海蝕ダンジョン
観光客向けのホテルが立ち並ぶ区域で水上バスを降りると、シオンは手にした周辺の地図を見た。冒険者センターでプリントアウトしてもらったものだ。
「オレたちが泊まるのは、《ホテル・ボワイヤージュ》ってとこだ。水上バスを降りたらすぐ見えるはず……」
「あれかなっ?」
紅子が指差した建物を見て、キキが顔をしかめた。名前だけならリゾートホテルのようだが、ただのビジネルホテルだった。
「うう、なんかボロっちい……」
「そうか? でも寝るだけだしな。センターが紹介してくれるとこは冒険者協会と提携してて安いんだよ。割引きしてくれるんだぞ」
壁がうっすらと黒ずんではいたが、山奥のダンジョン近くによくある雑魚寝しか出来ない宿泊施設よりよっぽどマシだ。
「雑魚寝じゃないだけいいじゃないか」
蒼兵衛が言った。車酔いからはすっかり立ち直ったらしい。
「アンタらは山小屋での雑魚寝に慣れてるかもしんないけどさぁ……リザードプリンセスには相応しくないよ……」
「お気の毒に。じゃあ、僕は別のホテルを取ってるからここで」
無表情で告げたハイジに、すかさずキキが尋ねる。
「ハイジはどこ泊まんのっ?」
「向かいだよ。あのホテル」
「うらやましい!」
ハイジが目線だけで示したのは、《ホテル・ボワイヤージュ》と道を挟んで向かいにある、いかにも高級そうなリゾートホテルだった。
「うらやましいうらやましいうらやましいっ! なんでハイジだけっ!?」
「自腹を切ったから。中にプールがあるそうだよ。僕は泳がないけど」
「キ、キキちゃんも泳がないもん!」
「だったら寝るだけだから大差無いね」
「あるよぉ! ズルい! ズルいよぉ! パーティーなのに一人だけ! セレブめ!」
「何を言ってるの。僕の資産はすべて労働の対価だよ。君のほうがお金持ちだろう」
「お金持ちなのはおじいちゃんで、キキちゃんはおばあちゃんに決まった額のお小遣いと交通費しか持たされてないんだよぉ!」
「妥当だね。じゃあ……僕はもう行くよ。人に酔ったみたいだ……」
小声で呟き、ハイジが顔を背ける。車酔いをしていた蒼兵衛ほどではないが顔色が悪い。
「大丈夫か?」
シオンが尋ねると、ハイジは正直に首を横に振った。
「大丈夫じゃない……けど、一人になったら治るから問題無いよ。それじゃ……」
さっさと行ってしまったハイジの後ろ姿を見送りながら、紅子が心配そうに呟いた。
「大丈夫かなぁ、顔色悪かったけど……」
「人に酔うって言ってたな。変わった病気だな」
「それマジで言ってんならシオンただのバカだよ?」
「おそらく人じゃない者も見えてるだろうしな」
蒼兵衛が言うと、紅子がウッと顔をしかめた。
「なんか大変そう……」
モンスター化した幽鬼は霊力に乏しい者の目にもはっきりと見えるが、それ以前の霊の姿は多くの者の目に見えないし存在を感じることもない。モンスター化していない霊体はスピリッツと呼ばれ、霊力の強い者はそういった存在まで感知してしまう。
「紅子も魔力強いじゃん。スピリッツぐらい見えるんじゃないの?」
「いやー……私、霊力のほうはあんまり……ていうか見たくないし……」
「見たくないものを見ないで済むのは、便利だな」
その何気無い蒼兵衛の言葉が、シオンははいやに引っかかった。
見たくないものを見ない。
――それって、精神魔法じゃないか?
