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迷宮のドールズ  作者: オグリ
二章
38/88

紅子の弟子入り

「よーし、今日の仕事、終了っ!」

 駅の外に出るなり、キキがぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 一日ダンジョンを探索しても、まだ元気があり余っている。

「なんかさー、全然楽勝だったよねっ!」

 両手を腰に当て高笑いを上げるキキを、通りがかる者が不審そうに振り返っていたが、そんなことはまったく気にせず、自分の働きぶりを自分で賞賛し続けている。

 シオンは無言で聞き流した。

「ま、私がいるのだから当然だ」

 蒼兵衛がいつも通りのつまらなさそうな顔で言う。しかし付き合っていくうちに、乏しく見える表情の中で、機嫌の良い悪いくらいは分かってきた。今はそこそこ機嫌が良いようだ。

 シオンはそっとため息をついた。

「あの……ごめんね。小野原くん」

 シオンの後ろで、大きなリュックを背負った紅子が、しゅんと顔を俯かせた。

「……いや」

 普通に答えたつもりだったが、少しぶっきらぼうになってしまった。

 紅子が不安げに顔を上げる。

「あの、私、ちゃんと治癒出来たかな……? 大丈夫? もうどこも痛くない?」

「ああ……大丈夫」

「ごめんなさい。あんな狭いところで、私……火なんか出しちゃって。風の流れとか全然考えて無くて。あんなダンジョンの中でも風が吹くなんて……」

「洞窟の中はけっこう吹くところもある。言わなかったオレも悪かったし、次は気を付けたらいい」

 フォローしたつもりだったが、言い方がキツくなってしまった。紅子は見る見る泣きそうな顔になり、深々と頭を下げた。

「本当に……ごめんなさい。丸焼きにしちゃって……」

「……うん。もう、いいから。このジャージ、けっこう火に強いから……」

 酷い火傷を負ったところも、すでに魔法で治っている。

「浅羽の魔法は凄いけど……出力を調整しないと。すぐ腹が空くのも、いつも魔力が全開だからかもしれない」

「……はい……。あと、コントロールが下手で……」

「それもだし、今のままじゃ燃費が悪過ぎる。あと、あまり前に出なくていいからな。今日みたいに狭い場所で戦闘になったら、状況をよく見てほしいんだ」

「……それは……みんなが戦ってるから……私も何かしなきゃと……」

「そう思うなら、パニックになったらダメだ。オレたちは浅羽より戦闘慣れしてるから、焦って攻撃しなくても大丈夫。それよりも狭い場所での乱戦中に、浅羽の魔法が暴発したら、モンスターより危ない」

「……は、はい……」

「あと、荷物はもう少し減らそう」

 紅子が顔を伏せ、こくんと頷く。背負った大きなリュックから、空の弁当箱がカラカラと音を立てた。

 ちょっと言い過ぎたかな、と思ったが、いずれは言うことになる。反省は、仕事が終わってすぐのほうがいい。

「まあまあ、そんくらいにしときなよ、シオン! 紅子泣いちゃうよっ!」

 キキが紅子の背中をぽんぽんと叩きながら、シオンに注意する。 

「けっこうネチネチしてるんだな、君って。ワーキャットなのに」

 と蒼兵衛がシオンを見やる。

「お前らにはもっと言いたいことがあるんだが……」

 シオンは二人を睨みつけた。

「ん? 何? 『キキちゃんすごい』?」

「別にいいぞ、礼なんて。帰ってから、肩でも揉んでくれ」

「揉むか! お前らって、なんでそんなに勝手なんだ!?」

「勝手? なんかしたっけ?」

「他者の目や世間体に惑わされず、確固たる己を持ち、貫き通しているということだ」

「ほうほう、やっぱり褒めてんだね。キキちゃんのこと」

「褒めてねーよ!」

 駅前に、シオンの怒声が響き渡る。

「どうしてあんなにケンカっ早いんだ!? なんで、他の冒険者とケンカなんてするんだ!?」

「あー、あの万年低レベルっぽい中年オッサンのパーティーのことね。だって、キキちゃんのこと、小学生とかガキんちょって言ったんだよ。撃ち殺されなかっただけありがたく思えってかんじ」

