鬼熊
「君たちは、自殺志願者か?」
道の無い道を歩きながら、蒼兵衛が言った。
森の木々がそれぞれ枝を伸ばし、絡み合うようにして、陽光を遮っている。森全体に蓋をしているかのようだ。
耳と鼻の良いシオンが少し先に立ち、歩いている。紅子、蒼兵衛という順に続いている。
振り返らず、シオンは答えた。
「違うよ。アンタがやられそうになったら、少しは助けになるだろ」
「ナイフで鬼熊に突っ込む気か?」
「オレ一人だったらもちろん逃げるよ。でも、アンタのその自信は、さっきの戦いを見たから分かる。アンタは強い。それに、どれだけ深い傷でも、浅羽なら治してくれる。オレたちのことは保険だと思ってくれればいい」
シオンがそう言うと、蒼兵衛はさして嬉しくもなさげに、紅子を見やった。
紅子は緊張した面持ちで、お守りのように杖を握り締めている。蒼兵衛と目が合うと、へらっと笑った。
「あ、足手まといにならないように、がんばりますから、よろしくお願いします!」
そう言い、ぺこりと頭を下げる。
とはいえ大型の魔獣との戦いでは、シオンのような軽量のファイターよりも、強力な一撃を放てるソーサラーの存在のほうが重要だ。
生身の力以上の能力を魔力で引き出せるルーンファイターも、頼りになる。しかも蒼兵衛は剣士としての能力も高い。
そして自らの肉体と武器のみで戦うしかないファイターの役目は、自ら囮となって敵を引き付け、隙を作ったり、仲間が攻撃するいとまを作ることだ。
鬼熊相手であっても、不思議と絶望的な気分は無い。シオンは決して楽観主義では無いが、この即席パーティーは強い、と感じたのだ。
「君たちの力を侮っているわけではない。……が、そこの少女は戦い慣れしてないんじゃないか?」
「あ、私、実はさっきのが、初めての戦いで……」
恥じ入るように、紅子が言った。
「魔法の練習はいっぱいしてきたつもりだったけど、実際に戦うってことが、あんなことだって、分かってなくて……それで……」
紅子の魔法は、一瞬で複数の戦闘力を奪うほど、強烈なものだった。
が、モンスターの生命力も相当なものだ。体のあちこちに火を付けたまま、苦悶の声を上げなお動き回るゴブリンの姿は、ソーサラーの家系に生まれた冒険者といっても、日常はごく平和に過ごしている女子高生にはかなり衝撃的な光景だっただろう。
初仕事だから安全な山菜採りをする予定が、急に色々なことがあった。それでも気を持ち直しているのだから、根性は据わっている。
シオンは蒼兵衛を助けてやりたいと思いはしたが、紅子が下山したいと言ったなら、山のふもとまで送っていくつもりだった。
「でも、せめて回復役くらいは出来ると思います! あの、ほら、おサムライさんが怪我しても、小野原くんって素早いから、ささっと助けて連れて来てもらえたら、絶対治しますから!」
紅子が力強く言った。蒼兵衛は冷ややかな目を向けた。
「どうして君たちは、私を怪我させようとするんだ?」
「ああ、すみません……!」
今度はぺこぺこと頭を下げ、謝る。
「だが、単純に戦力が増えるのは歓迎だ」
「ほんとですか!」
蒼兵衛は特に馬鹿にした様子も無く、言った。
「ああ。最初の戦いというのは、誰にでもある」
「おサムライさんにも?」
「当たり前だ。こんな修羅場じゃなかったがな。君は運が悪いな。二度めの戦闘が、鬼熊か」
「まだ戦うとは決まってないけど……」
とシオンはつい口を挟んでしまった。様子を見て来ると言っていたのに、やはり蒼兵衛は戦う気のようだ。シオンも覚悟を決めた。
「それから私は、柊蒼兵衛だ。蒼兵衛でいい」