「考えごとか? リーダー」
蒼兵衛に声をかけられ、シオンは顔を上げた。
「ワニ子のワガママなど気にする君ではないと思うが、早く中に入らないか? 流石の私も今日は部屋でゆっくり休みたいんだが」
「あ、ああ。ごめん」
「下調べは斬牙の連中に任せておけばいい。その為のバックアップだろう。今は一刻も早く休むべきだ。私の為に」
「最後のセリフは胸にしまっておけなかったのかよ」
キキが冷たい目を向ける。
「ね、ハイジさん、ご飯くらい一緒に食べないかな?」
「食べない食べない」
紅子がリゾートホテルのほうを見ながら言った。キキが顔の前でパタパタと手を振った。
「『他人と食事することに何の意味が? そもそも他人に食事する姿なんてよく見せられるね。気がしれないよ』とか言い出すって」
「私と真逆だな。私など一人で食事なんて寂しくて死にそうになるのに」
キキの物真似に、蒼兵衛が感心したように頷いた。それからシオンにそっと耳打ちした。
「な、後で水上歓楽街に行ってみないか? 紅子には内緒にしていてやるから……」
「あのな……セイヤさんに言うぞ」
すると蒼兵衛は拗ねた子供のようにそっぽを向いた。
「ふん。あいつに私の新たな恋路を邪魔する権利などあるものか。大体、シリンを譲ったのだから協力してくれてもいいぐらいだろう。それを私の行動にいちいちうるさく口出しを……私の父親か? アイツは」
「うん、だんだんそんなふうに見えてきた……」
ホテルの部屋は二人部屋が一番安価だったので、男女で一部屋ずつ取った。
隣り合った部屋にそれぞれ入るとき、紅子が笑顔で言った。
「後でご飯食べようね!」
「ああ」
今日の紅子はいつも以上に元気だ。遠足気分というわけではないだろうが、パーティーで遠出をしての冒険は初めてだから、気分が高揚しているのかもしれない。いつもダンジョンに行く前の紅子は緊張しているから、シオンも何となく嬉しかった。ワーキャットのシオンは海風も海辺のダンジョンも正直好きではないが、人間は海が好きみたいだし。
「……おい、ベッドが一つしか無いんだが?」
部屋に入るなり、蒼兵衛が呟いた。
中央にベッドが一つある他に、テレビの置かれた机、一人掛けソファがある。
「うん。だってそういう部屋だから」
平然と答えるシオンに、蒼兵衛が顔をしかめた。
「私は寝相はいいほうだが、体はでかいぞ?」
「オレは椅子で寝る。どんな態勢でも寝られるから」
「羨ましいな。ワーキャットは繊細さに欠けてて」
「寝袋も持ってきてるから床でもいいし」
「君がそれでいいなら私は平然とベッドで寝るぞ? 体がでかいからな」
「いいよ」
「そうか。まあ寂しくなったら同衾しても構わんぞ。私は寝相がいいから大丈夫だ」
「椅子でいい」
「ところで、どうだ? 今夜あたり水上歓楽街に……」
「しつこいな。明日からダンジョン探索なんだから控えてくれよ。遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「酒は飲まないから大丈夫だ」
「うっかり飲まされたらどうするんだよ」
「ほう。うっかり飲まされるような場所という知識くらいはあったのか……」
心底意外そうに蒼兵衛が言う。
シオンはばつの悪い顔で答えた。
「……千葉に行くって言ったら、父さんが色々教えてくれた……」
「じゃあもうラブホテルの意味も……」
「知ってるって!」
「しかしお父さんに教えてもらうって……君幾つだったっけ?」
「うるせーな!」
「あっ……そうか、そんな話をする友達がいないんだったな……」
シオンは無言で肩にかけていたバッグを蒼兵衛に投げつけ、彼はそれをなんなく片手で掴んだ。武器などの仕事道具は街の保管所に預けてあり、中には着替えぐらいしか入っていないので、ボスンと軽い音が立っただけだった。
「しかし残念だ。いまが発情期なら水上歓楽街について来てくれ……」
「ねーよ!」
怒鳴りながらソファに腰かけ、はぁぁ、と深いため息をつく。
「……夜は外出禁止だ。明日は早いからな」
「明日に疲れは残さん。約束する」
「ダメだ」
「私もそろそろ女性と手を繋ぐくらいしてもいいと思わないか?」
「キキとでも繋いでろよ……」
「種族の壁は厚いが、この際マーメイド娘でも構わん。足は無いが手はある……」
「……それでいいのかよ」
はぁ、ともう一度ため息をつく。
「何十年もシリンさんが好きだったところは、すごいと思うのに……」
「いや、流石に何十年では……十三年だ」
「それだけ長い間、一人の女の人を好きだったんだから、次も大事にしろよ」
「よもや恋愛のことで君に説教されるとは思わなかった……ラブホテルも知らなかったくせに」
「うるせーな……。とにかく、そんなつまらない理由で歓楽街に行くな。たしかにマーメイドは人間の男が好みだっていうけど、種族なんて関係なくアンタのこと好きになる女の人なら、絶対いるから」
力強く言うシオンを、蒼兵衛がちらと見やる。
「そうかな……いつ?」
「そのうち」
「そのうちじゃ嫌だ!」
わっと顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「いま恋がしたい! 早く結婚して、セイヤやシリンと家族ぐるみのお付き合いがしたい……!」
「はぁ?」
「幼馴染なのに私だけ独身なんて嫌だ……!」
「く、くだらない……」
愕然と呟いた後、シオンは何度目かのため息をついた。蒼兵衛といい桜といい、腕の立つ人間ほど性格に癖があるのは何でだろう。だからその力も規格外なんだろうか?