「私のカードを見て、鼻で笑った低俗な連中だぞ。この柊魔刀流十一代目・柊蒼兵衛を……」

「あははっ、そりゃー笑うって! 《魔法戦士ルーンファイター》に横線引いて《サムライ》だもん!」

「お前も《射撃士ガンナー》に横線引いて《小学生クソガキ》と書いておけ。言われる前にそうしておけば言われずに済むぞ」

「クソガキじゃねえぇぇぇ!」

「うるさい!」

 蒼兵衛に掴みかかろうとしたキキの首根っこを、シオンが捕まえる。

「ぐええ。ちょっと、首絞まるって!」

 手足をジタバタさせるキキを、シオンは雑に地面に放り出した。身軽なキキは難なく着地し、体操選手のようにピシッと両手を上げた。

「ほんっとに! いい加減にしろよ、お前ら!」

「おおっ!? どしたの、シオン?」

「溜まっていた鬱憤だな。丸焼きにされたのがよっぽど堪えたんだろう」

「ううう……! ご、ごめんなさい……!」

「浅羽のせいにするな! どうして、お前らってそうなんだ!? 真面目にやれ! 真面目に! なんで勝手に好きなとこ進んで行ったりするんだよ!」

「だってキキちゃん、誰かの後ろを歩くなんて向いてないんだもん」

「用を足したいなんていちいち宣言するの、恥ずかしいじゃないか。ほら、私という凄腕剣士のイメージもあるし」

「あはは、バーカ。いま言ってたら一緒じゃん」

「いい加減に黙れ! このバカ共!」

 辛辣な言葉に、さすがにキキと蒼兵衛も目をきょとんとさせた。

「……やっべ。シオン、マジギレじゃん……」

「ストレスを小出しに発散出来ないタイプは、爆発させたら怖いからな」

「なんで真面目にやれないんだ!? 仕事だぞ!? どうして無用なトラブルを招いたり、わざわざ面倒なことを引き起こしたりするんだ!?」

「でも、ちゃんと依頼はこなしたよ」

「ダンジョンマダラキノコ、沢山採れて良かったな」

「業者の人が困ってたモンスターも駆除出来たしさぁ」

「良くない! ぜんっぜん良くない! どうして目的はちゃんと果たせるのに、それ以外の部分がてんでダメなんだ!」

「ダメ? え? どこが?」

「分かった、分かった。次までに腸を鍛え上げて、排泄を抑える訓練をしよう」

「違う! ズレてる! お前たちはズレてる!」

「お、小野原くん、落ち着いて!」

 思わず殴りかかりそうになったところを、紅子に押さえられた。

「まだ、パーティー組んで一回目だから! 言い訳かもしれないけど、まだみんな慣れてないの! がんばるから! これからがんばりますから!」

 必死で訴える紅子の言葉に、シオンは少し冷静さを取り戻した。

 怒鳴りまくっていた所為か、周囲の目も集めてしまっている。

「……ごめん」

 大きく息をつきながら、シオンは気持ちを落ち着かせようとした。

 問題の二人に、ぽんぽんとそれぞれの肩を叩かれる。

「ま、これから、これから。最初はさ、上手くいかないこともあるって!」

「そんなに落ち込むな、リーダー。本当にワーキャットはカッとなりやすいな。怒りを忘れるのも早いが」

「まーまー、次、がんばればいいじゃん。シオンはよくやったよ。そーねー、あたしから見て、80点くらいかなっ!」

「火だるまになりながらもな」

「ううう……ほ、本当にごめんなさい……!」

 しくしくと紅子が泣き出す。シオンは自分の頭の中で、ブツンと何かが切れる音を、たしかに聞いた。

「お前らが言うなぁ!」




 散々な初仕事の翌日。

 パーティーが全員揃う貴重な日曜日だが、この日ばかりは仕事を入れず、シオンは紅子を連れ、草間のところに行くつもりだった。

 草間の家は、秘境にある。

 別に、海外ではない。人が住むのを放棄してしまった山奥は、みるみるうちに魔素が溜まり、廃墟はダンジョン化し、モンスターが増える。

 人が消えた場所は、数年も経つとかなり様変わりしてしまう。それを《秘境》と皮肉って呼ぶことがある。

 そんな東京の秘境に、草間の家はある。

 電車とバスを乗り継ぎ、更に山を登る。そう紅子に話すと、それが透哉に伝わり、彼が車で送ってくれることになった。

 片道一時間以上もかかるのに、透哉は快く車を出してくれた。


 車内で、昨日の仕事の話になった。

 愚痴を言うつもりは無かったシオンだが、物腰が穏やかで、聞き上手の透哉には話しやすく、つい上手くいかなかったことへの不平を漏らした。おもに、キキと蒼兵衛に対して。

「それは大変だったね。まあ、こっこが一番酷いけど」

 一通り話し終えると、透哉がにこにこと笑いながら、言った。

「うう……」

 助手席の紅子は、反論出来ずにしょんぼりと項垂れている。

「浅羽は気にするなよ。失敗は仕方ないし、真面目に頑張ってたじゃないか。あいつらはふざけてるから」

「でも、ふざけているように見えても、彼らはそつなく仕事を終えたんだよね? こっこは真面目に頑張って、ありえないミスを犯したんだから」

「ううう……」

「頑張ったからって、燃やされたほうはたまらないだろ。いいんだよ、もっと厳しくして。どうせ食べてばっかりだったんじゃないの? 魔法を使ったらお腹が空くっていうのは、この子の思い込みだよ。ただ食いしん坊なだけ」

「うううう……!」

「でも、浅羽の魔法はやっぱりすごいよ。攻撃は……向いてないかもしれないけど、やっぱり治癒ヒールがあると助かるし」

「頼らないほうがいいよ。所詮、専門医ヒーラーでも無い魔道士の治療術なんて、ムラがある。ヒーラーというのは、医療技術もきちんと学んだ者のことで、冒険者がただ治癒魔法が使えるだけの魔道士をヒーラーと呼ぶのは、本来間違いだよ。こっこの治癒は保険くらいに考えておいたほうがいい」

 それから少し厳しい口調で、紅子に言った。

「こっこも、自分の魔法を過信しないようにね。お前ははっきり言って、魔力量は多いけど、魔法は下手。技術と精度の低さを、魔力の多さで補っているだけだということ、いつも言っているよね? それを忘れちゃいけない」

「……はぁい」

 紅子がしょんぼりとしたまま、頷く。反論しないのは、自分の魔法にシオンを巻き込んだことを、本当に深く反省しているのだろう。

 透哉が小さく息をつく。

「魔法は、術者のコンディションに大きく左右される。不確定な能力でもあるんだ。引き金を引くだけで放てる魔銃とは違う。こっこも小野原くんも、それだけは軽々しく考えないでほしい。この子が並のソーサラーなら、とやかくは言わない。でも、この子はパワーだけはあるんだ。ちょっとのミスでも人を殺せるくらいにね」

 紅子は返事をせず、ただ頷いた。

「小野原くん、火傷の痕、大丈夫かい?」

「あ、はい」

「皮膚が引き攣れてるとか、火ぶくれの痕だけ治ってないとか、そういうのがあったらちゃんと医者に診せたほうがいいよ」

「大丈夫です」

 念のため、手や指を動かしてみながら、シオンは答えた。

「紅子は昔から、メンタルに難がある。人間の女性魔道士にはありがちなんだけどね。魔力量は多いが、出力が不安定になりやすい。魔法はどうしても術者の精神力に大きく左右されるし、彼女はまだまだ修行不足だ。冒険者としてしっかり経験を積んだ、実戦を知っているソーサラーに師事出来ればいいんだけどね」

「はい。草間さんには、オレからも頼んでみます」

 そう言ったあと、シオンはふと尋ねた。

「でも、透哉さんも教えるの、上手そうなのに……。仕事が忙しいのは分かるけど。無理なんですか?」

「僕が持ってるのはあくまで知識だから。僕には才能が無い。前にも言っただろ? それに、教える人間の癖が付くからね。あまり教えたくない」

「透哉お兄ちゃんは、昔からあんまり魔法使わなかったね」

 それまで黙っていた紅子が、口を開いた。

「でも、私が小さいころは、魔法は透哉お兄ちゃんに教えてもらったよね」

「教えたというか、お前は始めから魔法を使ってたよ。物心付かないうちからね。その使い方、押さえ方を、少し教えただけ」

「本当のお兄ちゃんは、何も教えてくれなかった。いつも、私と喋ってくれたのは、透哉お兄ちゃん」

 そう話す紅子の声は、あまりシオンが聞いたことのない、不機嫌なものになっていた。

「……お兄ちゃんは、いつもこっこのことバカにして……透哉お兄ちゃんが仲良くしてくれなかったら、私きっと、魔法なんて大嫌いだったね」

「茜は……余裕が無かったんだよ」

 むしろシオンに語りかけるように、透哉が言った。

「自分の妹に嫉妬してた。こっこのほうがずっと才能があったし、でも、こっこは魔法に興味なんて持ってなかったからね」


 前に、透哉から聞いた話を思い出した。

 魔石を求め、禁忌ダンジョンで命を落とした、紅子の兄。

 命を振り絞って、紅子の許へ戻り、死ぬ前に、彼女に『呪い』を残した。

 呪いの解き方は、シオンには分からない。

 解けない、と透哉は言った。

 それは兄の呪いをきっかけに、彼女が自分自身にかけた精神魔法だからだ。

 そのことを、紅子に何も尋ねる気は、今は無い。

 だから、下手に彼女の精神を揺らがせるより、一緒に魔石を探すことを選んだ。

 見つけられるなら、見つけてしまえばいい。

 単純だが、そう考えた。


「あいつは本当に、子供のころから、魔法に夢中だった。けど、大した才能は無かった。ただ強い、執着だけはあった。……茜は父親に、こっこは母親に、よく似ているよ」

 急カーブの多い山道を、危なげない運転で進みながら、透哉は語った。

「この子と茜のお父さんは婿養子で、僕たちの祖父……浅羽光悦あさばこうえつの弟子だった。光悦は才能のあるソーサラーで、この子の父親は熱烈な信者と言って良かった。光悦の娘であるこの子の母親も、とても才能のある人だった……いや、才能だけなら光悦を超えていたんだ。でも、彼女は普通の生活を望んだ」

