余計なお世話
「――というわけで、今日は紅子の代わりに手伝いにきました」
にこにこと微笑む透哉が、キキを見下ろす。
長身の透哉からの目線が思いっきり下に向けられていることに、小さくてもプライドの高いキキはムムムと顔をしかめた。
リザードマン達にはもっと高い所から毎日見下ろされているはずだが、異種族に見下ろされるのは気に入らないらしい。
「何が、というわけなの?」
ツナギ姿に軍手を装備したキキが腕を組み、顔をしかめる。キメラ捕獲以来のツナギ姿の胸には《妹尾組》の刺繍がしてある。
山菜取りにいつものロリータ冒険者装備は不向きだ。
背中にはいつもの大荷物。銃を槍とハンマーを背負い、腹を縫われたおじいちゃん人形もしっかりくくり付けられている。
キキの奴、わりと人見知りなとこあるからな、とシオンは思った。威嚇から入るようなところがある。慣れれば際限なく図々しいが。
「だから、今後は透哉さんもバックアップしてくれることになった」
「いつも紅子がお世話になってます。ありがとう。今日はよろしくね」
透哉の格好は、軽いトレッキングにでも来たような、いわゆるアウトドアファッションだ。
厚手のウィンドブレーカーに、カーゴパンツ。夏でも山は冷えたりするので、ちょっと厚着くらいでちょうど良い。靴だけはただのアウトドアにしてはゴツい、シオンも履いているようなミリタリーブーツだ。
アウトドアファッションの広告のモデルがそのままそこに立っているようだ。何を着ていても様になっている。
笑顔も優しげで、たぶん引率の仕事でもしたら人気が出るだろう。
しかし、キキは納得がいかないようだった。
「うーん……この胡散臭い笑顔がね……ほんとに紅子のイトコなのか、疑ってる部分はあるんだよ……だって似てないもん」
「あはは。そういうこと、口にしちゃ駄目だよ? 受け入れるふりして素性を探っていかないと」
「リザードプリンセスがそんな邪道選ぶわけないでしょ。探りなんて入れたりしないよ。まあでも、キキちゃんの銃選んでくれた恩もあるか……」
「銃は使いやすい?」
「うん。無属性銃が口にしたとき好き。バスガス爆発みたいで」
「そう。良かった」
なでなで、と頭を撫でられ、「プリンセスを気安く撫でるな!」とキキが怒っている。
「あー、もうこの無遠慮なかんじ、出会った頃の紅子を思い出すよ……そうだよ、紅子は何してんの?」
「勉強?」
とシオンは答えた。透哉が付け加える。
「こっこはね、草間先生のお宅に毎日通ってるんだよ。みっちり朝から夕方まで」
「ひええ予備校みたい……」
あわわとキキが口に手を当てる。
「ハイジは?」
「……誘いにくい」
「そのハイジへの遠慮なんなの? プリンセスには草採らせていいと思ってんの?」
「レベル50のシャーマンに山菜採りさせるのか……?」
「関係ないない。今は25じゃん」
「それでもキキちゃんの25倍だね」
「う、うるさい……。キキは〈レベル・すごい〉なんだから。兄ちゃんこそレベルいくつなの?」
キキがキッと透哉を見上げ、ビッと指差す。
「僕は昔冒険者の資格を取ったけど、更新が切れて大分経つから、資格は無いんだ。だから入れないダンジョンも沢山あるけど、出来る限りバックアップしたいと思っているよ」
「無免許か。じゃあキキちゃんのが上だよ?」
「いいよ」
なんて奴だ……とシオンは呆れたが、透哉はいつも通りにこやかだ。
「紅子みたいにバンバン魔法使うの?」
「いや。僕はあまり魔力量が無いから、魔力に頼ったことは出来ないんだ。ただ治癒と反魔法は多少上手いと思うよ。それからあまり大きな声では言えないけど、精神魔法は得意なほうかな」
「ふーん。けっこう難しい奴ばっかじゃん……」
「浅羽家にいると、そのへんが鍛えられるんだよね。特にこっこといると。あと、魔銃の取り扱い免許はあるよ。体だけは大きいから少しは近接戦闘も出来るよ」
「うーむ。ま、アピールすんのは自由だし、実際の働きを見てみないと分かんないかな」
何様だろうコイツは。とシオンは内心呆れたが、透哉は気にした様子もない。心が広いなぁとシオンは思った。
「兄ちゃんのほうが体力ありそうだから、ハイジはいいや。ガルーダ体力無いしね。――じゃ、サムは? いや要らんけどな」
「蒼兵衛は……今日はニコねこ屋の誰かの誕生日パーティーらしい」
「いやそれキリなくない!? 誰かの誕生日のたびにパーティー出てたらキリなくない!? 大体アイツ、ニコねこ屋じゃなくない!? いつまであのワーキャット共にベタベタベタベタと……!」
「いいじゃねーか。寂しいんだろ」
「キモチ悪いわぁ……薄々思ってたけど、おかしいのってサムよりセイヤなんじゃない?」
「うーん……どうだろ。親友ってそういうものじゃないのか。オレには友達がいないから分かんねーけど。お前も分からないだろ? 友達いないから」
「い、いるよ……庶民だけど」
