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迷宮のドールズ  作者: オグリ
三章
55/88

集合!

「じゃあ、次は〈冒険者博エクスポ〉で」

 別れるとき、ハイジはそう言った。


 センターでは長々と話し込んでしまった。

 メンバーが増えたのなら、それぞれのやりたいこと、パーティーがどういう目的で動きたいのかを、一度明確にしたほうがいい、とハイジに言われた。それは後日、あらためて全員で話し合うことにした。

「みんなで話すとまとまりがなくなるかも……」

「いいんだよ。最終的に君がまとめれば。うるさくても従わない奴なんていないだろう?」

「まあ……たしかに」

 キキも蒼兵衛もなんだかんだ言ってシオンの決めたことについて来る。

「君は信頼されてるんだよ。それはやりやすいと思う。ナメられ過ぎはよくないけどね」

「分かった。気をつける」

 それから、今週土曜日から開催される〈冒険者博エクスポ〉に行きたいとシオンから提案した。ハイジも誘ってみると、案外あっさりと、

「いいね。行くよ」

 と言ってくれた。

 冷たそうに見える雰囲気と、ズケズケとした物言いのせいで、最初は少し身構えてしまっていたが、けっこうノリがいい人のような気がする。


「忘れないようにアラームをかけておこう」

 と、ハイジはバッグからタブレット端末を取り出し、土曜日のアラームをいまからセットした。スケジュールを打ち込み、さらに紙の手帳にも予定を記す。

「僕、忘れっぽいんだよね」

 やっぱり。

「忘れないための努力はするけど。もし今後、待ち合わせ時間の三十分前に僕がいなかったら、それ忘れてるってことだから、電話くれる?」

「分かった」

 そういえば、ガルーダは生来忘れっぽい種族だと聞いたことがある。

 ちなみにワーキャットは覚える気のない種族と言われる。種族イメージというものは迷惑なものだ。真面目に生きたいワーキャットもいるのに……。あ、でも人の名前を覚えないことを笹岡に怒られたばかりだった。


 新宿駅に向かいながら、ハイジはシオンに言った。

「今日話したこと、僕が言ったことは、一つの可能性だから」

「サクラのこと?」

「そういう可能性を考えて、僕は桜を探しているけど、それは僕がそうしたいというだけだよ。僕のかつての仲間――鯛介や……たぶん夜も、それぞれのやり方で桜を探し続けている。彼女の死を認められるまで」

 仲間たちの名、特に夜という名前を口にするとき、なんとなく躊躇いめいたものがあった。桜が死んだあと、ハイジと夜は喧嘩をしたと鯛介が言っていた。そのせいだろう。

「それは自分たちにとっての落としどころを見つめるためでもある。家族の君が気に病むことではないし、それは好きにさせてほしい。大切なパーティーの誰かを失ったら……その遺体が見つかっていないのなら、きっと誰だってそうしたいはずだ」

 シオンは黙って頷いた。

 自分のパーティーが出来たいまなら分かる。彼らとはまだ二ヵ月や三ヵ月程度の付き合いなのに、死ぬなんて絶対に考えたくない。そういう想いをハイジは味わったのだ。

「オレの父親も、仕事をしながらサクラを探してるんだ。オレもそうしたいと思ってる。だから、ハイジと一緒で心強い」

 そう言って見ると、ハイジは面食らった顔をしていた。

「なんだ?」

「あ、いや……」


 けっこう素直な子だな、とハイジは内心で思っていた。

 十四歳から二年もソロ冒険者をやっていたなら、もっと自信過剰ですれているかと思っていたけれど。

 もうすっかりすれている自分ベテランには、彼の物言いは素直過ぎて、気恥ずかしくすらなってくる。

 そんなに自分は優しくないし、信頼に値する存在でもない。

 興味があったのは、あの紅子という魔道士ソーサラーのほうだ。シオンのことは桜の弟だから気にかかる、それは嘘ではない。だが、それだけでパーティーに入ろうとまでは思わなかっただろう。


 魔力は遺伝的要素が強い。あれはおそらく優秀な血統の娘だろう。浅羽という名の魔道士を調べたら、彼女の祖父はそこそこ名のある冒険者だったようだ。

 さほど有名ではないが、長く続いている魔道士の家系。そういう一族は秘密主義で、表舞台で家名を遺すことよりも、血統の存続を重んじる傾向にある。

 彼女自身は初心者冒険者のようだったが、あれだけの才能の娘を、シオンのような若い冒険者のパーティーに預け、一族で守らない理由が気にかかる。

 そういう『訳あり』の一族には、独自の秘術や秘宝が伝わっているものだ。もちろんなんでもない家系に突然強い魔道士が誕生することもあるが、祖父が才ある魔道士だったのなら、血統が良いのだろう。

