対象を追っている。


「ギルドからの討伐依頼ですが。受領後、依頼達成の報告は未だありません」

「だろうな」


依頼を出してからまだ3日も経っていない。

パーティを組み、装備を整える上に、目標ターゲットの位置を調べ、作戦を立てる時間がいる。

3日やそこらじゃ到底無理だろう。

かといって暢気に茶を飲んでいる時間は無いのだが。


「情報ではフィニア付近に出没したようで、数刻前に商人の荷馬車が襲われたとの報告が。逃げて来た御者以外は腹の中と思われます」

「奴ら、食い意地だけは張ってるからな」

「支部長そっくりですね。あ、申し訳ありません。ハウンドウルフの方が可愛げがありましたね」


プスッとほおを膨らませて笑うメリッサ。

ヴェルグは大食いだが、ハウンドウルフ程は食べないぞ、と反論をしておいた。


「だが、フィニアが襲われれば商人達が困るだろうな……あそこは東の玄関と言っても良い位に商品が行き交っているし、珍しいものも仕入れやすい」

「ですが、協力の要請はありませんね……大丈夫でしょうか」

「お。メリッサが珍しく人の心配か?明日は火の雨が降りそうだな」

「失礼ですよ支部長」


自分の事は棚に上げて指摘してくる彼女にヴェルグは呆れたが、いつものことだと諦める。


「彼らの町にも自警団がありますが……心許ないですね。やはり、こちらから町の警備に冒険者を派遣しては?」

「勝手にんなことは出来ねぇだろ。依頼があったならまだしも、こちとらボランティアじゃねぇんだからよ」

「そうですね。私のお給金も掛かってますし」

「……」

「なんです?」

「なんでもねぇよ」

「……そういえば、今回、1人だけSランクの方がハウンドウルフ討伐の依頼を受けていますね」

「いつもの奴、だろ?本当に変わりもんだよな。昇格の話も断ったらしいし」


Sランク冒険者はAランク程多くはない。

指定の魔物を単独討伐することでSランクへの昇格試験の切符を手に出来る。

その試験も難易度は上がるが、それ相応の実力者ならば突破でき、Sランクになれる。

しかし、Sランクと言っても、魔物に個体差があるように、Sランクの中でもまさに化け物並の強さを持つ者は、Sランクの更に上、S+ランクへと昇格される。

それには各地方本部のギルドマスターの内、1人の推薦があれば試験を受けられる。

S+になれば、国からの直々の依頼も個人指名されることが多くなり、名前も広がる。


冒険者にとっては名誉な事のはずなのだが、話題の人物はそれがお望みではないらしかった。


「ハイランクの方々は皆、報酬も高く依頼内容も幅広い都市のギルドで名をあげようとするものですが。彼はこの支部でしか依頼を受けていないようですね」


こちらとしては、討伐困難な魔物を片付けて頂き、依頼が滞らずに済んで大助かりですが。


「んー、いっつもフード被ってるから顔も見た事ねぇんだよな……メリッサは見た事あるんだったか?」


ギルドへの登録は基本的に簡易的だが方法は複雑だ。

登録時には本人の血を魔石に染み込ませ、砕いて登録証に定着させる。

血の持ち主である本人以外が持つと表示されている登録証の表面が霞み、使用できなくなる。


ギルドに登録する際に行なう確認作業の際に一度だけだが顔を確認する行程がある。

それは、国から指名手配されている人物や、ギルドから1度追放処分を受けた人物等のブラックリストと照合するのが理由だった。

登録作業を受け持っているメリッサは持ち前の記憶力でブラックリストの全ての人間を記憶しており、彼女は必ず支部で登録した冒険者の顔を見ている。


そのSランクの冒険者も登録はこのミトス支部で行なったはずだ、とヴェルドに言われ、メリッサは頷いた。


「はい。詳しい容姿は個人情報のため、支部長にも教えられませんが……そうですね。一言でいうのなら、後10年若かったら食ってましたね。ふふ」

「へぇー、じゃあ若いのか。おめぇ、もう三十路だもんばふぉっ?!」

「支部長、セクハラです」


デスクに肘をついていた支部長の頬に、メリッサ容赦ない張り手を放った。


業務上の立場は事務職ではあるが、冒険者達を相手にする彼女自身もギルドの登録をしてある。

しかも、ギルドではBランク以下の職員は雑用係しかおらず、いつも眩しい笑顔で窓口にいる受付嬢達は皆、争い事や苦情はどんと来い!な心意気で仕事をこなしていた。

しつこいナンパも、セクハラも、彼女達は笑顔で触った手を字の如く『粉砕ばっきばき』にし、良く回る舌を『ウザい』の一言と張り手で黙らせて来た。

メリッサもその猛者の1人。


彼女の張り手は残像が見え、室内に「バシィンッ!!」と破裂音が響いた見事なものであった。


「暴力反対……」

「え?制裁これが暴力?ふふ、支部長も面白い冗談をおっしゃいますね。笑いすぎてお腹痛いです。早退してもよろしいですか?原因は支部長なので、公欠で」

「目が笑ってねぇし、公欠にもしねぇよ……おい、2発目を用意するな。さすがの俺も痛い」


構えられた細い右腕に張られた頬を押さえて言えば、残念そうにメリッサは下げた。

ほっとしたヴェルグは再び書類に目をやり、頬をかく。


「面倒な事にならなきゃ良いが……」


一支部を任される者として、厄介が事はごめんとばかりのヴェルグ。

彼の予感は良く当たると評判だったが故に、自らの悪寒に溜息が隠せなかった。





そしてその次の日、一頭のハウンドウルフが大型パーティにより討伐され、ギルドに運び込まれた。






*****






「っはぁ…………」


何時間も走り続けていた披露が1つの大きな息となって吐き出される。

僅かに滴る汗が頬を伝い落ちた。

手にしていた大太刀を地面に向かって払い、背負っている鞘に戻す。


目の前に転がる息絶えた目標ターゲットに近づくが、ふと立ち止まった。

切断された四肢、最期まで抗って来たがそれもむなしく止めを刺され、開いた瞳。

熱の無い死骸を観察する様に見た後、道具袋から巻かれた紙を取り出し、開く。


記載されているのは今回の討伐対象の詳細情報。


その中の1文に目を細くする。


『ハウンドウルフの成体と幼体の体格差』


項目の下に書かれた平均の体長と転がっている死骸の体長。

2つを見比べた後、その紙を丸めてしまい、代わりに取り出したのは1つの石―—魔石。

暗い色の中に小さく炎の様な光が灯っているそれを死骸に向かって投げれば、魔石は砕け散り中から炎が姿を現した。


炎は生きている様に『死骸だけ』を包み焼いていく。


オレンジ色の光が暗い森の中を照らし、その傍に立っていた人物をも照らす。

深く被られた外套のフード。

その下から覗いているのは金色の髪……そして、青く光る瞳。

無感動にその炎を見ていた彼は用がないと言わんばかりにすぐさま踵を返した。


向かうのは次の目標。

本来狩らなければいけない本当の獲物。



静かにその場を立ち去る彼は暗い森に消え、炎だけが揺れていた。








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