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迷宮のドールズ  作者: オグリ
三章
56/88

冒険者博(エクスポ)

 大型コンベンションセンター内で行われる《冒険者博》は、場内に複数あるホールを使用し、展示と販売のそれぞれに長い列が出来ていた。

「展示に人がいっぱい来ると思ってたけど、販売もすごい人だねー」

「アウトドアグッズとかもいっぱいあるから、冒険者じゃなくても、登山する人とか、研究で山やダンジョンで入る人とか、キャンプ用品買いに来る人とか、色々いるよ」

 感嘆する紅子に、シオンは答えた。

「じゃあとりあえず、販売の列に並んだほうが良さそうだね。まずは買うものを買って、展示はそれからでも逃げないし」

 透哉が言った。

 武器の販売会場だけは冒険者のみの入場になる。入り口で全員身分証の確認をされるためか、一番列の進みが遅かった。十五歳以下のキキやリノは保護者と一緒でなければ入れない。

 混んでいるのは認証に手間取っているだけで、一般客が入らないぶん中は空いているだろうということで、先に他のものを調達するということになった。


「小野原くん、見たい展示ある?」

「うーん。あんまり興味なかったけど、このダンジョンのミニ模型って見てみたい」

 入り口で渡された会場案内をめくるシオンの手許を、紅子が覗き込む。

「へー。元冒険者の有名モデラーが、外国の世界遺産ダンジョンをジオラマで再現かぁ、すごいねー」

「うん」

 父さんこういうの好きだったよなぁ……と思いながら、誘わなかったことは、まったく後悔していなかった。誘わなくて本当に良かった。仲間や大勢の知り合いが来ている中で余計なことを言われたらたまらない。