「あ、はい。私は、浅羽紅子です。友達や家族には『こっこ』って呼ばれてるので……」
「呼ぶか。で、そっちの彼は、オノハラクンだったな」
「はい、小野原シオンくんです!」
と代わりに紹介してくれたので、シオンは黙って歩いた。
「君が連呼するから、嫌でも憶えたぞ。……それに、聞いたような名前だしな」
「えっ、小野原くん有名なの?」
「違うと思う」
背中に声をかけられたシオンは、歩きながら否定した。
「あっ、分かった! 小野原くんのお姉さんって、すっごく有名な冒険者さんなんですよ。だから、聞いたことあるんですよ! 小野原って名前、そんなによくある名前じゃないもん」
「お姉さん……? そうか。そうかもしれないな」
それ以上特に興味のある素振りもなく、蒼兵衛は頷いた。
多分、紅子の言う通りだろうとシオンも思った。冒険者だった期間は短かったが、桜はあちこちで有名だったようだから。
「でも、蒼兵衛さんも、とっても強いんですね」
「そうか。目指す高みには、まだまだ遠いがな」
「蒼兵衛さんも、最初は怖かったですか?」
「いや、別に」
蒼兵衛はあっさりそう答えた。
紅子とは真逆で、彼は感情があまり顔に出ず、表情が乏しい。
「仲間が居たからな。負けるという気もしなかったし、何があっても私の剣で仲間を護るつもりだった。そのために鍛錬してきた自分の腕も、仲間の力も、何一つ疑っていなかった」
無表情に、淡々と語る。彼にはもう、その仲間は居ないような口ぶりだった。
「パーティー、組んでるんですか?」
「昔の話だ。感傷的になって、すまないな」
表情こそ読みづらいが、明らかにそれ以上は尋ねづらい雰囲気を醸し出され、好奇心の強い紅子も、それ以上は訊かなかった。
代わりに、前を歩くシオンの背中に向かって言った。
「あ、小野原くん、ずっと喋ってて、ごめんなさい」
「いいよ。駄目なときは駄目って言うから」
ワーキャットにとって、複数の音を同時に聴き分けることは難しくない。よほど騒がしくなければ、遠くの物音を聞き逃さない自信はある。
狭いダンジョン内では無いし、身を隠して行動しているわけでもない。
「あの……じゃあ」
「気になることがあるなら、言えば。迷ったまま戦うよりはいい」
「う、うん……」
おずおずと紅子は何かを言いかけ、少し黙った。
それからしばらくして、口を開いた。
「小野原くんは、あんなふうに戦うんだね。助けを求める声を聴いて、すぐに走って行って……すごいなって思った。……戦うのって、怖くない?」
「怖いよ」
二人の先を歩きながら、シオンは答えた。
「けど、近くで誰かが危ない目に遭ってるなら、助けたいと思う。迷ってたら、間に合わないから」
「そうだよね……。私も、そう思ったんだけど……」
小声で、紅子が呟く。
「でも、助けた人たち、悪いことしてる人たちだったんだよね……助けて、良かったのかな……ううん、死んで良かったわけじゃないけど……でも」
「良かったと思う。あんな状況で、いい奴か悪い奴かなんて、判断してから助けるなんて出来ないから。それから先は、オレたちが関わることじゃない」
彼女の迷いを払えるかは分からないが、シオンは思ったままを答えた。
そこに蒼兵衛が口を挟んだ。
「別に、はっきり思っていい。助けて損したんだろう?」
「えっ、そんな、そこまでは……」
「そうか? 思って当然だと思うが。だが、ああいう状況では、考えるよりまず行動が求められる。君の行動は、あの場では最適だった。助けてしまったあと殺しておくべきだったと思うなら、後からでも殺せる」
「それは……極端だろ」