「うわっ、なにこれお風呂狭いよぉ! なんでトイレと一緒なのっ?」
キキがユニットバスを見るなり頭を抱えた。
「それにベッドもいっこしかないじゃん!」
「キキちゃん小さいから大丈夫だよ」
「クッソー、シオンのやつ! とんだ安ホテル取りやがって! こんな硬いベッドじゃキキちゃんのお尻尾が傷んじゃうよ!」
ボスンとベッドにダイブしたキキが、バタバタと足をばたつかせる。
「キキちゃん、窓から海が見えるよー」
「海より隣のリゾートホテルのプールのが綺麗だよ……」
「ほんとだ、ここから見えるね」
隣のリゾートホテルを眺める紅子に、キキはベッドに寝転がったまま尋ねた。
「紅子、水着持ってきてんの?」
「えっ、ま、まぁ一応ですね……キキちゃんは?」
「んなモン持ってくるわけないじゃん」
「うう……すみません……」
紅子が顔を赤らめ、肩を落とす。それから再び窓の外を見やった。
「水上都市って綺麗だねー」
窓から街並みを眺め、紅子は目を細めた。
「水路に人魚さんたちがたくさん。アクアリアってテレビでしか見たことなかったから、なんか感動しちゃう」
「美味しそうなお魚に見えるとか言わないでよ」
「い、言わないよぉ……」
紅子が〈魔力喰い〉でワイトを取り込み、魔力を補充したときのことをキキは思い出していた。
正直言うと、ぞっとしない光景だった。あんなもの、初めて見た。あのときの紅子が紅子じゃなかったみたいだったから、なおさら。
いや、紅子じゃないというより、人間じゃないみたいだった。亜人でもない。もっと別のなにか……。
でも、国重を助けてくれたのも、紅子だ。
「……紅子さぁ」
「ん? なぁに、キキちゃん」
「あたし、アンタのこと好きだよ」
「えっ? うん、私もキキちゃん大好きだよ? 急にどうしたの? 嬉しいな……えへへ」
「恩を忘れないのが、リザードマンだからね。それからパーティーの道を切り開くのが、リザード戦士の役割だから!」
がばっと起き上がり、キキは胸を張った。
「う、うん?」
「明日は任せな! 紅子は後衛でどーんと構えてりゃいいよっ!」
「頼りにしてます。師匠にも、大魔法を連発しないように言われちゃったしなぁ」
「師匠って、魔法の?」
「うん。草間師匠。魔力のコントロールは、幼少期からの鍛錬なんだって。私は誰からも魔法をちゃんと教わってないから、コントロールが下手くそなの」
「ソーサラー一族なのに?」
「うん。透哉お兄ちゃんが少し教えてくれたけど、教えるほうの癖がつかないように、本当に基礎の基礎だけだったの」
「ふーん。そういやスランプは完全に治ったの?」
「分かんない。埼玉では魔法は使えたけど、攻撃魔法はほとんど使ってないから……。師匠との特訓では、一応簡単なものは使えたの。でも、攻撃魔法は基本的に使うなって言われた。出来る限り直接戦闘はパーティーメンバーに任せて、補助に徹するようにって。それが本来魔道士の役割なんだからって」
ここに来るまで、草間とみっちり特訓したのは、照光魔法を持続させながら、別の魔法を唱える《二重魔法》だ。杖と魔石の力を借り、ライトを自動でかけ続けながらも、別の魔法でパーティーを補助する。
パニックを起こしやすい紅子には、不得手な技術だ。
「ソーサラーに必要なのは、冷静さと、器用さ。だって」
「紅子が一番苦手なやつじゃん」
「そうなんだよ……だから魔法を維持している横から、師匠とまぐろが様々な妨害を……一番辛かったのは、目の前でまぐろが高価なステーキ肉をパクパクと……」
「地味に辛い修行してたんだ……」
「テストの合間の修行は辛かった……終わったらまた修行……修行の日々……それからこの冒険から帰っても、また修行なの……」
「今までやってなかったんだもんね。しょうがないね」
(いいか? 使っていい大魔法は、千葉にいる間、三回までとする)
旅に出る前、そう草間に課せられた。使ってはいけない魔法をずらずらと紙に書き出してから、草間がぎろりと睨んできた。実際は睨んでいるわけではないらしいが、そう見える。
見た目と雰囲気が怖い草間に、最初はビクビクしていたけれど、もう慣れた。
(大魔法無しで探索も戦闘もこなしていけ。その意味が分かるか?)