 歴史に名は残っていないが、近い世代に二人の才能ある魔道士が誕生している。浅羽家が古く続く力を持った一族だとしたら、独自の魔道研究を行ってきた可能性は高い。それもなるべく知られたくない、秘匿の魔術や研究を現在も行っているかもしれない。

 たとえば、死者を蘇生させるほどの……。


「ハイジ?」

 シオンの声に、ハイジははっとした。

「ああ、ごめんなさい、ぼーっとしていたわ」

 つい考え込んでいたせいで、動揺して女言葉になってしまった。

 このクセ、そろそろ直さないとな……。いつまでも女装なんてしているから、クセが抜けないのだろうか。


「いま、話しかけても大丈夫か?」

 良い子過ぎて時々直視出来なくなるシオンが、ハイジを気遣うように声をかける。

 まあ心配にはなる。利用されやすそうなタイプだ。

(将来的に冒険者になるみたいだけど、危なっかしい奴だから、あたしが面倒みてやんないとね。そんときはハイジもよろしくね)

 桜が少々過保護に話していたのを思い出す。

「大丈夫だよ」

 そう答えると、シオンは何か言いたげに口を小さく動かしたり、かと思うと目を伏せたりして、分かりやすい子だなと呆れつつ、ハイジのほうから尋ねた。

「何か訊きたいことがありそうだね」

 かすかに頷き、意を決したように顔を上げる。

「……ハイジは、シャーマンだよな。探しているのは体だけなのか? サクラは本当に死んだと思っているのか?」

「死んだと思っている」

 はっきり告げると、シオンの耳が分かりやすくしゅんと下がった。

「そっか……」

「でも、生きていると信じている仲間もいる」

「……夜さん?」

「多分ね。僕が知っている彼なら。殴って別れてそれきりだから、いまはどうしているか知らないけれど。鯛介もそうだろう。口には出さないけど、きっと信じてるよ」

「……あの、もう一人の人は? ソーサラーの女の人が……」

「やえか。皆森やえ。冒険者は辞めて、千葉で暮らしているよ。いまも時々会いに行くし、彼女もおそらく、桜の墓には足を運んでいると思う」

「そっか……」

 桜の墓がいつ行っても綺麗で、花が絶えたことがないのは、自分や父親が手入れしているからだけではないのだ。

「会いたいなら、いずれ紹介するよ」

「ありがとう。……千葉か……」

 どうしても職業柄、どんなダンジョンがあっただろうかと考えてしまう。

「千葉のダンジョンって、あまり行ったことないな……近場くらいしか。房総半島のダンジョンは大体海中か、半海中が多いんだよなぁ……」

 シオンはぶつぶつと呟いた。

 紅子の〈たからもの〉を探して、関東のダンジョンを色々と探索してみるつもりだったから、ちょうどいいかもしれない。

 あ、そういえば鷲尾さん、千葉の冒険者だって前に言っていたっけ。

「千葉のダンジョンは多いし、探索にも時間がかかるよ。特に南のほうは独特だしね。行きたいなら、紅子の夏休みに合わせたら?」

 ハイジが言った。

「夏休み……」

 自分が学校に行っていないから、すっかり忘れていた。

「夏休みの前には、テストがあるね」

「そっか……テスト」

「あの、馬鹿そうだよね」

 またはっきりと言う。

「そ、そんなことないだろ……詠唱は覚えてるから、記憶力はいいんじゃないかな……?」

 中学のときに同じクラス、しかも隣の席だったこともあるが、全然覚えていない。というか、シオン自身が成績が悪かったので、人のことは言えない。

「でも、そういうことには厳しそうなお兄さんいるから……あ、イトコのお兄さんだけど」

「イトコ?」

「一緒に住んでるんだ。すごく仲が良くて……優しい人だけど、浅羽には厳しい気がする」

「ふうん。彼も魔道士なのか?」

「魔法は使えるけど、得意じゃないらしい。会社員だよ」

「……そう」

 あまり関心がなさそうにハイジがそれだけ返事をした。

 実際は、関心があることをシオンに悟られないようにしているだけだが。