「この南米にある天空迷宮って、父さんが昔、生で見たことあるって言ってたな。観光客として遠くからだけど」

「えええ、すごーい。小野原くんのお父さんも冒険者だよね? 来ないの?」

「うん。来ない」

 来なくていい。と心の中で付け足す。

「そっかぁ。小野原くんのお父さん、ちょっと見てみたかったかも……」

「普通のおじさんだぞ」

 しかもかなり調子の良い部類の……。

「稀少な魔石の展示もあるって」

「わぁ、私も見たーい」

「浅羽は他に気になるものあるのか?」

「私はねー、楽しみにしてたのが『有名料理店監修・スペシャル冒険メシ体験コーナー』で……」

「こっこ、食い気は置いておいて、とりあえずちゃんと買い物しよう。妹尾組の皆さんが言ってたよ、良いものから先に無くなるって」

「えっ、美味しいものも先に無くなるよ……?」

「はいはい。そんなだから小野原くんがこっこに色気感じてくれないんだよ」

 紅子が透哉の腹に無言で拳をめり込ませ、ゲフッと透哉がせき込んだ。

「ボ、ボディは……お兄ちゃん内臓年齢は四十歳くらいだから……」

「大丈夫ですか? 今日もオレも武器買わなきゃ」

 そのためにいままで生で手にしたことの無い金額をコンビニのATMで下してきた。

「……あ、冒険者証忘れた」

 後ろで蒼兵衛がコートのポケットをゴソゴソと探しながら呟いていた。冒険者証が無ければ、防具はともかく武器の購入は出来ない。

「だからカードケースに入れて首から下げとけって前から言ってるだろ」

 まるで親のようにセイヤが注意している。

「嫌だ。家の鍵を首からかけてる小学生じゃあるまいし」

「そのレベルだろ……。まぁ刀はこないだ貰ってたし、新調する必要ねーだろ。そんな金も無いだろーし。武器以外はカード無しでも買えるから、お前は夏用の装備買え」

「アロハで戦えと?」

「誰もアロハなんて言ってねーだろ!」

「キキちゃんはねー、殴って撃てる魔銃が欲しい」

「おお、黄々ちゃん……! もう立派なリザード戦士じゃのう」

「銃身曲がって暴発するだろ。バカだなー」

 笑う鯛介にキキが嚙みつこうとしたが、頭を掴まれ、手足をジタバタさせるだけだった。

「ねえ、キキちゃん。服買わないの? ロリータ冒険者服出すブランド増えたよねー」

 リノが出展企業案内を見ながら尋ねると、キキもぱっとそっちを覗き込んだ。

「おっと、アイドル冒険者として、新作装備はチェックしとかなきゃねっ。《アリス・ヴェロニカ》出展してるじゃん」

「《コペリア》も冒険者装備出すようになったんだー。キキちゃんにはアリヴェロよりこっちのが可愛くて似合うと思うけど」

「えー。フリフリし過ぎてて子供っぽいじゃん」

「あっ、《スライムマカロン》好きなんだよね。あたしは冒険者じゃないから装備とか要らないけど、限定Tシャツとか出てないかな」

「スラマカなんて激安ギャルブランドがなんで進出してんの」

「……うっうっ……国彦……由美ちゃん……見とるかのう……黄々ちゃんがあんなに楽しそうにお友達とお話しを……帰ったら祭りを……!」

 キキとリノが話しているのを、国重は着物の袖で涙を拭きながら、天国の息子夫婦に報告していた。それを妹尾衆と鯛介が冷たい目で見る。

「オヤジ……もう祭りは……」

「大伯父貴、いい加減にしろよ……」




 キキとリノがはしゃいでいるのを、紅子が遠い目で見ながら呟いた。

「新しい服かぁ……」

「服の話、浅羽はあんまり興味ないのか?」

「無くはないよ……でも有名なブランドは高いし、スラマカはサイズ小さめで華奢な女の子じゃないと似合わないんだよね……」

「そういや浅羽って、ものすごく食べるのに、普通の体型だよな」

「も、ものすごく……!?」

 顔を引きつらせる紅子に、透哉が冷静に返す。

「いや、ショック受けるところじゃないよね? 事実だし。こっこの太ももより小野原くんの太もものほうが多分細い……ぐふっ」

 素早いボディブローに、また透哉が腹部を押さえた。

「そうだ、夏休みになったら、千葉のダンジョンに行ってみないか? また詳しく話すけど」

「千葉?」

「うん。南のほう。海のダンジョンが多いんだ」

「じゃあ、水着要るわね!」

 リノががばっと振り向いた。

「み、水着……!?」

 紅子が上ずった声を上げる。

「そうだよ! 紅子さん、選んであげようか!? もっと露出したほうがいいよ! せっかく美人なんだから!」

「えっ! 美人!? そ、そうかな!?」

「タヌキに似てるよね。こっこが水着で背中に杖くくりつけてる姿、お兄ちゃんは見たくないなぁ……」

「タヌキ!? お兄ちゃんには見せないよ! ていうか、み、水着はいいよ! 遊びに行くんじゃないし!」

 ぶんぶんぶん! と紅子は首を振った。小野原くんの前で水着の話なんて……! と、少年の反応をちらりとうかがってみると、彼は後ろにいた蒼兵衛とセイヤと話していて、遠い目になった。

「ああ、ソードブレイカー使ってんのか?」

「うん。まだ慣れないけど、もうちょっと試してみようと思って。ダガーは防御には向いてないから。ソロのときは避けるか逃げるかしてれば良かったけど、これからはそうもいかないし。正面戦闘することも増えたし」

「なるほどな。今日はなんの武器買うんだ?」

「ダガーは予備に使っていくつもりで。ソードブレイカーが重いから、いままでのより軽めのやつが欲しくて。ちょっと高くてもいいから、丈夫なやつ」

「だったら《ケンダリオン》か《スミス&ブレード》あたりがいいな。小型ナイフに強いメーカーだ」

「セイはミーハーだから相手にするな。手堅いのは国内メーカーだぞ。修理に出しやすいし。《村田刀剣製作所》にしろ」

「お前は横文字が嫌いなだけだろーが。投げメインなら《シュナイデン》のヒッティング・ダガーシリーズがいいぜ。ドイツのメーカーだけど日本にも会社がある」

「狩猟にも適しているほうがいい。万能性で選ぶなら《コマイヌ工房》だ。マスコットのコマイヌくんの刻印が可愛いしな」

「あ、ありがとう……なんかよく分かんないから、見てから選ぶよ……」

 それからもしばらく蒼兵衛とセイヤはどこのメーカーがいいのと言い合っていたが、名前だけずらずら並べられてもよく分からない。装備なんてどれも似たようなものだと思い、適当に選んでいたからだ。

 みんなそれぞれに好きなものがあるんだなぁと、シオンは何故か妙に感心してしまった。


 女子たちはまず服を見たいようだし、リザードマンたちは自分たちの体躯にあった装備を探しに行くだろう。ニコねこ屋は会社で使う備品を調達すると言っていた。

「ハイジは? どうする?」

 それまで黙っていたハイジに、シオンは振り返って尋ねた。

「僕?」

 急に声をかけられてたハイジは、一瞬きょとんとした顔になり、シオンの声につられた全員の注目を浴びて、ふいと顔を背けた。

「……僕は展示には用が無いから、買い物だけかな。消耗品の魔石と、杖でも防具でも、良さそうなものがあれば新調するけど……」

「水晶玉とかタロットカードとか買わないの?」

「お札とか十字架とか?」

 キキとリノが興味津々で尋ねる。

「君たち、シャーマンにどんなイメージ持ってるの」

 なにか誤解している子供たちにハイジは思いきり嫌そうな顔を向けた。

「あっ、あの! 杖なら、一緒に見ませんか?」

 紅子がぱっと手を上げる。

「私もこの前、一つ壊しちゃったし、これからも予備の杖とか必要だろうし、一緒に見てらもらえたら心強いっていうか」

「……それはいいけど。どうせ僕も見るから」

「そういえば、妹に杖を譲っていただいたということで、ありがとうございます」

 透哉がハイジに頭を下げた。

「いえ……。僕には合わなかったので。才能のある方に活用していただけるなら」

「才能なんて、魔力が大きいだけですよ。教育もろくにしてこなかったですし。本当にありがとうございます」

「……いえ」

 ハイジは短く答えた。

 けっこう話す人だと思ってたけど、今日は静かだなと、シオンはハイジの様子が気にかかった。特に会場に入ってから、元気が無い気がする。


 妹尾のリザードマンたちとは面識があるからか、たまに言葉を交わしていたが、昔の仲間だった鯛介とは軽く挨拶を交わしただけだ。

 以前会ったときの鯛介の様子では、彼はハイジのことも気にかけているふうではあった。

 彼らはそれぞれの生活をしながら、桜の行方を追っている。それも個別に。だがハイジと鯛介が協力し合っていないのは、彼らの間にもなにかしら意見の合わない部分があったのかもしれない。