「それってリノやタズサのことか? 普段は友達って言わないくせに、こういうときは友達にするのか……?」
「やめてよそのマジに批難する目……もーっ! キキの話はいいの! サムの話でしょ!?」
地団駄を踏みながら、話を強引に戻す。
「だってさぁ、セイヤって身内に甘くない? シオンなんか同じワーキャットなのに仲間の紅子の誕生日パーティーなんて考えつきもしないのに。どこで差がついたの?」
「……会う暇ないんだよ。浅羽だって忙しいんだ。邪魔出来ない」
「今度してやろーよ」
「邪魔を?」
「誕生日パーティーだよ!」
キキが名前通りキーキーと喚く。その様子を見て、透哉があははと笑った。
「二人、兄妹みたいだね」
「え、どこが?」
「えー? こんな小さい兄ちゃん要らないんだけど」
シオンとキキが同時に嫌な顔をした。リザードマンに比べたら誰だって小さいし、そもそも小さい奴に小さいと言われたくない、とシオンが反論しようかと思ったところで、ぱんぱんっ、と透哉が手を叩いた。
「さ、仲良くお仕事しようか」
山菜や漢方になる魔草採りは、初心者冒険者ご用達とも言える仕事なのだが、最近ますます人気が無いらしい。
冒険者の登録数自体は増えているが、この手の仕事を受ける新人は少ないと、センターの受付嬢がぼやいていた。
理由は単純に、ただの単調な肉体労働だからだろう。採取場所がモンスターの現れやすい場所であるというだけで、別に冒険者がやる必要もない。山菜採り名人の老人が猟銃とナタや鎌などで武装して、ぱっぱと採ってきたりすることのほうが多いようだ。
しかし、やはりモンスターと遭遇する危険が高いため、冒険者にやってほしいというのが冒険者協会や警察の本音である。
そのへんの新人冒険者よりゴブリンや魔獣遭遇時の対処に慣れている山菜採り名人も多いが、いかんせん高齢化が進んでいる。
若い冒険者は、ゴブリンなど外来種のモンスター駆除のほうを華やかな仕事だと思っているようだ。
シオンはゴブリン駆除も嫌ではないが、山菜採りも嫌いではない。竜胆は好きだと言っていた。最近は仕事前に一応、どこに行っているかだけは連絡しておくのだが、今日も「えー、行きたかったなぁ」と言われた。父親のほうは、出版社の人と打ち合わせがあるらしい。
一度は息子が働いている姿を見たいようだが、父子で山菜採りはなんか嫌だなとシオンは思ってしまったので、予定が合わなくてほっとした。キキに子供時代の話とか披露されても困るし。
本当は、まだプレゼントを渡していないし、紅子に会いたかったのだが。
電話で誘ったときに、この世の終わりのような声で、
〈……明日も師匠のとこなの。へえー……山菜採りいいなぁ……私も師匠と山菜採りなんだぁ……その山菜を天ぷらにしたやつが私のご飯のおかずになるの……〉
と、いやに疲れた声で言っていた。
〈いま、外来種のマンドラゴラモドキが日本の山で爆発的に増えてるらしくて、ついでに駆除してるの。抜いたときに『ギョエー』って言うんだよぉ……でもソーサラーじゃないとちゃんと抜けないらしくって……〉
ふふ……と暗い笑いが聴こえたが、元気そうで安心した。
〈でもマンドラゴラモドキ、ちゃんと調理したら美味しいよ。師匠がね、おでん風に煮込んだりふろふき大根みたいにしてくれて。でもけっこう魔力持っているから、体の魔素に合わなくて食べられない人も多いんだって。私はぜんぜん平気だけど。むしろスナック感覚でいけちゃうんだけど〉
彼女はただでさえ魔力喰いの体質だから、マンドラゴラモドキの魔力くらいどうということはないのだろう。
あまり邪魔をしたくないので、短い電話にするつもりだったが、ついつい話し込んでしまった。やっぱり、浅羽と話していると落ち着く。あっちからよく喋ってくれるから、聞いているだけで楽しい。父親がよく喋るほうだから、そういう人が多分安心するのだと思う。
「勉強が終わったら、また一緒に行こう。オレも早く浅羽と仕事がしたいな」
そう言った直後、ボンッと音がして通話が切れた。
すぐに透哉から電話があって、
〈ごめんね。こっこが電話壊しちゃった。いま泣いてるよ、あはは〉
と言われた。それから、
〈この前、バックアップするって言っただろ? 良かったらその山菜採り、こっこの代わりに手伝うよ。車で行ったら楽だろう?〉
と言ってくれた。
車の存在は本当に助かるので、毎日仕事で疲れている透哉に悪いとは思ったが、頼んでしまった。
採取場所は、群馬と長野の間にある、浅間連峰の黒斑山だ。
現在も活発な活火山である浅間山の外輪山で、普通の冒険者では立ち入りの許されない深いダンジョンも幾つか存在している。
駆け出し冒険者でも入れる浅いダンジョンもあるので、ソロ時代に駆け出しの引率を何度か依頼されたこともあるが、ほとんど断っていた。新宿からバスで四時間以上かかるので、日帰りのクエストというわけにもいかなかったからだ。