以前なら返答に詰まって、草間が持っている教鞭で頭をぺしぺしとやられているところだ。
でも、今の紅子なら分かる。
少しだけ経験を積んだ今なら。
(はいっ)
こくんと頷き、紅子は自信を持って言った。
(パーティーの誰よりも、パーティーの動きを見ること。パーティーの力を見極めて、その力を引き出すこと。仲間がいれば、大魔法無しでも魔道士は戦える。私は一人じゃない、みんなと一緒に戦わなきゃいけないんだ)
草間は教鞭をぱしっと自分の手のひらに打ち付け、珍しく微笑んだ。
(よろしい。では新たな冒険に挑むといい。帰ってきたときには、次の課題も見えているだろう)
次の日、街の入り口でニコねこ屋と落ち合った。
南房総の海岸には相当数の海中、半海中ダンジョンがある。その中で探索可能な洞窟を、バックアップの彼らがある程度調査してくれていた。
すっかり見慣れた顔であるリョータが、シオンに地図を手渡してくれた。
「ほとんどが海水が侵入して出来た洞穴という感じでしたね。侵入可能なダンジョンには出来る限り潜ってきました」
「ありがとう」
小柄で敏捷なワーキャットは、本来バックアップに向いている。大型亜人では侵入できない場所まで探索出来るし、耳も鼻も利く。岩場などは特に彼らの得意とする地形で、少しでも凹凸があればそれを足場にして身軽に進んで行く。
渡された地図には、ほとんどの洞窟に赤ペンで×印が入っていた。彼らがしらみつぶしに調査してくれた結果だ。
「探索の余地ありと見たダンジョンは、こちらに」
長い黒髪のワーキャット女性から別の地図を渡される。
「赤い丸で囲っているのが、我々では探索困難だった、比較的深度の高いダンジョンです。中にはシー・モンスター、それからシー・ゴーストも巣食っていると思われます」
「緑の丸は?」
ハイジが尋ねる。
「ほぼ海水で水没した海中ダンジョンです。これらの探索にはマーマンの助力が必須です。そっちは半海中ダンジョンを探索してからでも良いと思います」
女性のワーキャットはそう言って、シオンたちに向き直った。
「改めて自己紹介させていただきます。今回の旅にバックアップとして同行させていただきます。ニコねこ屋の五十嵐由枝です。ユエで結構です。どうぞよろしくお願いします」
ユエが頭を下げる。肩下まであるさらりとした黒いストレートヘアーが胸の前に流れた。ワーキャットらしい目鼻立ちのはっきりした美人で、細い体に他のワーキャットたちと同じジャケットを身に着けている。
「あ、はい。よろしくお願いします」
シオンが頭を下げると、隣で紅子もがばっと頭を下げた。
「よろしくお願いしますっ!」
ユエは一度頭を上げ、紅子に向き直った。
「先日は弟を治療していただき、ありがとうございました」
そしてまた、深々と頭を下げる。
「――紅子さんには、感謝の言葉では足りません」
「いえ、そんな!」
紅子は慌てたように顔を上げ、ぶんぶんと首を振った。
「ストライブの連中にやられた弟の足は、普通の治療なら長いリハビリが必要だと言われていたんです。まさか無償で、治療魔道士の方に看ていただけるなんて……」
「あっ、いえ、そのっ、私、ヒーラーじゃなくて……! その、素人が勝手に治すなってお兄ちゃんにも怒られたし……。医学の知識も無いのに、たまたま成功したからいいものの、失敗したら変なくっつき方したり、かえってひどいことになってたって……」
紅子の声がどんどん小さくなっていく。
ストライブとの戦いの後、紅子は怪我を負った斬牙のメンバーの治療をした。それを見たワーキャットたちに、ストライブの奇襲で入院していた仲間も治療してほしいと頼まれ、それも快く承諾した。
そのことを冒険者博で透哉と顔を合わせたセイヤが、禁じられているとは知らず、礼を言ったらしい。そして家に帰った紅子は、ものすごく叱られた。透哉は魔法に関しては厳しい。
「だから、その、すみません……失敗したら、もっと酷いことになってたかもしれないのに……」
しょんぼりとしている紅子だが、シオンには透哉の気持ちが分かる。紅子の魔法を間近で見続けてきたから。
紅子の魔法の成功率は、ひたすら高い魔力で補っている、いわば力技だ。彼女の治癒魔法にはシオンも何度も助けられたが、それが彼女自身の魔力を強引に押し込んでいるようなものだというのが、今なら理解出来る。
並みのソーサラーならすぐに魔力が尽きる、本来成し得ない荒業だ。それが出来るのは、無尽蔵と思われるほどの魔力がある彼女だからこそだ。
だが、本当に無尽蔵なわけはない。過剰な魔力の使い過ぎはいずれ彼女の身を危険に晒すことになる。おそらく紅子にその自覚は無い。いつも当たり前のように使えるから、簡単に使ってしまう。
「……その、だから、素人が危ないことしてすみません……」
