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隻腕の英雄  作者: あに
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00-2

コツコツコツコツッ―—


広い廊下。

夜の帳に包まれた城内にはろうそくの炎が揺れ、道を照らしていた。

静かなそこを1人の足音が響き渡る。


職人が丹精込めて織り上げた赤い敷物が、足早にそこを歩く足音を吸収しているが、そこから滲み出る怒りは伝わってきた。

貴重な生地で仕立てられた控え目な、それでいて上品さを醸し出している薄手のドレスを邪魔にならない程度に摘まみ、その下から白く細い足がはしたなく出ている。

けっして下品ではなく、見るものによっては顔を赤くする美しさのある脚線を惜しみ無く晒しているが、本人はそれを気にする事なくただひたすら怒りの矛先の人物の元へ向かっている。



彼女、アウリア・メリア・シュトレインは物凄く怒っている。



頬を膨らませて「プンプン!」と可愛く怒っているなら良かった。

怒鳴られて張り飛ばされても「ありがとうございます!」と恍惚な表情で言ってしまうだろう。

が、現在の彼女は鬼気迫る空気を背負っていた。

音にするならば「ゴゴゴゴゴッ」とでも表現しようか。

それほどまでに彼女は怒っている。

薄い紅が塗られている小さな口はへの字に歪み、普段は慈愛に満ちた視線を送る瞳に冷たい色を持ち、歩く度に腰まである透き通るようなプラチナブロンドが揺れている。

その銀色を追いかけるように後ろからバタバタと足音が立てられる。


「姫様!お待ちください!」


必死に前を歩く人物を引き留めようとする声が投げ掛けられるが、止まることはない。

お待ちください、と言われて待つ程、今の彼女は余裕がないのだ。

目的地まで足を遅める事なく、走ることはないが更に歩みを早めたその人に呼び掛けた従者は「あああ~!」と言葉にならない焦りを叫んだ。


「お願いですから、どうか!お御足だけはお隠しください!お願いでございますー!」


高貴な血筋である彼女の体は簡単にさらしては行けないとばかりに従者は訴えるが、どこ吹く風。

すれ違う兵士が唖然とアウリアの姿を見ては足元に視線をやり顔を赤くしていた。

従者はその度に「どこを見ておる不届きもの!打ち首じゃぞ!」と1人1人に怒鳴り声をあげ、再びへたれた声で「姫様ぁ~!」と追いかける。


「父……陛下は謁見の間におられるのですよね?」


アウリアが息を荒げている従者に尋ねる。


「はい……は!?い、いいえいいえ!陛下は謁見の間にはおられませんから部屋へお戻りください!」


しまった!と彼女を部屋に戻すチャンスを自ら投げ捨ててしまった彼は焦って言うがアウリアは振り返らずに返事をする。


「そうですか、では早く謁見の間に参りましょう」

「姫様ぁ~!」


引き留める声を無視してアウリアはシュトレイン城の謁見の間にたどり着いた。

荘厳な扉の前には警備兵が2人立っている。

彼らはアウリアを見て左胸にてのひらを当てて膝をつこうとするが、扉を開けて入ろうとしている彼女を驚いて止めた。


「姫殿下!」

「陛下にお話があります。開けてください」

「現在、謁見の間は使用中でして……」

「『使用中』?」


兵士が違和感のある言い回しをし、言い淀んでいるのを見てアウリアはハッとした。

中から感じる異様な魔力。

自分が知っている魔力の流れに、怒りの表情が一変し青ざめる。


「まさかっ」

「姫様!!」

「お退きなさい!」


自分を押さえつけようとする兵士にアウリアは手を翳した。

小さく「ごめんなさい」と言った彼女の手から青い光が発せられる。


「『フリーズ』」

「うぁっ?!」

「ひ、姫様!?」


アウリアの言葉で冷たい風が吹き兵士たちを襲う。

彼女に近づこうとしたが足が動かない事に気づき、足元を見ると廊下に広がっていたのは青く反射した氷だった。

その中には器用にも兵士たちの足だけが巻き込まれ、身動きがとれなくなっている。

魔力で凍らされた彼らは扉に手を当てるアウリアを止めようと他の警備兵を呼ぶが、彼女の方が速かった。