 そういえば紅子の母親はソーサラーでは無かったと、シオンも聞いたことがある。

「好きな人と結婚して、子供を産んで育てて、温かい家庭を作ろうとしていた。稀有な才能を持っていても、ごく普通の女性だったんだよ」

 透哉が話しているあいだ、紅子は言葉を発さず、窓辺に頬杖を付き、ぼんやりと外を眺めていた。

 彼女には、昔の記憶があまり無い。両親のことも、兄のことも、ほとんど覚えていないのだ。

「彼女の夫は、とても彼女を愛していた。だから、伯母さんを亡くした後の伯父さんは、なにかに取り憑かれたかのようにダンジョンに潜り続けた。茜と二人で浅羽一族に伝わる魔石を探していた。悲しみを捨て去るように魔石探しに没頭し続け、亡くなった。巨大な力を持つ魔石の言い伝えなんて、ほとんどが馬鹿馬鹿しいお伽話だって、一番分かっているのがソーサラーなのにね」

「……でも、私もあると思う。浅羽の〈たからもの〉は、呪いの魔石なんかじゃない。きっと、バラバラになった魔石を集めたら、叔父さんと叔母さんを助けてくれる」

 流れる景色を見ながら、紅子が言った。

「ううん。治すんだ。私が」

「浅羽……」

 決意に満ちた強い言葉だった。

 けれど、透哉はあくまで取り合わず、穏やかに彼女を諭した。

「こっこ。母さんは、立て続けに家族が死んで、錯乱したんだ。元々精神が強い人じゃない。父さんもそれで疲れてしまった。呪いなんかじゃないよ」

「分かってるよ!」

 紅子が声を上げた。

「私が魔石を探すのは、魔石の呪いを解くためじゃない。魔石の力を借りて、そうして私の魔法で、二人を治すの」


 それこそが紅子の本心だったのだと、シオンはようやく知った。

 ただバラバラの魔石を見つけることに固執し、兄にかけられた〈呪い〉に突き動かされているのだと思っていた。


 そうではなかった。


 稚拙かもしれないが、彼女なりに切実に考え、魔石を求めていたのだ。

 それは、魔力を増幅させる魔石の力を借り、高度な治癒魔法を実現させることだった。


「私も、魔石を放っておけない。お父さんとお兄ちゃんの気持ち、それだけは分かる。浅羽家の魔石は、元通り一つにして、正しく使わなくちゃダメなんだよ」

「自分の言ってることが、正しいと思ってるの?」

 優しく、しかし厳しく、透哉は言った。

「魔石を使って、人の精神に干渉することが? これは、二人の心の問題なんだよ。本人が立ち直らないと。他人が精神干渉なんて、しちゃいけない」

「精神干渉じゃないよ。元気になってほしいだけ」

 苛立ったような口調で言う従妹に、透哉はハンドルを握りながら、穏やかに語りかけ続ける。

「お前には、悪いことをしてると思ってる。二人の面倒は僕が看るから、お前は高校を卒業したら、自由に生きなさい。冒険者をやりたいなら、それでいいと思うよ。せっかくパーティーを組んだんだ。自分たちのしたい冒険をするべきだ。皆を巻き込むのは、良くないよ」

「でも……みんな、いいって言ってくれてるもん……」

 叱られた子供のように、紅子が言った。

 慌てて、シオンは口を挟んだ。

「オレ、全然いいですよ。元々、金以外の目的なんて無いし。目的が出来て、かえってやりがいも出てきたっていうか」

「……小野原くん」

「え? は、はい」

 神妙な口調で何を言われるのかと、シオンは思わず背筋を正した。

「君、本当にお人好し過ぎるよ。大丈夫?」

「それ、最近よく言われるけど……大丈夫です……」





 魔道士・草間青藍の家は、森の中にあった。

 歩いて辿り着いたのは、森の風景にあまり似つかわしくない、ごく普通の住宅地に並んでいそうな一軒家だった。

「普通のおうちだねえ」

 紅子がそう感想を漏らした。

「これ、タカオホームの家だね。住宅展示場でよく見る。いい家だよね」

 菓子折りを手にした透哉が、有名な住宅メーカーの名を口にする。百貨店のロゴが入った袋を紅子に持たせ、その背をぽんと叩く。

「じゃあ、行っておいで」

「え? お兄ちゃんは?」

「小学生じゃあるまいし、保護者に付き添われてどうするんだ。自分できちんとご挨拶して、お願いしなさい。車をずっと置かせてもらってるのも悪いから、僕は先に戻るよ」

 車は近くの山小屋に、停めさせてもらったのだ。

「帰る一時間くらい前に連絡してくれたら、また迎えに来るから」

「待っててくれるんですか?」

 片道だけかと思っていたので、シオンは驚いて尋ねた。

「いいよ。仕事以外、別に趣味も無いし、家に帰っても寝るだけだからね。適当にドライブでもしてるよ。じゃあね、小野原くん、この子を頼むよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 シオンは頭を下げ、透哉は軽く手を振り、革靴で少し歩きにくそうに、来た道を戻って行った。

