水の都
十キロ近い海底トンネルを抜けると、青の景色が目の前に広がった
「わっ! 海だぁ! 私、アクアラインって初めて!」
車の中で、紅子がはしゃいだ声を上げる。
「紅子さぁ、子供じゃないんだから。はしゃがないでよね、東京湾くらいで。内海じゃん」
隣でキキが呆れたふうに言う。
「でもなんかワクワクしない? 別の世界に行くみたい」
「千葉じゃん」
「ここ乗れば、川崎から木更津まで三十分程度すから。便利になりましたよ。まあでも、夏休みはやっぱ混んでますね。混む時間帯は避けたんすけど」
運転している妹尾組のリザードマンが言った。
黒い鱗のリザードマンは、どこか見覚えがあると思ったら、シオンは前にも彼の運転する車に乗ったことがあった。キキと国重と精霊鉱山に行ったとき、妹尾組口利きの医者に連れて行ってくれた運転手だ。
キキいわく、「哲郎は昔、走り屋だったから、一番運転が上手い」そうだ。
「妹尾組さんたちのおかげで、車で行けてラッキーだったね!」
窓に張り付いていた紅子が、声を弾ませながら胸に抱いたリュックを開く。中にはラップに包んだ大きなおにぎりがぎっしり詰まっていたが、いつものことなので仲間の誰も驚かない。
「ゆっくりおにぎりも食べられるし」
「そうだな」
「みんなも食べてね。妹尾組のみなさんもどうぞ!」
と、リザードマンたちに配ってから、後ろを振り返る。
「ハイジさんは……」
「ああ、要らない」
「ですよね……いちおう訊きました……」
「ありがとう。気を遣わなくていいよ」
笑顔が固まったままの紅子に、キキがぽんぽんと肩を叩く。
「よしよし。キキちゃんは貰ってあげるから。魚の頭が入ってるやつない?」
「オエエ」
後ろの蒼兵衛が青い顔をして声を上げた。
「ゲテ喰いワニ娘が……気持ち悪い言葉を私の前で使うな……」
「魚の頭のどこが気持ち悪いのよ?」
車酔いをするらしく、それまでずっと大人しかったが、おにぎりの匂いが気持ち悪いとブツブツ呟き出した。
「はい、小野原くん! シャケだよ!」
「いや、オレは腹減ってないから、お前が食えよ」
「そう?」
「うん。お前が食ってるとこ見てんの、好きだし」
「えっ、そ、そうっ?」
「うん」
「じゃあ遠慮なく食べます……」
えへへ……と照れ笑いしながら、紅子はソフトボール大のおにぎりをもそもそと食べ始めた。それを見ていたシオンと目が合い、また顔を赤らめる。
「ん? もしかしてあたし、間に座って失敗した……?」
紅子とシオンの間でがつがつとおにぎりを食べていたキキが、はっと顔を上げる。
その後ろでは、蒼兵衛がトラウマを刺激された顔をしていた。
「なんかいちゃついてないか? あいつら……」
「気のせいだよ」
手許のタブレット端末の画面を見つめながら、ハイジが適当に答える。
「そうか……気のせいか……そうだよな、パーティー内恋愛なんてあってはならないことだ……」
「そうだよ。気にしないほうがいいよ」
「ねえねえ! そっち行っていい!? 居づらい!」
キキがシートの背をよじ登り、後ろの席に移った。離れて座っている蒼兵衛とハイジの間に、ちょこんと座り、足をぶらつかせる。
「ハイジさぁ、車ん中でそんなもの見ててさ、酔わない?」
「酔わないな」
タブレット画面から目を離さず、ハイジが答える。
「ガルーダって車酔いに強いのかな」
「私なんかその画面を見たら一秒で目が回る……」
蒼兵衛が口許を押さえ、呟いた。
「サムは、船乗ったら死んじゃうんじゃないの? これから行くとこ、水上街だよ?」
「いや、これは自己暗示的なものでな……我が家には車が無いんだ。だから車に乗り慣れておらず、幼少のころ、祖母と初めてバスに乗ったとき、めちゃくちゃ酔ってしまった……以来、車に乗ったら絶対に酔うと思い込んでいるらしい。だから、船は平気かもしれん。車じゃないから」
「あんた思い込み激しいもんね」
「そういう奴、昔いたな。車に乗ると思っただけでもう酔ってるような奴」
画面から目を離さないまま、ハイジが言う。
「別の仲間が乗り物に酔わない精神魔法をかけてみたりしていたけど、体質的に魔法抵抗の高い奴だったから、まったくかからなかった」
「そいつ、なんの亜人?」
「亜人じゃないよ、人間。魔力の高い奴だった。紅子ほどじゃないけどね」
ハイジとキキの話を、シオンは前の席で聞いていた。彼と桜の仲間の話だろうか。
魔法が使える仲間は、ハイジを除けば二人。夜という魔法戦士と、やえという女性魔道士だ。夜は魔力が高い人間だと言っていた。彼のことだろうか。ハイジとはケンカ別れしたらしいが。