 ハイジとは新宿駅で別れた。

「僕は中央線だから」

「あ、うん」

「君も?」

「オレは山手線から乗り換え」

「そう。じゃあまたね」

 てっきりタクシーで帰るのかと思った。ハイジと電車ってすごく似合わないな……と思ったが、もちろん口にしない。口にしないのに、勝手に思考を読まれた。

「タクシー嫌いなんだよね。運転手にワーウルフ多いから」

「多い」

 それはすごく分かると、シオンも頷いた。お喋りで運転好きなワーウルフたちは、好んでタクシーの運転手になることが多い。

 ガルーダは物静かだと言われるから、正反対だ。もっとも、ハイジは話し方こそ静かだが、けっこうお喋りだと思う。

 別れた後はさっさと去っていくかと思ったら、ハイジは一度振り返ってくれた。


「じゃあ、次は〈冒険者博エクスポ〉で」

「うん。また」




 アパートに戻ったのはまだ夕方前だったが、ここ数日の疲れが残っていたので、今日は何もしないことにした。

 商店街の本屋で買った冒険者向けのガイドブックや、千葉の地図を眺めて過ごした。

 それにしても、ペナルティを食らっていなかったことには安堵した。

 紅子は気にしているだろうから、教えてやればほっとするだろう。キキや蒼兵衛は……気にしていないだろうが、連絡しなければ。

 透哉にも聞きたいことがある。久々に会いたいが、忙しそうだから切り出しにくい。

 だが仲間が集まって、紅子の目的のために動ける準備は整ったのだ。

 そうだ、冒険者博エクスポの話もしないとな。

 西沢がずっと手紙を渡し忘れていたせいで、開催まで間も無い。

 装備を新調して、千葉のダンジョンの下調べも出来るだけしておこう。鷲尾に話を聞いてみるのもいいだろう。海辺のダンジョンにはほとんど行ったことがないが、それなりの準備が必要だろう。

 ダンジョンによっては現地で魚亜人マーマンの冒険者に協力を仰がなければならないかもしれない。

 普段はそう見かけることの無い種族だが、シオンの知っているマーマンの種族イメージは、好奇心旺盛で、他種族に対し排他的ではなく、特に人間に非常に対して非常に友好的であること。そして、圧倒的に女性が多い。

 千葉県南東部――南房総エリアにマーマンたちの大居住区がある。南房総市や館山市の沿岸に彼らの集落が多くあるが、マーマン女性の人間好きと惚れっぽさは有名で、そんな女魚亜人マーメイドを目当てにした人間の男たちがこっそり館山の水上歓楽街を訪れるという。

 ガイドブックを読みながら、ダンジョンの数では圧倒的にこの南房総エリアだな、とシオンはあたりをつけたが、海中ダンジョンにはとても入れない。自分たちだけで探索をするなら半海中がメインになる。

「バックアップがいるなぁ……」

 独り言を呟きながら、シオンは考えた。

 パイプがあって信頼出来るバックアップを頼めるのは、リザードマンの〈妹尾組〉と、ワーキャットの〈斬牙〉……もとい〈ニコねこ屋〉だ。

 リザードマンは寒冷に弱い。夏だから大丈夫だろうが、海辺のダンジョンはほぼ天然ダンジョンになる。天然ダンジョンは狭い場所が多いのだ。

 ワーキャットは身軽だが、水に弱い。大きな耳が泳ぐことに適しておらず、カナヅチな者が多い。シオンも水泳の授業は届けを出して全部欠席した。

 泳げないことはないが、泳ぐというより、浮く努力が出来るというだけのような気がする。

 どちらも一長一短というかんじだ。

 現地でマーマンのバックアップチームを雇うとなると、高くつくだろう。それにトレジャーハントは信頼のおけるチームでなければおいそれと頼みにくい。

「……ま、いいや」

 このへんのことも、みんなと話し合って考えよう。

 ガイドブックをテーブルに広げたまま、畳にごろりと横になる。

 自分の冒険のことを離れ、ハイジの言葉を反芻した。


 ――桜の遺体が喰われたのではなく、持ち去られた可能性を考えたことはあるかい?