「懐かしいなぁ。来るの久しぶりだ」

 草間の家を見やり、シオンは呟いた。

 傍らで、紅子は顔を強張らせている。

「うう……き、緊張する……!」

「大丈夫、大丈夫」

 シオンは気楽に言うと、門に近づき、インターフォンを押した。

 すると、すぐにカチャ、と音がして、シオンが口を開く前に、素っ気無い言葉が返ってきた。

〈開いている。勝手に入れ〉

「……だってさ。行こう」

 シオンは苦笑しながら紅子に声をかけ、彼女は緊張した面持ちでぶんぶんと頷いた。




 扉を開けると、そこに大きな犬が座っていた。

 驚いた紅子は後ずさった。

「ひいい……! モ、モンスター……!?」

「浅羽、ただの犬だ。ちょっと魔犬混じってるけど」

 衣服を着せられた毛の長い洋犬が、舌出して尻尾を振っている。

 薄茶色の毛に、大きな耳が垂れている、外見にはレトリーバー種の特徴がよく出ているが、瞳が赤い。どこかで魔犬ブラックドックが混じったミックスだ。

 目の色はともかく、誰かに似ているなぁ、とシオンは柔らかい毛並を撫でながら思った。そうだ、西沢だ。

「久しぶりだな」

 答えるように、犬がふさふさの尻尾を振る。

「あ、このおうちのワンちゃんなんだね。可愛い」

 と元々動物好きの紅子も、へらっと笑って大人しい犬に手を伸ばしかけた。

 途端に、けたたましく吠えたてられた。

「えっ、わっ、ご、ごめんね! ごめんね!」

「どうしたんだ、お前」

 慌てて紅子は手を引っ込め、シオンは犬の頭を撫でて宥めた。紅子は少し悲しそうに、犬に語りかけた。

「ごめんねー……知らない人が来たらびっくりするよね」

「お前、人見知りなんてしないじゃないか」

 そう言ってシオンが撫でると、またすぐに尻尾を振り出す。紅子ははあ、とため息をついた。

「私、動物にはあんまり好かれないタイプで……トラタにもよく引っかかれてたし……」

 名残惜しげに犬を見つめていると、はっと気づいた。

 すっかり犬に気を取られていたが、真後ろに、腕を組んだ男が仁王立ちをしていたのだ。

「ひ、ひいい……! いつの間に……!」

「え? さっきから居たぞ」

 再び後ずさる紅子に、シオンは言った。

「遅い。どれだけ視野が狭いんだ」

 口を開いた男が、ギロリと紅子を睨みつける。

 ジャージ姿の痩せぎすの男だった。頭をタオルで巻いて覆っている。細い眉は白髪混じりで、眉間にくっきりと皺が刻まれている。瞳が小さく、妙に強面に見える。

「客が訪ねてくるというから、こうして出迎えているのに、何故驚かれねばならんのだ?」

「す、すみません! すみません!」

 紅子がペコペコと頭を下げた。

「あ、浅羽と申します! く……草間、青藍せいらんさんですか?」

「違う」

「えっ!」

「青藍はこっちだ」

 と、男が犬を紹介する。

「えっ……ええええええっ!? あ、あなたが草間さんっ!?」

 どさり、と音を立て、紅子が菓子折りの入った袋を落とす。舌を出した犬が、首を傾げた。口許に手を当て、紅子はわなないた。

「あ、あなたが、魔法を……!」

「そんなわけないだろ」

 シオンが笑い、訂正する。

「この犬は、まぐろ」

「まぐろっ!? なんて、美味しそうな……」

 まぐろの頭を撫でながら、シオンが改めて紹介した。人懐こい犬は、前肢を上げてシオンの肩に手をかけたが、紅子には素っ気無かった。

「草間さんは、こっち。ちゃんと人間」

 腕組みをしたまま見下ろす男を、紅子はぽかんと見上げた。

「アホのような顔をするな。アホに見えるぞ」

「こいつ、緊張してるんだ。久しぶり」

 シオンの言葉に、男は短く頷いた。

「だが、強そうに見えない者のほうが、魔道士は有利だ。そのアホを磨き上げるのも一つの手だ」

「えっ、えっ……アホを磨くと、す、すごいアホになっちゃうのでは……」

「なれとは言っていない。お前がどういう魔道士になりたいかだ。生まれ持った魔力も、性格も、すべての特性を加味して、目指す魔道士の像を作り上げろ」

「え、えと……えと……」

 いきなりの問いかけに、ただでさえ緊張していた紅子は、頭が真っ白になったのだろう。おたおたと手足を動かしている。

「ビジョンを明確に持て。魔道を歩むなら、自分の意思で歩め」

「は……はひ」

 菓子折りの入った袋を拾い上げながら、紅子はガチガチに固まった表情で、気の抜けた返事をした。

「シオンから聞いているだろうが、草間青藍という」

「あ、浅羽紅子です!」

 草間が険しい顔で、紅子を見下ろす。

「浅羽……。そうか、浅羽か」

「はひ」

「……声はいいな。魔道士向きだ」

「ほ、ほんとですかっ!」

 それには答えず、今度はまぐろに顔中を舐め回されているシオンを見た。

「お前も元気そうだな。顔つきが変わってきた。仕事は上手くやってるのか」

「ああ」

 シオンは笑って頷いた。

「父親とはどうだ」

「この前会ったよ。ちっとも変わってない」

「のん気な父親だな。一発くらい殴らなかったのか」

「殴りたいと思った瞬間はあったけど、ああいう人だし」

「何があった?」

「サクラの一周忌のこと。オレに言ってくれなかったからさ」

「そういうときは殴れ。あいつはいつも自分のことで手一杯だからな。痛い目に遭わんと分からんのだ」

 眉間に深い皺を寄せながら、淡々と告げる。

 酷く痩せているのは、以前と変わりない。いや、前より痩せた。竜胆より年下なはずだが、目尻の皺が増えたようだ。

 シオンが知っている彼と変わっていたのは髪形だ。というより、髪が無い。全部剃ってしまった頭に、タオルを巻いていた。

 自分から、そのことについて触れた。

「小野原とは、少し前に会って話した。あいつが人の頭をやたら見るから、ようやく全部剃る決心がついた。頭の形が悪いから、こうしているが」

「父さん……」

 シオンは口許を引きつらせながら、拳をぐっと握った。今度、殴っておこう。

 服装は普通のジャージで、これも変わりない。シオンが冒険者になりたての頃、装備を選ぶときに、「ジャージが楽でいいぞ」と言ったのはそもそも彼だ。それは正しかった。重量のある装備は、初心者には返って不向きなのだ。モンスターに遭遇しても、戦うより逃げることのほうが多いのだから。