夜は行方知れずだが、やえは冒険者を辞めて千葉の館山市に住んでいる。この遠征の間、機会があれば連れて行ってやるとハイジには言われた。だが、少し躊躇もある。
桜と最後まで一緒にいた女性。それだけに、彼女のショックは大きかったはずだ。桜の弟の訪問は、彼女を追い詰めるだけかもしれない。
桜の墓に行くと、彼女が好きそうな花が供えられていることがあった。そんなときは必ず墓石とその周辺が綺麗に掃除されていた。父親かとずっと思っていたが、それにしては選ぶ花のセンスが良すぎるような気がしていた。あれは、女性が選んだ花だ。それも桜が好きそうな花ばかりを選んでいた。
きっと、優しい女性だったのだろうと思う。ハイジや鯛介同様に、桜のことを大切にしてくれていたのだ。
そんなことを考えながら、窓の外に広がる海を眺める。
海のダンジョンには手で数えられるほどしか行ったことがない。新宿センターで海の仕事はそう回ってこないし、自分から選ぶこともない。陸地の仕事のほうが多いし、そもそもシオンは海でまともに泳いだことがないから、わざわざ遠出してまでリスクを負いたくない。他のパーティーに欠員が出て、簡単な仕事に加えてもらったことがあるくらいだ。でも、もっと受けておけばよかった、といまになって思う。
助かったのは、妹尾組のリザードマンたちが千葉行きの車に同乗させてくれたことだ。
リザードマンは祭りと同じくらい行楽が好きだ。妹尾組でも夏になると彼らは交替で有休を使い、妹尾組所有のマイクロバスを借りて、海や山にレジャーに行くという。その一グループが、行き先を合わせてくれたのだ。
調べたら東京湾アクアラインを渡るバスがあったので、それで行こうと思っていたのだが、バスよりずっと乗り心地がいい。なにせリザードマンが数人乗れるマイクロバスは広く、シオンたちにしてみれば、とにかく座席が広い。足も伸ばせる。これで乗っているだけで目的地に着くのだから、こんなにありがたいことはない。
「すごいなぁ、海の中に道を作っちゃうなんて」
「これの工事、妹尾建設も発注受けたんだからね」
「ええっ、すごーい」
キキが偉そうに言うと、紅子が驚いた声を上げる。そこにリザードマンの一人が口を挟んだ。
「や、関東のリザード系建設会社はだいたい関わってますよ。あの頃は魚亜人たちも景気良かったんじゃねえかなあ。シーモンスターの討伐に警護に、連中の警備会社なんかは儲かったと思いますよ。館山の水上歓楽街も賑わってたみたいだし」
「水上歓楽街か……行ったことないな」
蒼兵衛がいまにも死にそうな顔で、ぽつりと呟いた。
「そうだ、サムも女魚亜人の彼女なら出来るかもよ。マーマンはめちゃくちゃ女多いもんね。それになんでか人間の男が超モテるし」
「みたいだな……」
気乗りしない様子の蒼兵衛に、キキは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? モテるかもしれない千載一遇のチャンスだよ?」
「つねに運命の愛は探しているが……マーメイドと愛を深めるイメージが、いまひとつわかないんだよな……半分魚だし……」
キキは顔をしかめた。
「もしかして、スケベなこと考えてる?」
「……よしんば恋人が出来たとしても、居住区の問題で絶対に遠恋になってしまう。私に耐えられるとは到底思えん。寂しくて毎日泣き暮らしてしまうことだろう……」
「んなこと堂々と言うな……」
キキが呆れきった顔をする。
「しかし……ひと夏の思い出に水上歓楽街くらいは楽しもうかと言ったら、セイヤの奴が急に慌て出してな……すぐに斬牙……じゃなかった、ニコねこ屋のバックアップチームを貸してくれたんだが……もしや、あいつも行きたかったんだろうか……新婚のくせに……。許さんぞ、シリンという至高の妻を得ておいて……」
「いや、あきらかに監視だよ」
タブレットに目を落としながら、ハイジが言った。
そのニコねこ屋は現地に先入りし、ダンジョンの調査をしてくれている。数多いダンジョンのうち、探索が不要そうなダンジョンをあらかじめ選別する。そうでなければ限られた日程の中ですべてのダンジョンを探索することは不可能だ。
妹尾組のリザードマンたちも、困ったことがあれば付き合うと装備を積んできてくれている。休暇中の彼らにあまり頼ってはいけないとは思ってはいるが。
「ところでハイジ、ずっとなに見てんの?」
後ろでキキがハイジに尋ねている。
「仕事のメール。まめに見ておかないと、依頼がきてるから」
「売れっ子だねー」
「すみません、付き合ってもらって……」