「いいんです。どちらにしろ治療にはお金も時間も必要でした。うちは母子家庭で、母親がパチンコ依存のクズで。あたしは折り合いが悪くて、家を出て仕送りだけしてたんです。でもそれも母が全部使い込んでいて、弟の治療費なんてとても出せなかった。あたしも貯金はほとんど無かったですし。とてもじゃないけど、元の足に戻してあげられることは難しかった。結果としていまの弟は、足を壊される以前とまったく変わりないですから」
そう言って、振り返る。少し離れたところに、ワーキャットらしく小柄で細身の少年が立っていた。その顔立ちはまだあどけない。少し気恥ずかしそうに、ぺこりと頭を下げる。
「レン、あんたもちゃんとお礼言いなさい」
「……あざす……」
「ぶん殴るわよ」
「あ……ありがとうございました……」
「自己紹介なさい」
「五十嵐連……です」
もう一度ぺこっと頭を上げた少年の顔は、姉に良く似ていた。ワーキャットらしい整った顔立ちをしているが、幼さのほうが際立つ。シオンよりも年下だろう。
「すみません、子供で。礼儀はなってないですが、すごく感謝はしているんです。怪我したときにバイトを辞めたもので、セイヤさんが会社で働かせてくれて。絶対に恩は返したいって、本人もやる気だけはあるので。どうか使ってやってください」
「もう以前と変わりないのか?」
蒼兵衛が尋ねると、レンは子供のようにはにかんで頷いた。
「あ、はい」
「そうか。お前は足が速くてケンカも強い。お前には合ってる仕事だ。がんばれよ」
「はい!」
昨日まで水上歓楽街に行きたいと喚いていたとは思えない、目上然とした態度で蒼兵衛がレンの肩をぽんと叩いた。
「あの~あたしも自己紹介しちゃっていいですかぁ?」
リョータと、ユエとレンの姉弟に、もう一人見たことのないワーキャットの少女がやって来ていた。
ウェーブのかかったボブカットから茶色い耳がぴょこんと出た、小顔で大きな目がくりくりとした可愛らしい少女で、中学生と見まごうほど小柄だが、おそらくシオンと同じ歳くらいだろう。ワーキャットはとにかく若く見える。
「万田未菜でーす。ミナって呼んでくださーい。よろしくお願いしまぁーす。今日はみなさんや、ソウ先輩とご一緒できてうれしーでーす!」
顔の前でピースサインをして、にっこりと笑う。
「ニコねこ屋の社員で、斬牙ではソウ先輩のファンやってましたぁ」
「そ、そんなもんが存在していた……!?」
キキが愕然と呟く。ミナは笑いながら首を傾げた。
「えー? だって強いし、カッコよかったんですよ? 斬牙にはソウさんガールズがいっぱいいたんですよー」
「正気か……ワーキャット女は……」
キキの発言に気分を害する様子もなく、ミナはけらけらと笑った。
「彼女になりたいとかはなかったですけどねー。今回はソウ先輩がマーメイドにコロッとハマっちゃうんじゃないかって、みんな気にしてるんですよー。歓楽街でケツの毛まで毟り取られて、また失踪するんじゃないかって。そんなの、絶対見逃せないイベントですよ! そんな可愛くて面白いソウ先輩の行動のすべてをソウさんガールズのみんなに報告するのがわたしの役目でして!」
「やなガールズだな……」
「局地的な人気はあるみたいだね」
キキが顔を引きつらせ、ハイジが呟いた。
「この子も仕事は出来るので、安心してください」
ユエが無表情でフォローする。隣でレンが嫌そうな顔をした。ボソッと呟く。
「クソ女が……ソウさんバカにすんなよ……」
「一部の後輩からも支持を得てるみたいだね」
「ううむ……ワーキャット分からん……」
キキが腕組みをして頭を振る。
「どうだ、私も地元ではなかなかの人気者だろうが」
「いや、バカにされてんだよ!」
一人得意げな蒼兵衛に、キキがすかさず突っ込んだ。
「今回、シオンさんたちのバックアップには私たちが入ります。どうかよろしくお願いいたします」
「こっちこそ。よろしくお願いします」
ユエの言葉に、シオンは再び頭を下げた。
ニコねこ屋の車でダンジョン近くに向かった。蒼兵衛は車中でまた青い顔をしていたが、今度はそう距離が無かったので、なんとか耐えたようだった。
ワーキャットたちが車を停めに行ったり、準備をしている間に、シオンはパーティーメンバーを集めた。
紅子、蒼兵衛、キキ、ハイジの顔を一人ずつ見て、口を開く。
「再確認するぞ。今回は、一応トレジャーハントが目的だ。探してる魔石は、形も大きさも色も分からない。〈紅耀晶〉って名前らしいんだけど、赤い石だとも言いきれない。浅羽一族の魔力色からいって、赤色の可能性は高いようだけど」
「名前自体が偽装という可能性もあるね」
ハイジが付け足す。シオンは頷いた。
「そういうことだ」
「うう、ごめんなさい……手がかりは少ないですが、よろしくお願いします……」
「一目で分からないのなら、何を基準に探せばいい?」