 二十分ほど並んでようやく中に入った。

「展示を見たい奴はあとでもう一度、外で集合しないか」

 シオンの言葉に、ハイジが答えた。

「ああ、僕は展示は見ないから、買い物したら帰るよ」

「あ、でも、ハイジとはこれからのことも話したいんだけど……せっかくみんなで集まったんだし」

「いいよ、今度で。君たちはゆっくり展示を見てきたら?」

「ハイジも見ないか? どうせならみんなで……」

「結構だよ。仲良く遊ぶためにパーティーを組んだわけじゃない。装備のことなら相談に乗るけど、また並ぶのかと思うとうんざりするしね」

「そっか……じゃあ、帰るときまた誘うよ。気が変わったら一緒に行こう」

「気持ちはありがとう。良い消耗品はすぐなくなるから、先に行くよ」

 ハイジは無表情で告げると、さっさとその場を離れてしまった。

「うわー協調性無いなー」

「アンタにだけは言われたくないと思う」

 蒼兵衛の言葉に、キキが白けた目を向ける。

「悪い人じゃないんですよ。言い方はキツいですけど」

 鯛介が苦笑いで言った。

「元々、人ごみが嫌いな人だから。今日はよく来たなぁって、びっくりしましたよ」

「そうだったのか。誘って悪かったな。……それなら一人じゃ心配だし、オレ、ハイジについて行くよ」

「ああ、いいですいいです。放っておいてあげましょう。シオンさんに気遣われたら、気にするから」

「でも」

「大人すから、大丈夫っすよ。勝手に一人でブラブラして、疲れたら勝手に休みますよ。それに、いまは声かけないほうがいいんじゃないかな」

 笑いながら、シオンを見る。

「けっこうキツいこと言ったのに、また誘うなんて言ってもらえて、照れくさかったんじゃないかな。冷たく突き放しておけば人は寄ってこないって思ってるとこあるから。ありゃたぶん戸惑ってますよ」

「あ、オレ、キツいこと言われてたのか……ぜんぜん気づかなかった」

「耐性がすごくついちゃってるんだね」

 透哉がひどく同情気味に、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。




「こちら、ダンジョン内ですぐに使える、新感覚のネックピロー、『スライムネックピロー』お試しできまーす」

「この新作の抗菌・消臭スプレーは、臭いを消すだけじゃないんですよ~。吹きかけるだけでお風呂に入ったようなスッキリ感を味わえちゃうんです~」

「体にも装着できる人気の『ぴっか♪ランタン』会場限定カラーありまーす」

 広い会場内に多くの企業ブースが出展し、各ブースには展示された新作の装備やアイテムがずらりと並んでいる。どこを通ってもスカートの短いコンパニオンたちが道行く人々に声をかけ、商品説明やサンプル配りに忙しそうだ。実演販売員にやたらとワーウルフが多いのは賑やかで話し好きな気質がこの仕事に向いているのだろう。

「こちら洗い流さないテイルシャンプーです。サンプルどうぞぉ」

 胸許とへそと太腿を大胆に露出した衣装を着た女ワーキャットが、手にしたかごから個包装された使いきりのシャンプーを、シオンやセイヤたちに手渡してきた。

「かたじけない」

 自分から思いきり手を差し出した蒼兵衛に、愛らしいコンパニオンワーキャットは困ったように猫耳を下げた。

「あ、これって髪の毛用じゃなくって、わたしたち亜人の体毛ケア用なんですぅ。主に尻尾に使うもので……」

「大丈夫だ、そんな些末なこと、私はちっとも気にしないぞ」

「え? えっと……でもぉ、人間さんの髪の毛に使うと、かえってダメージになっちゃうんですよぉ」

「そうだったのか……そんなに心配してくれてありがとう。初対面の私のことを気遣ってくれて、優しいんだな。これは、あれだな、運命の出会い……」

「怖いわぁぁぁぁ!」

「ぐふっ!」

 キキが蒼兵衛に突進し、背中に頭突きをかます。

「何をするんだ鉄頭……」

「お前、やっとすっきりサッパリ失恋したと思ったら、ヤバい方向にこじれてるじゃねぇか! そりゃ合コンも白けるわ! 白ける通り越して事件だよ! 恐怖の会合だよ!」

「なぁ、この子ちょっとシリンに似てないか? 私とお似合いな気がする」

「未練気持ち悪いぃぃ! フラれた女の旦那の前でよく言えるなそれ!」

 キキが叫ぶと、セイヤたちワーキャットがハッとした顔になった。

「そ、そうか。ソウの言動に慣れ過ぎてた……いつもこんなだから」

「たしかに……考えてみたらすごく気持ち悪いっすね……秘めた想いを伝えちゃったことで完全に開き直ってる感すらあるし……」

「これからあんまりお姉ちゃんに近づけないほうがいいかも……」

「もっと危機感持てよぉ! あたしなんかゾッとしてトリハダ立った! リザードなのに! トリハダが!」

 キキが地団駄を踏む。その光景を国重が袖で涙を拭っている。

「おお……他種族の皆さんとあんなに打ち解ける黄々ちゃん……! 国彦、由美ちゃん、見ておるかのぉ……!」

「……うん……まぁ……ハイジさんがうんざりするのは分かる気がする」

 鯛介が呟いた。




「ずいぶんと、賑やかなパーティーになったね」

 透哉がシオンに言った。

「オレは他のパーティーをあまり知らないから、他と比べてどれだけ賑やかなのかは分からないけど……うるさいです」

「あはは。でも、楽しそうだよ」

 紅子はキキたちに引っ張られ、女性用装備を見に行ってしまったし、他のみんなもそれぞれ買い物に行ってしまったので、シオンは透哉と一緒に新作アイテムが並ぶブースをブラブラと眺めていた。