おにぎりを頬張っていた紅子が、はっとしたように振り返り、ぺこぺこと頭を下げた。
「いいよ、シャーマンの仕事ばかりしてると、本当に人生が楽しくなくなるから……」
と、本当に楽しくなさそうに言う。タブレットの画面を遠慮なくキキが覗き込む。
「なにその写真。お人形? 可愛いじゃん」
「ああ……毎日髪が伸びてる人形らしい」
「ひぃぃ」
紅子が顔を引きつらせる。
「でも写真からは何も感じないし、こういうのほとんどは気のせいだと思うんだけどね。人形もいい迷惑だよ」
「可愛いよね。キキちゃん市松さん大好き。おばあちゃんがいっぱい持ってるんだ。おばあちゃんと一緒にたまに棚から出してきてね、髪を櫛で梳かしてあげると、にこって笑う子がいるんだよ。可愛いんだぁ」
「……そ、そう。大事にしてやりなよ……」
「お前くらい無神経だと世の中平和だろうな……」
ハイジと蒼兵衛がキキを見て顔を引きつらせる。
「ハイジは、呪われた道具の解除もするのか?」
振り返ってシオンは尋ねる。
「やれないことはないけど、精度には自信が無いな。呪い関係を専門にやってる業者を紹介しておくよ」
「なんか、大変そうなお仕事ですね。シャーマンって……」
忙しそうなハイジに付き合ってもらっているという気持ちがあるのか、紅子が申し訳なさげに言う。
「いや……実はほとんど一族から回されてるんだよ。一門では僕がいま一番若いシャーマンだからね。面倒な仕事は若い奴にやらせておけばいいと思ってるんだよ」
言いつつ、別段嫌がるそぶりもなく、慣れた様子でメールを処理していく。
「うちの家はもう何代も人間だったから、一門では肩身が狭いんだ。『空代』はシャーマンを生業とするガルーダの一門としては、そこそこ力があるんだけどね」
「ハイジもガルーダプリンスだったんだ!」
「違うよ。末端」
「そっかぁ。端っこは辛いよね。狭いし」
「まあね」
「良かった、キキちゃんはリザード族の頂点で……」
キキがそう言って、当然のようにシートの真ん中にふんぞり返ると、前に座っていたリザードマンたちが振り返った。
「すみませんねー、ほんとうちのお嬢はリザード史上稀にみるバカで」
「ムカつくことしか言いませんが、ぜんぶ聞き流してください。悪気は無いんですよ、すげえバカなだけで」
「お嬢、ほら、飴あげますから、バカは仕舞って、静かにしましょうや」
「テメエら、それがプリンセスに対する態度かぁ!」
さすがリザードマン。他者に優しく、身内に厳しいと言われるだけはある。プリンセスにも容赦が無かった。
今回の探索の拠点となる南房総市に着くと、リザードマンたちは宿のある水上街の入り口にシオンたちだけを降ろしてくれた。水上街の中に車は入れないので、彼らはそのままキャンプ地に向かうということだった。
「ありがとうございます」
シオンが頭を下げると、運転席の窓を開けた哲郎がにっと笑った。
「いえいえ、お嬢をよろしくお願いします。悪さしたら川に放り投げてくだせえと、姐御から伝言です」
「おばあちゃぁぁぁん!」
「せいぜいコキ使ってやってくれとも言ってました。ま、探索のときに人手が足りないときには声かけてくだせえよ」
そう言い残し、リザードマンの若者たちは走り去って行った。その車に向かってキキが吠えた。
「はよ行っちまえぇ!」
地団駄を踏むキキを見下ろし、シオンは呆れた顔で呟いた。
「お前さ、最近ますます口が悪くなってないか?」
「おっと、いけね」
キキがぱっと口を塞ぐ。
「やっと着いたか……いっそ走ってくれば良かったな……」
ぐったりした蒼兵衛が、死にそうな声で言った。
「おい……宿はちゃんと取ってあるんだろうな……すぐ休みたいぞ私は」
「ああ、町に、冒険者なら安く使える宿泊施設があって」
シオンが言うと、ええー、とキキが声を上げた。
「安宿の硬いお布団はキキちゃん嫌だよ。尻尾の形が悪くなっちゃうからさぁ」
「まさか、五人雑魚寝ではあるまいな……」
「その心配は無いよ。僕は自費で一番いい部屋を取ってるから」
「えっ!? ズルい! そんならキキちゃんもおじいちゃんに取ってもらえばよかった!」
「じゃあ、妹尾組のキャンプに入れてもらえよ」
「う。……安い宿でいい……」
「雑魚寝だったら私もニコねこ屋の宿に混ざってやる……いやあいつらもどうせ安宿か……うぷ」
ぱっと蒼兵衛が口許を押さえる。
「大丈夫ですか? 思い込みなら、私が精神魔法かけてみましょうか?」
荷物から折り畳み杖を取り出し、紅子が言う。蒼兵衛はいまにも吐きそうな顔をしながら首を振った。
「……いや、いい。なんか君の魔法怖いし……」
「え?」