「話は色々と聞きたいが、とりあえず上がれ。茶くらいしか無いが」

「あ、お菓子持って来てます!」

「勝手に食え。シオン、スリッパ出せ。茶も勝手に入れろ」

「あ、うん」

 シオンは靴を脱いで上がり、棚からスリッパを出して、紅子の前に置いた。

 草間がさっさと奥に消えてしまうと、顔を強張らせていた紅子が小さな声で言った。

「お、怒ってるのかな……私、ダメだった……?」

 泣きそうな顔をしている。

「違うよ。ああいう人なんだ。オレも最初、怖かったけど、怒ってるとか、不機嫌とかじゃなくて。いつもあんな感じでさ」

 尻尾を咥えようとするまぐろを押し返しながら、シオンは紅子を慰めた。

「……なんか、お兄ちゃんが生きてるときのこと、思い出しちゃった……」

「お兄さん?」

「話し方、キツくて……ほんと怖かったの。私のこと、いつもバカだって言ってた。よく、睨まれてたし」

「ああ……。でも、草間さんはそういうのじゃなくて、目つき悪いだけだから。もっと話してみれば、だいだいどういう人が分かるよ」

「分かってても、なんか緊張しちゃう……」

「珍しいな、浅羽が」

 知らない者とでもすぐに打ち解けるタイプなのに、今日の紅子はいつもの彼女らしくない。

 はああ……と紅子は深いため息をついた。

「……私の、魔道士の人のイメージって、死んだお兄ちゃんなの。お兄ちゃんはバリバリの魔道士ってかんじで、厳しくて、怖かったの」

 家に上がってスリッパを履きながら、シオンに吐露することで多少落ち着いたのか、紅子はほっと息をついた。

 まぐろも少し紅子に慣れてきたらしく、自分から近づいて行った。

「慰めてくれてるの? まぐろくん……まぐろちゃん?」

「オス」

「うう、癒されるよ……」

 そう言って、しばらくまぐろの頭を撫でる。彼に触れているうちに、緊張もだいぶほぐれたようだった。

「浅羽の父さんは、どうだったんだ? ソーサラーだったんだよな?」

 紅子の傍を離れたまぐろが、再びシオンの尻尾を追いかけ始める。甘噛みなので痛くは無いが、涎だらけにされてしまった。

「……お父さんは、優しかった気がするけど、あんまり覚えてない。でも最近、お兄ちゃんのことはけっこう思い出すんだよね」

 紅子がまた暗い顔になったので、質問を間違えたとシオンは後悔した。

 死んだ兄の話をするとき、紅子の声は硬くなる。

「……嫌いだったの。私、お兄ちゃんのこと。怖かったし、お兄ちゃんも私のこと、嫌いだったと思う」

 紅子は目を伏せ、小さな声で言った。

「だから……いなくなっちゃえばいいのにって、いつも思ってた。――思ってただけだけなのに……本当に、いなくなっちゃった」




 草間はリビングのソファに腰かけており、立ち上がる様子は無かったので、シオンはやかんに水を入れ、湯を沸かした。

 しばらく世話になっていた家だ。茶葉も食器もどこに置いてあるか覚えている。

「浅羽、熱いのと冷たいの、どっちだ?」

「あ、冷たいの……」

 草間は熱い茶しか飲まない。冷蔵庫には水しか入っていなかったが、冷凍庫を開けると、氷は入っていた。

 犬のまぐろは、ダイニングに立っているシオンの尻尾に、いまだまとわりついている。犬って根気強いなぁ、とすでに諦めたシオンは思った。でも、最初は取っ付き辛かった草間との生活で、ずいぶん気を紛らわしてくれた恩がある。

 紅子は目の前のテーブルに、菓子折りを置いた。

「あ、あの、これ、お菓子です。えっと、開けます?」

 草間は腕を組み、正面に座る紅子をじっと見ていた。

「そんなことは、シオンに勝手にやらせておけ。紅子と言ったか、魔法を習いに来たのだろう?」

「あ、はい」

「何故私に習いたいと思った?」

 紅子はびくんと肩を強張らせ、顔を引きつらせた。

「そ、それは……小野原くんの紹介で……」

「習おうと思ったのはお前の意思だろう。何故、私に?」

「お……」

 紅子は躊躇いつつ、正直に答えた。

「……お金が、無くて……。でも、塾は高いし……独学で何とかしようと思ったんですけど……」

 そこで、草間は片手を上げ、話を遮った。

「理解した。もういい。俺に何かを習うなら、質問に対して誤魔化そうとか取り繕おうとするな。質問にはシンプルな解答を心がけろ。思考を複雑化させるな。お前はそういうタイプの魔道士になるべきだ」

「え? え? え?」

 意味が分からず、首をひねる紅子に、草間は続けた。

「俺は人間魔道士の資質を、大雑把に二つに分けて考えている。思考タイプと、感性タイプ。意味は大体察しろ」

「思考タイプと、感性タイプ……?」

「お前は、感性タイプだ。女魔道士は、ほとんどこの感性タイプになる」

「え、でも、そんなのすぐ分かっちゃうんですか?」

「お前に関しては、すぐ分かった」

「……ア、アホだから、ですか……?」

「俺はお前が家に入ってきたときから、お前の挙動をずっと見ていた。お前は無防備で無警戒のくせ、小心者だ。戦いのとき、何度も足が竦んでいるんじゃないか?」

「そ、その通りです……」

「そういうやつは、考えて魔法を使うのに向いていない。俺が教えるなら、反射で魔法が唱えられるように仕込む。今から性格を変えるのは無理だからな。お前のようなタイプが考えながら魔法を使うやり方を続けると、ミスを起こしやすい。魔法の暴発は大惨事を引き起こすし」

「あう……」

「パーティーも魔道士には大きな信頼を寄せる。大きな戦力として数えられているわけだ。魔道士は一人でパーティーのもっとも強い武器にも、盾にもなる。使い手の能力が高いほど、寄せられる信頼も大きい。それがいきなり機能しなくなれば、壊滅の危機すらありえるのだ」

「は、はい……」

「肝に銘じておけ。タイプの話に戻る。さっき言った二つのタイプ、復唱してみろ」

「は、はい。思考タイプと、感性タイプ……ですか?」

「そうだ。では、人間は魔法が得意か? 不得意か?」

 質問が続き、紅子はおたおたと答えた。

「え、えっと、えっと……ま、魔法は……苦手な人も得意な人もいます!」

「当たり前だろう。曖昧な答え方をするな」

「す、すみません……あの、よく、分かりません」

「ほとんどの人間に、魔力が皆無という者は少ない。つまり、素養はある。しかし全体で見て、その魔力量は少ない」

「じゃあ、人間は、魔法が不得意……ですか?」

「それは魔力量の話だ。魔道士という役割自体は、非常に向いている。それは人間という種族が、深く複雑な思考をすることに長け、感情が豊かであるからだ。では、思考タイプと感性タイプ、どちらがより魔道士に向いている?」

「え、え……えーと、思考はちゃんと考えて魔法を使う人で、透哉お兄ちゃんみたいなタイプなのかな……で、感性は私みたいなので……」

 ブツブツと、紅子は口に出した。

「……でも、透哉お兄ちゃんは魔法が苦手で、こっこのほうが強い魔法を使えるし……でも、精神魔法はお兄ちゃんのほうが……」

「時間切れだ」

「す、すみません……!」

「魔道士として最もその真価を発揮できるのは人間、それも思考タイプの魔道士だと俺は考えている」

「か、感性タイプはダメですか……?」

「駄目とは言わんが、安定しない。それは何故か?」

 昨日の冒険を思い出しつつ、紅子は自信なさげに答えた。

「……肝心なときに、オロオロしちゃうから……?」

「その通り。精神の昂ぶりによって、出力が安定しないことは、非常に大きな欠点と言える。常に安定した威力の魔法を、必要な局面で確実に発揮出来るのが、良い魔道士の資質だ。それが戦いの場であるなら尚更だな」

「……はい」

「では! 感性タイプはどう戦う?」

 いきなり張りのある声で問いかけられ、俯きかけた紅子は慌てて顔を上げた。

「な、仲間と力を合わせて……」

「間違いではないが、最善の答えではない。そもそも魔道士は、パーティーの力を底上げする存在でなくてはならない。助けを求めるのではなく、助けを与えることが前提なのだ。でなければ、魔道士である意味など無いのだ」

 おずおずと、紅子が頷く。

「じゃあ、いっぱい、練習をする……?」

「そうだ。魔道士に魔法を教えるということは、練習の仕方を教えるということなのだ」

「は、はい……!」

 納得したのか、紅子は今度は強く頷いた。

「そして、一番大事なものがある。これによって指導方針が変わる。思考も感性も、結局のところすべてを覆す決定的な素養、それは?」

「魔力の強さ……?」

「その通り!」

 大きな声で、自分の膝をパンッ! と叩く。紅子はびくりと肩を震わせた。

「内包する魔力量は、努力で変えられるものでは無い! こればかりは圧倒的に、才能でしかないのだ!」

 それまで淡々と話していた草間が、朗々と声を張り上げる。

「つまるところ、思考タイプだろうが感性タイプだろうが、まずは魔力量によって、大魔道士になれる可能性の有無がはっきりする!」

「は、はいっ!」

 つられて、紅子の声も大きくなる。

 魔道士って声でかいよなぁ、とやかんの水が沸くのを待っているシオンは、ダイニングから二人を眺めつつ、のん気に思った。

「では、例えば、ここに」

 と、草間が菓子折りの置かれたテーブルの上を指差す。

「並んだ蝋燭が、十本あるとしよう。それらすべてに、小さな炎を灯していく。魔道士が一度はやる、つまらん特訓だが、魔法でそれをやろうとすれば、非常に精度が高く、難しい。俺ならライターで点ける」