 並んでいる冒険用グッズを眺めながら、透哉が目を細めた。

「懐かしいな、こういうの。僕も昔、ダンジョンにあまり潜りはしなかったけど、手伝ってたことあるから」

「そうだったんですか?」

「うん。祖父や、伯父……こっこのお父さんなんだけど、それから茜の手伝いにね。準備の手伝いや、ダンジョンまで車で送ったり」

「へぇ。バックアップしてたんですか」

「少しね。祖父のことは苦手だったけど、伯父さんは気難しいところはあっても良い人だったし、茜とも仲が良かった。冒険者の資格も持ってたんだよ。更新してないけど」

「そうだったんだ……もう、やらないんですか?」

 浅羽について行ってやらないのかと、言いかけてシオンはやめた。人には色々な事情があるからだ。

 透哉は笑いながら首を振った。

「出来ないよ。僕は働かないと、こっこをあんなに食べさせてあげられないからね。それに僕は魔力が本当に乏しいんだ。足手まといにしかならない」

「でも、前に精神魔法をかけられたとき、ぜんぜん気づかなかった。すごい技術なんじゃないんですか?」

「別にあれ、戦いの役には立たないからね」

 たしかに。ダンジョンでは使い道が無い。

「ああいうのは、ちょっとしたコツがあれば誰でも出来る。催眠術程度のものだよ。魔力の大きさは関係ない。もっと高度な術なら、こっこなんかに見破られやしないよ」

「あれは、何の魔法だったんですか?」

幻惑魔法ファシネイションだよ。対象の警戒を緩ませ、思考力を低下させる。初対面の僕に会うということを、君が強く意識していたことを利用したんだ。本気で精神支配をするなら、幻惑ファシネイションで耐性を落とし、その状態から別の精神干渉魔法を重ねがけする」

「へえ。そうなのか……」

「実際にはそう上手くいかない。というか手間がかかる。推理小説なんかでの完全犯行の手口としては定番だけど。実際に言うことを聞かせたいなら武器で脅したほうがきっと早いよ。そもそも精神力の強さは種族差があるし、精神抵抗の低い種族は魔石で身を守る。そう簡単に、精神魔法にかかったりはしないんだよ。たぶんこっこが解除キャンセルしなくても、小野原くんも自力ですぐに我に返ったと思うよ」

「そうなのかな……」

 あっさりかかったような気がする。ワーキャットは魔法耐性が低いとセイヤにも言われたことがあるし、桜に貰った魔石はいつも大事に身に着けているけど、今日は他の護石アミュレットも買っていこう。

「でも、精神支配とまではいかなくても、一瞬の緩みで、命を奪える可能性もあるからね。小野原くんのような腕の良い戦士でも、戦いの場ではないところで、僕のような一般人が親しげに近づいてきて、紅子に家族だと紹介されたら、信じてしまうだろう?」

「だって、本当にそうだし……」

「うん。その緩みにつけ込んだ。あのときの小野原くんは、仲間の家族に初対面で魔法をかけられるなんて、微塵も思っていなかったよね? それが普通だ。その普通なこと、当たり前なことにつけ入る、そういう戦い方の魔道士もいる。気を付けてね」

「はい」

 素直に頷くシオンに、透哉は少し苦笑いを向けた。

「君はいい子だけど……あのハイジさんって人が君を気にかける気持ち、僕には分かるな」

「頼りないから?」

「優しいからかな。でも、それも間違ってはいないんだ。気を付けてはほしいけど、変わらないでいてほしいな。頑張ったぶんだけ、きっといいこともたくさんあるよ。それは僕の願望も入ってるけど……」

「願望?」

「頑張ってる子には、報われてほしいからね。いつもこっこの面倒をみてくれてるし」

 にこりと笑う。他人から気にかけてもらうのは、悪い気分ではなかったし、素直に嬉しいと思えた。紅子もそうだが、透哉とはひどく話しやすい。物腰の柔らかさに父親と似たものを感じるせいかもしれないが、それ以上に透哉の雰囲気にあるだろう。言葉の端々に、シオンのことを気遣ってくれているのが分かる。兄がいたらこんなかんじだったのかなと思う。

「あ、このライト、使いやすそうだね」

 あまり人のいない小さな企業ブースの前で、透哉が小型のハンディライトを手に取った。

 小ぢんまりとしたブースにはコンパニオンがおらず、スーツ姿の人間の中年男性がハンカチで額を拭いながら、意気揚々と商品説明をしてくれた。

「これは、とにかく軽量化と丈夫さの両立化に努めました。電池ではなく畜魔石を使用しておりまして、そのぶん電池式よりも値段は張りますが、コンパクトなのに照射時間が長いんです」

「スイッチを入れても?」

「どうぞどうぞ。スイッチ部はロックを外してスライドしてください。音がしないスライド式になっていて、ロックをすることで誤操作を減らせます。明るさは調整出来ます」

「かなり軽いね」

「そうですね。ワーキャットやワーラビットの戦士の方が、軽量なタイプを求められるので。この商品はウェイトがライトな種族の方や、女性の使いやすさを考えて開発しました。お尻の部分をひねってみてください、そこにストラップが内臓されてます。それで腰のベルトなんかに装着して。本体にもクリップがついてるので、ベルトにそのまま固定も出来ますよ。よろしければそちらのワーキャットの方もどうぞ、お手に取ってみてください」

 シオンもライトを手渡されて、軽いので驚いた。

「軽すぎて逆に怖い……」

「あ、それ! この商品の紹介ページのキャッチコピーにしていいですか?」

「えっ」

「今日は先行販売で、これから社運をかけて大々的に売り出すんですが、ピンとくるフレーズが中々無くて……『軽すぎて逆に怖い』! すごいくいいなぁ! さっそく広報に連絡しよう!」