紅子が笑顔のまま首を傾げる。
「いや……祖母や母が魔道士だったと言っただろう。すでに試してくれたことがあるが、私はその手の精神魔法には強いんだ……ぜんぜん効かない」
「思い込み激しいもんね。でも魅了はすごい効きそう」
キキが顔をしかめつつ言った。
「獣堕ちのマーメイドは、チャームで精神を乱してくるよ。引っかかるような馬鹿はそんなにいないと思うけど、気を付けたほうがいいね」
ハイジはさらっと言ったが、蒼兵衛が錯乱したら、どんなモンスターより厄介だ。シオンはぞっとした。
それにしても、水上街は独特だった。館山湾に面した町は、海から繋がる大きな川が街中に引き込まれ、街中に水路が張り巡らされている。中心街には陸が無く、移動手段はすべてボートだ。
まるで運河の中に浮かんでいる町だ。
「う、風がベタベタする……」
強い潮風に吹き付けられ、シオンは顔をしかめた。
「わぁ、水上街ってテレビでしか見たことなかったけど、すごいね!」
「ここはまだ中心街の外だから普通の道もあるけど、街の中央に行くほどボートじゃないと行けない場所がけっこうあるよ」
目を輝かせる紅子に、ハイジがそう教えた。
運河の上には陸と陸を繋ぐ大きなアーチがいくつもかけられていた。
下の運河には大小さまざまなボートが行き交っている。端のほうを泳いでいる人間がいると思ったら、マーマンだった。
「わっ、マーメイドだぁ、素敵」
紅子が声を上げると水路を泳いでいたマーマンの少女たちが笑顔で手を振ってきた。観光客に慣れているのだろう。紅子は顔を赤くし、慌てて手を振り返した。
「私、騒いじゃって、失礼だったかな……」
「慣れてるよ。それに彼女たちは他種族にとても友好的だ」
ハイジの言うとおり、マーマンの少女たちはくすくすと笑いながら泳ぎ去って行った。シオンや紅子と同世代だろう、学校帰りなのかリュックサックを背負い、おのおの手にアイスクリームを持っていて、水につけないように食べながらゆっくり泳いでいる。どうやって泳いでいるんだろう? とシオンは思った。
上半身は人間とほぼ変わりない衣服を身に着け、スカートのように腰布を巻いている。体にぴったりと合った水着らしい水着より、普通の衣服に近いものが彼女たちの流行りのようだ。
上半身で唯一人間と違うのは、ヒレのような形の耳だ。
「バッグの中、濡れちゃわないのかな?」
「ちゃんと耐水魔糸製のものだよ」
紅子の疑問にハイジが答える。
「泳いでるってだけで、私たちの学校帰りと変わんないね」
「彼女たちの居住区には人間もけっこう住んでる。人間とマーマンの間に産まれるマーマンハーフは、ツーテールなことが多い。ツーテールは、尻尾とはいうけど、ほとんど人間の足に近いんだ。女性の多い種族で、男子の出生率が低い。だから人間男性と結婚する女性も多いから、ツーテール・マーマンの比率は増えていくだろうね」
「へえー。ほんと、同じ日本に住んでても、他の種族のことってあんまり知らないなぁ……学校で習わないもんね」
紅子が感心したように言った。
「思ってたより水が綺麗だな」
シオンは運河を眺め、海から繋がっているという水の美しさに驚いた。
「彼らにとってはここが道だからね。自分が歩く道がゴミだらけだったら嫌だろう?」
「それもそうか」
「街に流れる水はちゃんと浄水されてるよ。水路が三つに区切られているのは分かるだろう? 両端の細いほうはマーマンたちの通り道――いわゆる歩道だね。真ん中の広い水路が船の通り道。魚亜人たちは水路を、それ以外の種族はボートで移動する」
「……このうえ船に揺られたら、もう刺激で吐くかもしれんぞ……」
まだ気分が優れないのか、蒼兵衛が道の端でよろめく。
「あ、いかん。吐く……」
「おい、水路で吐くなよ!」
口許を押さえ、水路の傍にしゃがみこんだ蒼兵衛に、シオンが慌てて駆け寄ろうとすると、水路を通っていた女のマーマン――マーメイドが立ち止まり(正確には泳ぎを止めて)、声をかけた。
「気分が悪いの? 一つ向こうの道に行ったらコンビニがあるし、向かいには薬局もあるわよ」
「あ、すみません」
二十代前半くらいの若いマーメイドが、水面から腕を伸ばして方向を指し示す。シオンはぺこりと頭を下げて礼を言った。
「それとも病院がいいかしら」
心配そうな彼女の傍には、他に二人のマーメイドがいた。女性と良く似た面立ちの少女たちで、一人はおそらくシオンや紅子と同じくらい、あと一人はキキと同じくらい幼く、三人が姉妹だということは見てすぐに分かった。
「大丈夫です。車に酔っただけだから……」
「そう?」
