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迷宮のドールズ  作者: オグリ
二章
43/88

帰って来た男

「くうう……あとちょっと……!」

 電車の中で、キキが吊り革に手を伸ばそうとして届かず、手をバタバタさせているのを、シオンは注意した。

「どこがあとちょっとだ。ぜんぜん届いてない。諦めて、電車では大人しくしろ。見ろよ、小さい子供でもちゃんと座ってるぞ」

 と、向かいで大人しく座っている幼児を見やる。一緒に座っている母親がくすくすと笑った。

「お前はお姉さんだろ」

「シオン……なんかさ、あたしのこと、むちゃくちゃ子供扱いしてない?」

「子供扱いされないような行動しろよ」

 キキは口を膨らませながら、結局吊り革に掴まって立つシオンの尻尾を掴み、大人しく横に並んだ。

「掴むな、尻尾は……」

 リザードマンの尻尾と違って、ワーキャットの尻尾は急所なのに、コイツはいまいち分かってないよな……とシオンは顔をしかめる。

 もっとも、同じワーキャットのリノも気安く掴んでくれていたが。大人びていても、彼女のそんなところは子供っぽく感じる。

 シオンとキキが乗る車両はそれなりに混んでいた。小さな子供を連れた母親、家族連れ、老夫婦、スーツを着た会社員、学生の集団など、特になんということのない一般の人々ばかりだ。

 眩い夕焼けの光が差し込むこの時間帯は混み合って当然だが、隣の車両だけは空いているどころかガラガラだ。理由は明白で、ガラの悪い若者たちが十人ほど乗っているからだ。

 ワーキャットと人間の若者の入り混じった集団。彼らはストライブだ。大半がワーキャットで構成される斬牙と違い、ストライブには人間の若者もそれなりの数がいる。

 彼らは黒を自分たちのチームカラーとしている。『遠征』のときには必ず黒い衣服で統一し、黒いスカーフやバンダナ、人間ならキャップなどを身に着けている。隣の車両にいる少年たちも、揃いの黒いバンダナを頭や首に巻いていた。チームが大きくなるにつれ、調子に乗って池袋や新宿まで赴き、地元チームを挑発する。そうやって自分たちの力を誇示しているのだと、蒼兵衛が言っていた。

 そんな『遠征』帰りの若者たちと、他の乗客は係わり合いを避け、別の車両に移ってきたのだ。

 飲んだペットボトルを床に投げ捨て、あろうことか車内で煙草までふかしている。そんな車両に好んで乗り込もうという乗客がいるわけがない。


 一人を除いて。


「アイツのママ、とんでもないモン風呂敷に入れてたね」

 シオンの尻尾を引っ張りながら、キキがぽつりと言う。

「ああ……」

 大勢の不良少年をまったく意に介さず、どっかりと座席に腰を下ろしているコートの青年がいる。

 着ているコートは、いつも装備している古びたカーキ色のモッズコートとは違い、真っ白なロングコートだ。座っているのでいまは隠れている背中には、黒く流暢な筆文字風で、大きく刺繍が入っていた。

 ――『斬牙』の二文字が。


 見ただけでキキを撃沈させ、シオンさえもこみ上げる笑いを堪えることは出来なかったそのコートだが、居合わせた少年たちには笑える代物では無いらしい。彼が車内に足を踏み入れた瞬間、隣の車両まで届いていた談笑はピタリと止み、それからはいつ殴りかかられてもおかしくない雰囲気だ。

 しかし蒼兵衛は平然と足を組み、駅の売店でシオンが買ってやった週刊誌を読んでいる。


 目的地に着くと、飛びかかってきそうな目つきの少年たちを無視し、彼はさっさと立ち上がった。駅に向かう『斬牙』の文字を追いかけるように、敵対チームの少年たちも彼にぴったりとついて降りていく。


「よーし、ケンカだケンカだ!」

「痛ててててて!」

 キキがうきうきと尻尾を引っ張り、シオンは悶絶した。




 異様な集団に、人々が道を譲る。

 しかし誰も怯えたり慌てたりする様子は無く、「あ、またか」という雰囲気なのが、この町の凄いところだとシオンは思った。

 斬牙の文字を背負った男は、右手をポケットに突っ込み、左手に丸めた週刊誌を持って、真っ直ぐ改札口に向かっている。その背後にはお供のように、十人ほどのストライブの若者たちがついてくる。

 改札の向こうにも、黒いバンダナを腕に巻いたワーキャットの若者たちがずらりと並んでいた。

「おおっ、展開早いな!」

 キキがはしゃいだ声を上げ、シオンも呆れた声で呟いた。

「すごいな、駅でいきなり待ちゴブリン状態かよ」

 ゴブリンはダンジョンを出た冒険者を襲うため、待ち伏せをしていることが多い。そこからゴブリンに限らず、ダンジョンを出てすぐモンスターに襲われることを「待ちゴブリン」「待ちゴブ」などと言うのだが、それよりたちが悪い。モンスターとして見れば、ワーキャットはゴブリンより格上だ。

「別に仕事中じゃないのに、ダンジョンに来てるみたいな気分だな」

 誰も改札に近づけずにいる中、蒼兵衛だけがすたすたと向かって行く。

 そして、ポケットから出した右手から、ICカードを取り出した。

「ぷっ! あのカッコでピッてやってる!」

「ピッてやらないと出られないからな……」

 遠目から見守りながら、シオンとキキは笑った。周囲の者たちも笑い、その場は少しだけ和んだが、改札の先では戦いが始まろうとしていた。

 ワーキャットの少年たちの前で蒼兵衛が立ち止まると、一人がずいと前に出てきた。

「ずいぶんナメてくれてんな。人間ごときが、ふぬけの斬牙に入ったぐらいで、デケー顔出来ると思ってんのか」

 顔の前に上げてみせた片手の爪は鋭く尖っていた。ワーキャットの爪は硬く、伸ばして手入れすれば刃物に匹敵する凶器だ。艶やかに光っているのは、強度を高めるためにコーティング剤を塗っているからだろう。

 だが、蒼兵衛は臆することなく、ICカードをポケットに仕舞い、丸めた雑誌を右手に持ち返ると、トントンと自分の肩を叩いた。

「お前たちこそ、公共の場でずいぶんとはしゃいでいるが、きちんと税金払っているのか?」

 冷めた目を向ける青年に、少年たちはこめかみを引きつらせた。

「あぁ?」

「さっさと道を開けろ。きちんと税金を払っている皆さんがお困りだぞ、クソニートども」

「ぶっ殺せ!」

 叫びと共に、改札前の少年たちが襲いかかった。素手だけでなく、警棒を手にしている者もいる。同時に背後の少年たちが改札を飛び越える。

 蒼兵衛はまったく慌てることなく、丸めた雑誌を手に、呟いた。

「――我よ刃となれ。刃よ我となれ」

 ただの不良と言っても、ワーキャットだ。恐ろしく早い動きで接近し、強化した爪を振り上げた少年たちに、たった一人の青年はあっという間に全身をズタズタにされると、その場にいた誰もが思ったはずだ。あちこちから悲鳴が上がる。