 ……考えるというより、何も考えないようにしていた。

 桜の死、そのものを。

 二年間、ずっとそうやって目を逸らしてきた。

 いまは、違う。

 桜のことをもっと知りたい。死ぬまで、どんなふうに彼女が生きたのか。

 遺体の行方も、知れるものなら知りたい。

 それは目を逸らし続けるよりも辛いことかもしれないが、このまま彼女との楽しい記憶だけを抱えて思い出にしてしまうのは、悲し過ぎる気がした。

 いまならそう思う。

 桜は強い人間だった。でも、寂しがりだった。情の深い女だった。

 だから、まだどこかに遺体があるのだとしたら、骨片でもミイラでもいいから、見つけてやりたい。

 そう思っている。

 ましてや遺体があの赤ん坊のように死霊魔術ネクロマンシーに使われていたとしたら、そんなことは絶対に許せないし、耐えられない。


 ハイジが言っていた。


(僕たちの仲間だった、やえという女性はね、最後の最後まで桜と一緒にいた。死ぬ直前まで桜の傍にいた、唯一の人物なんだ)





〈エクスポ? CMでやってるやつだよね! 行く行く!〉

 想像通りの紅子の反応に、シオンはほっとした。

 いい奴だなぁ。話しててすごく楽だ。

 同い年なせいか気を遣わずに話せるし、いつも元気な声を聴くとこっちまで元気になる。

〈装備も見直したほうがいいねって、透哉お兄ちゃんとも話してたの! お兄ちゃん、魔道具とか好きなの〉

「そっか。だったら透哉さんも、時間があったら一緒に行けないかな?」

〈お兄ちゃん?〉

「ああ。最近会ってないし。久しぶりに話したいと思ってたんだ」

〈じゃあ誘ってみるね〉

「うん。透哉さんに会えるとオレも嬉しいんだけど」

〈そっかぁ。ところで小野原くんって……〉

「うん?」

 いきなり声のテンションが下がっている。

〈……小野原くんってさぁ、わりとお兄ちゃんのこと好きだよね……〉

 なんで嫌そうなんだ……?

 浅羽、透哉さんのこと好きだから、他人と仲良くされるのが面白くないのかもしれない。埼玉で出会ったワーキャットのリノも、義姉シリンに嫉妬するほどセイヤに懐いていたし。

「浅羽のほうが好きに決まってるだろ」

〈えっ!?〉

「透哉さんは浅羽のほうが大事に決まってるじゃないか」

〈そっち!?〉

 後ろから大爆笑が聞こえた。

〈ちょっとお兄ちゃん!? 盗み聞きしないでよぉ!〉

〈聴こえてくるんだよ。こっこが小野原くんの声を最大音量で聴こうとするから……〉

〈ぎゃあああ! 言わないでぇ! おっ、小野原くん、また連絡するねっ!〉


 透哉の笑う声と、紅子の怒鳴り声が響く中、ブツッと音がして、通話が切れた。

 そうか、透哉さん近くにいたのか。ほんと仲いいなぁ。




〈エクスポねー、行ってもいいけど、人混みだとキキちゃんの顔がちょうど他種族のオッチャンらの肘のあたりになるのがさぁ……つねに不意のエルボーに警戒してないといけないのよね。でも冒険者アイドルのスカウトとか来てるかもしんないよね……って、黙るなぁ! なんか言え! え? あー、元気元気、気持ちはね。は? 呪われてないよ。ただあれから全身バッキバキでさぁ、いま、おじいちゃんと並んでおばあちゃんにサロンパン貼ってもらってるとこ。おじいちゃん? おじいちゃんはねー、はりきってお神輿みこし担いだら腰痛が悪化しちゃって……そうそう、大感謝祭の予行演習。もちろんあたしも一番上に乗ったよ。だから筋肉痛悪化したんじゃん。おいコラァ! バカとか言うな! お神輿乗んないでなにが祭りじゃあ!〉


 そういえば、『リザードマンの祭り好きはワーウルフすら道を開ける』と言われるほど祭り好きな種族だった。ワーウルフのようにただ騒ぐのが好きなのではなく、真剣に祭りに取り組むので、彼らの祭りはどの地方でも人気の観光行事でもある。〈キキちゃんの御先祖様大感謝祭〉(だっけ?)も今後恒例行事になるかもしれないと思うと恐ろしい。やりかねない。あの祖父母なら。

 あまりの声量に電話を耳元から遠く話しながら、シオンはまだギャーギャーと何か言っているキキに告げた。

「……分かった。週末には治せよ」




 蒼兵衛にいたっては、こっちが一言も話さないうちに切られた。


〈いま、戦いの最中さなかだ〉


 何のだよ……と思いつつ、誘わないと後で絶対拗ねるので、メールで誘っておいたら、後日、何故かセイヤから会場まで連れて行くという返事と、合コンの結果には触れないでやってくれという連絡が入った。