「ひ、『火の精霊よっ、我求めるは燃え尽くす炎!フレイム』!」


同じく足を凍らされた従者が氷を溶かそうと急いで火属性の魔法を使う。

従者の魔法で炎が床に張った氷に降り立ち溶かそうとしている。

しかし、アウリアの氷は溶ける事無く従者達を拘束していた。


水属性から派生した氷属性の魔法『フリーズ』。

初級魔法に分類されているそれを、威力が弱まる詠唱破棄で使ったアウリア。

それに比べ、氷を溶かす火属性魔法を詠唱し使った従者だが、彼女との魔力の違いが魔法の強さに出た。


シュトレイン国第1王女でありながら、国内でも指折りの魔道士。

中でも氷属性の魔法を得意とする事から『氷銀の魔女』と呼ばれているアウリアは、自分の力では空けられないと分かっている扉に手を当て、美しい唇から呪文を放つ。

従者は何をするのか察しが付き、近づいてくる他の兵士達に「退避!退避じゃ!」と叫んだ。





「『グラウンド・ゼロ』」





詠唱破棄により威力を落とした魔法。

それは巨大な扉を一瞬にして青白い霜で覆い尽くし、凍らせた。

かなり手加減したとされる上級魔法は、まるで北国の様な冷気で広い廊下を包み込んだ。

兵士が鎧の中で鳥肌を立たせる中、アウリアは寒さを感じさせる様子は無い。


「失礼」


それどころか、アウリアはドレスを持ち上げ、再び美しい足を出した。


「びめざばぁ?!ばばばばびぼ?!」


寒さで自慢の髭に霜がおりている従者がガチガチと歯を鳴らす。

その目の前で、アウリアは細い足を振り上げ次の瞬間—―




ガンッ!


「び、びめざゔぁああ?!!」


凍り付いた扉、アウリアはそれに蹴りを入れた。

おしとやかでお茶とお花が好きな清廉でか弱そうな印象を持たれる彼女の突拍子も無く、目を見張る行動に従者は失神しかけていた。

その蹴りはいつか誰かが「ちょっと失礼」とか言って、ドアを蹴破っていた時に使っていたのと同じものであるとは誰も気づかない。

誰かさん直伝、『ちょっと失礼扉蹴り・アウリアバージョン』が扉に突き刺さると、凍り付いているそこにヒビがパリッと生まれた。


王女の脚力は扉を破壊する程の威力は無い。

しかし、魔法『グラウンド・ゼロ』によって彼女の魔力で出来た氷に包まれた扉は既に支配下に置かれていた。

アウリアの足を中心にピシピシと広がっていく割れ目。

次第にそれは全体に広がり、脆く崩れ落ち始めた。

扉が『破壊』され、アウリアはドレスを元に戻すと、瓦礫を踏みつぶしながら謁見の間に入っていった。




そこにいた人間は扉を破壊して入室してきたアウリアに目を丸くしていた。

中には魔法は行かない様に調整されていたため、謁見の間は温かく感じられる。

だが、アウリアの目は未だに冷たさを持っていた。


「お父様!一体何を……っ」


コツコツと入って来たアウリアは問いつめようと近づき、ふと目に留まったものに言葉を失った。

立ち尽くしている娘を、父である国王は玉座から見ていた。


「アウリア、何故部屋から出ている!兵はどうした!」


国王に命令され廊下の様子を見た兵士は顔を真っ青にしている。


「魔法を使ったのか!?アウリア!」

「なんて事……」


怒鳴る国王の言葉は、アウリアの耳には入らなかった。

アウリアの視線は謁見の間に広がる床に釘付けになっている。



部屋の中心に描かれた大きな円。

その中に複雑にある幾何学模様に古代アトス語と呼ばれる言語の起源である古代文字。

その文字が示しているモノ。

それを使う事によって起こる現象。



過去に見た事のあるその巨大な『魔法陣』が、既に発動しようとしている現実に心臓が鼓動を早めた。



「……お止め、下さい……」



アウリアの頭に浮かぶ後悔の渦が彼女を襲う。


無自覚に残酷な運命へと無理矢理引きずり込まれた犠牲者。

何も出来ずにいた過去の自分。

もう、繰り返してはいけないと心に刻み込んだその出来事がアウリアの胸を締め付ける。


「止めて!」


やっと出た言葉は父には届かない。

見ると、魔法陣の近くに立っているのは数人の魔道士、そして1人混じっているのはドレス姿の銀色の髪の少女……自分の妹である第2王女のティエル・ウルド・シュトレインだった。