今回はキキしか捕まらなかったが、キキとなら妹尾組の誰かが車を出してくれるのではという淡い期待があったし、そうでなくてもキキと二人でバスで行き、宿泊施設を使ってもいいかと思っていた。
冒険者の簡易宿泊施設など紅子には使わせられないが、シオンの中でキキは女にカウントされていない。この前、腕相撲で負けたときからそう思っている。ヤシの実を頭突きで割るわ、でかい魚の頭をスナック感覚でバリボリと貪れるくらい歯も顎の力も強い。トカゲばりに動きもけっこう素早い。
二足歩行できるちっさいワニ、と蒼兵衛が言っていたがあながち間違いではない。
やっぱり、見た目は人間の子供のようでも、半分はリザードマンだ。自分は人間の子供達より強く優れている、というプライドの高さも無理はないのかもしれない。
別に人間の子供がみんな差別的だとは思わない。むしろ日本は人間と多様な亜人種が上手く共存している。
それでも住んでいる区域が違うと、違いに馴染みが薄いのだ。亜人居住区で働く人間やその家族は慣れたものだろうが。特に子供となると、悪意無く人を傷つけることも多いだろう。
近所でも、シオンの耳や尻尾のことをからかう大人はいなかったが、同じ子供にはモンスター呼ばわりされたこともあったし、除け者にされたこともある。
気にしない子供や逆に近寄って来る者もいたし、小学校帰りのシオンに通りすがりの大人がいきなり「ワーキャットが人間の道を歩くな」と怒鳴られたこともある。
今思えばそんなもの人間がどうのではなく、ただそいつの人間性だと思えるが、子供の頃は普通に傷つき、家に帰って父親によく泣きつき、耳と尻尾を取ってもらうよう頼んだものだ。その直後、姉が怒り狂って木刀片手に飛び出す、までがパターンだった。
亜人の子供は人間の中で過ごすと、ある程度達観するか、人間不信に陥るかのどちらかだ。シオンは前者のほうだった。中学で酷いいじめは受けたが、人間そのものを嫌いにはならなかった。
キキは若干後者のような気がする。最初、紅子へも当たりが強かったし。
「……分かってたけど、つまらん……飽きる……何故リザードプリンセスがこんな……」
ブツブツとキキが文句を言いながら、ブチブチと山菜を採っている。
「つまらないなら、為になるお話でもしようか?」
山菜を摘みながら、透哉が言った。
「採ってる山菜のこと、キキちゃんは知ってる?」
「知らん」
不機嫌でぶっきらぼうになっているキキに、透哉は怒りもせず笑顔を向けた。
「じゃあ知っておこうか。ここに群生している、コブニルグサという山菜は、『山に生える昆布』と言われるほど、水で洗って乾燥させると昆布そっくりのダシが出るんだ。昔から山に住む者はこれを昆布代わりにして、吸い物に入れたり煮つけにしたりするんだよ」
「うええ……面白くない話だよぉ……」
「ただ、この辺りは野生動物が数多く生息しているので、それを餌に狙うモンスターも多く現れるんだ。だから、キキちゃんのような強ーい冒険者じゃないと、出来ない仕事だよ?」
「あっ、上手くキキちゃんをのせようとしたな……!」
「あはは」
だが、透哉の言う通りだ。この山は珍しい山菜が多数生え、数少ない野生動物の姿が見られ、浅間山を眺められる景色も人気で、登山客が絶えない。
同時に危険な場所でもあるので、こうした山菜採りは冒険者に仕事が回される。
「モンスター退治のが良かったよ……」
「つべこべ言うな。浅羽なら文句言わずやってくれるぞ」
「やってるじゃん……文句言ってても手は絶対紅子より早いよ!」
怒りながらも、キキはブチブチと採取を続けた。
三人いるだけあって、昼までにけっこうな量が採取出来た。
「よし、場所を変えよう」
かごを背負い、シオンは立ち上がった。
「うええええ……まだ採るのぉ」
「ノルマを達成してないからな。午後もずっと採るぞ」
「面白くねええええ」
「よしよし」
うんざりした顔のキキの頭を、透哉が撫でる。
「なに気安く撫でてんの?」
「こら、どうしてそういう言い方するんだ」
「プリンセスを気安く撫でるほうが悪い……」
キキが口を尖らせる。
「なんで、手伝ってくれてる透哉さんにそんな態度取るんだ。お前はずっと妹尾組と仕事してきたけど、そうじゃないときはバックアップの人達と仲良くしていかなきゃいけないんだぞ」
「……分かってるもん……」
「分かってない。なんでお前はいつもそう……」
「小野原くん、ご飯にしない?」
「え?」
唇を噛んで俯くキキを、シオンが厳しく咎めかけたところで、透哉が口を挟んだ。
「小野原くんは仕事中はあまりご飯食べないほうだろう? でも、僕はお腹が空くから、そろそろお昼にしようよ」
「あ……すみません」
紅子といるときは、すぐに彼女の腹の音が聴こえるから気がつくことだが、キキはつまらないとかしょうもない文句は言うが、腹が減ったとか、疲れたとか、そういうことはあまり言わない。
……もしかして、腹が減って機嫌が悪かったのか?