 だが、蒼兵衛が丸めた雑誌を振り抜くと、弾き飛ばされたのは彼らのほうだった。

 一番に飛びかかった少年が、転がって絶叫した。

「ああああ! 爪がぁ!」

 誰もが呆気に取られた。蒼兵衛は彼らの攻撃を躱わしながら、軽く雑誌を振っているだけに見えるのに、少年たちが次々と倒れていく。

 蒼兵衛の身のこなしは完全に彼らの動きを捉えていた。亜人でもっとも素早いワーキャットの動きを見切り、先を読んで動いているのだ。一瞬で。

 まるで彼らのほうが、自分から殴られやすい位置に飛び込んでいるようにさえ見えた。

「くっそ! 気をつけろ! コイツ、なんか仕込んでやがる!」

 戦闘の号令をかけた少年も、コーティングした爪をあっさり叩き折られ、指の先から血を流しながら叫んだ。その間にも蒼兵衛は手にした雑誌で敵を打ち据えていく。鉄の棒で殴られたかのように少年たちは吹き飛び、崩れ落ちた。

「あれは、武器付与エンチャントなのか?」

 彼の戦いを見たことのあるシオンも、息を飲んだ。

 魔法で雑誌を硬化させているのだ。しかし、動きそのものは魔法に頼ったものではない。己で鍛え上げた揺ぎ無い強さ。肉体強化エンハンスに頼らない、エンチャンターの戦い方だ。

 それにしても、ただの魔法戦士ルーンファイターというには、彼の剣技は凄まじかった。エンチャントなんてあっても無くても変わらないのではないだろうか。

「たしかに、サムライかも……」

 鬼熊や寄主トロルをあっさり仕留める剣士に、不良少年たちが何人でかかっても勝てるはずもない。

 二十人ほどもいた少年たちが、次々とやられていく様は、ケンカというより時代劇でも見ているようだ。しかも蒼兵衛は涼しい顔をしているものだから、よけいに現実味の無い光景だ。

 ほんの数分の戦闘が、見ているほうは二時間映画でも観ているようだった。その場にいる誰もが、動くことも声を出すことも忘れていた。


「け、けっこう強いじゃん……さすがあたしの下僕!」

 キキが何故かえらそうにふんぞり返りながらも、顔を引きつらせる。そして、小さな声で独りごちた。

「……これからは、あんまりバカにし過ぎないでおこう……」




 全員を打ち倒し、意識がある者も戦意喪失する中、号令をかけた少年だけが、ふらふらと立ち上がる。

「くそ……くそ……っ!」

 何度も立ち向かったので、そのぶん一番ボロボロだった。両手の指にまともな状態で残っている爪は無く、指の骨も折れて曲がっていた。

 それでも敵意を剥き、威嚇の唸り声グロウルを上げながら、ほとんど焦点の合っていない目で、傷一つ負っていない男を憎々しげに睨みつける。

「下っ端にしては根性があるな。まあこんなところでお出迎えに使われてるぐらいだから、貴様らはストライブに潰された他所のチームか。お前も頭か幹部クラスだったんだろうが、七川に徹底的にヤラれて、いまは職務熱心なパシリのリーダーか?」

「……うるせえ……」

「さぞかしボコボコにされたんだろうな。屈辱的な写真でも撮られて、泣く泣く奴隷身分というやつか。尊敬出来ない奴の下で命かけて働く気分って最悪だよな。それが我慢出来れば私もレベルダウンすることは無かったんだが」

「黙れ……ぶっ殺す……」

 もはや子供に殴られただけでも倒れそうな男は、足を引きずりながら蒼兵衛に近づいた。殴りかかろうと腕を振り上げようとしたままの格好で、膝から崩れ落ちた。

 仰向けに倒れた男の意識は飛びかかっているのだろう。うわごとのように呟いた。

「……そうか……その……ダセえコート……。テメエ……柊蒼樹か……。死んだんじゃ、なかったのかよ……」

「コートは格好いいだろうが。しかし何故、死んだことになっているんだ?」

 蒼兵衛が首を傾げる。男は答えず、すでに失神していた。

 そのとき、外からパトカーのサイレンが響いてきた。

「やべえっ、ずらかれっ!」

 キキが叫び、ICカードをきちんとピッとしてから改札を飛び出す。シオンも同じようにして改札を出たときには、すでに蒼兵衛は走り去っていた。

「あっ、こらぁ! 仲間を置いてくなぁ!」

「いや、仲間だと思われないほうがいい」

 手足をばたつかせるキキを押さえ、シオンは言った。

 蒼兵衛には、戦闘になっても手を出さず、他人のふりをしろと言われていた。たしかに、まったく加勢の必要は無い。

 この町の逃げ道はいくらでも知っていると事前に言っていたので、きっと大丈夫だろう。

「アイツにとっては生まれ故郷だ。庭みたいなもんなんだろ。オレたちも、待ち合わせ場所で落ち合おう」






 パトカーのサイレンで野次馬が集まり、混雑する駅前をシオンとキキはすり抜けて脱出した。

 北口から向こうは斬牙の縄張りだ。それも少年たちが勝手に決めたことだが。

 これだけの騒ぎが起きれば、伝説の男が帰ってきたことも、すぐにストライブのリーダーに伝わるだろう。

「待ち合わせ場所ってどこ? へんてこ流道場?」

「いや、なんか店の名前っぽいな……」

 ウエストポーチから、蒼兵衛に渡された紙を取り出す。チラシの裏に書かれた店名を、シオンは読み上げた。

「……喫茶店……〈気まぐれキャット〉……」

「や、やめろぉ……! 斬牙はあたしを殺す気か……!」

 またキキがヒーヒーと腹を抱え、道路脇にうずくまる。シオンは放って先に進むと、キキがあたふたとついて来た。

「あーん、待ってよお!」


〈気まぐれキャット〉はマンションの一階にある、いかにも住宅街の中にある古めかしい喫茶店だった。こういう店には馴染みの客ばかりが集まり、一見が入りづらいという印象だ。シオンのような若者だとなおさら、道を歩いていてちょっと寄ってみようかという気にはならない。

「またベタな……。どーせ不良のたまり場なんでしょ?」

 怖いもの知らずのキキが、植え込みの奥のガラスに堂々と顔を近づけ、中を覗き込む。そして、中に向かってぶんぶんと手を振った。 

「何してるんだ?」

「だって、ぶりぶり女が手え振ってるから」

「ぶりぶり……?」

「サムをフッた女。シリンとかいう」

「えっ」

 シオンも驚いて窓に貼りついた。カウンターに立っている美しいワーキャットの女性が、シオンと目が合うとにこりと微笑み、振っていた手を両手に増やした。

「なにちょっと顔赤らめてんの? お前もああいうのが好みだったのか!」

「はぁ? 何の話だよ」

「あー、やだやだこれだから童貞は! 垂れ目の女にすぐ騙されおって! 時代はもう可愛いだけの女じゃなくて、齧って千切れるアイドル冒険者を求めてるってのにさ!」

「そんな女、いつの時代も求めてないだろ……」

「サムといい、単純だよねー、アンタらって。あ、いまのは童貞って書いてアンタらって読むんだけど。そんなにああいう女がいいかなー? 可愛いつってもキキちゃんほどじゃないし、おっぱいもそんなに無いのに……あっ、そっか! アンタってばシスコンだから、年上女が好きなんだ!」