相変わらず涼しい顔をして、冗談なのか本気なのか判別のつかない蒼兵衛の言い方に、シオンはつい呆れた声を出してしまった。
けれど、正直な言葉は、こういうとき一番真実味がある。
この人は口は悪いが、嘘はつかない人だ。そうシオンは思った。ちょっと桜に似ている。
ふと後ろを見ると、紅子は杖を握ったまま、硬い表情をしている。だが、その顔は暗いものではなく、強いものだった。
警報が響いていた。
幾つも先の山にまで響くようなサイレンが、静かな森をざわつかせている。
鬼熊が密猟者を屠り、逃げる者を追いかけ、どこまで行ったのか、仕留めた後どうしているのかは、分らない。
立ち上がった鬼熊の体長は3メートルを超える。4メートルを超す個体もいる。
これほど大きな魔獣の気配なら、察知もしやすい。相手が人を襲ったばかりで興奮しているなら、その殺気は凄まじいものだろう。
シオンは耳を澄ませてはいるが、多分、そんなモンスターが近づいてくれば、音だけじゃなく、周囲の空気全体で分かるだろう。
人間だけじゃない。この森に棲む他の野獣も魔獣も、慄いている。
この山の主の怒りに。
「ねえ、ずいぶん遠くに行くんだね」
迷い無く進むシオンに、紅子が心配そうに尋ねた。
「アイツらが子供を罠にかけてしまった場所は、鬼熊のテリトリー内だ。足を踏み入れれば、必ず姿を現す」
「そこまで行くの?」
「ああ。そうすれば、奴は出て来る」
敵のほうは、シオンたちに対し、潜む必要など無い。
侵入してくる敵は三人だけ。しかも自らのテリトリー内で。恐れることなどない。圧倒的な力をもって、迎撃出来るのだから。
ここはもう人間の領域ではない。魔獣の狩り場だ。
あの人間たちは罠にかかっているのが鬼熊の仔だと分かった時点で、仔を置いて逃げるのが正しい選択だった。
だが欲に目が眩み、仔を連れて行こうとした。それが間違いだった。
森を出る途中で、仔があまりに鳴くので殺したと、密猟者は言っていた。
だがすでに、魔獣は優れた嗅覚で、仔の匂いを追っていたのだ。
鬼熊の攻撃を受け、たまたま崖の近くまで吹っ飛ばされたという男たちは、かえって幸運だった。咄嗟に飛び下り、とりあえず命は助かった。落下したあとも、手足が折れていようと構わず、無我夢中で走ったという。
「下で、連中を襲っていたりしてな」
蒼兵衛が物騒なことを言った。
救助は呼んであるし、もうゴブリンも来ないだろうからと、男たちは縛ったまま放置してきたのだ。
「仔を取り返したら、巣の近くに戻ったはずだ」
鬼熊は仔を取り返そうと男たちを襲撃したが、全員を殺すこと自体に執着していないようだった。
殺された仔の復讐するつもりなら、逃げ腰の密猟者などあっという間に屠り、逃げた者たちの血の臭いを追って、崖を飛び降りてでも襲ってきただろう。
おそらく、殺された仔以外にも、他に仔が居る。
「この山で鬼熊に勝てるモンスターはいないけど、子供は違う。まだ弱いうちに親とはぐれたら、ゴブリンの群れにだって殺されちまう。だから親は必要以上に密猟者を追わなかった。他に仔がいるのに、怒りに我を忘れて置いて行くわけがない」
「そうか。仔を殺されて気が立っているときに、テリトリーに足を踏み入れれば、こっちが探さなくても本気で殺しに来るな」
「う……」
蒼兵衛の言葉に、紅子は顔をひきつらせた。
「これまで決して姿を見せなかったのは、人を襲えば人に追われることを分かっていたからだ。人を殺した鬼熊が山に居るとなれば、今後、必ず討伐隊が組まれる。人と敵対した以上、もう鬼熊にとってこの森は安全じゃないんだ。自分たちの領域を侵す者を、容赦無く襲ってくる」