「キキ、腹が減ったらちゃんと言えよ?」
「えー? あたしは別に大丈夫だもん」
「お前、腹減って機嫌が悪いんじゃないか? そういうことはちゃんと言えよ」
「は? 別に機嫌悪くないけど?」
「弁当は持って来てるだろ?」
「あるけど……マジでいいってば。シオンこそ持って来てんの? どうせいつもみたいに食べないんでしょ」
「あるぞ」
「へ。あんの?」
ダンジョンではブロックタイプの栄養補助食品やゼリー飲料、糖分補給にキャラメルくらいしか口にしないが、今日はずっと採取するので、一応おにぎりを握ってきた。
「ああ、今日はオレも持って来た」
「……じゃあ食べようかな」
キキは手に持っていた山菜をかごにバラバラと放り込み、パンパンと手をはたく。ちょっと機嫌も治ったようだ。
もしかして、シオンが仕事中はあまり食事を採らないから、遠慮していたのだろうか。
いつもワガママで偉そうで文句が多いくせに、リザードマンであることへの誇りが強いから、本当に辛いときに辛いと言わない。
それはあまり良くないな、とシオンは思った。やえやハイジの話を聞いて、強いとばかり思っていた姉も、そうではなかったのだと、改めて知ったということもある。
「キキ、お前はもうちょっと、ほんとのこと言えよ」
「は? 何? 急に」
「だから、しんどいときはしんどいって言わなきゃ、仲間も分からないだろ。そういうのは、味方の足を引っ張ることにもなるから」
「はぁぁ?」
キキが思いきり顔をしかめる。
「あたしがいつ足を引っ張ったっての?」
「そういうことを言ってるんじゃない。お前はちょっと強がるところがあるけど、それはかえって仲間の為にもならないんだ」
「はぁ……? なんか今日えらく絡むなぁ……」
厳しい言葉をかけるシオンに、キキは不可解そうに眉をしかめた。が、さっきより機嫌が良くなったので、深く気にしなかった。
「まあいいや、ご飯食べよ、ご飯!」
あまり草の生えていない場所で、透哉が持って来てくれていたレジャーシートを広げる。
「アンタらも食いなよ!」
キキが大きなリュックの中から風呂敷包みを取り出した。
包みを解き、大きな三つの重箱を並べ、ぱかっと蓋を開けると、一番下の重にはずらりと並んだおにぎりといなり寿司。上の二段には煮物や焼き物や揚げ物やデザートまでぎっしりとおかずが敷き詰められていた。
「へぇ、立派なお重だね」
「妹尾家特製だよっ。朝からおばあちゃん達がこさえてくれたんだよ。おばあちゃん達、てっきり紅子がいると思ってたから、作り過ぎちゃってるけど」
「すごいなぁ。お花見みたいだね」
珍しく、透哉が興奮したように、目を輝かせていた。
その腹がぎゅううと鳴った。
シオンとキキは同時に彼の腹のあたりを見た。
「……鳴ってる、鳴ってるよ、兄ちゃん……」
「浅羽そっくりだ……」
「いや、普段あんまりお腹いっぱい食べられないから……」
はは、と恥ずかしそうに透哉が頭を掻く。
家にお金が無いって浅羽はいつも言っているけど、浅羽があれだけ食べないといけないんだから、大変なんだろう……とシオンは同情した。
「僕はこれしか持って来てなくて……」
透哉はコンビニ袋に入っている、サンドイッチと菓子パンを恥ずかしそうに見せた。
「そんなんじゃ元気出ないよ」
「そうだね……」
「兄ちゃん体おっきいのに」
「こっこがたくさん食べなきゃいけないからね。ろくに魔力もない僕までばくばく食べるわけにはいかないから、普段は節制してるんだ。だから、そんなに食べなくても大丈夫なんだよ。昔ダンジョンに潜ってたときもあるから、慣れてるし」
「じゃあ食べれるときは食べなよ。余ったら持って帰っていいよ」
「ありがとう。さすがリザードマンの名家、妹尾一族だなぁ。豪勢で美味しそうだ。キキちゃんはとても心が広いなぁ」
「むふふ……」
一族ごと褒められて、キキはふんぞり返り、鼻をひくつかせた。シオンが妙に駄目出ししてくるので、透哉の言葉がより気持ち良いらしい。
「シオンも食べなよ?」
「オレも一応、持っては来てるんだけど……」
「やめてよ、そんな汚いバッグに……買いなよ……」
シオンにしては珍しく米を炊き、朝におにぎりを作った。蒼兵衛が居たときに買わされたので米が余っているのだ。作ったおにぎりは使い古したナップザックに、ケースごと放り込んできた。
「そっ、そのおにぎりケースは……!」
「なんだよ……」
冒険者博で衝動買いしてしまい、紅子以外のパーティーメンバーを爆笑の渦に叩き込んだ、長持ちするおにぎりケースを手に、シオンは頬を赤らめた。
「自分でおにぎり作って来るなんて偉いなぁ」
「ウプッ……」
キキが口を手に当て、笑いを堪える。
シオンは顔をしかめ、作ってきたおにぎりをケースから出さないまま、ナップザックに戻した。
「……オレもそっち食べる。たくさんあって、美味そうだし」