「は、はい……」

 紅子が暗い顔で頷く。

「私も子供のころ、誕生日ケーキのろうそくにそれをやって……ケーキを消し炭にしたことがあります……」

 シオンはずっこけそうになったが、草間は真面目に頷いていた。

「魔力のある子供の出火事故は多い。本当の話なら、出力がヤバいが」

「天井まで火が……」

「その話はまたゆっくり聞く。話を戻すぞ」

「は、はいっ」

「すべての蝋燭に安定した出力で小さな炎を灯し続けることは、高い集中力に精密さ、繊細さを要求される。それ自体が非常に難しい技なのだと言われても、魔道士以外にはピンとこないだろう。第一、そんなものが戦いで何の役に立つ? 結論を言う、そんなものは戦いの役に立たない。モンスターは蝋燭では無いし、長く集中する暇も無い」

「は、はい……」

 最初は草間に怯えていた紅子も、だんだんと食い入るように話を聞いていた。

「このように、一般的な『修行』のように思われているが、戦闘魔道士の育成において、長い集中を癖づけることを俺は良しとしない。感性タイプなら尚更だ。長いダンジョン探索、魔物との戦闘で、常にベストな状態で集中力を保ち続けることはまず出来ない。ゆえに、反射で魔法を使う訓練を行う」

「は、はいっ!」

「海外では、戦闘魔道士は生まれながらに戦闘魔道士だ。余計なことは一切仕込まない。魔力の素養を認められた時点で、それぞれの魔力量に応じ、目指すべき魔道士の道を歩み始める。戦闘、研究、医療、魔法科学、魔法工学、芸術……それぞれの分野に特化したエキスパートを育成する。我が国は、その点で大きく遅れを取っているというわけだ!」

「はい!」

 シオンは知らなかったが、魔法の話をしていると、草間はだんだんと声が張り上がってくるようだ。

「研究、魔具製造、科学、工学、芸術においては、個人や企業の活躍により海外にも引けを取らん部分はある。だが、戦闘においては、まったく後進的であると言わざるをえない! 国土に多様な形態のダンジョンを持ち、外来モンスターの流入を許しておきながら、戦闘魔道士の育成は遅れに遅れている! この国で高い魔力を持って生まれた子供が、のちに自分の素質に気づき、高いレベルの魔道士を目指そうとしたときには、幼いころから訓練を受けた同じ歳の海外の魔道士に、大きく水を開けられているというわけだ」

「な、なるほどー……」

「だが、水を開けられているのは、あくまで訓練による部分。圧倒的な才能差が存在する魔道士の世界において、重要なのは魔力量。多くの魔力を内包する強靭な器は、魔素を取り込み自身の魔力にする、つまり変換力も高い。これらは完全に生まれながらのものでしかないのだ。それを補うために、思考する、道具を用いる、他者の助けを借りる。そして、訓練する」

「はいっ」

「魔法は反射で使え。瞬時にスイッチを入れろ。感性タイプの強みを発揮するには、単純であること。中途半端に複雑化させるくらいなら、徹底的に思考を捨て去れ。感情で魔法を使うのではなく、人形になりきれ」

「に、人形……ですか」

「自動魔法発生ロボットでもいいぞ。よし、では、大事なところを復唱!」

「は、はいっ! 浅羽紅子、魔法を発射する人形になりますっ!」

「バカたれ! 瞬時にスイッチを入れる、のほうだ!」

「しゅ、瞬時にスイッチを、入れます!」

「そうだ! 複雑化されていないシンプルな思考、これは簡単なようで難しい! 魔道士というのは元よりぐちゃぐちゃと物事を考え過ぎる。感情的な者が多く、精神不安定に陥りやすい。メンタルの強さという点では、霊媒士シャーマンの図太さを見習え。あいつらは揺るがんぞ。真っ当な奴は少ないが。復唱」

「瞬時にスイッチを入れます!」

「それが出来れば、戦いで必要とされる魔道士は、お前のように、一瞬でケーキを消し炭にする炎を生み出せる者だ。瞬間的に、強力無比な魔法を放てる魔道士は、敵を一瞬にして焼き尽くす。パーティーの盾となることも、傷を癒すことも出来る。戦局を一変させる、それこそが強力な魔道士だ!」

「は、はい! し、質問ですっ!」

 と、紅子はぱっと片手を上げた。草間が頷く。

「よし、言え」

「ええと、つまり、冒険者としてのソーサラーは、魔力が大きいほうがいいってことですか?」

「そうだ。専門分野にもよるが、細かいことは他の連中でも出来る。冒険者には戦いがつきものだ。絶望的な局面を引っくり返せるのは、巨大な魔力だ。肉壁どもに時間を稼がせ、でかい魔法をぶちかませ」

「……肉壁って、オレたち?」

 シオンが顔をしかめる。

 だが、魔道士二人は聞いていないようだった。紅子まで「なるほど……」と真剣に頷いている。

「切り札は、切るべきときに必ず切れなければ、意味が無い。肝心なときにパニくって使えないでは、どれほど巨大な魔力を持とうが、ただの魔力タンクでしか無い。いかなるときも正確に、確実に、必要な魔法を繰り出すには、資質では無く何が必要か」