シオンが言うと、年長のマーメイドがまだ気になる様子で蒼兵衛を見やった。
長い黒髪を三つ編みにしアップにまとめた髪型は、泳ぎの邪魔にならないようにだろう。髪の間から、魚のヒレのような耳が覗いている。
「だ、大丈夫じゃない……吐く」
「あっ、やだ、大丈夫じゃないみたいよ。コンビニまで間に合うかしら?」
年長の女性が慌てた様子で、背負っていたバックパックを降ろし、シオンを見上げた。
「ぼく、これ引き上げて」
「え、あ、はい……」
「中にね、スーパーの袋が入ってるわ。お買い物帰りなの。食材出しちゃっていいから、その袋の中に吐いちゃったら?」
「え」
親切そうなマーメイドは真剣に言ったが、シオンは困った顔で蒼兵衛を見た。
「……ここで袋に吐くか?」
「じょ、女性の前でか……? 男としての尊厳が……。仕方あるまい、気合いで打ち勝つ……!」
気合で打ち勝てるとは思えなかったが、さすがにプライドのほうが勝ったらしく、蒼兵衛は口を抑えつつ立ち上がった。
「な、治った……うぷ」
「そうには見えない」
キキが後ろでぼそっと言ったが、蒼兵衛は明らかにやせ我慢をしながら、薄ら笑いを浮かべた。
「変なヒト……夏にコートなんて着てるから……」
シオンと同じくらいのマーメイドがぽつりと呟いた。本当にその通りだと思いながら、シオンが彼女のほうを見ると、目が合ってぱっと俯かれてしまった。彼女は肩より少し短いくらいの髪で、年長の女性より幼い顔だちをしているが、よく似ていた。シオンがつい見ていると、恥ずかしそうに姉(おそらく)の後ろに隠れてしまった。
一番小さなマーメイドも、やはり他の二人と似た顔だちをしている。好奇心に満ちた目で、シオンや陸にいる他の仲間たちを見ていた。
「本当に大丈夫?」
年長の女性が尋ねる。
「はい。ありがとうございます。これ、返します」
買い物したものが入っているのか、ずっしりと重たいバッグを女性に返そうと、シオンは両手に抱え上げた。こんな重いものを持って泳げるなんてさすがだなと思いながら、水面に向かって身を乗り出したときだった。
「あ、やばい……引っ込めた吐き気がまた」
よろりと揺らめいた蒼兵衛の体が、重たい荷物を水面に降ろそうとしているシオンにぶつかり、シオンは思いきり前のめりになった。
「え」
直後、頭から勢いよく水の中に落ちた。
「きゃあああ! 小野原くん!」
紅子が悲鳴を上げたのが聴こえた。
いきなり水の中に突き落とされ、シオンは一瞬パニックを起こしかけた。ワーキャットは泳ぎが不得手なこともある。落下してすぐに水を大量に飲んでしまった。水の中でもがくようにバタバタと両手を動かすと、余計に苦しくなった。
が、それも一瞬のことで、すぐに我に返る。泳ぎは得意とは言えないが、浮かないわけではない。こういうときは、じっとしていればすぐに浮き上がる。
水の中をバックパックだけが沈んでいく。水路は陸から見るよりも深く、そしてとても澄んでいた。バックパックがどんどん沈み、水底に転がる。それで深さがなんとなく分かった。少なくともシオンの身長の倍以上はある。
(……足が地面に着いてないってだけで、すごく気持ち悪い……)
もし、こんな水中でシーモンスターに襲われたら、きっとマーマン以外はまともに戦えないだろう。独特の浮遊感に、水の抵抗で普段の何倍もの重さを感じる手足。水の中は自分たちの領域ではないのだと、はっきり感じた。
そんなことを考えながら、息を止めてじっとしていると、ふいにぐんと体が浮き上がった。水中から背中を押され、水面に上がることが出来た。
「……はっ……がはっ」
急に酸素を吸えるようになって、かえってむせ返った。
「小野原くん、大丈夫!?」
陸から紅子が泣きそうな声をかける。ものすごく格好悪いところを見せてしまった。ばつの悪い気持ちで、シオンは呼吸を整えながら頷いた。
「だ、大丈夫……」
ぜえぜえと息をつぐ背中を、マーメイドたちが支えてくれている。
「……気持ち悪い……耳に水がいっぱい入った……!」
「あらあら、可哀相に。ぼく、我慢できる?」
完全に子供扱いされながら、年長のマーメイドが心配そうに尋ねる。覗き込んできた女性の瞳は青緑色をしていた。
「あ、ありがとう……大丈夫です……ゲホッ」
そう答え、またむせこむと、年長のマーメイドが背中を優しくさすった。
「無理に答えなくていいわ。よしよし、強い子ね。パニックにならずに偉いわ。ここから上がるのは大変だから、私たちが岸まで引っ張ってあげるわね」
「あ、いや……」
蒼兵衛に引っ張り上げてもらおうかと顔を上げると、姿が無かった。シオンの気持ちを察したように、ハイジが上から見下ろしながら言った。