「だから何の話だよ! くだらない! 入るぞ!」

「ねえねえ、イトコのおねーちゃんたちに、女ざかりの美人いっぱいいるよ? 紹介しよっか? リザードマンの女、どお?」

「知らん」

 面白がるキキに構わず、シオンは喫茶店の扉を開けた。カラコロと鈴の音がして、苦手なコーヒーの匂いが鼻をついた。

「いらっしゃいませー」

「……いらっしゃいませ」

 シリンの声に隠れるようにして、別の女性店員の声も聴こえた。カウンターにはシリンともう一人、ワーキャットの女性が立っていた。

 紅子のように黒髪を真っ直ぐ伸ばし、黒い耳がのぞいている。伏せ目がちで佇んでいる姿には、物静かそうな、清楚な雰囲気があった。

「どうしたの、シオンくん、ピピちゃん」

「キキちゃん!」

 店内に入ってきたキキが大声で訂正しながら、勝手知ったる店のように、さっさとカウンターに近づき、シリンの目の前のスツールにぴょんと飛び上がって腰かけた。

「ミルクセーキ二つ!」

「はぁい」

「えっ、勝手に……」

 キキの注文に、シリンがにこにこと笑って応じる。

「どうせシオン、コーヒー飲めないでしょ。分かってんだから! 気を利かせてあげたの」

「だったら大声で言うな……」

「シオンくんも、どうぞ。座ってね」

 そう笑顔で促すシリンは、相変わらず小柄で細身だったが、以前より腹がふっくらとしていた。前に会ったときは少しも気づかなかったが、ゆったりとしたワンピースを着た今の彼女の姿は、一目で妊婦だと分かる。

「シリンさん、あたしやりますから。座っていてください。ミルクセーキなんて作ったら、また気持ち悪くなっちゃいますよ」

 黒髪の女性が、穏やかな口調で言った。

「大丈夫だよ、ユエちゃん。病気じゃないもの。動いてるほうが気が紛れるしね」

「そうやってあんまり動き回ってると、セイヤさんが心配しますよ。お客さん、お知り合いなんでしょう。どうぞ、お話ししててください」

「そう? じゃあ、お願いね」

 ユエと呼ばれた女性店員に礼を言い、シリンはシオンたちのほうを向き直った。

 シオンは尋ねた。

「ここで働いてるんですか?」

「昔ね、セイちゃんとここでアルバイトしてたの。マスターはもうほとんど引退しててるから、お店番する代わりに、奥を会社の事務所に使わせてもらってるの」

 店内のテーブル席には、ワーキャットの若者たちが何人か座っている。

「会社って、ニコねこ屋の?」

「うん。そう。あれ? 知ってるの?」

「ニ、ニコねこ屋……」

 キキがテーブルに突っ伏しぷるぷると肩を震わせている。

「それにしても、びっくりしたよ。どうしてこのお店に? あ、ソウちゃんに聞いたのかな?」

 蒼兵衛の名を口にすると、シリンは少し目を伏せた。

「ソウちゃん、元気?」

「超元気。あと十回くらい死んでも大丈夫」

 顔を上げたキキが答える。シリンは安堵したようだった。

「そう……良かった。ピ……キちゃん、あのときはごめんね、取り乱しちゃって」

「誰がピキちゃんだ」

「子供みたいに騒いじゃって、みっともなかったね。そうだ、こっこちゃんはどうしてるの?」

 と、シオンを見る。

「ああ、浅羽は……元気……かな?」

「そうでもないんじゃない?」

 シオンとキキが顔を見合わせると、シリンは目を丸くした。

「えっ、何かあったの?」

「ちょっとスランプで」

「魔法でシオンを丸焼きにしちゃってさ、反省してるの。厳しい先生についてるから、忙しいんだ」

「まあ……大変ね。魔法が使えるなんて素敵だけど、難しいのね。でもソーサラーは女の子でもみんなの役に立てるから、すごいね。わたしなんて冒険者やってもすぐに足手まといになっちゃったもの」

「いいんじゃない? アンタいるってだけで頑張る男がいたんだから」

「え?」

「まっ、キキちゃんは可愛い女の子なうえにソーサラーじゃなくても役に立ってるけどね!」

「そうだっけ?」

 得意顔のキキを、シオンは冷たい目で見やった。

 その様子をシリンは微笑ましげに見つめていたが、どことなく寂しげだった。セイヤもそんな顔をしていた。

「セイヤさんは?」

「セイちゃんは、さっきまで病院に。それから、お仕事に行ったよ。……わたしたちの仲間が、怪我したの。けっこう酷いみたいで……ヒーラーに診てもらうって。早く治してあげないと、その子、母子家庭だから」

 シリンの表情が翳る。昼間の襲撃事件のことだ。

「最近、よく仲間が襲われるの……。なるべく固まって行動するようにはしてるんだけど、たまたま一人になったところを襲われて……」

「――たまたまなわけないじゃない!」

 カウンターの奥から姿を現したのは、昼間行動を共にした少女だった。

「リノ」

 シオンが声をかけると、リノは怪訝そうな顔をした。

「聴いた声だと思ったら……シオン、帰ってなかったの?」

「帰ったけど、戻って来たんだ」

「なにそれ。もう遊びに来たの? ここ、気に入った?」

 言いながら、シオンの横までやって来る。

「お前もここで働いてるのか?」

「ここ、うちの会社だもん。あたしは奥で経費のレシートを整理してたの」

「へー。えらいな。仕事してるみたいだ」

「仕事してるの!」

「リノちゃん、シオンくんとお友達?」

 シリンが尋ねたが、リノは無視してカウンターから外に出た。

「なんか感じ悪い女だなー」

「キキ!」

 空気など読むつもりのキキが思いっきり失礼なことを言うと、リノは眉間に皺を寄せた。

「なに、このちっちゃい子。シオンの妹? じゃないか。ワーキャットじゃないしね」

「ウガァー! ちっちゃくないし、あたしはリザードマン! リザードプリンセスの妹尾黄々ちゃんよ!」

「リザードマン……どこが?」

 スツールの上で手足をばたつかせるキキを、リノが耳をひくつかせながらうさんくさげに見つめる。

「ワーキャットの小娘風情には簡単に見せられないけど、キキちゃんの黄金の背中を見たらその耳と尻尾下げてひれ伏すんだからっ!」

「うーん……よく分かんないけど、この子、なんか面白い」

 リノがキキを指差しながら、シオンを見る。

「オレの仲間だ。リザードマンと人間とのハーフなんだ」

「へー。すごいね。人間ってリザードマンとも子供作るんだ。リザードマンの子って何食べるの? あ、キャンディあげるよ」

 パーカーのポケットから棒付きキャンディを取り出すと、包みを取ってキキの顔の前に差し出す。するとキキは、我こそリザードマンとでも言うように、ピンポン玉大の飴にがばっと食いつくと、あっという間にボリボリと噛み砕いた。