 ……戦いって、そのことか。




「――あっ、チケット!」

 イベントに入るのには入場券が必要だ。買うのをすっかり忘れていたシオンは、前日になって慌てて新宿に向かった。去年はセンターにポスターが貼ってあって、それを見て職員から近くのチケット屋を教えてもらい窓口で買ったのだ。

「〈冒険者博エクスポ〉のチケットならコンビニで買えるよ」と電話で話したときに父親から教えてもらっていたが(自分も行きたいとうるさかったが、父親同伴なんて絶対に嫌だ)、知っているやり方のほうが安心するので、わざわざ新宿まで足を運んだ。なのに今年は店頭分はすでに売り切れていると言われてしまった。


 仕方なく、センターの一階に入っているコンビニで買った。全国どこにでもあるコンビニのチェーン店だが、新宿冒険者センター店は一年前に出来たばかりだ。あの頃、ビルの外まで行かなくていいと受付の人たちが喜んでたっけ。シオンは二回ほど行ったことがあるだけだ。

 昼時はいつも混んでいるが、午前中は空いていた。

 レジでチケットを頼むと、「端末の機械で操作して、申し込み券を発券してください」と言われ、機械の前に連れて行かれたもののチンプンカンプンで固まっていると、それを察したのか親切そうな人間の店員がすべて教えてくれた。

「はい。それじゃ出てきた申し込み券をレジに持ってきてくださいね。そこで代金お支払いになります。そしたらチケット発券になります」

 はきはきしている男性アルバイトは、きっと自分と同じ歳くらいだろう。この年頃の人間の男子と話すと、同級生と上手くいかなかった学生時代を嫌でも思い出してしまう。

「あ、ありがとう……ございます」

 顔を強張らせつつ礼を言ったシオンに、店員は愛想良くにっこり笑った。

「この端末、扱ってるチケットの種類が多くて、慣れてないと難しいんですよ。この時期、エクスポのチケット買う人多いですよね。また分からないことがあったら訊いてくださいね」

「はぁ……お願いします」

 同じ歳くらいなのに親切で、落ち着いてるなぁと感心した。胸の名札にリーダーと書いてあり、きっと店員レベル30くらいあるんだろうな……などと思った。家の近所のコンビニのアルバイトは、笑顔一つなく小さな声でボソボソと喋るのに。荒っぽい冒険者ばかりのセンターで接客業をしていると鍛えられるんだろう。

「来週、滋養強壮剤ポーション各種10円引きセールありますよ! よろしければまたお越しくださいませ」

 チケットを丁寧に手渡され、センター内のコンビニにはあまり訪れたことはなかったが、親切にされると気持ちが良い。これからはなるべくこのコンビニを使おうと思った。

 若い人間だって、嫌な奴ばっかりじゃないんだよな。冒険者になって分かったが、良い奴に会うことも、嫌な奴に会うことも、たまたまでしかないのだ。あの中学のときも、たまたまそういう人間と関わってしまったというだけで。浅羽みたいな奴もいたのに。忘れていた。

 あれ以来、同年代の人間に苦手意識を持っているが、めげずに高校に行っていたらまた違った人間関係があったのかもしれない。最近は少し、そう思うようになった。




冒険者博エクスポ〉当日、国際展示場前で降り、待ち合わせの一時間前に、シオンは会場前に着いていた。

 誰よりも早めに来ておかないと、ちゃんと全員が集まるのか、かえって不安になる。

 これからの仕事でもそうしよう。

 自分がチケットを買い忘れていたから、慌てて全員に確認したが、ハイジ以外はちゃんと買ってたな。というか、周りが用意してくれているようだった。紅子は透哉、キキは妹尾の人たち、蒼兵衛はセイヤに。