「蒼兵衛ならコンビニに行ったよ。やっぱり我慢出来ないって。キキに連れて行かせた」
「……あ……そう……」
「災難だったね。お言葉に甘えて、水路から船着き場に連れて行ってもらいなよ」
水路から陸地まで、高さ五十センチほどはある。服が水を吸って重くなっているので、蒼兵衛以外に引き上げてもらうのは無理だろう。
見知らぬ女性たちの手を借りるのは恥ずかしかったが、知らない街の水路を一人で泳いでいくのは無謀だ。
「近くの船着き場まででいい?」
おっとりとした雰囲気のマーメイドが、にこりと微笑んで尋ねた。
「す、すみません……」
「いいのよ。水路は上から見るより深いでしょう? マーマン以外が泳いで行くのは大変よ。この街は初めて?」
「はい」
シオンが答えると、陸を見上げた。
「お連れの方たちは、この方向に真っ直ぐ行ってください。しばらくしたら橋がかかってるから、そこを渡って。その先にはたぶん案内が出てるから。陸地は入り組んでて分かりづらいから、そこから水上バスや水上タクシーで街のどこでも行けますわ」
「ありがとう。じゃあシオンは彼女たちに頼んで、僕たちは蒼兵衛を迎えに行ってから船着き場を目指そうか」
「小野原くん、気を付けてね……あ、荷物は持ってくね」
「ごめん……」
「小野原くんが悪いわけじゃ……ああっ、ハイジさん待って!」
紅子はその場を離れがたそうだったが、ハイジがさっさと行ってしまったので、シオンと自分のぶんの荷物を抱え、慌ててついて行った。
「この時期はよそから来る人が増えるから。あなたみたいに、たまに落っこちちゃう人もいるわね」
「すみません……」
「お昼はいいけど、夜は誰も通ってなくて、そのまま溺れて亡くなってしまう人がいるから、あまり出歩かないほうがいいわ。特に酔っ払った人が……って、あなたはまだ若いから大丈夫ね。高校生? 夏休み?」
「いや、オレは冒険者で……」
「ああ、そうね。観光客ってかんじじゃないわね。偉いわ。アイカと同じくらいなのに、もう働いてるのね」
ぬるい水の中で、女性のほっそりとした手がシオンの腰に回り、子供を抱えるように支えられたので、シオンは慌てふためいた。
「ちょっと、ぼく、首に腕を回してくれる?」
「い、いいです! 腕を引っ張ってもらうだけで……!」
「それじゃ私が泳ぎにくいわ」
「そりゃいやだよ、姉ちゃん……小さい子じゃないんだから……せめておんぶにするとか」
妹のマーメイドが呆れた顔をする。彼女はシオンが見ると恥ずかしげに目を逸らした。
「お姉ちゃん、私、リュック取ってくるね」
「あ、そうだったわ。お願いね、アイカ」
アイカと呼ばれた少女は、どぷんと水面に潜った。鮮やかな青緑色の尻尾が水面に一瞬現れ、するりと沈んだかと思うと、あっという間に水底に到達した。
けっこう重たい荷物だったが、少女に引き上げられるのかと思ったら、なんなく引っ張り上げてきた。
と思ったら、やっぱりけっこう重いらしく、一番若い少女に言った。
「ね、タズサ、支えてよぉ」
「ん」
キキと同じくらいの少女が、リュックを一緒に抱えながら、アイカに耳打ちした。
「ね、アイちゃん。さっきのコート着た人、かっこよかったね」
「でも夏にロングコートだよ。変なの……」
こそこそと話している声が思いっきり聴こえた。
「ごめんなさいね。じゃあ、おんぶしたげるから、お姉ちゃんの背中に手をかけてね」
「はぁ……すみません」
道行く人やマーマンの視線を集め出してることに、いっそそのまま沈んでしまいたいほど恥ずかしかったが、助けてもらっているのだから文句は言えないと、シオンは女性の肩に後ろから手をかけた。マーメイドたちは衣服に似せたような水着を着ていて、彼女が身に着けているのが肩の露出したタンクトップタイプの水着だったので、直接肌に触れるのに抵抗があったが、軽く手を置くとたしなめられた。
「だめよ、もっとしっかり掴まらないと」
「すみません……」
「すぐに岸まで連れてったげるからね」
小さな子供を諭すような口調に、そんなに幼く見えるのだろうか? とシオンは少し釈然としない気持ちだったが、さっきからあまり目を合わせてくれなかったアイカが、初めてシオンに向かって声をかけてくれた。
「ごめん。うちのお姉ちゃん、自分より年下のヒトにはそうなの。悪気は無いの。ちょっと前まで、幼稚園の先生だったの。だから」
マーマンの幼稚園って想像つかないな、とシオンは思った。
シオンと目が合って、アイカはまたふいと顔を逸らした。一緒にリュックを抱えて泳いでいる、タズサと呼ばれた少女がシオンに言った。