「く、訓練です!」

「よろしい。紅子。本気で俺に師事したいのなら、まずはこれから一ヶ月のうち、三日ここに通ってみろ」

「は……はい!」

 紅子の顔が明るくなる。

「お前の資質を見極めるのに、それだけあれば充分だ。資質が無いのなら、三日で簡単なコツだけ教えてやるから、後は一人で適当にやれ。もし、お前に資質があれば……」

「はい……!」

 そこからの草間の言葉は、シオンにとっても予想外だった。

「俺のほうから、お前を育てさせてくれと頼むだろう。こんな山奥まで通う必要は無い。俺がそっちまで出向いてやる」

「そっ、そんな! 師匠にそんなことしてもらうわけには……!」

 もうすでに、師匠呼びになっている。

 シオンは湯のみに熱い緑茶と、コップに氷を入れて冷ました茶を、出すタイミングを失ったまま、離れたところから二人を見ていた。

 その尻尾をまぐろがしつこく舐めていた。




 その日の草間は、紅子に魔法を一切使わせなかった。

 ただ、話を色々と聞いていた。

「浅羽光悦は、知っている」

「えっ、おじいちゃん、知ってるんですか!」

 犬のおもちゃでまぐろと遊んでやっていたシオンも、顔を上げた。

「そんなに有名なのか、浅羽のおじいさん」

「いや、近代の魔道士オタクなら知っているという程度だ。彼の作った詠唱式が二つ、魔道士協会に認定されている」

「あっ、はい! 浅羽式詠唱呪文は、おじいちゃんが遺してくれたノートに、いっぱい書いてあって、私、一生懸命覚えて……!」

「はっきり言って、浅羽式の出来は悪い……というか、出来の悪いポエムそのものだ。ところどころ、すでにあった呪文のパクリも入っているしな」

「あうう……!」

「パクリって……」

 投げたおもちゃを咥えたまぐろが戻って来る。尻尾を振り、咥えたおもちゃをシオンに押し付ける。もう一度、とせがんでいるのだ。

 受け取り、隣の部屋まで投げてやる。どたどたと手足をばたつかせ、まぐろがリビングから続いている和室に飛び込む。

「認定されたもので、まあマシ程度だ。他にも発表していた詠唱があったが、使い勝手が悪過ぎる。あれを使っているのなら、変えたほうがいい」

「あぐっ……!」

 草間の言葉に、紅子はひどくショックを受けた顔をした。

 そりゃそうだろう。今まで覚えた呪文が、微妙なものだったなんて……。シオンは同情した。

「そ、そんなの透哉お兄ちゃん教えてくんなかった……酷い……!」

 ここに居ない透哉を非難している。

「メジャーな詠唱式は、凡才が唱えてもそれなりの威力を発揮出来るからこそ、メジャーなのだ。浅羽光悦は自身が優れた才を持つゆえに、少々扱いづらいオリジナルの詠唱式も扱えていたのだろう。しかし凡人が天才の真似など出来るわけじゃない」

 紅子は顔を赤らめ、顔を覆った。

「わ、私は今まで、おじいちゃんが作ったポエムを一生懸命……!」

「まあ、たしかに少し長いな、とは思ってたけど……」

 戻ってきたまぐろにおもちゃを押し付けられながら、シオンはその頭を撫でた。

「そう落ち込むな。ただ装飾過多で長たらしいというだけではない。もう少し短くアレンジ出来るとは思うが、そのクソ長さにも意味はあるのだからな。ただし、光悦クラスの才能を持った魔道士でなければ、その真価は発揮出来まい。そういう意味で、クソ長いだけのポエムと言える。大半の魔道士にとってはな」

「じゃあ、浅羽にそれだけの才能があるなら、それはそれでアリってことか?」

「充分、凶悪な威力を発揮したことだろう。だが、もっと使いやすい詠唱式はある」

「ううう……」

「浅羽、落ち込むなよ。お前、間違ってないってさ」

「俺は無知は許す。だが、他者に押し付けられた思想や拘りは、教える側にとって邪魔でしかない。お前が幼いころに、おかしな塾に通っていなかったことは幸運だった。本当に魔法を教えることが出来る魔道士は少ないのだ。それは家族に感謝しておけ。お前にここまで手垢を付けなかった者にな」