 人間の男性はうきうきと電話を始めてしまった。

「小野原くん作のキャッチコピーが、この会社のホームページに載るわけだね。社運をかけて」

「え……どうしよう」

「一つ、貢献しようか。買ってあげるよ。試しに使ってみたら」

「えっ、いいです。自分で買います」

「これから武器を買うんだろう? 紅子がいつも世話になってるのに、僕たちは君に何もしてあげられてないから。このくらいさせてよ。カラー、何色がいい?」

「じゃあ、黒……」

「これのブラックください」

「はい! ありがとうございます! あ、替えの畜魔石、おまけに付けときますね! アイデアありがとうございます!」

「良かったね。魔石、二つもつけてくれたよ」

「あ、それは嬉しい」

 畜魔石は高いのでありがたい。二つも買えば本体代にもなってしまう。そんなに大盤振る舞いしてもらっていいのだろうか。

 中年男性がぎこちない手つきで会計をし、商品を袋に入れて手渡してくれた。旧型のライトもおまけに付けてくれた。社運をかけているという言葉は大げさではないのか、ブースを離れるときも何度も何度も頭を下げていた。

「いっぱい貰ったけど、いいのかな……?」

「いいんじゃない? 本体は買ったんだし。喜んでたし」

「あの、ありがとうございます」

 礼を言うと、透哉は微笑んで頷いた。

「うん。あの会社は昔から小さいけど質の良い物を丁寧に作るから、悪い買い物じゃないと思うよ。いまの社長さんだ」

「詳しいんですね」

「僕、あの会社の株持ってるんだよね。少しだけど。ぜひとも成功してほしいな。小野原くん、他に何か見たいものある? 付き合うよ」

「見てたら何でも欲しくなってくる気がする……」

「全部見たらいいじゃないか。見るのはタダだよ。明らかに変な買い物しようとしてたら止めてあげるよ」

「じゃあ、グローブと靴と、あとアミュレットかな。一緒に見てもらっていいですか?」

「いいよ。じゃあ、防具のところに行こうか」


 防具や衣料メーカーのブースはひときわ賑わっていたが、キキたちを見つけるのは容易だった。すでに大量のブランドロゴが入ったショッピングバッグを持っている国重がとんでもなく目立っていたからだ。

 シオンがどこかのブランドものらしい新作のジャージを眺めていると、キキがトコトコトコと横にやってきて言った。

「シオンはさぁ、もうジャージ装備やめたら?」

「そうだなぁ……」

「えっ、あっさりやめんの!? こだわりかと思ってた……」

 キキが自分から勧めてきたくせに、大げさに驚く。

「値段のわりに消耗が激しいんじゃないかって、最近思うようになってきた」

「あんだけ愛用してていまさら!? 大体、なんでジャージなの?」

「休憩のとき、すごく楽なんだよな……部屋着っぽくて」

「ダンジョンでくつろごうとすんな! ワーキャットってさぁ、ジャージ装備好きだよね。なんでなの? ズボンずり落ちない?」

「腰と足に武器を固定するベルト巻いてるし、尻尾でひっかかってるからけっこう脱げないぞ」

「アンタらって、やっぱ人間用の服買ったらいちいち尻尾穴開けんの?」

「そりゃ開けるよ。リザードマンみたいに専用装備少ないし、別料金かかるけど、人間の装備に穴開けてもらったほうが早い」

「ほうほう。尻尾採寸して?」

「そうだよ」

「人によって太さ違うからね。ぴったりのサイズに開けないと」

 リノが口を挟んだ。

「じゃあさ、パンツにも穴開けんの? それともローライズなの? 紐? トランクス派? ブリーフ派? 履かない派? ふんどし?」

「オレは……って、なんでそんな話しなきゃいけないんだよ」

「チッ、騙されなかったか……」

 キキが舌打ちする。コイツお嬢様なはずなのにどんどん品が無くなっていくな……ここに静音がいたらゲンコツしてくれたのに、国重なので何も言わない。ただの荷物持ちだ。

「私はふんどし派だぞ」

「聞いてねぇよ失恋ザムライ」

 キキがゲンコツされたよりダメージを受けた顔になった。

「……あああ、ワーキャットさんのリアルな生態に触れちゃったよぉ……!」

 紅子がこそっと呟くのを、透哉は可哀相なものを見る目で見つめた。その背中を紅子がドンドンと拳で叩く。

「あああ、小野原くんもリノちゃんもセイヤさんもシリンさんもリョータくんもあの可愛いコンパニオンさんもワーキャットのアイドルもみんなみんな尻尾のサイズを採寸してもらってるんだと思うと可愛いよぉ……!」

「妄想するなとは言わないけど、口には出さないほうがいいね。『この世の女の子がみんな下着買うとき胸のサイズ測ってるんだと思ったら最高に興奮する!』とか僕が言い出したら、こっこ嫌だろ?」