「わっ、すごい。めっちゃ噛んでる、噛んでる! リザードマンっぽいー。あははっ、なんかこの子、かわいー」

「可愛いか?」

 シオンは首を傾げた。女子の感性は分からん……と思いつつ。

「リノちゃん、歳の近いお友達が出来て良かったね」

 シリンがにこにこしながら言うと、無邪気にはしゃいでいたリノは、たちまち顔を強張らせた。

 空気が気まずくなる前に、シオンは尋ねた。

「……さっき、仲間が襲われたのは、たまたまじゃないって言ってたけど、どういうことなんだ?」

「裏切り者がいるのよ」

 二本目のキャンディをキキの前に差し出しながら、リノは険しい顔で告げた。

「じゃなきゃ、一人で行動しそうな時間ばっかり、都合良く襲撃されるわけないじゃない! しかも、うちでケンカの強いメンバーばっかり、わざと狙ってるのよ!」

「今日の襲撃は、無差別じゃなく、計画的ってことか?」

 声を荒げるリノに、シオンは落ち着いた声で告げた。

「襲われたメンバーはみんな同じこと言ってる。奴らは車のナンバーを隠して、目出し帽被って、武器持って襲ってきたって」

「ふむふむ。それは事件の匂い……」

 キキが飴をゴリゴリと噛み砕きながら、したり顔で頷く。

「そうよ。今日と同じような襲撃事件は、これで三回目なの。同じ手口で襲われたのは、斬牙の中でも強くて、顔が知られてるメンバーばかりよ。明らかに、斬牙の戦力を削ごうとしてるようにしか思えないよ」

「戦力を削ぐ? そんなことして、何の意味があるんだ?」

「分からない!? 徹底的に潰す気なのよ、斬牙を!」

「でも、斬牙は解散したんだろ? もう戦う必要なんて無いじゃないか」

「そんなの、アイツらには関係ないんだよ! あたしたちのことが、ただ気に喰わないだけなんだから!」

「リノちゃん。シオンくんたちの前だし、落ち着いて。ね、何か飲む?」

「飲まない! どうしてそんなにのん気なの!」

 シリンが宥めると、リノはテーブルを叩いて怒鳴った。

「仲間が襲われてるんだよ! アニキもアンタもソウくんも、さっさと解散してあとはみんな我慢しろなんて、勝手だよ!」

「分かってる。分かってるけど……事件はちゃんと警察に任せてるから……」

「警察なんて、ただのワーキャット同士のケンカとしか思ってないじゃない! 助けてなんかくれないよ! あたしたちがあとどれだけ怪我したって、真剣に犯人なんて捜すわけない!」

「ストライブには、セイちゃんも何度もかけ合ってる。元斬牙のメンバーには手を出さないでくれって」

「そんなの、ヒュウガたちが聞くわけないよ! アニキを潰そうとしてるんだから! 裏切り者と一緒にね!」

「リノちゃん……」

 他のテーブルのワーキャットたちにも、リノの主張に頷いている者がいた。

 自分たちの中に裏切り者がいると、彼らも考えているのだ。

 一人の若者が口火を切る。

「シリンさん。リノちゃんの言うこと、分かるよ。オレたちだって仲間がやられて、すげえ悔しいよ」

 すると別の若者も、たまりかねたように頷いた。

「だよな……アイツら、マジで汚ねえよ」

「斬牙を解散するとき、セイヤさんはあちこちの大人に頭下げて回ってくれた。足を洗って真面目にやるから、オレたちに仕事をくれって。そこまでしてくれたセイヤさんの顔に、オレたちも泥は塗れねえ。それが分かってて、奴らもちょっかいをかけてくるんだ」

「アイツら、ソウさんがいたときにはビビッてたくせに、今じゃ下っ端まで調子づいてるもんな……。斬牙なんか、もう牙の抜けたふぬけだって」

 仲間たちの言葉に、リノは強く頷き、吐き捨てた。

「もう、限界だよ……こんなの」

「みんな……たしかに、今は苦しいときだけど……奴らはそうやって、わたしたちを挑発してるの。乗せられないで。犯人が捕まるまでは、とにかく大勢で行動して、今まで以上に警戒して」

 シリンが仲間たちを諭す。おっとりしているようでも、ボスの妻だ。こういうときはしっかりとした口調で、セイヤの言葉を代弁した。

「手が空いてる者でローテーションを組んで、護衛や見回りをするの。メンバーが一人になる時間をなるべく減らして、やり過ごすの」

「いつまで?」

 リノがうんざりしたように言う。

「いつまでもよ。襲撃犯が捕まるまで。わたしたちも斬牙時代、誰も傷つけなかったわけじゃないもの。でも、やり返していたら、こんなことはずっと終わらない。辛いけど、耐えるしかないの」

 それから優しい目で、シリンは仲間たちを見つめる。

「セイヤが斬牙を終わらせること、みんなも賛同してくれて、一緒に苦しい道を選んでくれた。セイヤも私も感謝してるよ。怪我をした子たちのことは悲しいけど、どうかいまは抑えて。ストライブとぶつかっても、犠牲が増えるだけだよ」

「シリンさん……」

「お願い、みんな」

 ボスの妻に頭を下げられては、血の気が上がりかけたワーキャットたちも落ち着くしかない。

 だが、リノだけはきつく唇を噛み、シリンを見据えた。

「もし、裏切り者がいたら、あたし、絶対に許さない」

「リノちゃん……?」

 少女の燃えるような瞳を見返し、シリンが戸惑ったような表情を見せた。

「そうだ! 裏切り者は血祭りじゃあ!」

「お前は黙ってろ」

 拳を振りかざし叫ぶキキの頭を、シオンはポカリと殴った。しかしワーキャットたちは怒るでもなく笑い、暗くなりかかった空気が少し和らいだ。

「あの、ミルクセーキ、出来てますよ」

 グラスを手に、ユエが声をかけた。それから、リノに小さく笑いかける。

「リノちゃんのぶんも作ったから、お客さんと一緒に座って飲んでね」

 大人しげな雰囲気の女性だが、芯は強そうだ。リノも彼女のことは嫌いではないようで、渋々と言った様子でカウンターの隅の席に腰かけた。

「ごめんなさい。揉め事を見せちゃって。ゆっくり飲んでね」

 シリンがキキとシオンに微笑む。リノはそっぽを向いている。

 ユエが二人の間を取り持つように言った。

「リノちゃんはセイヤさんのこと、心配してるんですよ。セイヤさんは皆の面倒ばかりみて、シリンさんやリノちゃんのことはあまり構ってあげられてないし、会社だって従業員ばっかり抱えて大変なのに、怪我した子の治療費まで面倒みて……」

「いいんだよ。セイちゃんがそうしたいんだから」

「でも、シリンさんだって、これから赤ちゃんが産まれるのに……」

「ありがとう、ユエちゃん。わたしは大丈夫だよ。この子もね」

 下腹部を撫でながら、シリンが力無く笑う。

「アニキってほんとは、冒険者になって色んなところを旅したかったんでしょ」

 リノがぽつりと言った。

「斬牙を誰かに任せて、アニキだけ引退すれば良かったのよ。無理やり解散させること無かったのに……」

「斬牙はあの人とソウちゃんが作ったチームだから。ソウちゃんもいなくなって、自分まで抜けたら、大きくなっただけの斬牙を支えるのは大変だって、言ってた」

 義妹を諭すように、シリンは優しい口調で言った。

「ストライブは斬牙を潰したくても、二人がいる時代には出来なかった。だから二代目になるタイミングを狙ってた。なのに、セイヤは二代目を選ばずに斬牙を解散させてしまった。斬牙に負けっぱなしじゃ面子が立たないから、挑発して嫌がらせをしてるの。あのまま斬牙が残ってたら、大きな抗争になってた」