「じゃあキキがそのおにぎり食べるよ! 何入ってんの?」
「く、食わなくていい……」
「何入ってんの? マジで気になる」
「興味を持たなくていい……」
「そこまで嫌がるということは、シャケやおかかではない……?」
「何を入れててもオレの勝手だろ……」
「食べたい!」
「いいって言ってるだろ!」
キキがナップザックを奪おうとしたので、慌てて先に掴む。キキが飛びついてきて、取っ組み合いになりかけたところで。
――ギュルルルルとすごい音がした。
「……ご飯、食べていいかな?」
シオンとキキの視線を浴びながら、透哉がははは……と乾いた笑いを浮かべた。
――やっぱり、親戚なんだな……。
見る見るうちに減っていく重箱の中を見ながら、シオンはそう思った。
大食の草食獣のようにゆっくり沢山食べる紅子と違って、透哉は上品な箸捌きで、ひょいひょいぱくぱくと平らげていく。
「美味しいなぁ。お腹いっぱい食べるのって久しぶりだ」
「そうなんですか……」
紅子ほどではないが、かなりよく食べる。日頃、我慢しているぶん、余計なのかもしれない。紅子に食べさせるために、そんなに……と思うと、気の毒だった。だから紅子も頑張るのかもしれない。
「……紅子と結婚する男は、大変だよね」
焼き魚の尾頭付きを丸かじりしながら、キキがしみじみと言った。
「お前ほどじゃないんじゃ?」
「キキちゃんと結婚するなんて王族レベルじゃないと釣り合わないからね!」
「キキちゃん、おうちがお金持ちだから、きっと結婚したい男はごまんといるだろうね」
「ピンポイントにお金持ちなとこだけ言うな!」
「妹尾一族の名前は強いよねぇ」
「レディに言う話か! 若干空気読めないとこ、やっぱり紅子に似てるな!」
「あはは、ごめん、冗談。あとキキちゃんは可愛いし、優しいし。美味しいご飯ありがとう」
「ふんだ。分かってるよ」
「普段は胃が慣れてるから、そんなに食べなくても平気なんだけどね。最近はけっこうお腹が減るんだよね」
「浅羽と同じ体質なんですか?」
「魔力喰いではないけど……こっこがまとまったお金を家に入れてくれるようになってきて、おかずが一品増えたからかなぁ。胃が広がってしまったかな」
「へえ」
「あと、こっこの傍にいると日常的に魔力を吸われ……」
「大丈夫なんですか?」
「はは、一緒にいる以上、多少は仕方がないよね。取り込んだ魔石のせいもあるだろうし。落ち着いたら自然にコントロール出来るだろう」
「紅子、ワイト吸ってたよ。あんななんない?」
「僕、霊体じゃないから……吸われているといっても、微量だよ。僕と紅子は血が近いから、どうしてもね。全部吸ったりなんてされないから、大丈夫だよ」
言いながら、またキキの頭を撫でる。キキは眉をしかめたが、今度は特に文句を言わなかった。
「紅子んちのご飯って誰が作んの? よく話してるおばちゃん?」
「ああ、それは僕のお袋だね。基本はそうだけど、体調が悪いときは僕が作ったり、紅子も作ったり、父も作れるし」
「ふーん。うちんとこは、男は料理しないよ」
「そうなんだ」
「台所は女の職場だから、入ったら駄目なんだよ。おばあちゃんが絶対許さないの」
「キキちゃんもお手伝いするのかい?」
「キキはおじいちゃんみたいに、一族の長になるからしなくていいの」
「でも、好きになった人がお金持ちじゃない人かもしれないよ。その人のおうちに入りたいって思うかもしれない」
「え? キキちゃんは、政略結婚しかしないよ?」
「え?」
「当たり前じゃん。キキちゃんが選ぶからには、それなりの名家の男じゃないと……」
ぽいっと魚の尻尾を口の中に放り、大口を開けておにぎりを押し込む。もぐもぐもぐもぐと口を動かし、しっかり飲み下してから口を開く。
「……プリンセスともなると、一族の繁栄の為に生きてるからね」
「へぇー、じゃあもう許嫁とかいるの?」
「うん。いるよ」
「いいなずけってなんだ?」
シオンの言葉に、キキが嫌な顔をする。
「こんなバカに説教されてたなんて……」
「将来、結婚を約束している相手のことだよ」
「誰の?」
「この話の場合、キキちゃんだね。キキちゃんの旦那さんになる人」
ブッとシオンは飲みかけていたお茶を吹き出した。
「うわっ、汚っ!」
「ゴホッ……! び、びっくりした……!」
「なんでよ? キキちゃんにカレシがいて何が悪い」
「カレシ……!?」
「……というのは嘘で、許嫁候補の男は腐るほどいるっていう話なの」
「嘘……!? なんで嘘なんかつくんだ!?」
「うおっ? なんなの?」
「嘘はつくな! すごくびっくりしただろ!」
「え、知らんがな……ビックリし過ぎじゃない? シオンってキキのこと好きなの? 無理だよ、一般ワーキャットは。釣り合わないから。ごめんね?」