「えっ、気持ち悪い……」

「うん。僕はいま、そういう気持ちだよ。お前に対して」

 透哉の背中に張り付いたまま、紅子は顔をしかめた。

「お兄ちゃん……なんか最近冷たくない?」

「いや、最近のお前が特に危ないから……。小野原くんに嫌われるぞ」

「大丈夫だよ。小野原くん、そういうのあんまり分かってないみたいだなって、最近思うんだよね……」

 ボソボソと背中で呟く紅子に、ああ、と透哉は納得したように頷いた。

「合コンも知らないんだもんな。十四歳からずっと冒険者やってたら、仕事のことは知ってても、それ以外のことはけっこう知らないのかもしれないね」

「小野原くん、テレビも本も読まないし。友達もいないって言ってたし……」

「ああ、それじゃ仕方ないかもね」

「びっくりしたのが、漫画読めないんだって。四コマ漫画以外、読み方が分かんないって。横に読むのか縦に読むのか分かんなくなるんだって」

「……ああ、それ、茜と同じだ。昔、同じこと言ってたよ」

「お兄ちゃんが? うそっ。そうだったんだ。そんな一面が……」

「家に無かったからなぁ。そういうの与えられてなかったし。じいさんも伯父さんも、魔道士になる以外のことを教えてなかったし、教える必要もないってかんじだったからな」

「そうだったのかぁ……お兄ちゃんも苦労してたんだね……」

 厳しくて怖いとしか記憶にない兄の生い立ちに紅子が同情していると、ゲラゲラと笑う声が聴こえてきた。

「ギャハハハ! に、忍者装備! 人気の忍者装備だって! 人気! あるんだ!」

「いいじゃないか! 《最強極み装備・NINJA》! 似合うんじゃないか!?」

 キキと蒼兵衛が大笑いしながら、シオンに新しい装備を勧めている。だが、シオンのほうはけっこう真面目に素材などを確認していた。

「へー。かっこいいなこれ」

「か、カッコいいとか言ってるよぉ! や、やめろぉ! お腹よじれる!」

「NINJA装備にソードブレイカーはヤバい……! 最強装備過ぎる……!」

「でもやっぱり、ジャージでいいや。さっきのやつのほうが良さそうだった」

「なんでよぉ! NINJAになろうよ!」

「SAMURAIもいるぞ!」

「最近はジャージ素材ですごくいいやつ出てるんだな。いつも同じの買ってたから気づかなかった。さっきの買おう」

 スポーツメーカーがジャージ素材の装備を出しており、ワーウルフとミノタウロスの販売員が強く引っ張ったり、ナイフで斬りつけたりと派手なパフォーマンスをしていたが、ほつれもしなかった。

「じゃあさ、せめてカラーで他の冒険者に差をつけようよ! ピンクどう!?」

「黒以外は返り血や汚れが目立つだろ」

「あっ、おい、ワニ子! あれを見ろ! ジュニア亜人用全身鎧フルアーマーだ! 私はお前にあれを着てほしい!」

「おお、黄々ちゃんの身を守るのに最適な! 顔面まで覆う兜で可愛いお顔も完全防護じゃあ!」

「試着出来るぞ! 着てみてくれ! 絶対似合うぞ!」

「えー? 最強リザードプリンセスが可愛さを捨てて強さを取っちゃうと、もうアンタら戦士として立つ瀬無いよ? あたしがますます強くなっちゃうけどいいの?」

「いや、動きにくいだろ、あれは……」

 シオンは顔をしかめた。小さい動く鎧リビングアーマーと間違えそうだ。

「ソウ! お前はいい加減に自分の装備を探せ!」

 さすがに顔を引きつらせたセイヤが、蒼兵衛を引っ張って行った。

「まったくアイツは子供なんだから……フラれるわけだよね」

「お前、一緒に遊んでたくせに……」

 裏切り者の顔をしたキキを、シオンは引きつった顔で見下ろした。




「ハイジさん」

 センター内の休憩所に腰かけているハイジに、鯛介がペットボトルを差し出した。

「どうぞ。疲れたんでしょう。普段、人の多いとこ来ないから」

「……タイか」

 目を合わせないまま、差し出されたペットボトルを受け取る。ミネラルウォーターで軽く口を湿らせてから、ハイジは小さく息をついた。

「まさかお前まで来てるなんて思わなかったよ」

 ニッと鯛介が口を歪める。

「今日は『武装』してないんですね」

「……しなくて良かったよ。あんなに彼らの身内が来るなんて……」

 ハイジの横に、鯛介がドスンと腰をかける。

「あの頃も、そうでしたよね。ハイジさん、けっこう分かりやすいから。パーティー組んだから、もう『武装』はやめなきゃって思ったんでしょ?」

「武装って言うな……」

 青い顔をしながら、ハイジは眉をひそめた。

「顔色悪いっすよー。無理するから。こうして話すのは久しぶりっすね。姐さんの一周忌以来か」

 答えない相手に、鯛介は別段気にすることもなく話し続けた。

「相変わらず、危ない連中のこと探ってるんすか?」

「……お前こそ、危険種とばかり戦ってるのか。傷が増えてるみたいだけど」

「ああ、治すの面倒っすもん。塞がった傷跡は前より硬くなるし」

「大雑把なところを治せよ。そのうち傷じゃ済まなくなる」

「はは、気を付けますよ。ヤバいモンスターがどっかに出たって聞いたら、そこにあの人がいるような気がするんすよねぇ。そういうの好きだったでしょ。まだ生きてて、どっかで戦ってるんじゃないかって、思っちゃうんですよね」

 ハイジはかすかにかぶりを振った。

「……生きてるかもしれないなんて考えるから、忘れられなくなるんだ。……お前も、やえも……夜も」

「ハイジさんは、生きてないと思ってるのに、忘れられてないじゃないっすか。なら、オレたちと一緒ですよ」

「僕は、桜を弔いたいだけだ。一緒にいたのに最期を看取ってやれず、魂を慰めることもしてやれなかったから……」

「姐さんの遺体を探して……もしまだ現世に魂が彷徨っていたら、肉体を媒介にあの人の魂を呼び寄せることが出来たら……話くらいは出来るかもしれない。そして、詫びることも出来るかもしれない。――ですか?」

 ハイジがわずかに目を細める。何か言いかけ、結局口を開かなかった。

「なんで、シオンさんたちとパーティーを組んだんですか?」

「桜の弟だから。あのパーティー、危なっかしいだろ。見ていられない」

 ふーん、と鯛介は鼻を鳴らした。

「たしかに、ハイジさんほどのシャーマンが仲間になれば、心強いでしょうよ。でも、ハイジさんはどうなんですか。シオンさんたちにはシオンさんたちの目的がある。ハイジさんにもある。それでも彼らに付き合うんですか?」

「もちろん、彼らにも協力するよ。こっちにも協力してもらう。それに、シオンも僕と同じだ。桜のことを諦めきれないでいる」

「そりゃそうすよ、家族なんすから。でも、弟だってだけで、これからずっと姐さんのことだけ考えて生きるなんて可哀相だ。だから姐さんとシオンさんの親父さんは、姐さんを探しながらシオンさんのことを遠ざけてた。ハイジさんも知ってるでしょう?」