 そのシリンの言葉で、セイヤが斬牙を解散させた真意が、シオンにもようやく分かった。

 斬牙が大きなチームになったのは、セイヤのカリスマ性と、蒼兵衛の強さがあったからだ。その二人が抜けては、それはもう斬牙とは言えないだろう。

「……ソウくんがいなくなったのは、誰のせいよ」

 顔を俯かせたリノが、消え入りそうな声で言った。

「ソウくんさえ、帰って来たら……」

「帰って来てるよ?」

 リノの言葉に、キキがストローを口に咥えながら言った。

「え?」

 シリンが驚いて顔を上げると同時に、バタン! と勢いよく扉が開いた。鈴の音がガラガラとけたまましい音を立て、その場にいるワーキャットの耳がいっせいにピクンと動いた。

「えっ、ソ、ソウくんっ?」

「ソウジュさん……!」

「生きてた……」

 リノが声を上げると、他のワーキャットたちもざわめいた。

 ズカズカと店内に足を踏み入れた男は、目を丸くするシリンの前まで歩いていき、その前に座るキキの首根っこを掴み、ぽいと放り捨てた。

「おいコラァ……ぶっ!」

 怒鳴るキキの顔の上に、返り血に染まったコートが投げつけられる。コートの中で暴れるキキを抱え、シオンは隅に移動した。

「シリン」

 どれだけ走ってきたのか、汗でびっしょりだ。雑誌は手にしていないので、どこかに捨てたらしい。

 少し息を切らして、蒼兵衛はカウンター越しのシリンを、真正面から見つめた。

「言い忘れたことがあって、戻って来た」

「言い忘れた、こと……?」

 ぽかんとするシリンに、蒼兵衛は小さく頷く。

「俺は……ずっと、君に隠していたことがあって……」

 何者も恐れない男の声が、震えていた。

「――あ、愛してるんだ」

「え……?」

 シリンが目を見開く。

「き……君が、好きなんだ。子供のときから、ずっと……女性として君を見ていた」

 ストライブのメンバーを打ち倒していたときでさえ、いつもの涼しい顔を崩さなかったのに、汗だくの頬を赤らめ、大勢の仲間の前で、彼は長年秘めていた想いを吐き出した。

「セイと離婚して、俺と結婚してくれ!」

 コートからようやく顔を出したキキが叫ぶ。

「なんじゃそりゃっ……むぐっ」

 シオンは素早くその口を塞いだ。

「す、すまない、急に、こんなことを言われても、君は困るだろうけど……」

 蒼兵衛は少年のように顔を真っ赤にしながら、カウンターテーブルに両手をつき、シリンに向かって頭を下げた。

「――俺の妻に、なってくれ!」




 シリンが口を開くまでのほんの数秒が、シオンには永遠の時間のように感じられた。

 きっと、他の者もそうだっただろう。

 そのくらい、蒼兵衛の決死の想いが伝わってきた。

 そして、シリンの答えも、誰もが分かっていた。

「ソウちゃん」

 頭を下げる蒼兵衛の前で、シリンもぺこりと頭を下げた。

「ごめんなさい。ソウちゃんとは結婚出来ない」

 蒼兵衛は諦めなかった。項垂れたまま、拳を握り締める。

「……どうして?」

 シリンが顔を上げ答える。

「わたしも、ずっとセイちゃんが好きだったの。女として、結婚したい男の子は、ずっとセイちゃんだけだった。だから……ごめんね」

「嫌だ。結婚してくれないなら、首斬って死んでやる」

「結婚は出来ないけど……死なないで。ソウちゃんのことも、大事だよ」

「嫌だ。そんな友達の一人としての大事なんて欲しくない。死んだほうがマシだ」

「死んじゃ嫌だよ、ソウちゃん」

「じゃあ結婚してくれ。さもなくば死ぬ」

「お、脅してる……」

 キキの口を塞ぎながら、つい呟いてしまったシオンだったが、彼に呆れる気持ちは無かった。

 十四年、この女性のことだけを愛していたのだ。

 振られると分かっていても諦められないから、逃げていたのだ。

 みっともなく初恋に縋る彼の姿は、彼自身もずっと認めたくなかった姿に違いない。

「ソウちゃん」

 項垂れる蒼兵衛を優しく見つめ、シリンが微笑む。

「ごめんね。ソウちゃんのことは大好きだよ。でも、男の人としては愛せない。そんなふうに好きになった男の人は、セイちゃんだけなの。セイちゃんと一緒になれないなら、死にたいって思うほどだったの」

 顔を伏せたまま、蒼兵衛はしばらく無言だったが、やがて小さな声で言った。

「……そうか。君に死なれると、困る……」

「ごめんね」

「でも、すぐに諦めるのは無理だ……しばらくは、まだ好きでいていいか?」

「うん……ありがとう、ソウちゃん」

 小さく蒼兵衛は頷き、けれど、顔は上げなかった。

 またしばらくの沈黙の後で、絞り出すような声で告げる。

「でも……セイのことも、今でも友達だと思ってる。それも、本心だよ」

「……ソウちゃん……」

 シリンが嬉しげに微笑み、目の端からすっと涙を零した。

「わたし……ごめんね。ソウちゃんのこと、ずっと傷つけてたんだね……。何も考えてなかった。いつも、自分のことばっかりで、わたしは何も気づいてなかった。ソウちゃんがいるのが、当たり前みたいになってたの……それは、ソウちゃんが優しかったからだったのね……。わたし……ソウちゃんはわたしの……」

 そこまで言って、シリンは声を詰まらせた。

「お、弟みたいだと思ってたからっ……」

「えっ!? そっち!?」

 蒼兵衛がばっと顔を上げた。

「あ、兄じゃなくてか!?」

「ソウちゃん、ちょっと可愛いとこあるから……」

 指で涙を拭いながら、シリンが頷く。

「そ……そうか……そっちだったのか……うーん……そっか」

 蒼兵衛は泣くに泣けない様子で、複雑な表情を浮かべ、走ってきたままぐしゃぐしゃになっている髪を、さらにぐしゃぐしゃとかき上げた。

「まあ……いいや」

 苦笑いの彼は、どこかすっきりとした顔をしていたようにも、シオンには見えた。

 あまりに長かった初恋を、簡単に忘れることは出来ないだろうが、それでも彼の中で何かの区切りはついたのかもしれない。

 シオンはそれほどの恋愛をしたことが無いが、人を好きになるのはきっと楽しいことばかりではなく、辛いことのほうが多いのだろう。その想いがどんなに叶わない相手であったとしても、あっさり割りきってしまえるものなら、誰も苦しんだりはしないのだ。