 ハイジには電話すると、

「そうだった。それもあったね。イベントにはあまり行かないから忘れてた」

 と言うので、一緒に買っておくと告げた。

 良かった、連絡して……。ハイジの忘れっぽさは今後も気をつけておこう。不思議だ、難しい詠唱はあんなにすらすら唱えているのに……。


 それから二十分ほどして、まず紅子がやって来た。

「小野原くーん!」

 声がして、振り返ると改札から紅子が手を振りながら出てきた。

「早いね! 私たちが一番だと思ってた! お兄ちゃんが待ち合わせに遅れるの嫌いなタイプだから」

 紅子の後ろから透哉が姿を見せた。

「久しぶり、小野原くん」

 久々に会う透哉は、目の下にうっすらとクマがあるような気がしたが、どこか紅子に似た顔に優しい笑みを浮かべ、疲れを感じさせない穏やかな声で言った。

「少し雰囲気変わった?」

 鷲尾にも言われたが、シオンは首を傾げた。

「そうですか?」

「うん。なんかね。若い男の子って少し成長しただけで雰囲気すごく変わるよね」

「何言ってるのお兄ちゃん……自分もまだ二十八歳で若いのに……」

「やめてよ、十六の子の前で。干支が一回りしてるんだから何の説得力もないよ」

 相変わらず仲が良くて微笑ましい。本当の兄妹のようだ。

「うちの紅子がいつもお世話になってます。草間先生のような良い先生も紹介していただいて」

 頭を下げられたので、シオンも慌てて頭を下げた。

「いや、こっちこそ……いつも怪我とか治してもらって。それに、忙しいのに今日はありがとうございます」

「ほんとどうしたの小野原くん、丁寧になっちゃって……いや、良いことだけど。かしこまらなくていいよ。今日は楽しみにしてたんだ。僕もこういうイベント好きでさ。魔力は少ないけど、道具は好きでね。この子はほっとくとピンクの杖とか買ってくるから……」

「い、いいでしょ……別に」

「それに、こっこのパーティーの人たちにちゃんと挨拶したかったし。大丈夫? 燃やしてない?」

「あ、大丈夫です」

「お兄ちゃん!」

 紅子が透哉の背中をどんと叩く。

 透哉への扱いが雑なのは、紅子が気を許している証拠なのだろう。自分と桜との関係とは少し違うけれど、見ていると懐かしくなる。

「小野原くん」

「はい」

 紅子に背中を叩かれながら、透哉が小声で耳打ちした。

「僕も話したいと思ってたんだ。聞きたいこともあるだろうし」

「あ、はい」

「お兄ちゃん、なんか変なこと言ってる!?」

「いてて。言ってないよ。どうせ叩くなら肩にしてくれないかな……」




 少しして、キキが現れた。

 キキ一行というか、もはやリザードマンの行軍だった。

「きたよー」

 五、六人の妹尾の若衆と鯛介、腰を痛めているはずの国重も一緒だった。

「シオンさん! 紅子さん! お久しぶりでございます!」

「あっ、親分さん!」

「えっ、国重さん?」

 緑や茶色や黒の鮮やかな鱗を持った屈強なリザードマン青年たちを引き連れ、彼らを超える巨体である銀燐の老リザードマン国重は、着物姿で凄まじい貫禄を放っている。

 その中をちょろちょろと歩いているキキは、なんかもう彼らの飼っているペットなのでは……というレベルで違和感がすごい。

「おじいちゃん、来るって聞かなくてさぁ」

「黄々ちゃんの身を護る大事な装備を選ぶんじゃからのう。レシートはちゃんと見せろとばあさんには言われておるが」

「この二人は、二人だけで遠出するのは禁止になってるんすよ。キキのワガママに際限なく付き合っちゃいますからね、このボケじいさんは」

 鯛介が付け加える。

「ワシャ、まだボケとらんぞ!」

 周囲の空気までひりつくような声にも、リザードマン青年たちは動じない。

「ま、邪魔になったらすみやかに連れて帰りますんで」

「国重さん……腰、大丈夫なんですか?」

「はっはっは、お恥ずかしいですのう。御心配をおかけしておりましたか! なんの、今日はこの通り、コルセットを三重巻きにしておりますゆえ!」

 バン、と着物の帯を叩く。そういえば、いつもよりさらに恰幅がいい。

「三重巻きにする意味はあるのかな……?」

 透哉が小声で呟く。

「ムムッ、そちらの男前の御仁はもしや、紅子さんの兄上どのでいらっしゃいますか!? よく似ていらっしゃる!」

「あ、いえ。従兄です。浅羽透哉です。しがない会社員で……」

「おお、そういえば、魔銃の弾丸を製造されておられるとか!」

「ええ、まあ、小さい町工場なんですけど」

「本日はご出展を?」

「いえ、元請け会社はいくつか出展してますけど、うちは下請けのさらに下請けみたいな仕事ばかりなので……」

「これもご縁です! ぜひ製品をご紹介していただきたいですのう。うちの孫娘もガンナーですので」

「ありがとうございます。ええと、名刺持ってきてたかな……」

「今後ともよろしくお願いいたします!」

 ごそごそとジャケットのポケットを探し出す透哉の手を、がっしと国重が握る。その瞬間、透哉の顔が笑ったまま引きつった。

「い、痛い……!」

「おぉ、これは失礼いたした。自己紹介もまだだというのに、ワシは黄々の祖父、川崎に居を構えますリザードマン衆の顔役、妹尾国重と申します。以後お見知りおきくだされ!」