「……ああ」

「多くのダンジョン探索をしたいと言っていたシオンさんたちに、ハイジさんの力は必要でしょう。オレじゃ持ってない力をハイジさんは持ってる。でも、シオンさんたちのこと、傷つけないでくださいね」

「……べつに」

「オレたちの痛みとシオンさんの痛みは同じじゃない。ハイジさんなら分かってるはずですよね。いつもハイジさんは冷静で、公正で、思いやりがあって、だからみんなハイジさんを頼ってた。シャーマンだからじゃない。アンタだから頼りにしてたんだ」

 ハイジは答えず、ペットボトルに口をつけた。

「でも姐さんが一番、ハイジさんを頼ってたなぁ。だって姐さんが一番に声かけるのは、いつだってハイジさんだったじゃないっすか。オレたちはそれが羨ましかったんすよ。だからこそ、姐さんを失ったこと、夜さんと別れたこと……アンタが一番悔しかったんだろ?」

「……知ったふうな口利くなよ」

「嫌ってほど知ってるし。仲間じゃねーか。なんて言わせねーぞ」

 ハイジは不機嫌そうに顔をしかめ、ようやく鯛介の顔を見た。

「お前……ちょっと偉そうになったんじゃないか?」

「自分のほうが偉いと思ってたんすか」

 鯛介はガハハと笑って、自分のペットボトルを開けると、一口で飲み干してしまった。

「――ま、キキのお守りはごめんだが、ハイジさんに呼ばれりゃバックアップでもなんでもしますよ。千葉に行くときは声かけてくださいね。オレもやえさんに会いたいし」

「忙しいだろ、お前は……。レベル40越えの現役リザードマン戦士をバックアップに呼ぶなんて、贅沢が過ぎる」

「まぁまぁ、ハイジさんにも協力してくれる身内がいないと寂しいじゃないっすか!」

「いてっ!」

 レベル40越えの現役リザードマン戦士にバンバンと肩を叩かれ、ハイジは声を上げた。本人は手加減したつもりでも、強靭なリザードマンと線が細いガルーダでは種族差があり過ぎる。

「あ、すみません。いや、ほんとはパーティーに加わって手伝ってやりたいっすけど、オレの体じゃ千葉の海中ダンジョンには、ほとんど入れないんすよねぇ。どこも狭くて」

 後ろ頭を掻きながら笑う鯛介に、ハイジがはぁと息を吐き出した。

「……それ、言おうと思ってたんだけど、お前、太ったよね?」

 ペットボトルの水をちびちびと飲み干してから、ハイジは立ち上がった。

「……水ありがとう。少し回復した」

「帰るんですか? オレ一人で車乗ってきたんで、送って行きますよ」

「いや、一緒に武器を見るって約束したから……」

 ハイジの言葉に、鯛介は目を丸くし、それから笑った。

「そういう律儀なとこ、変わんないすねぇ」




 武器に関しては、戦士系クラスと魔道士系クラスで自然にグループが分かれた。透哉は国重と黄々に引っ張って行かれてしまった。

「おい、シオン。ナイフだったな」

「一緒に見ようぜ。値切ってやっから」

 蒼兵衛とセイヤが嬉々として声をかけてきて、連れて行かれた。

 ずらりと並ぶナイフは、当たり前だがどれも新品の輝きで、何を見ても切れ味が良さそうに見える。

「やはり国産メーカーだろう。さすが《村田刀剣製作所》、これぞ逸品だな。十四代目村田新右衛門が考案しただけはあって、とても量産型とは思えん。刀工の刻印まで洗練されている」

「ダガーだったよな。投げメインなら《シュナイデン》、汎用性なら《ケンダリオン》だな。ちょいマイナーだが、アメリカでケンタウロス職人が作ってんだ。ケンタ武器はやっぱ安定感があるよな」

「おお、今日《コマイヌ工房》の商品を買うと、ナイフケースに貼れるコマイヌくんステッカーが貰えるそうだぞ」

「お、これいいなぁ。折り畳みフォールディングナイフはこないだ新調したばっかなんだけど、これも使いやすそうだな。でもいま家計苦しいしな……」

「おい、それは既婚者アピールのつもりか? 叩き斬るぞ」

「あ、二人とも、ゆっくり見てていいぞ……」

 教えてくれるのはありがたいが、この二人の趣味には付き合っていられない。やっぱり武器くらい自分で選ぼうと、シオンはそそくさとその場を離れた。

 一人で片っ端からブースを覗き、何本も手に握ってみる。

「これ、握りやすいなぁ」

 一振りのダガーを手に取ったとき、思わず呟いた。

「それが気に入ったかい? 《ヒルストン・ワークス》の新作だよ」

 代行会社の販売員が声をかけてきた。

 かなりの老人だが、体格が良かったので、元冒険者だろうなとシオンは思った。片眼が半分潰れていて、Tシャツにエプロンを身に着けていたが、半袖から露出した腕は傷だらけだった。

 冒険者を引退しても、冒険者に関わる仕事を続ける者は多い。彼もそうなのだろう。

「オレ、メーカーとかはあんまり知らなくて……」

「オーストラリアで冒険者向けの武器を作ってる工房だよ。険しい天然ダンジョンが多いから、毎日酷使してもへこたれない武器を作る。ただ、手入れもかなり丁寧にやらんといかんから、初心者向けじゃないが……」