「アイちゃんは、同じ歳くらいの男の子とあんまり話したことがないから、照れてるんです」
「せっかくだし、もっとお話ししてもらえばいいのに」
「やめてよ、タズサもお姉ちゃんも! 早く行こ!」
少女は姉と妹に怒鳴ると、さっさと泳いで行ってしまった。
船着き場で船頭たちに引き上げてもらい、タオルを貸してもらった。夏なので寒いということは無かったが、濡れたままでは気持ち悪かった。
やって来た紅子が、シオンのバッグを渡してくれた。
「はい、小野原くん、着替え」
「そこに俺らの船頭小屋があるから、着替えて来るといい」
面倒をみてくれた船頭の老人がそう言った。ぱっと見は人間かと思ったが、耳がマーマン特有のヒレ耳だった。ツーテール・マーマンらしく、ハーフパンツから覗く足は人間とほぼ変わりなかったが、ヒレと鱗があった。船頭たちは若い者も老いた者もおり、人間もマーマンもいた。
「ほんと、どんなとこにも人間っているよね」
そんなことをキキが言った。
船頭小屋(と言っても、綺麗な建物だった)で着替えさせてもらい、助けてくれたマーメイドの三姉妹にシオンはあらためて礼を言いに行った。
船着き場近くに、人魚たちの休憩所があった。浅瀬に階段のような段差を作り、そこで何人かのマーメイドがお喋りをしていた。そこにいたのは買い物帰りのような中年のマーメイドが多かったが、そこにさっきの三姉妹がいた。シオンを待っていてくれたのかもしれない。
ここまでおぶって泳いでくれた年長のマーメイドが、シオンの姿を見てにこりと微笑んだ。
「ありがとうございました」
「いいのよ。でも、これからは気を付けてね。この通り、街のほとんどが水で埋まってるから。人通りの少ない水路に落ちたら、危ないからね?」
「はい」
「そうだな、気をつけろよ」
すっかり元気になった蒼兵衛がいけしゃあしゃあと告げる。シオンはげんなりした顔で言った。
「お前が突き落としたんだぞ……」
「そうだった。すまん」
「具合は治ったのかしら?」
マーメイドの女性が尋ねると、蒼兵衛はあっけらかんと答えた。
「お陰様で。貴女方にも世話をかけたようですまなかったな。十一代目柊蒼兵衛、この恩はいずれ必ず返そう」
「そんな、コンビニを教えただけですから……」
「それに、溺れた仲間を救ってもらったしな」
「だからお前が突き落としたんだよ」
「やっぱり変なヒト」
「おもしろい人だねー」
アイカが顔をしかめ、タズサがくすくすと笑う。
年長のマーメイドが、自己紹介をしてくれた。
「申し遅れてごめんなさい。私は真波麻梨と申します」
にっこりと、柔らかく微笑む。マーマンたちの名字は、ストレートに海や水由来の名が多い。
マリは長い髪をアップにしているが、緩やかなウェーブのかかった横髪が肩にかかっている。彼女たちは上半身にキャミソールのような水着、下半身には巻きスカートのような腰布を身に着けていた。
「この子たちは、妹の愛加と、多寿沙」
女性が多い種族だけあって、三姉妹や四姉妹も珍しくない。三人とも目がぱっちりとしていて、よく似た愛らしい顔立ちをしている。鱗の色は空の色が映った海に溶け込むような、爽やかなブルーで、ヒレは薄いガラスのように透き通っていた。
「ワーキャットさんたちもそうだったけど、マーマンさんたちも美人ばっかりだね……」
「どっちも面食いな種族だからね。見目の悪い者が淘汰されてきた結果だね」
小野原くんは美人に縁があるなぁ……と、心配になる紅子に、ハイジが身も蓋も無く言った。
「妹たちは十六歳と十一歳なの。あなたたちと同じくらいかしら?」
とマリは言い、シオンと紅子、それからキキを見た。
「マリお姉ちゃんは、二十四歳なの」
「わ、私のは言わなくていいのよ、タズサ」
「オレは小野原シオンです。あとはみんな仲間で、全員冒険者です。さっきここに着いたばかりで」
「アクアリアにはしばらく滞在するの?」
「はい」
アクアリアとは、マーマンたちの居住区の通称だ。《アクア・エリア》がいつしか省略され、そう呼ばれるようになった。ここは南房総にある魚亜人居住区ということになる。
「どこに泊まるの?」
「冒険者協会に紹介してもらったホテルに……なんだっけ、ボなんとか……」
「《ボワイヤージュ》ね。ここから水上バスが出てるわ。私たち、宿場街の近くに住んでいるの。またお会いするかもしれないわね。良かったら訪ねてきてね」
と言い、たやすく住所を教えてくれた。こういう場合、後でお菓子とかを持ってちゃんと礼をしたほうがいいのだろうか?