静かな森に、シオンの声と三人の足音だけが響く。
「……なんだか、可哀相だね」
「そうだな」
振り返らず、シオンは短く答えた。
でも、自分もそういうモンスターだったのだ。
生まれた群れが討伐されなければ、ダンジョンに侵入してきた人間を殺して、喰っていたはずのモンスターだ。
そうしてきっと、いずれは冒険者に討伐されていただろう。
こうしてパーティーを組んでいたら、いつかそのことを、紅子に話す日も来るのだろうか。
「あ、猫」
歩いていると、紅子が呟いた。
「ほら、あそこ」
よく見つけたなとシオンが思うほど、離れた茂みの奥に、光る二つの目が覗いていた。
遠くからじっとシオンたちを見つめていた山猫は、ゆっくりと立ち上がり、更に奥に消えていった。その動きのぎこちなさにシオンは気付いた。身を翻したときに二つの尾が見えた。
「双尾山猫だ」
海外では妖精猫とも呼ばれる。警戒心の強い小型のモンスターで脅威は無いが、音と気配を見事に消して、森の中に潜んでいる。気に留める必要も無いが、シオンより早く紅子が見つけたので驚いた。
「浅羽、よく分かったな」
「魔力を感じたから」
と紅子が答えた。
「ケット・シーは傷つくと、自身で治癒するんだったな」
蒼兵衛がそう言いながら、双尾山猫が消えていった茂みを見つめる。シオンは言った。
「動きが変だった。どこか怪我してて、ヒールしてる途中だったんだ」
「なるほど。密猟者にやられたのかもしれないな。ケット・シーの類は幻惑魔法を使うとも言うし、追い詰めさせて、逆に嵌めたか」
蒼兵衛の言葉に、紅子が不思議そうな顔をする。
「森を荒らしているつもりで、逆に引きずり込まれてることもあるということだ」
「どういうことですか?」
ピンときていない紅子に、シオンが答えた。
「ケット・シーには、《森の守り人》とか《森のペテン師》なんて別名もあるんだ。警戒心が強くて臆病なように思われてるけど、実際はかなり好奇心が強くて、大胆なこともする。わざと姿を見せて、獲物になったのかもな」
「え? なんで、わざわざそんなこと……?」
「モンスターって、しばらく冒険者やってると分かってくるけど、世間で思われてるより賢いんだよ。密猟してた奴らも、獣を狩ってる感覚だっただろうな。双尾山猫を追ってるつもりで、鬼熊のテリトリーまで誘い込まれてた。銃か弓か、わざと撃ち込まれて、奴らを引っかけた」
紅子が信じられないというような顔をした。
「でも、そんなことしたら、死んじゃうかもしれないのに」
「それだけの意味があったんだ。人間だって、同じ獣や魔物に何度も襲われたら、対策を取るだろ? モンスターにとっても、人間や亜人は天敵だ。何度もこの山に入って暴れまわっていた奴らのことを、多くの魔獣は憶えていただろうな。魔獣は、普通の獣とは違うから、魔獣なんだよ」
シオンたちに姿を見られた双尾山猫の気配が、遠ざかっていく。
人間に踏み荒らされていない森には、シオンたちが採っていたような山菜が群生していた。
「ここらは、魔物たちの餌場だ」
そんなところに足を踏み入れれば、狩るつもりが逆に狩られても仕方無い。
「奴らは、自分たちが思っているより、ずっと深いところまで連れて来られてたんだ。双尾山猫は稀少で、奴らには上等な獲物だったはずだ。だけど、追い詰めたつもりで見失ってしまった。悔しいから、それより上の獲物を絶対獲りたいと思ったはずだ。そこで当初の目的だった銀熊を、仕留めようと思った」