肩をぽんと叩かれ、そこはかとなくイラつくが、嘘と分かってほっとした。
改めて茶を飲もうとすると、
「小野原くんは、キキちゃんのこと可愛いんだねぇ」
「ブッ!」
「吹くなぁ! お行儀悪いよ!」
またお茶を吹いてしまった。最近、こういうシーンをよく見たような……。
ゲホゴホと咳き込むシオンを見て、透哉が笑う。
「なんか、過保護なお兄ちゃんみたい」
「うん、こんなもんだよな。ノルマ以上に採取出来たんじゃないか?」
持って来たかご二つがいっぱいになり、シオンは思っていたより早い時間で済んだことを内心喜んだ。
三人もいて、シオンもキキも採取慣れしているし、透哉は仕事が早かった。それに魔草に詳しく、「あ、これは色んな漢方薬の材料になるよ」なんて言いながら、他の魔草も合わせて採取してくれた。
「ねえねえ、これどーすんの?」
コンビニ袋いっぱいに詰まった、貴重な(らしい。透哉が言っていた)魔草を、キキが掲げた。
「見せてみようよ。買い取ってくれるかもしれないよ」
「これっぽっちなのに?」
「これだけあればけっこう良い値になると思うけれど。さあ、魔草だって新鮮さが大事だよ。車に運んで、納品してしまおう」
「むむ。一理ある」
透哉がかごを一つ背負い、腕にも一つ抱える。シオンも一つ背負いながら、慌てて言った。
「あ、オレが持ちます」
「いいよ、僕のほうが大きいし。たぶん小野原くんより力持ちだよ。ケンカは負けちゃうだろうけど」
「でも運転もしてもらってるし」
「草くらい重たくもなんともないし、僕運転好きだし、得意だから。バックアップするって言っただろう? こっこも来られないし、その代わりだよ。魔石を見つけてくれた、そのお礼もしてないんだから。体で返すよ」
「でも」
「そのくらいしか出来ないから、させてもらえる? そのほうが、気が楽なんだ」
透哉は微笑んでいるが、有無を言わせない雰囲気がある。口が回るぶん、押しも強い。シオンはそれ以上言いづらくなった。普段は優しいけれど、笹岡とはまた違った強引さがある。笑顔で押しきってしまうような。
「じゃあ……お願いします」
頭を下げたところで、警報が鳴った。
山岳では珍しいことではない。モンスターの出現を知らせ、登山客に下山を促すものだ。
「ありゃ。サイレンだ」
のんびりとした声で、透哉が空を仰ぐ。
〈――……登山客の皆さまは、ガイドやお近くの山岳警備員の指示に従い、速やかに下山してください。またはお近くの山小屋に避難してください――……〉
ウウウウ、ウウウウ、と響くサイレンと共に、機械的な女性の声が告げる。
〈……警戒級モンスター出現中。警戒級モンスター出現中。冒険者ライセンスをお持ちの方々は、登山客の皆さまの護衛、山小屋の警備、モンスターの討伐にご協力お願いします――……〉
「モンスター討伐!」
キキがぴょんと跳び跳ねる。
「いや、山小屋の警備だろ。もし途中で登山客を見つけて、誰も守ってなかったら守ってやらないと」
「うええ。山をナメてる人間なんか放っときゃいいじゃん」
討伐に行きたいキキは、シオンの言葉に頬を膨らませ抗議した。
「なんでそんな言い方をするんだ、お前は。お前以外のリザードマンはそんなこと言わないぞ。おばあさんに叱られるぞ。いま言ったこと報告するからな」
「なっ……!」
キキの顔がさあっと青褪めた。怒れる祖母の前では、さしものキキもヘビに睨まれたカエルになる。
「なっ、なんの権限があってシオンがそんなことすんの!?」
「オレはリーダーだし、お前の保護者代理だから」
「なにが保護者よっ! 十六歳のくせに! キキちゃんと四歳しか変わんないじゃん!」
「次のオリンピックが開催されるくらいの歳の差はあるよね」
ギスギスしてきた空気を、透哉がのん気な感想を挟む。
シオンははあと息をつき、いちいち食ってかかるキキを見下ろした。
「……どうしてお前は、そんなふうに人間を見下すんだ? お前なら、人間の学校にまた通うことだって出来るのに」
「は!?」
キキは心底驚いたように声を上げた。
「言ってないしそんなこと! なんでそういう話に!?」
「ずっと思ってたんだ。お前は亜人の学校に通えば、きっとリノやタズサみたいな友達がいっぱい出来る。でも、がんばれば人間とだって上手くやれる。見た目はオレよりずっと人間なんだから、またお前は学校に通える。そう意地を張るなよ」
「意地!?」
キキは目を見張って、シオンをキッと睨みつけた。
「がんばるってなに!? なんであたしが!? なんであたしが人間と仲良くしたいのに意地張ってるみたいな流れになってんの!? 金輪際ゴメンだよっ! 人間なんて紅子とかサムとか変な奴ばっかりじゃん!」
「その身内がここにいるんだけど……」
透哉は笑っているが、シオンはかっとなってキキを叱りつけた。
「失礼だろ! なんでお前はそうすぐキーキー怒るんだ!」