 そんなふうに思っていると、この場にいない紅子のことを思い出した。

 彼女はいま、どうしているだろう。学校とアルバイトで忙しいだろうとは思ったのが、一言くらい連絡しておいても良かったかもしれない。


「……ごめんね、ソウちゃん……ありがとう……」

 シリンが顔をくしゃくしゃに歪め、泣いた。

「いいんだ、困らせてごめん。それから、今まで逃げ続けたことも。何もかも、君とセイヤに押し付けてしまった」

 そして蒼兵衛はリノや仲間たちを見た。

「お前たちも、苦しい思いをしていたんだな。放っておいて、すまなかった。気の短いお前たちが、よく耐えたな」

「ソウくん……」

 リノが目を潤ませ、ごしごしと顔を拭う。駆け寄って、汗まみれの体に抱きつくと、もう離さないというようにしっかりと捕まえる。

「――みんな、待ってたんだよ! 絶対、もう、どこにも行かないで!」

「分かってる。すまなかった」

 蒼兵衛は短く頷くと、リノの頭をぽんと撫でた。

「もう、奴らの好きにはさせない。お前たちの邪魔をする奴は、俺が全部ぶった斬ってやる」






 薄暗い部屋でうっすらと目を閉じていると、ある場所を思い出す。

 ダンジョンの中だ。

 草間が炊いた香は、以前のような甘ったるい花の香りはしなかった。古い本を焼いたような香りは、埃とかび臭さの混じる迷宮内独特の臭いに似ていた。

 こういう場所を、私はよく知っている。

 そう紅子は思った。

 ダンジョンといってもさまざまで、天然の洞窟もあれば、人工建造物が廃墟化した場所もある。いずれにしてもいまの紅子のレベルで行けるダンジョンには、多く人の手が入っている。そのせいで似通った臭いになってくるのだろう。

 それから、必ず付き物の、死の臭い。

 地上とは少し違う、闇の中で蠢く奇怪な生物。そして、いつも誰かに見られているような感覚は、ダンジョンから出られなくなった怨念ゴーストの視線なのだろう。

 週に一、二回とはいえ、いくつかのダンジョンに行っているから、そんなダンジョンの空気を知っているのは、当たり前なのだけど。

 なんだか、もっと自分の脳の古い場所に、そんな記憶がある気がする。

「……ダンジョンは、こわいところです」

 紅子はぼんやりと呟いた。

「だから、いきたくなかったです。そとは、たのしいから、ずっと、そとにいたかった……」

 閉じた瞼の奥がじんわりと温かくなり、ぬるい体液がみるみるたまって、外に溢れ出そうと紅子の目をこじ開ける。

「でも、もう、いかなきゃ……」

 うっすらと紅子は目を開き、涙を落とした。

 ぼやけた視界の先に、見知った者を見つけた。あやふやな輪郭がはっきりしないうちに、紅子は彼を呼んだ。

「……おにいちゃん」

「うん」

「とうや……おにいちゃん?」

「うん」

 紅子の手に、大きな手が重なった。

「ここは……おうち?」

「違うけど、まあ、そう」

 未だぼやけた視界に、透哉ともう一人、男の姿があった。草間だ。

 そうか、ここは師匠のおうちだ。もう一度カウンセリングをしたいから、家族も誰か一緒に来てほしいと頼まれて、透哉についてきてもらったのだ。

 シオンには連絡しなかった。いつも彼には迷惑をかけている。草間を紹介してもらっただけで、もう充分だ。

「あいたた……」

 紅子が頭を起こすと、ずっと同じ姿勢だったからか、首に痛みが走った。部屋の隅に立っている草間が告げた。

「慌てて起きなくていい。少しずつ照明を上げる」

 眩い電気の光では無く、彼の長杖を手に、魔法で柔らかい光源を生み出す。薄暗い部屋に、魔法の灯り。優しい光。何故か、懐かしい気がした。

 紅子は自分が泣いているのに気づき、指でごしごしと目をこすった。

「わ、私……なんか、変なこと言ってました……?」

「いや」

 と草間は短くそれだけ答えた。

「もっとたくさん食べたいって言ったよ」

「うそっ!」

 半笑いの透哉の言葉に、紅子は頬を押さえ、声を上げた。

「本当だ」

 草間にまで頷かれ、紅子は顔を赤らめた。

「……そんな……」

「お前がどこまでも貪欲だってことは分かった。お疲れさま。これが終わったら帰っていいって、先生が言ってたよ」

 透哉は言って、ぽんぽんと紅子の頭を撫でた。そして背を正すと、草間に向かって頭を下げた。

「ありがとうございました。草間先生」

「いえ。こちらこそ。今回は立ち会っていただき、ありがとうございます」

 草間も深々と頭を下げた。

「いえ、こちらこそ平日に押しかけてしまってすみません。仕事が早く終わったので、今日でいいかなと思ってしまって。僕も仕事が無いと暇なもんで」

 申し訳なさげに透哉が笑う。

 紅子はおずおずと草間に尋ねた。

「あの、師匠。これって、三回目になりますか? 三回来たら、弟子にするか決めるって……」

「ああ」

 草間は頷いた。

「俺の腹は決まっている。が、才能のある子供を預かるというのは、責任のあることだ。だから、今日はご家族に同席してもらった」

「あの、じゃあ……私、合格ですか? ぜんぜん、魔法見せてないですけど……」

「問題無い。お前に充分な魔力があるのは分かっていた。人間は魔力を感知する能力は低いが、まぐろは魔犬ブラックドッグのミックスだ。初めにまぐろはお前の魔力を感知し、警戒していただろう。いまもお前には絶対に近寄らない。並の魔力を持つ人間程度には、完全に舐めてかかる奴なんだがな」

 草間の足許にちょこんと座ったまぐろは、大きく欠伸をした。暗がりで、その目は赤くらんらんと光っていた。

「……ね。ほかになんか、変なこと言ってた?」

 クッションが柔らかく気持ちの良い長椅子に座ったまま、紅子は傍らに立つ透哉のジャケットの裾を引っ張った。

「うん。いつも変だから気にしなくていいよ」

「や、やだなぁ……」

「ダンジョンに行きたくないって言ってたね」

「え、そうなの?」

「お前の心の奥底に、ダンジョンを忌避する感情があるのは仕方が無いよ」

 首を傾げる紅子の頭を撫でながら、透哉は草間に告げた。

「この子は、父親と兄をダンジョンで亡くしているもので」

「はい。何度も辛い記憶を呼び起こすようなことをしてしまい、申し訳ありません」

「いえ。この子がきちんと魔法を学びたいと思ったとき、いずれは向き合うことではありましたから。この子は魔力は母親譲りに高いですが、まあ女の子ですから、魔道士になるとも限らなかったので、そういう教育は一切しませんでした。魔法の存在がこの子の父や兄を狂わせてしまった、そう思う気持ちもありましたから……。多分、この子にとっても」

 椅子の背に手をかけ、透哉は穏やかな声で言った。草間が小さく頷く。

「ご心情はお察しします。浅羽一族の魔石というものは、たしかに存在するのでしょうか?」

「そう伯父は言っておりましたが、実物を見たことが無いので僕には何とも……。家に残る伝説の通りなら、それなりの魔石ということになりますけど。祖父が熱心に探していたという話は聞いたことがあります。伯父……この子の父は、祖父の信奉者でしたから、その意思を継いだのだと考えています。二人は師弟でもあったので、僕たち家族も知らないことを共有していたかもしれません」