 老販売員はすり減った指先で、ブレード部分のカバーを取り、刃の部分を見せてくれた。真っ直ぐな刀身はいままで使っていたダガーと同じだ。

「ウルル鋼は刃持ちがいい。きちんとマメに手入れしてやればずいぶん持つ。武器のことなら相談に乗るよ。探してるのは、メイン武器かい? サブ武器?」

「あ、サブで。ダガーをずっとメインで使ってたんだけど、最近別のに替えて」

「ダガー使いなら何本か持ち歩いていたんだろう?」

「六本だけど、メイン武器が少し重いから、ダガーのほうを軽めのに替えたいと思って。本数を減らすのは、ちょっと心配だから……」

「たしかに、ワーキャットなら身軽に戦いたいね。だったらこれも同じメーカー、去年出たエアブラストシリーズの最新モデルだ。軽量化にこだわって作られていて、改良を重ねて長く売れてるシリーズだ」

 別のダガーを手に取り、シオンに手渡す。グリップの色が派手なピンク色なのが気になったが、形状はさっきのものとほぼ同じだった。

「すごく軽い」

「丈夫な金属だから、手入れさえ怠らなければ、軽いものでも鋭く研ぐことで充分戦える。六振りまとめて買ってくれたら、端数は切ってあげるよ」

 提示された金額は、シオンが想定していたより少し高かった。だが、今日は武器を新調するつもりで来たので、金は多めに下ろしてきている。ここに来るまでに色々買ってはしまったが、足りる。明日から外食を控えれば……面倒でも自分で作れば……。

「……そんなに真剣な顔で耳を下げられると……。よし、分かった。五本の値段で一本おまけしよう。ただし、おまけの一本は展示品になるがね。ちゃんと未使用品だ」

「えっ、いいんですか?」

 ぱっと顔を上げると、老販売員はうんうんと頷いた。

「それから、グリップのカラーがもうピンク色しか在庫が無いんだが、それは構わんかね?」

「え……」

 というか、なぜピンクを作ったんだろう……?

「女性冒険者ウケを狙ったようだが、売れんかったんだな」

 疑問が顔に出ていたのか、老人が答える。

「ま、お兄ちゃん若いから。ピンクでも大丈夫。問題無し」

「大丈夫じゃない……」

 せっかく気に入ったのに、色で諦めるなんてバカバカしいが、腹を抱えて笑うキキと蒼兵衛の姿がどうしても目に浮かぶ。

「余ってるピンクだから少し安めなんだよ。どうせ消耗品なんだし、ダンジョン内じゃ暗くて見えないから、カラーなんか気にしなくても」

「気にする奴が多いから売れ残ったんじゃ……?」

「ん……まぁな。しかしカスタムするという手もあるし」

 見た目を気にしてカスタム代を使うのも、それはそれでくだらない気がしてきた。

「……買います」

「ピンクでいいんだね?」

「はい……テープかなんか巻きます……」

「よし、毎度あり! ケースは元々付いてるけど、手入れセットも付けておくからね。ナイフと一緒に自宅送りでいいかい? エクスポで武器を買うのは初めて?」

「あ、初めてです」

「購入した武器はうちのほうで登録ブースに運んでおくから、この番号札を持って行って、登録を済ませてくれ。あとは向こうで指示に従ってればいい。冒険者証忘れてないね? 登録されてる魔紋を照合して本人確認して、武器の所持登録もするからね」

「はい」

「あとこれもプレゼントしよう」

「……なに?」

 手渡されたのは、ずんぐりむっくりとして丸っこい、黄土色の生き物を可愛らしくデフォルメしたぬいぐるみのキーホルダーだった。尻尾があり、丸くなって寝ているリザードマンかと最初は思ったが、背中に小さな羽がついている。

「……まさか、グレートディバイディングドラゴン……?」

「の、マスコット。可愛いだろう」

 オーストラリアの大山脈、グレートディバイディングに一頭だけ生息する、世界に百頭もいない古代竜だ。人間や亜人が栄える遥か昔から生き続けている古種だ。

 ちなみに日本では、皇居下の禁忌ダンジョン《水宮》に生息している〈日本水龍〉という名のドラゴンが古代竜にあたる。

 水棲ドラゴンは比較的活発だが、陸生ドラゴンは多くが洞窟に生息し、いずれもかなりの巨体で、ほとんど動くことはない。翼と目は退化し、鈍重で、食事はすべて魔素でまかない、排泄もしない。グレートディバイディングドラゴンのような超級の古代竜は動くこと自体まれで、何十年も眠りっぱなしだ。少しでも歩こうものなら地面が揺れ、くしゃみで突風が起き、いびきは雷鳴のように轟くという。

 一生に一度は目にしたい生物だと、父親が言っていた。だが、古代竜の生息地の多くは国立公園に指定され、確認されているすべての種が保護対象となっている。レンジャーでもなければ姿を見る機会はないだろう。

「去年、《ヒルストン・ワークス》が創業二十年で顧客に配った非売品だ。うちの会社に余ってたから今日持ってきたんだ。女性冒険者が買い物してくれたら付けてあげようと思ったんだが、ぜんぜん来なかったから、お兄ちゃんにあげよう」

「ありがとうございます……」

 丸まって寝ている不格好なグレートディバイディングドラゴン(?)のマスコットを見つめ、シオンは一応礼を言った。

 あとで浅羽にやろう。女子ってこういう変なのを可愛いって言い出すからな。サクラが生きてたらあげたんだけど。デカいものが好きな彼女は、父親の影響もあってかドラゴンが好きで、子供のころに父親に買ってもらったぬいぐるみをずっと捨てずに持っていて、そのうち昼寝するときの枕にされていたが、あれはあれで大事にしていたようだ。押し潰され、せんべいのようになったドラゴンは、いまも彼女の部屋にぺちゃんこのまま置かれている。

 懐かしく思いつつ、不細工なマスコットをポケットに仕舞った。

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