「あ、はい。どうも……」

「へぇ、けっこう紅子に似てるわね。あたしがキキだよ。いつも紅子をお世話してるよ」

 キキが透哉を見上げながら偉そうに胸を張る。透哉が笑う。

「あ、うん。いつもお世話になってます。キキちゃん、まだちっちゃいのに強いんだってねー。ありがとうね」

「気安く頭を撫でるなぁ! そこまで小さくないよ! 紅子の親戚だなやっぱり!」




 それからすぐに、若いワーキャットの一団が向かって来るのが見えた。妹尾組と同じく駐車場方面から歩いてきた。

「リ、リザードマン? なんであんなに? 戦争?」

「すげえな。あれもう群れじゃん」

「バッカ、オレらもワーキャットの群れだって」

「やべえオレら超負ける~」

 相変わらず軽口を叩いているワーキャットの若者たちを、先を歩く男が一喝する。

「うるせえぞ、広がって歩くな。これだからワーキャットはって言われるんだよ」

 仲間たちを注意した男――セイヤの隣では、リノが腕を絡めている。しばらく憑依の後遺症があるとハイジが言っていたが、彼女はシオンたちを見つけて、元気そうに片手を振った。

「なんかチャラチャラしたのいっぱい来たなぁ」

 鯛介が言った。

「あんなにワーキャットの青年たちが……紅子の大好物じゃないか」

「お兄ちゃん! 今日は余計なこと言わないって約束したよね!?」

 顔を真っ赤にした紅子が透哉の背中をドコドコと叩く。

「おはよーシオン! きゃーキキちゃんだ!」

 リノがキキを見つけてピンと耳を立てた。兄の腕を離して駆けて来ると、腕にひっかけた薄手のパーカーのポケットから、棒付きキャンディをさっと取り出す。

「またそれか!」

 と叫ぶキキの口許にさっと近づけると、どうやら食いつかずにはいられないらしいキキが、ガリガリと硬い飴を嚙み砕きだす。

「可愛い~!」

「ハッ、つい……」

「へえ、すごい顎の力だなぁ。僕も飴持ってくればよかった」

 透哉も興味深そうに覗き込む。

「あたしはアメ割り人形じゃねえよ!」

 と言いつつ、飴を差し出されると噛んでしまう悲しい習性だった。もはや散歩中のペットがおやつをもらう光景だ。

「き、黄々ちゃん……もしや、その愛らしいお嬢さんは……き、黄々ちゃんの、お友達かのう?」

 巨漢の国重が子供のようにもじもじし出した。そういえばキキには同年代で同じサイズくらいの友達がいないのだ。

「まぁね。ファン一号っていうか」

「なんと……黄々ちゃんのファン一号はおじいちゃんじゃよ……?」

「そっか。ごめんね。リノ、二号でいい?」

「リノさんとおっしゃる……。は、早うおじいちゃんにも紹介してくれんかのう……黄々ちゃんのお友達……」

 国重がソワソワと巨体を揺らす。

「えぇっ、これって噂のおじいちゃん!? きゃあ! おじいちゃん人形のおじいちゃんよね!? すごぉい! おっきい~! 鱗のカラーってシルバー!? かっこいい~! ちょっと触っていいですか?」

 ペタペタと腕を触られ、国重は照れたように頭を掻いている。

「わぁ、腕が胴体に回らない! おじいさんなのにすっごくマッチョ!」

「おおぉ、こんな若いお嬢さんに……て、照れますのう。ばあさんが見たら焼いてしまうかもしれんのう。皆、内緒じゃよ……?」

「色ボケが過ぎるだろジジイ……」

 鯛介がげんなりした顔で呟く。

「やだっ、この人もかっこいい~! みんな歴戦の戦士ってかんじで、ワイルド~! みんな冒険者なんですか!? 今日はどんな武器買うんですか!?」

 きゃあきゃあとはしゃぐワーキャット娘に、鯛介や他のリザードマン衆も照れ出す。ワーキャットは男性も小柄で華奢な者が多いので、屈強な大型亜人はリノには新鮮らしい。

「リノ、やめろ。失礼だろ」

 セイヤが慌てて、リザードマンたちの体を触りまくっていた妹を引き剝がす。

「すみません、妹が失礼を……ワーキャットと人間以外見慣れてないもんで。オレたちは埼玉で〈ニコねこ屋〉ってバックアップの会社やってます。代表の三崎です。蒼兵衛がいつも世話になってます」