「腹が立つと判断力も鈍るからな。このあたり、いかにも銀熊でも出そうな雰囲気だしな。そこでまんまと罠をかけたら、鬼熊の仔がかかってしまったと」
蒼兵衛が周囲に目線を送る。
生い茂る木々の葉が空を隠し、昼間だというのに、夜のように暗い。
山に慣れた者でも、絶対に足を踏み入れはしないだろう。
「……しかし、私たち、帰れるよな?」
ぽつりと蒼兵衛が言った。紅子がぎょっとした声を上げる。
「えっ? か、帰れないんですか? 蒼兵衛さん、警備員さんですよね? 道、詳しくないんですか?」
「どこに道があるんだ。それに、私は日雇いだ。専属じゃない。こんな深いところ入ったこともない」
「え、ええー……?」
堂々と告げる蒼兵衛に、紅子が不安そうな顔でシオンを見た。
「私は、そこのワーキャット……オノハラクンについて行ってるだけだ」
「そ、そんな、小野原くんを全面的に信頼してるよ、この人……」
「当たり前だ。こういう状況で、一番先に敵に気付くのは、ワーキャットの彼に決まっている。簡易とはいえこのパーティーで行くのなら、私の仕事は戦闘ですべきだと認識している。どの道を歩くかは彼に任せた」
それだけ聞くと無責任なことを言い、蒼兵衛は平然としている。
だが、シオンとしては口出しされないほうがいい。
人間はどこを見ても同じような森に入ると、すぐに方向を見失ってしまう。
道が分からないため不安に駆られ、ここは何処だの、行く方向を変えろだのと、根拠も無く言われるほうが面倒だ。全面的に信頼してくれたほうが助かる。
「大丈夫。来た道は分かる」
シオンがそう言うと、紅子はほっとした顔をした。
「浅羽は魔力感知が出来るんだな。さっきの双尾が、幻惑の魔法をかけたかとか、分かるか?」
「幻覚とか、幻夢とか? ううん」
「黙って消えたのなら、もうここは鬼熊のテリトリーだ。小さな魔獣にとっては、かえって安全な場所だろうな」
シオンは耳を澄ませた。
深い森の中にまで響くサイレンの音。他の生物の気配は感じられない。異様な空気を察知し、息をひそめている。森に入り込んだシオンたちを、嘲笑っているかもしれない。
ダンジョンの空気とは違う、ここにもまた独特の空気がある。晴れた日だというのにいつの間にかうっすら霧がかっていた。
「あっちのほう、魔素が濃いね……」
紅子がふと呟き、深く霧の出ているほうを見やった。
その瞬間、シオンの全身が総毛だった。
全身が長い体毛に覆われた亜人なら、その毛はすべて大きく逆立っているだろうと思ってしまうほどに。
耳が鋭く立ち上がり、尻尾がゆらっと一度大きく揺らめく。
「いる」
シオンは立ち止まり、右手を横に突き出し、全員の足を止めさせた。
蒼兵衛は動じず、刀の柄に手を置いた。
紅子は声を発さず、息だけを呑んだ。
「まだ遠い。オレが先に行って引きつける」
紅子を見ると、また手が少しだけ震えていた。でもその目は真っ直ぐ前を向き、シオンと視線が合った。
「大丈夫だ」
(大丈夫よ)
昔、姉がよくそう言ってくれたように、シオンは呟いた。
「オレが、浅羽のところには行かせない」
紅子がこくんと頷いた。
「無理に攻撃しなくていい。攻撃するなら頭、次に足だ」
もう一度、紅子が頷く。そして、シオンの前に歩み出た。
「小野原くん、ちょっといい?」
シオンの体の前に立つと、左手に杖を握り、右手の指先を、シオンの左胸に触れさせた。
衣服越しでも、その指先は温かく柔らかい気がした。
「肉体強化、かけたことある?」
「いや、オレは魔法は使えないから……」
肉体強化魔法は自分自身にかけるのが基本だ。他者にかけることも出来るが、その効果はかなり落ちてしまう。