蒼兵衛のもっともな質問に、ハイジが答えた。
「ある種の魔石は、持つべき主と引き合う性質がある」
「どのくらいまで近づいたら引き合ってくれんのかなぁ」
キキが首を傾げる。
「さぁね。ただ、普通の人間では見つけ出すことが出来なくても、魔石と因縁浅からぬ彼女なら、見つけ出すことが出来るかもしれない。そのぐらいの希望的観測で探すしかないね」
「オレは、石と浅羽は引き合うものだと思う。とにかく今はやみくもにアタックするしかない」
「が、がんばります……」
「大丈夫だ。絶対に見つかるから」
不安そうな紅子だが、そのときがくれば彼女自身が示すはずだ。
――いつだったか、そのダンジョンに来れば分かる、と紅子が言っていた。
時折見せる、あの紅子でないような紅子。瞳を赤く煌々と光らせているときの。彼女が教えてくれるだろう。進むべき道を。彼女が求めるものを。
「海蝕洞窟は、波で削られて地形がどんどん変わっていくから、古いマップも役に立たない。まだ知られていない、別の洞窟に繋がるところもあるかもしれない。探索のときは気をつけてくれ。オレでも入れないような狭い場所はキキに頼む」
「おうっ!」
魔銃とハンマーを括りつけたリュックを背負ったキキが、右手の拳を振り上げる。
「最強リザードプリンセス・キキちゃんと、この買ったばっかりの新品の魔銃たちと槍とハンマーに任せなよ!」
とんでもない重量の荷物を軽々と担ぎ、キキはどんと胸を叩いた。いつものロリータファッション風のドレスも、先日の冒険者博で買っていた高価な魔糸製のブランド品だ。見た目だけでなく機能性も防御力も高い。孫に甘い祖父のお陰で、武器も防具も格段に良い物になり、キキの経験不足を補って余りある。
「おじいちゃん人形も持ってきたし!」
リュックの中に入っているのだろう。キキの狂戦士制御には必要なアイテムだ。
「そうか。任せるぞ」
「やったぁ! 任されたよぉ!」
「海に出現するゴーストは強敵が多い。そこは全面的にハイジに頼るけど……」
ハイジは無言で、分かった、というように軽く右手を上げた。
彼は軽装で、黒い戦闘服を着ているが、上はジャケットは着ずに黒いインナーだけだ。夏とはいえダンジョンの中はけっこう冷える。だがシャーマンはなるべく軽装であるほうが、霊力を高めやすいと聞いたことがある。それ以外の装備は短杖と、腰に短剣を差していた。
「それから、海のダンジョンでは意外な強敵と遭遇する可能性がある。基本的にはオレが引きつけ役や囮になる。メインの攻撃役は蒼兵衛だ」
「うむ。先に言っておくが、私は武器魔法付与無しでも充分強い。が、エンチャントが必要な場合、最低一分以上の詠唱の時間を貰うぞ。超究極最終奥義で三十分以上の詠唱が必要となるのでフォローよろしく」
「超究極最終奥義を見ることは一生無さそう」
キキが冷たい目で言った。
蒼兵衛はいつも通り軽装にコートを羽織っているが、以前のものより綺麗めで、少し薄手な気がする。セイヤに借りた金で夏用を買ったと言っていたから、それだろう。腰には埼玉の戦闘で使っていた日本刀を下げている。
「それから、浅羽の魔法は出来るだけ温存しよう。〈照光〉だけ頼む」
「わ、分かりました!」
紅子が魔法の杖を握りしめながら頷く。愛用していたピンクの杖は、以前と少し形状が違っていた。元の杖とハイジから貰った杖のパーツを組み合わせ、カスタマイズされた新しいものだ。久々の冒険者の格好は、桜のお下がりの革の軽鎧、ショートパンツにタイツ、ショートブーツ。
シオンもいつものジャージ姿に、首許にはスカーフ。腰にセイヤから譲り受けた二振りのソードブレイカーと、太腿に装着したホルダーには買ったばかりの六振りのダガーを装備している。
「このパーティーでちゃんとダンジョンに潜るのは、初めてだな」
そう言って、全員の顔をもう一度見る。
こういうとき、なんて声をかけたほうがいいんだろう。少し迷ったが、結局気の利いたことは言えなかった。
「……みんな、頼りにしてるよ。よろしくな」
岩場に降ると、サボテンが群生していた。
ニコねこ屋のワーキャットが先行し、その後を歩く。
パーティーはその後ろを歩いていた。
「浅羽、足許に気をつけろよ」
「うん。すごいね、岩の隙間からサボテンがこんなに……」
「海辺の魔素を吸って成長するんだ。生命力も繁殖力も強い。トゲがあるから転ぶなよ。装備を突き抜けるほどじゃないけど、顔は傷だらけになる」
「う、うん……」
紅子に前を歩かせ、シオンは後ろから声をかけた。背後にいれば足を滑らせても助けられる。
道中通った海水浴場は大勢の客で賑わっていたが、一般人立ち入り禁止区域は、地元の人間も近づかない。
海に侵食され出来た洞窟は、海蝕洞窟といい、モンスターの格好の住処になる。この辺りにはそんな海蝕洞窟が無数に存在する。