 もはや誰の保護者なのか分かんないなこの人も……とシオンは思った。

「あ、名刺あった」

 透哉が名刺入れを見つけて、国重やセイヤと交換していた。

 シオンはセイヤに尋ねた

「セイヤさん、蒼兵衛は?」

「おお、シオン。早いな。ソウなら後ろに……」

 だらだらと歩いてくるワーキャットの若者たちよりさらに離れて、蒼兵衛がゆっくり歩いてきていた。もう六月末なのにまだコートだ。寒がりなんだろうか。ぼーっとした表情で、フラフラと歩いている。頭には寝ぐせがついていて、顔色がものすごく悪い。

「具合悪いのか?」

「ちょっと車に酔っただけだ。すぐに治る。昨日、合コンで飲んじまって、ぶっ倒れたんだ。アイツ体質的に酒がダメなんだよ」

「あ、知ってる……」

「この前は素面しらふだったから白けたんじゃないかって。そうじゃないって言ったんだけどな」

「問題は100パーセント別にあるでしょ。おもにアイツの性格に」

 キキが突っ込む。それを国重がたしなめた。

「そんなこと言っちゃ駄目じゃぞ、キキちゃん」

 かねてから気になっていたことをシオンは尋ねた。

「ごうこんって何するとこなんだ?」

 それまで騒々しかったその場が、急にシンとした。

「え。……あー、集団見合いだよ」

 セイヤがポリポリと頭を掻いて答える。リノが目を丸くした。

「マジなのシオン」

「ブッ」

 透哉が吹き出し、リザードマンもワーキャットも爆笑した。笑いを懸命に堪えようとしながら、透哉が詫びた。

「ご、ごめんね。我慢したんだけど……!」

「え? え? 浅羽、オレ、変なこと言ったか?」

 紅子は頭を抱え、ふるふると頭を振った。

「うう、小野原くんといると自分がすごく汚い人間に思えてくる……」

「なんで?」


 待ち合わせ三十分前にはハイジ以外の全員が集合してしまった。きっちりしていそうな透哉や妹尾組は分かるが、蒼兵衛たちまで早かったのは意外だったが、それをセイヤに尋ねると、

「あんまりギリギリだと、ワーキャットはちゃんとしてないって思われがちだからな。なんでも早めに行くんだ」

 と言った。

「なんだこの人数……見てるだけで気持ち悪い……暑いし……」

「暑いのはコート着てるからじゃないのか……今日は夏用の装備買えよ。なんで普段着までそれなんだよ」

 青い顔をした蒼兵衛に、シオンはさすがに呆れた目を向けた。

「だって長衣のほうが格好良くないか……? 私に似合うし」

「いや機能を重視しろよ」

「あ、ダメだ気持ち悪い……ウッ」

「ソウ、お前、そこのコンビニで便所借りろ。ちょっと吐いてこい。楽になるから」

「えー……格好悪くないか?」

「そのままのほうがカッコ悪いって。いいから来い」

 口許を押さえる蒼兵衛を、セイヤが引きずって行った。その光景を見ていると、埼玉で知り合ったワーキャットのリョータがこそっと耳打ちした。

「……ソウさんのほうがボスやシリンさんにべったりみたいに思われるけど、実は違うんですよ。ボスとシリンさんが昔からソウさんのこと大好きで、なんでもしてあげちゃうから。チヤホヤ甘やかされまくって、ソウさんってああなっちゃったんですよね」

「ああいう大人にはなりたくないよね」

 リノにぬいぐるみのようにぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、キキがうんうんと頷いた。そんなキキを鯛介たちリザードマンの青年衆が冷ややかな目で見やる。

「そっかぁ……僕も気を付けよう」

「私、お兄ちゃんに甘やかされてないよ!?」

 しみじみと呟く透哉に、紅子が抗議した。




 三十分が過ぎていたので、ハイジに連絡しようとしたとき、本人の姿を見つけた。

 てっきり改札から出てくるかと思ったら、道路のほうからやって来た。どうやら嫌いなタクシーで来たらしい。

「え、なに、聞いてないんだけど……」

 彼は集まった人数を見るなり、ぎょっとした顔をした。

 女装はしておらず、今日は男のほうだ。

「……良かった……普通の恰好してきて……」

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