周りの魔道士は魔力を送り、彼女が中心となって詠唱をしている。

この魔法陣を完成させるには魔力が足りず、それを補っているのだろう。

詠唱に集中している彼女は姉の存在に気づいていない。


自分の妹が行なおうとしている愚かな行為にアウリアは改めて怒りを露にした。


「ティエル!」

「アウリアを拘束せよ!邪魔をさせるな!」


兵士達が国主の命令で動き始める。

娘である彼女に傷を付けない様に兵士達は包囲するにとどまろうとしたが、拘束という命により、謝罪を口にしてからアウリアの手を掴んだ。


「お父様!こんなことをして、また戦をっ、犠牲者を出すおつもりですか?!」

「それを望んでいるのは魔の国、イオカリスであろう!これは我が国が勝つ為に必要な事だ!」

「それでも!これは許されざる行いです!何故分からないのですか?!戦いになるのであれば、私も戦場に赴きましょう!お父様がご命令されるのであれば、何人、いえ、何千人でも命を奪いその罪を背負う覚悟です!ですが!『無関係』な人間を巻き込む事は決してあってはならないこと……





10年前の事をもうお忘れになったのですか?!」





謁見の間から連れ出されようとしているアウリアの悲痛な訴えに国王は手を振る。

兵士達はアウリアを謁見の間から追い出そうと彼女を入口まで引きずる。

聞く耳を持たない父親にアウリアは失望を感じ、掴まれている腕に魔力を流した。


「『フリーっ?!」


拘束から逃れようとする彼女の腕にガチャッと何かが嵌められる。

腕に流れていた魔力が自分の体に強制的に押し込められ、反動でアウリアの体から力が抜けた。


「申し訳ありません、殿下っ」


命令なのです、と言う兵士の顔は本当に悲しそうな顔をしていた。

アウリアは美しい姫として、慈悲深く、心優しく、そして強い心を持った1人の女性として多くの民から慕われている。

兵士の中でも彼女の言葉に賛同する者はいるのだ。

だが、国王には逆らえない。

彼女がここでこの儀式を止めてしまえば、国主への反逆とみなされてしまう。


「お願いっ……放して下さい!」

「……どうかお許し下さい、殿下っ」


敬愛する彼女の言葉が胸に刺さるが、兵士達は彼女を崩れた扉まで連れて行く。

その間もアウリアは叫び続けた。


「ティエル!お父様!止めて!」


姉の叫びが聴こえない妹は詠唱を続ける。

魔力が陣に満ちていき、異様な空気が部屋中に漂って来た。

魔道士達にも疲れが現れ始めるが、儀式は止まる事は無い。


「あ……ぁあ……お願いっ……もう、止めて……っ」


凍っていた氷が溶けた廊下まで連れ出されたアウリアは青い瞳から涙を流した。

見た事のある光景が過去と重なる。


あの時の何も知らない自分と何も出来ずにいる今の自分。


(私は……何も変わらないっ)


「……め……さい」


謁見の間から冷気が漂う廊下に出されたアウリア。

遠ざかる部屋を見つめながら、彼女は呟く。


「ごめん、なさい……っ……ごめんなさ……」


連行されながら何度も口にする言葉に兵士達は何も言えなかった。

段々謁見の間が見えなくなる。

魔力を封じられたアウリアにはもう、何も出来ない。



「ごめんなさい……ゆ……がっ」



後悔とこれから起こる残酷な現実に涙を流す彼女が最後に見たのは、光り輝く魔法陣……そして、歪められた空間から放り出される様にして現れた人影だった。













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