「《鏡ヶ浦海蝕洞窟群》か。このへんのダンジョンになると、もう一つ一つ名前も付いてないな……」
「数が多過ぎるし、ほとんどがただの深い穴みたいなものだからね」
ハイジが答える。
そういった場所はすでにニコねこ屋が潰してくれている。シオンたちが潜るのはもっと深いダンジョンになる。
「ほんとに、バックアップがいなきゃここはアタック出来なかったな……」
本来ワーキャットは水が苦手だ。大きな耳に水が入るのを嫌って、水に入ることがないから、そもそも泳げない者も多い。半海中ダンジョンと言っても海水の侵食した場所は多い。それなのにきっちりと仕事をこなしてくれている。
「本当に調査したのか? よもや行ってないのに行っているとか言ってないだろうな?」
身内の蒼兵衛が一番辛辣なことを言った。リョータが気を悪くしたふうもなく答える。
「格安バックアップ会社にはそんなのがごまんといるらしいですけどね。うちじゃご法度ですよ。セイヤさんの性格知ってるでしょ、そんな適当な仕事すりゃいつかはバレるっていつも厳しく言ってますよ」
「それでもワーキャットというだけで不真面目そうだと思われるから、大変だね」
悪気無さげにハイジが言った。
「そう! そうなんすよ! ストライブの一件で顧客が思ったより減らなかったのが救いなんですけど」
「というより、逆に名が知れて、不良少年の更生の助けになるならって雇ってくれる冒険者の方もいますよ」
ユエの言葉に、シオンは少しほっとした。ストライブの一件で、彼らの仕事が激減してしまうのが心配だったが、思っていたより彼らはずっとちゃんとした会社経営をしている。
「あっ……沖の方にマーメイドの人がいるよ!」
紅子が目を凝らしながら沖のほうを見た。居住区で見かけた気さくな人魚たちのように、美しい女たちがにこやかに手を振り、手招いている。
「違う、あれはメロウ――マーメイドの獣堕ちだ。ああやってマーメイドを装って、近づいた人間や亜人を襲うんだ」
「ひぃっ」
「海に入りさえしなければ大丈夫だ。警戒してあっちからは近づいて来ない」
「ひぇぇ……マーメイドさんたちと全然見分けつかない……」
震え上がる紅子に、後ろからハイジが淡々と告げる。
「メロウは他の亜人の獣堕ちに比べて、見分けが付きづらい。未だに信じられている愚かな見分け方は、衣服を身に着けているのが普通のマーマンで、裸なのが獣堕ち――というものだけど」
「違うんですかっ!?」
「違うね。知能が高く、擬態も得意だ。襲った人間が身に着けていた水着を身に着けていたりもするよ。海に引きずり込まれたらソーサラーも詠唱出来ないから気をつけてね」
「幻惑魔法も使うよね。サムなんか軽く魅了されそう」
キキがうんうんと自分で頷きながら言った。
「もう愛してくれるならメロウでもいいけどな。手はあるし」
「そこまで堕ちたか……」
蒼兵衛が遠い目をして言った。キキは同情的な目を向け、ミナがきゃははと笑う。それをレンが睨みつけていた。
「ひええ……こんな近くまでくるんじゃ、怖くて海に入れないよ……!」
にこやかに手を振ってくるメロウたちから、紅子は恐ろしげに目を逸らした。怯える紅子にシオンは優しく言った。
「海水浴場はマーマンの警備員が守ってるから大丈夫だよ」
「それにメロウは浅瀬までは来ませんよ」
リョータが笑う。
「ただ、オレたちワーキャットは泳ぎも不得意だし、魔法にも弱いですから。メロウの妨害が入りそうなダンジョンの調査は出来ません。半分以上水没してるような場所ですね。そういうとこは、マーマンのバックアップチームが必要でしょうね。割高ですけど」
そうだ、と蒼兵衛が名案のように言った。
「お前らもマーマンと交配して、マーキャットを生産したらどうだ?」
「なんすか、マーキャットって!」
「マーマンの血が入ることで、水に苦手なところを補えるかと……」
「なんで世代かけて克服しなきゃいけないんすか! それなら泳ぎの練習しますよ!」
「そして、私と出会いを求めて水上歓楽街に行ってほしい……」
「いやオレらも遊びで来てるんじゃないっすから!」
きゃははは、とまたミナが笑う。
「ソウ先輩といるとほんとに飽きないんですよねー。この千葉で一体どんなことをやってくれるのか、しっかり見届けなくちゃ!」
「メロウのことは後でマーマンたちに通報しときます。すぐに討伐にきますよ。あいつらはリザードマン以上に同族の獣堕ちを嫌悪してますから。数が多いですからね」
「海って広いもんね。ほっといたらいっぱい増えそう」
キキが大海原を眺めながら言った。冒険者たちが自分たちの正体に気付いていると悟ったメロウたちは、笑みを引っ込めてすうっと海の中へ消えていった。
岩場を進み、目的のダンジョンに辿り着いた。
「あそこが鏡ヶ浦海蝕洞窟群の中で、もっとも深いと言われています」
ユエが指し示す先は、断崖だった。