「なるほど。口伝という形で?」

「本当に伝えたいことは、書には残さない。祖父は、そういう魔道士でした。ですから、伯父が死んだ以上、もう何も分かりません」

 透哉の言葉に、草間は神妙に頷いた。

「もう一つお尋ねしたい。〈ドール〉とは、何か分かりますか? 紅子さんの口から、この言葉をお聞きになったことはありますか?」

「いえ。ただ、思い当たることはあります。それはおそらく、隠語でしょう。何を指すのか具体的には思いつきませんが、そのまま人形のことを指してはいません。祖父……浅羽光悦は秘密主義で、普段から好んで隠語を使っていました。弟子である伯父が使っていた可能性はあります」

 紅子は顔を上げ、淡々と語る透哉を見た。

「六柱石というのも、実際には本当の名があるんでしょう。浅羽家は血統主義です。当家には代々、直系だけに口伝されることが多くあった。ですが、この子の父母も兄も亡くなり、当時この子は幼かったので、何かを伝えることは出来なかったんでしょう」

 透哉はあまり一族のことを語りたがらない。だが今、草間に語りながら、紅子に教えてくれているようだった。

「浅羽一族はかつて、戦闘魔道士の一族だったとか?」

「そんなこと、よく調べましたね。マイナーな一族なのに」

 草間が尋ねると、透哉が驚いた顔をした。

「関東の魔道士研究をしている先輩がおりまして。調べてもらったところ、傭兵稼業で身を立てていた一族に、浅羽という一族の名がありました」

「ええ。戦で功績を上げ、取り立ててくれた権力者もいたようで、そのあたりの話がうちに伝わる、先祖が殿様から奪った魔石という言い伝えのルーツになっているんでしょうけど……。その後の魔道士弾圧の時代になって、大勢の魔道士が処刑されてしまったとかは、ちょっと盛ってるかなーと、僕は思いますけど」

 透哉が軽く笑い飛ばした。

「でも、その血もすっかり薄れてしまって。元々、女性のほうが魔力の強い家なんですよ、うちは。この子もそうですし。僕は、からっきしですね。この子のお母さんも魔力は強かったけど、弟である僕の父は全然でした」

「なるほど」

 草間は納得したように頷いた。紅子を警戒したまぐろも、透哉が家を訪ねたときは尻尾を振ってまとわりついていた。魔力の少ない者のことを、下に見る犬だ。

「だからといって、今の世の中では魔法を使えることが、女の子にとっては別に大事なことでもないようですし。この子もずっと、魔法には興味無しだったんですよ。ただ、子供のときから感覚だけで魔法を使うことは出来たので、いずれ失敗してスランプに陥るだろうということは、目に見えてました。……焼かれた小野原くんには大変申し訳ないことをしましたが」

「うう……」

 紅子が顔を伏せる。

「あれも冒険者です。お気になさらず。生きてさえいれば充分幸運なのが冒険者というものですから」

 シオンの後見人である草間はあっさりそう答えた。

「シオンは私のよく知る身内で、奴の話は信頼に値します。聞く限り、紅子さんの能力の高さはよく分かります。攻撃フォース治癒ヒールも一定以上の才能がある。力を生み出すということに長けているんでしょう。生み出す才能は、もっとも優れた魔道士になる可能性がある反面、事故を起こしやすい。私にお任せしていただければ、もちろん誠心誠意、指導させていただきたいとは思っておりますが、私もいかんせん魔道士教育を専門にしてきたわけではありませんので、より良い教師をお探しであれば、紹介状を書きましょう」

「お気持ちはありがたいです。僕は、彼女の意思を尊重しますよ。……先生はこういってくれてるけど、どうする?」

「え……どうって……」

 草間は少し怖いところもあるけれど、シオンがよく知っている人物でもある。彼が師匠ならシオンも顔が出しやすいだろう……という、魔法の師を選ぶ動機としては完全に不純だったが、紅子は答えた。

「私は、師匠がいいなぁ……」

「と、本人も言ってるので、お願い出来るなら草間先生にお願いしたいのですが」

 透哉の言葉に、草間が頷く。

「分かりました。では、お嬢さんをお預かりさせていただきます。土日は冒険者の仕事があると思いますので、今後の授業は平日に。学校が終わってからで構いません。ここは通うのに不便ですから、東京に、私の知人が持っている教室があります。そこを借りるつもりです」

「そうですか……。何から何まで、すみません」

「それだけの才能がある娘さんだと思います。それに、私にとってシオンは大切な身内ですから、奴の手助けをしてやりたいという気持ちもあります」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!」

 透哉が頭を下げる。紅子も慌てて立ち上がり、頭を下げた。

 そして顔を上げた透哉が、紅子に言う。

「紅子、お前にやる気があるなら、僕ももう冒険者をやることに反対はしない。腹をくくるよ」

「え? どういうこと?」

 紅子が目をきょとんとさせ、透哉を見上げる。

「バイトを辞めなさい。生活費もお前が冒険者をやる資金もお前の食費も、僕がなんとかする」

「なんとかするって、いまもお給料のほとんどをおうちに入れてるのに?」

「そう。そして残ったぶんは、貯金してある。それを切り崩せばしばらくは高校生がバイトする程度の金くらい出せる」

「え、でも」

「どうせ趣味も無いし彼女もいないし結婚する予定も無いしね。お前がうちの家族のために一生懸命やっているのに、僕が知らんふりはしていられないだろう。それに、僕にとってもお前は……」

 自分を見つめる紅子に、透哉は優しく視線を落とした。

「本当の……妹みたいなものだからね」

「お兄ちゃん……」

「いままで、すまなかったね。いつも僕たちのことで、お前にはたくさん我慢させてきた。怖がりのくせに、本当はやりたくないのに、うちの両親や浅羽の家のために冒険者になっただろう。誰に似たのか、お前もやると決めたら強情だからね。でも、冒険者になって、良かったのかもしれないね。小野原くんたちに出会えて……」

「お兄ちゃん……」

「僕も、協力するよ。一緒に冒険はしてやれないけれど、その他のサポートなら出来るから」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 紅子は感極まって従兄の体に抱きつこうとしたが、それを透哉は手で制した。

「いい歳だからやめなさい。小さな子じゃあるまいし」

 それから彼は、端整な顔にぎこちない笑みを浮かべながら、草間に向かって遠慮がちに尋ねた。

「あの、それで……月謝はいかほどで……?」




 草間の家を出てから、紅子は携帯電話を取り出した。

 メールが届いている。

「あ、小野原くんからだ。いま、埼玉にいるんだって」

「ああ。元ヤンのサムライさんの地元だね」

 暗い山道を、車が停めてある場所まで歩いて向かう。草間が送って見送って行こうかと言ってくれたが、断った。

 紅子が魔法で光を出してみると、案外あっさり出たのでほっとした。このぐらいの魔法なら、深く考えなくても使えるようだ。大きな攻撃魔法を出すのは、まだちょっと怖いけれど……。