「うう……ありがとうございます、透哉お兄ちゃん……!」

 今度は胸の前で祈るように手を組み、感謝を捧げた。

「お前に合った詠唱式を、俺も共に探していこう。今度来るときは、祖父の遺したノートも持って来い」

「はい! お願いします、師匠!」

 紅子は草間をすっかり師匠と崇めていた。

 単純というか……純粋だ。

 草間は話し方はつっけんどんだし、気難しいところはある。だが、常識的で、面倒見の良い人だ。竜胆のほうが、真面目そうに見えて掴みどころが無い。

 前に、「腹を探り合うのは何よりも嫌いだ」と言っていたから、紅子のようなタイプは、草間にとっても付き合いやすいのかもしれない。

 彼自身、正直なタイプだ。だからシオンもこの家で楽に過ごせた。彼が居て良いと言うなら、それは本心なのだと分かったからだ。

 魔法に関する知識は広く、他人を見る目も冷静だ。冒険者としても非常に優秀だったと竜胆から聞いている。

 紅子とは案外、気の合った師弟になるかもしれない。

 シオンは紅子の才能を、少しも疑っていない。コントロールはともかく、内に秘めた魔力にやがて草間も驚くだろう。

「――そういえば、さっき、人形って言ってたけど」

 ようやくおもちゃに飽きてくれたまぐろが、傍らに寝そべって甘えてきたので、顎や首を撫でつつ、シオンは草間に尋ねた。

「〈ドール〉って、何のことか分かるか?」

「それこそ人形だろう」

「いや、そうなんだけど……。そうじゃなくて、モンスターに、そういうやついたっけ」

死霊魔道士ネクロマンサーが生み出したアンデッドを、そう称することもあるな。死肉人形フレッシュゴーレムや、憑依霊ポゼッションの取り憑いた人形のことだ」

「他には無いかな? 何か、ダンジョンに関係する言葉だとは思うんだけど……」

「ダンジョン自体にも、それを連想させる場所は全国に幾つもある。《人形館》《廃棄ダンジョン》《玩具ビル》……」

「多分、倒さないといけないようなものなんだけど」

「と言っても、あまりにありふれた単語だぞ。そんな曖昧な手がかりでは、見つかるものも見つからん。はっきり言え。一体それがどうした?」

「いや、それを……」


 その言葉を聞いたのは、紅子と再会したばかりのときだった。

〈ドール〉――それを倒さなければと、彼女は言ったのだ。しばらくはシオンも気になっていたが、そのうち忘れてしまっていた。

 それを、さっき二人が連呼していた人形という言葉で、思い出した。


「……いや、いい。大したことじゃないんだ」

 当の紅子は、自分に関わる話だとは思っていないらしく、きょとんとした顔をしている。

 だからシオンは、それ以上話すのを止めた。

「ちょっと噂で、そういうモンスターがいるらしいって聞いたから、どんなのかと思って訊いただけだ。詳しくはオレも知らないんだ。ごめん」

 適当に誤魔化したが、草間はあまり納得していない様子だった。ただ、ここでは話しにくいというシオンの気持ちは察したようで、それ以上尋ねてこなかった。


 浅羽家の〈魔石〉と〈呪い〉、それから紅子が口走った〈ドール〉のことは、彼女の前では話し辛い。

 このことは草間に相談しようかと、何度も思い悩んだ。

 そうすると、無関係の者に浅羽家の内情を打ち明けることになる。透哉は特に口止めをしなかったが、シオンを信用して話してくれたには違いない。

 それでも、草間は信用出来る魔道士だ。

 彼が紅子の師になるというのなら、今後無関係ではなくなる。彼女が正式に弟子入りしたとき、またこの話をしてみようと思った。





 新宿冒険者センタービル前に立つ、大きいのと小さいの。

 彼らは、冒険者である。

 最近組んだばかりのパーティーで、仕事ぶりを不平に感じたらしいリーダーの機嫌をしこたま損ねたばかりだ。

 新米リーダーは、まだまだ余裕が無い。

 それは許容している。

 だが、怒られるだけではなく、なんかやっぱり褒められたいなーと、彼らは考えたのだった。

「シオンの居ない間に、キキちゃんたちがばっちし仕事を取ってくれば、シオンはあたしのことを見直すはず!」

「私は?」

「安心しな。お前のことも、キキちゃんから良く言っておいてやるよ」

 偉そうに腕組みをしたチビが、傍らのぼけっとした顔の季節外れコート野郎に声をかける。

「よし、行くよっ、サム!」

「はいはい、バカ」

「バカっ!?」

「嫌味も通じないほどのバカには、もうシンプルにバカでいいかな、と」

「やめろぉ! もうそれ悪口じゃん! ただの悪口じゃん!」

「そんなことは無いさ。お前によく似合っているよ、バカちゃん」

「ムキー!」

 飛び蹴りをかましてくるキキに、あえて背中で攻撃を受けながら、蒼兵衛は平然としている。

「まったく、忌々しい。奴らのデート中に、なんで私がこんなミニモンスターの面倒をみなければならないのやら。若い夫婦に孫を預けられる姑か? 私は」

「待てえ! 面倒みてるのはあたし! お昼ごはん、あたしが奢ってあげたんでしょおっ!?」

「ファーストフードで恩を着せられてもな。ああいうの、私の美意識にはまったく合わないんだが……」

 と十二歳の少女に昼飯を奢ってもらった十八歳の青年は、そんなことをまったく気にする様子もなく、コートのポケットに手を突っ込んで、すたすたと歩き出した。

 その後を、キキが慌ててついて行く。

「お前、どうせ金持ちなんだろ。アホな親が湯水のように金を与えているんだろうが」

「ムキキーッ! おじいちゃんとおばあちゃんの悪口は、許さないよっ! 謝れっ! じゃないともう何にも奢ってやんないからねっ!」

「ごめんね」

「軽っ!」

「おじいちゃん、おばあちゃん、申し訳ございませんでした」

「うわーん! キキのおじいちゃんとおばあちゃんを、おじいちゃんとおばあちゃんって呼ぶなぁ!」

 背中にしがみついてくるキキをそのままに、蒼兵衛はビルの階段を上がって行く。すれ違う冒険者たちが、ぎょっとした顔で二人を見る。

 ぼそりと、蒼兵衛が呟く。

「おじいちゃん、おばあちゃん……なんでこんなガキを野放しにするのかな」

 背中にキキをぶらさげたまま、蒼兵衛は二階の冒険者センターに足を踏み入れた。

「着いたぞ」

「ん。ご苦労」

 子供特有の切り替えの早さで、機嫌がころころ変わるキキは、ぴょんと蒼兵衛の背中から離れて、ててっとセンター内を走って行った。

「走るな。また怒られるだろうが」

 日曜日は、基本的にセンターは閉まっている。……のだが、登録者数の多い新宿センターでは今年度から第四週目の日曜日だけ、窓口を開放している。

 とはいえ、新規の仕事が入ってくるのは月曜日。日曜日にわざわざ訪れる者は少ないようだ。

「仕事、ちょーだい!」

 空いている窓口に駆け寄り、キキが身を乗り出す。冒険者のあしらいに慣れている受付嬢は、笑いながら答えた。

「番号札を取ってお待ちくださいね」

「空いてるじゃん!」

「申し訳ございません、前の方の事務処理がまだ終わっていないんです。空いていますから、すぐに順番も回ってきますので、今しばらくお待ちください。番号札、あちらになります」

「ちぇー」

 キキはカウンターから離れ、しぶしぶ機械から吐き出される番号札を取った。

 黙って待っているのが苦手なので、カウンターの周辺をちょろちょろと歩き回り、受付嬢に話しかけている。

「岩永さんってさぁ、今日休み?」

 馴染みのある受付嬢の名を口にすると、笑顔の優しげな受付嬢は、カウンター越しに答えた。

「岩永は、上の階でやっている講演会の手伝いに行っております。あ、もうそろそろ終わってますね」

「へー、何の講演会?」

「『シングルマザー冒険者の自立と支援』です」

「ほうほう」

「何故シングルマザーが冒険者に……」

 キキの後ろにやって来た蒼兵衛が、訝しげに顔をしかめた。

「講師の方が、最近よくテレビに出ていたり、赤ちゃん雑誌にコラムを掲載されているので、満員御礼ですよ」

「へー、誰?」

「元女性冒険者で、女性冒険者支援団体ママズ・エクスプローラー代表・大角村美輪子先生です」

「ミノタウロスだ」

 とキキがすぐに言ったので、蒼兵衛が尋ねた。

「知っているのか」

「知らないよ。でも、オオツノムラは、ミノタウロスに多い名字だもん」

「どうしてお前らって、そう分かりやすい名字付けるんだろうな」

「人間ってなんで、そんなにバラバラの名前ばっか付けんの? 同じ種族のくせにさ。うちんちの周りのリザードマンなんて、みーんな妹尾」

「前から思ってたんだが、それ、学校とか不便だろう」

「名字で呼ばないもん」

「銀行とか、『妹尾さーん』って呼んだら、みんな一斉に立つんだろう?」

「だから番号札があるんじゃないの」

 窓口で延々と立ち話をしている二人だが、空いているせいか、岩永が居ないせいか、特に誰も咎めることはない。

 午後三時という半端な時間ということもあって、センター内の冒険者もまばらで、奥に座っている若い受付嬢など、パソコンに向かいながら欠伸を噛み殺していた。

 そんな、のどかな時間が流れていた。

「空いてて、いい感じだね! 今のうちにいい仕事見つけたら、きっとシオンもキキちゃんに大感謝するに違いないよっ」

「はいはい。子供はいいよな……いつも元気で」

 ふわあと蒼兵衛は欠伸をつきながら、窓から差し込む温かい陽射しに、眠気を誘われていた。

 何人かの冒険者がセンター内に入ってきて、番号札を取っていく。

 冒険者になりたてといった様子の若者たちが傍を通ったとき、蒼兵衛の胸に一抹の寂しさがよぎった。

 別のパーティーに入っても、思い出すのは昔のことばかりだ。

「ねー、ねー、まだなのー?」

 ……これは仲間というより、パーティーで飼っているペットだと認識しているリザードチビ娘は、まだ恥と言う概念も育っていないらしく、ところかまわず窓口を覗き込み、受付嬢たちを急かしている。

 飼い主であるシオンがいないので、仕方無く蒼兵衛は声をかけた。

「おい、ちょろちょろしてると邪魔になる。大人しく座って……」

 その言葉の途中で、そっと視界が塞がれた。

 背後に誰がやって来ても、冒険者だろうとしか思っていなかったし、ここは戦闘の場ではない。

 だから、何も気にしてなかった。

 それは、あって当たり前の空気のように、あまりに馴染んだ気配だ。

「――だーれだ?」

 ほっそりした手の感触と、くすくすと笑いを含んだ声と、懐かしい匂い。

 柔らかい二の腕が、少しだけ肩に触れていた。

「あれ? 分かんない?」

 幼い子供のように無邪気な声と共に、そっと手が離れた。

 それでも、蒼兵衛は動けなかった。

 初めてモンスターに遭遇したときでさえ、平然と近づき一撃で仕留めたのに、生まれて初めて、体が竦んで動けなくなった。

 いや、この感覚は、二度目だ。

 あいつらが、結婚すると言ったとき――。

「やっと、見つけた。探したんだよ?」

 見開かれたままの視界の端に、亜麻色の長い髪と、ぴょこっと飛び出した白い耳が映り込む。

「んん? 誰? サムの知り合い?」

 とキキがのん気な声で言ったが、そんなものは蒼兵衛の耳にはまったく入っていない。

 ただ、彼女の声と姿しか、認識出来ない。


 シリンは固まったままの蒼兵衛の手を取ると、一番好きだった愛らしい笑顔で、悪戯めいたように、彼を見上げた。

「ソウちゃん、捕まえた」

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