波に削られた崖に、ぽっかりと横穴が空いていた。足場は無く、ボートで入り口までつけて進入する。ボートはニコねこ屋が昨日のうちに岩場に繋いでくれていた。
「地元の人に借りたんです。風が無いから手漕ぎボートで充分っすよ」
リョータが言い、オールを蒼兵衛に手渡した。
「何故だ」
「こん中じゃソウさんが一番力強いんじゃないですか?」
「なんというバックアップだ。依頼主を働かせるとは」
「まぁまぁ、大した距離無いっすから」
「待て、あのワニ娘も力は強いぞ!」
いつもは張り合うキキが、こんなときだけ知らんふりをしている。
「ハイハイ、ソウさんお願いしますね」
「クソッ……!」
小さな手漕ぎボートでは一度に全員乗れず、蒼兵衛はダンジョンと岩場を二往復する羽目になった。
横穴の入り口に立つと、外は穏やかで風などほとんど無いのに、中からはゴウゴウと音がした。
「別の場所から風が通ってるんだろうな」
「このダンジョンは《残響洞》と呼ばれています」
ユエがそう告げた。
「中はかつて冒険者たちに探索し尽くされていますが、海水の侵食でマップは変化しています。地元の者の話では、大人では入り込めない小さな抜け穴もあるようです。強力なモンスターやゴーストが入り込むことも多く、特に深部は高レベルのシャーマン抜きで探索するのは不可能だそうです」
「わりと危ないとこじゃん」
いつも通りキキが恐れたふうもなく言った。
「協会から探索の申請が通ったのも、ハイジがいてくれてるお陰だな。ついでに中の最新調査も頼まれたから、気づいたことがあったら何でも報告してくれ」
「うう、なんか嫌な雰囲気……」
紅子が胸の前で杖をぎゅっと握りしめた。シオンは彼女の様子を見る。紅子の瞳がうっすら赤い。これは警戒の色だ。未知のダンジョンを前に、自然と彼女の魔力が昂ぶっている証だと、ハイジが教えてくれた。
励ましの言葉をかける前に、紅子は唇をぐっと結び、それからキッと顔を上げた。
「でも、大丈夫だよね。みんながいるから」
杖を胸の前に掲げる。ピンクの上の先で光る石の色が、彼女の瞳に映った。黒い瞳に赤い色を映しながら、紅子が静かに告げた。
「光って」
とん、と石の先を指先で軽く叩く。それがスイッチであるかのように、魔石に光が灯る。その杖を振りかざし、ダンジョンの奥の暗闇に向けた。
「――あそこを照らして」
次の瞬間、ダンジョン内に電気が通っているかのように、ぱっと明るくなった。
「すごい……」
「こんな魔法、初めて見た」
レンとミナが目をしばたたかせ、呟いた。
ハイジが言う。
「照光の高等な応用だ。魔法の光をダンジョン内に放ち、広範囲を照らし続ける。杖の魔石に直接光を灯すのに比べて、それなりの魔力量がいるから、並みの術者がやっても光量や持続力に欠ける。彼女の作ったものなら大丈夫だろう」
「ハイジ、〈精神防護〉を頼む。中にはシー・ゴーストがいるはずだ」
「そうだね。この澱んだ空気、かなりゴーストを貯め込んでいそうだし」
無表情で頷き、ハイジが詠唱を始める。
「――死者の甘言に、我らは耳を貸さない。生者の確かな歩みを、虚ろな魂のざわめきで、止めることは出来ない」
すらすらと唱え終わった後、ハイジは告げた。
「僕のソウルプロテクトは、個人差もあるけど、通常なら一時間は持つ。それを超える恐怖心を覚えると効果を失うけどね。ビクビクしてる者から効果が無くなっていくから」
「キキちゃんは大丈夫っ!」
「ソウちゃんは繊細だから心配だ」
「大丈夫だと思うよ。そして対象者がバ……単純であるほど効果は長続きする。君たちなら二時間は保証するよ」
「ん? 褒められた?」
「褒められたな」
「あたしたちは外で待機しています。何かあったら連絡を」
ユエの言葉に、シオンは頷いた。
「オレが先行する」
そう告げた後、仲間たちを振り返った。
攻撃力に特化した魔法戦士。
前衛で戦士を兼ねることも出来る射撃士。
経験と研鑽を積んだ霊媒士。
そして、その身に膨大過ぎる魔力を宿した魔道士。
ほぼ理想的な編成だ。こんなパーティーが組めるようになるなんて思っていなかった。
ずっと独りだった。
パーティーを探しても、若いワーキャットの戦士なんて空きが無い。あったとしても囮役が前提だ。低レベル帯のときは、それこそ酷い目に遭った。パシリ程度にしか扱われなかった。
そのうちソロが気楽になった。その魅力で多くの仲間を得た姉と、自分は違うタイプの冒険者なのだと割りきっていた。
でもやっぱり、仲間がいるのは嬉しい。それも、信頼に足る仲間たちだ。
危険なダンジョンに潜るというのに、シオンはつい笑みを浮かべてしまった。
たぶん、少しだけ、わくわくしている。
かつて桜が、冒険の前はいつもそうだったように。彼女はいつだってこんな気持ちだったんだろう。
「――それじゃあ、行こう」