「お前こそなんじゃ! いきなり偉そうに突っかかりやがって!」
溜まっていたものが爆発したかのように、キキはガァッと大声を上げた。リザードマンだけあって声がよく通る。
「もー我慢の限界だよっ! シオンだってっ……アンタだって! 学校でやなことあって、行けないくせに! いきなりなんなの!? 今日のシオン、すっごいムカつく!」
「……え?」
そんなふうに思われていたとは知らなかったシオンは、目を丸くした。
「どうせさぁ! なんか自分だけスッキリするようなことあったんでしょ! だからあたしに突っかかるんだよ! シオンそーゆーとこあるもん!」
「えっ? オレが?」
「そうだよ! めちゃくちゃ分かりやすいんだよ! 自分がそうだからって、キキに押し付けるのはやめてよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴っているうちに、キキの目許にじわりと涙が浮かんできた。
「キキ……?」
「やかましいわい!」
声をかけると、キキが手にしていた魔草の入ったコンビニ袋を投げつけた。
「なーにが『オレと違って』じゃ! シオンなんて、シオンなんてさっ……! 人間にしてみりゃ可愛いアクセサリー程度の耳と尻尾付いてるだけじゃん!」
「ア、アクセサリー……?」
キキが轟音のような声で怒鳴るたび、敏感な耳がひくひくと動く。
「そうだよ! アンタみたいによくいるライトミクス・ワーキャットなんかとは背負ってるモンの重さが違うんだよ! 背面にウロコだよ!? 人間にはこれが気持ち悪いのかもしんないけどっ……! キ、キキのウロコと尻尾は、お、お父さん譲りのっ……! おじいちゃんやおばあちゃんやみんなとおんなじっ、リザードマンの誇りなんだもんっ……!」
ひっくひっく、と途中から声を詰まらせながら、キキは大粒の涙をぽろぽろと零した。
「だからっ……キモいと言った人間のクソガキは許さん! リザードマンをバカにする人間は許さん!」
「おい、キキ……オレは別にそんなこと……!」
「自分が吹っ切れたからって、勝手なこと言うな! ワーキャットふぜいがぁ!」
「――いってぇっ!」
近づいてきたシオンの背後にさっと回り込み、急所の尻尾をぎゅっと握られ、ぐいっと引っ張られた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁん!」
怪獣のような泣き声を上げ、キキはだっと逃げ出した。
が、すぐに背の高い草に足が絡まり、ごろんと転がった。
「ぴぎゃっ!」
「ありゃ。大丈夫?」
透哉がのんびりとした声を上げる。キキは答えず四つん這いのまま草の中に消えていった。
「あっ、こら……キキ! キキ!」
追いかけようとしたシオンだったが、尻尾に残った痛みで出遅れた。それでもすぐに走れば追いつく。急いで背負っていたかごを下ろし、駆けだそうとした。
「あ、ストップ」
がしっと、大きな手がシオンの腕を掴む。
「え」
魔道士にしては、けっこう力が強い。振り解こうとしたが、透哉はにこにこと余裕の表情で、びくりともしない。
(なんでだ!? 肉体強化!?)
それとも単純に力が強いのか。肉体的には強くないと思っていたが、軽く掴まれているはずの腕が振り解けない。焦るシオンの耳に、がさがさがさとキキが草の中を這って行く音が遠ざかっていく。
「あ、這うんだ……トカゲだね……」
「――離してくれ! サイレンが鳴ってるのに、あいつ……!」
「キキちゃんならそこらのモンスターなんかにヤラれないよ。それより、ちょっと落ち着こうか。小野原くんのほうが、頭を冷やしたほうがいいね」
「オレが……?」
「うん。あと、僕ごときの腕を振り解けなくてびっくりしただろう? 肉体強化だと思った? 〈拘束〉だよ。『ストップ』って言っただろう?」
「えっ」
振り解けないんじゃなくて、自分の体が一瞬動かなかったのだと、シオンは透哉に言われて気づいた。
「止まれ、ストップ、動くな――咄嗟に言われたら、誰だって一瞬体に緊張が走る。その一瞬でいいなら、短いシンプルな詠唱は実は一番有効的だったりする。君は感覚が鋭敏だから特にかな」
言われてみれば、今はもう体が動く。透哉が手を離した。
「実戦では、長々とした威力の高い詠唱より、その状況で一番力を発揮する魔法を一瞬でセレクトする。ひたすら瞬発力を鍛えるのは、戦闘魔道士の基本でね。さて、僕の長いうんちくの間に、ちょっと冷静になれた?」
「……あ! キキ」
「ストップだって。落ち着きなさいってば」
今度は魔法ではなく、やんわりと言って、透哉は片足でシオンの足を払った。
「わっ!」
まさか透哉に見事な足払いを決められるなんて思っていなかったので、完全に油断していたシオンは膝をついた。