そんなことをシオンが悩んでいると、一番小さな人魚が、キキの近くまで泳いで行った。
「ねえねえ、あなたも冒険者なの? 小さいのに」
好奇心いっぱいの瞳を上げるタズサに、キキは一瞬ムッとした顔をし、それから腰に両手を当て、偉そうに胸を張った。
「小さくないわ。あたしは十二歳だから、あんたより上だもん」
年下相手に舐められてはいけないと思ったのか、口調がいくぶん気取っている。
タズサは特に気を悪くした様子もなく、興味津々でキキに尋ねた。
「人間なのに、そんなに子供でも冒険者になれるの?」
「人間じゃないわ。あたしはリザードマンの妹尾黄々。神奈川の妹尾一族の頂点、誇り高いリザードプリンセスよ。冒険者は帝王学の一環でしかないわ」
「そうだったのか」
蒼兵衛が白けた目を向けた。
「おもしろーい」
くすくすとタズサが笑う。
「ね、キキちゃんって呼んでいい?」
「いいわけあるかぁ! プリンセスだって言ってんのに、聞いてたんかこの庶民マーメイドが!」
グガァ! と急に吠えたキキの頬を、シオンはぎゅっとつねった。
「こら、キキ」
「いたたた! つねんないでよぉ! キキちゃんの可愛いお顔が!」
「ゲンコツじゃオレの手のほうが痛いからな」
「くっ……そこに気づいたか……! だってさぁ! 妹尾組を代表してやって来たプリンセスとしては、他種族の庶民にナメられるわけには……いたたたた!」
「代表なら失礼なこと言うな」
たしなめられ、キキは憮然とした顔をした。タズサは気にした様子はなく、ずっとクスクスと笑っていた。
「わたし、タズサだよ。今度遊ぼうね、キキちゃん」
「遊ぶか! こっちは仕事で来てんだって! いたた……」
「良かったじゃないか、友達第二号が出来て」
蒼兵衛の言葉に、キキはぐっと言葉に詰まった。現状、同年代の友達と言えるのがリノしかいないことは事実だ。
シオンが指を離すと、ぷいとそっぽを向く。
「プ、プリンセスに庶民の友達はいらないんだもん……!」
「こじらせてるね」
「しばらく居るんだし、仲良くなればいいのに」
ハイジと紅子の言葉に、キキはますます顔を背けてしまった。人間の学校で友達が出来なかったトラウマとプライドが刺激されているのだろうと、シオンはなんとなくキキを可哀相に思ってしまった。
すっかり機嫌の悪くなったキキに、マリが詫びた。
「ごめんなさい、キキちゃん。妹たちはアクアリアの外に出たことがないから、タズサはきっと外から来たお友達に興味があったのね。さ、もう行きましょうか。みなさん、お仕事がんばってくださいね」
「キキちゃんまたね。お兄ちゃんたち、お姉ちゃんも、バイバーイ」
「もう、行くよ。タズサ」
アイカに引っ張られるようにしながら、タズサは何度も振り返って手を振っていた。
「人間の友達はいないくせに、亜人にはわりとモテるなお前」
蒼兵衛がしみじみ呟くと、キキは複雑そうな表情になった。
「……なんでだろう……」
「ほとんどの種族が、自分より小さいものに寛容だからね。小さな君の態度のでかさくらい流せるんだろう」
「えっ!?」
ハイジにはっきり言われて、キキはショックを受けたような顔をした。
「それって、あたしが小さいのに態度でかくて、でもそのでかい態度を小さいから流してもらえてるってこと!?」
「そのまんまだな」
うむ、と蒼兵衛が頷く。
「ほら、小型犬がキャンキャン吠えてもそんなに気にならないだろう?」
「ピャッ!? 犬と一緒にしないでよ! リザードプリンセスだもん!」
「そういう態度が人間受けしないんだろうね」
「うわあああああん!」
ハイジが身も蓋も無く言うと、キキはシオンにしがみついて泣きついた。
「言い過ぎだよぉ!」
「ま、まあ……キツいな……」
「でもハイジさん、あれで悪気無いんだよ……最近思うんだけど」
キキの頭を撫でるシオンに、紅子が小声でハイジに対するフォローを入れた。当のハイジは特に気にした様子もない。
「なにしてるの? いつまでも騒いでないで、そろそろ行こうか」
「うわあああん! ハイジのバカぁ!」
「なあ、今日はもうダンジョンには行かないよな? 水上歓楽街に行ってみないか? ひと夏の出会いがあるかもしれん」
「あっ、お、お腹鳴っちゃった……えへへ」
このパーティーで、ちゃんとダンジョン探索できるのだろうかと、シオンは少しだけ不安になった。