 草を刈っただけの舗装の無い道を、紅子は片手に草間から借りた短杖を持ち、もう片手で携帯電話を触っていると、透哉に注意された。

「携帯、危ないよ」

「あ、うん」

 紅子は肩にかけたトートバックの中に放り込み、先を歩いている透哉の手を掴んだ。子供ではないけれど、暗い山道だからいいだろう。別に怒られなかった。

「小野原くん、今日埼玉に行ったみたい」

「ああ、人妻さんか。どうだったんだろうね」

 紅子の手を引っ張って歩きながら、透哉が言った。

「『いま埼玉にいる。蒼兵衛はもう大丈夫』……って書いてあったんだけど、蒼兵衛さんも一緒だったのかな? 一緒にシリンさんに会ったってことなのかな?」

「いちいち報告してくれるなんてマメな子だけど、簡潔過ぎていまいち意味が分からないね」

 透哉が笑う。

「大丈夫って、どうしたんだろう?」

「彼の人妻さんへの想いが成就したってことは無いだろうから、しっかり失恋して立ち直ったってところじゃない?」

「失恋かぁ……」

 その言葉の重みに、紅子はため息をついた。

「辛いだろうなぁ……」

「そりゃ辛いよ。恋愛のもつれで殺人だって起きるんだから。でも、現実から目を背けて逃げ続けるのも、辛いからね。良かったんじゃないかな」

「でも、辛いよね……。そういやお兄ちゃんって、好きな人いないの? そろそろ結婚したいとか思わない?」

「思わないなぁ……面倒くさいし。でもいずれはお見合いとかしようかな」

「えー。お見合いでいいの?」

「単なるきっかけだろ。別になんでもいいよ。身を焦がすほどの恋愛とかしたくないし、出来ないし。お見合いだと事前に相手のデータが先に入ってくるところがいいじゃない。顔も見れるし」

「なんか、お兄ちゃんと結婚する人、可哀相……」

「でもまあ、いまはいいよ。母さんの具合が余計に悪くなりそうだから」

「ん……そだね」

 紅子は頷き、俯いた。

 森を抜け、ようやく舗装された道路に出た。

「蚊に噛まれた。来るときは虫除けスプレーがいるね」

 紅子の手を離しながら透哉が言い、赤く膨らんだ手の甲を指で掻いた。道路には灯りがあったので、紅子は魔法の光を消した。

 車のまったく通らない道路に、虫の鳴き声だけが響く。どこかで獣の声も聴こえた。モンスターかもしれないが、多分ずっと遠い場所だろう。

「うわ、星がすごいね。でも、このへん怖いな。ゴブリンたくさんいそう」

「いるって小野原くん言ってたよ。冒険者になる前、駆除手伝ってたって」

「あの子、ほんと感心するよね。こんなところに一人で住んでるなんてどんだけ豪気な師匠かと思ってたけど、まともそうな人で良かった」

「うん」

「毎回ここに通うっていうのは、やっぱり大変だしね。月謝も目玉が飛び出るほど安くしてくれたし、いい人だったね」

「うん」

「本当に、小野原くんには、感謝することばかりだな」

「……うん。早く、立派な魔法使いになりたい。それで、小野原くんの役に立ちたいな……」

「好きだね、ほんとに」

 さらっと返され、紅子は自分の頬が熱くなるのが分かった。

「分かるけどね。いい子だよね、すごく。いまどきあんな感心な若者、ちょっといないね」

「う、うん……そうなんだよね……」

「でも、ああいう子はモテるだろうね。がんばってね」

「や、やめてよ……。考えないようにしてるのに」

 紅子は顔をしかめた。キキや蒼兵衛に懐かれている彼の姿は微笑ましいが、あれが同じ年頃の女の子たちだったら、パーティーに身を置ける自信が無い。

「……小野原くん、シリンさん見たとき顔を赤くしてたんだよね……。なんかぼおっとしててさ。あれって……こ、恋なのかなぁ……?」

「違うでしょ」

 あっさり透哉が答える。

「今まで人間ばかりの中か、むさ苦しい冒険者の中にいたんだろ? 普段見ないような同じ種族の女性らしい美人見て、本能的にときめいちゃっただけじゃない」

「そ、そうかな……」

「ワーキャットの男性って、恋愛には淡白らしいよ。無理めな人妻とか狙っていかないから安心しなよ。どちらかというと家族愛が強い傾向があって、だから若い頃やんちゃしてても、結婚すると落ち着く人も多い」

「へー」

 透哉お兄ちゃんのほうがよっぽど淡白な気がするけど……と紅子は内心思ったが、素直に頷いておいた。

「見た目は人間に近くても、彼は人間じゃないんだよ。人間は他種族に対してもかなり積極的に恋愛感情を持つから、すごく変わった種族らしいよ、彼らからすれば」

「え……そ、そうなの?」

「こっこさ、一時期ワーキャットのアイドルに入れあげてたことあるよね。小野原くんを好きだった影響か知らないけど。なんとかくん……あれ? 誰だっけ?」

「や、やめてぇ! その話、小野原くんにはどうか内緒で……お願いします!」

「言わないよ。他種族のアイドルにあれだけハマれるのは、人間が圧倒的に多いんだってさ。でも、裏返して言うと、博愛的な種族とも言えるかもしれないね。そういう思い込みの強さが、時々すごく強い魔道士を生むとも言われてるし」

 腕に縋りつく紅子を見て、透哉は言った。そして、一言付け加えて、この話を締めた。

「というわけで、魔法の勉強がんばってね」

「う、うん……」

 そうだ、安いとは言っても、透哉に月謝を払ってもらうのだ。恋愛に悶えている場合ではない。紅子は気を取り直し、透哉から離れた。

「ね。……戦闘魔道士って、どういうの?」

「その名の通りだけど。戦闘を専門にした魔道士。実際に戦場に出るから、体もけっこう鍛えてる人が多い。じゃないと、魔道士は戦場では大体一番に狙われてしまうからね」

「そうだったんだ」

「昔の浅羽一族では、魔力の優れた女性に子供が産まれると、女の子はとても大切にされた。また次世代の魔道士を産んでくれるからね。男なら戦闘術を叩き込んで、傭兵の仕事をさせた。それが浅羽の戦闘魔道士。いまでいうルーンファイターに近いかな。魔法寄りの」

「魔道士って言っても、色々あるんだね……」

「僕も魔法の才能は無かったから、せめて戦闘魔道士としてじいさんに鍛えられかけたことがあったけど、ほんと冗談じゃなかったよ。言っちゃ悪いけど、早く亡くなってくれて良かった」

「そうだったんだ? お兄ちゃん、強いの?」

「弱いよ、めちゃくちゃ。でも、魔道士が出来るケンカのコツくらいは知ってるから、サラリーマン狩りしようとする不良くらいなら撃退出来るよ」

 その言葉に、紅子は拳を握った。

「じゃあ、それ教えてよ! 弱くても出来るんでしょ? 私も最近、腕立て伏せ五十回出来るようになったし!」

「若いね……もう僕なんて何回出来るか分からないよ」

 透哉がふうと息をつく。

「ま、そんな僕でも出来るくらいのことだから、ほんとケンカレベルの戦術だよ」

「うん! 私にもケンカ教えて! これから役に立つかもしれないし!」

「役には立ってほしくないけどね……」

 意気込む少女を、透哉は不安げに見やった。

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