「戦闘魔道士だって言ったよ? 体は鍛えてる。僕が敵だったら、小野原くん死んじゃうよ。弱そうな人間がにこにこ笑って近づいてきて、一瞬でも〈拘束〉喰らってナイフで刺されちゃったら。落ち着いて。僕は君より弱いけど、君を引き留める術をあと十個くらいは思いついてる」
透哉が話している間に、たしかに少し落ち着いてきた。
「……キキを捜さないと」
「分かってる。簡単に見つけられるから、小野原くん、ちょっと落ち着いてね? 興奮してるキキちゃんを君がすごい剣幕で追いかけても、逃げるだけだ」
「……居場所が分かる魔法があるのか……?」
「いや? GPSで。キキちゃんの保護者代理なら、居場所は常に把握出来るように、ご家族からその手段を与えられるんじゃない?」
「あっ、そうだった……!」
キキの持っている携帯電話が常にGPS信号を発しているし、冒険中に持ち歩いているおじいちゃん人形の中にも、実は居場所を知らせるGPS発信機が仕込まれていると、祖母の静音から聞かされている。それをシオンの携帯電話で受信出来るように設定してもらっているのだ。
「わ、忘れてた……!」
ウェストポーチから慌てて携帯電話を取り出す。
「小野原くん、落ち着きあるようでないね」
透哉の声がずしっと重い精神ダメージになった。
「僕はキキちゃんの事情はあまり知らないけど、さっきの会話で何となく分かったよ。君と境遇が似ているキキちゃんのことが大事で心配なのは分かるけど、それぞれのペースというものがあるから……」
「……大事で、心配……?」
「自覚はしてもいいんじゃない? 君なりに、キキちゃんのことが可愛いんだよね」
「え……?」
「いや、なにその嫌そうな顔」
「だ、大事とかじゃなくて、ああなったら何するか分からないから……」
「小野原くんがそう思えば思うほど、キキちゃんは気分を害するんじゃない? 気位の高い子だし。小野原くんが思ってるより、子供かな?」
「たしかにキキは戦闘能力は強いし、冒険中は意外とちゃんとしてるけど、今は興奮してる。そうなったら自分を抑えられないし、暴れ出したら手がつけられない。放っておいたら駄目なんだ!」
「そういう保護者目線で接するから、キキちゃんを怒らせてしまうんじゃない? そういう態度で捜しに行っても、また衝突すると思うんだけど」
冷静だが、少し強い口調で透哉が言った。
「でも……アイツは見境がなくなったら、モンスターの大群にだって正面から突っ込んじまう。下手したら人間や亜人にまで攻撃を……」
傷ついても傷ついても構わず戦うバーサーカーは強いが、そのぶんいつも大怪我をしている。それがたった一人で、モンスターの大群に遭遇したら。
キキは何匹ものモンスターを噛み千切るだろうが、その間に自分も傷ついてしまう。
「危ないんだ……誰かが一緒にいないと……」
「分かった。落ち着いて。でも、キキちゃんをそういう状態にしたのは、君でしょう?」
「え……」
「だから、小野原くんを見て、余計に興奮するかもしれない。分かる?」
「オレが……オレのせいで……?」
「君が悪いってわけじゃないけど、原因の一端ではあるかな。はっきり言うと、『余計なお世話』っていうか」
透哉は笑いながら言ったが、シオンは固まった。
シオンは彼の言うことを信用していたので、余計にショックだった。
「オレ、何言ったっけ……?」
「まあ色々と」
訳が分からなくなったシオンの耳がしゅんと下がる。
「……じゃあオレは……オレは、どうしたらいいんだ……?」
「とりあえず、一緒に行こう。キキちゃんに人間と仲良くしろとか、学校に行ったほうがいいとか、今は言わないほうがいいんじゃないかな。政略結婚まで考えてるくらいだから、あの子なりに自分の人生に対して考えは色々あると思うし、自分で解決出来ると思うよ。君がそうだったように」
「……オレは、押し付けてたのか……?」
「若干ね……まあ落ち込まないで。キキちゃんもそのうち、小野原くんがキキちゃんのことを想って言ってくれてたんだって分かるよ。でも今はたぶん、そういう心境じゃないと思うから」
「……どうしたら……?」
「すぐに話を聞くかは分からないから、見つけたら僕がさっきのやり方で〈拘束〉して動きを一瞬止めるよ。その間に捕獲しよう。興奮して暴れるようなら、リザードマンに精神魔法はかかりにいくんだけどね、〈懐柔〉という精神魔法をかけてみよう。対魔獣向けのちょっと珍しい魔法なんだけどね」
「完全にモンスター捕獲のやり方だけど、怒らないかな……?」
あと、ちょっと透哉が魔法をかけたそうにしているのが気になる。
「精神魔法というより、魔獣捕獲魔法と言ったほうがいいかな。あまり研究の進んでいない分野で……」
「透哉さん、その話あとで聞きます! キキを捜すの手伝ってくれ!」
シオンの悲痛な声が辺りに響き渡った。