術者の力量にもよるが、一分持続すれば充分腕は良い。自身にかける場合はその都度かけ直していくのだが、他者に対してはかけ直しが難しい。治癒にも言えることだが、発動時に対象の体に触れていなければならないからだ。戦闘中には実質不可能なので、最初にどれだけ長くかけられるかが重要だ。
「フル詠唱でも五分くらいしか持たないけど、いいかな?」
「……充分だよ」
「身構えなくていいからね」
紅子がすうと細く息を吸い込む。それまでそっと触れていただけの細い指先が、ぐっと強く、シオンの胸の上に押し込まれた。そのまま体の中にずぶりと入っていきそうな錯覚さえあった。
「私が触れたところから、私はあなたに力を注ぐ。私の魔力であなたを生かす。あなたは誰より強く、あなたは何より迅く、あなたの心はすべてを怖れない。私の指先から、私の魔力をあなたに注ぐ。それはあなたの心臓から、血、肉、骨、皮、はらわた、魔素のすみずみにまで行き渡る。あなたという魂の器を駆け巡り、満ちて、あなたはひととき、今のあなたを超える」
鈍い痛みを感じた。体の中に、自分の体を形成するものとは異質の、受け入れがたい『何か』が流れ込んでくる。最初、拒否反応があり、思わず身を退きかけたが、紅子はより踏み込んで、シオンの胸に指を突き入れた。紅子の黒い瞳がシオンの目を捉え、それに射止められるようにして、その場で堪えた。
長く感じられた不快感は、実は一瞬で、急にふわりと足許から浮かびあがるような浮遊感があり、手足から力が抜けた。
いや、肩の力が抜けたのだ。浮いたように感じたのも、いつもより体重を感じなくなったからだ。手足が軽い。ダガーを抜いてみたが、軽い。何も持っていないかのようだ。だが、グリップを握る手には、たしかな力強さを感じる。
それだけではない。いつもよりずっと、音がよく聴こえる。鼻も効く。より遠くまで見える。
それに、体の奥よりもっと深いところが、熱い。力がわき上がってくるという感覚を、生まれて初めて実感した。熱いのに、穏やかだ。心か魂か分からないけれど、戦闘前なのにひどく平穏で、落ち着いている。
「五分くらい経ったら、気をつけてね。魔法が切れてくると、体が重くなったように感じるかもしれないから」
「……いや、本当に、充分だよ」
シオンは紅子に感謝した。紅子は次に蒼兵衛を見た。
「蒼兵衛さんも……」
「いや、私はいい。魔力はさっき温存させてもらったしな。肉体強化で戦うことは柊魔刀流の本領ではない」
刀の柄に手をかけたまま、蒼兵衛は何一つ不安げな様子も無く、そう答えた。
元々魔力に乏しいので、他人に魔力を注ぎ込まれるということに、最初は違和感があったが、やがて馴染んできたのか、この力は自分のものなのだと、シオンは知覚した。
「じゃあ、行くよ」
とん、と軽く地を蹴っただけで、いつものような速度で走れた。もう少し力を入れると、ずっと速く、高く、跳べた。
生物の強さを、純粋に肉体の能力のみで量るなら、相手のほうが圧倒的に強者だ。
シオンから装備を取り払って真裸にしたなら、絶対に勝てない。
戦いが生身で殴り合うものなら、人間が魔物も亜人も抑えてこの世界の頂点に立っているわけはない。
シオンも真裸のワーキャットではない。
手には小さいけれど武器がある。多少だが丈夫な衣服を身に着けている。人間に育てられ、知恵を付けられ、心を与えられた。
頭を絞って戦い方を考え、技を磨いて、吐くほどの鍛錬を繰り返した。
戦いを教えてくれる人がいた。
経験を積んだ。
命のやり取りをする恐怖を、何度も乗り越えてきた。
それから、今は、仲間がいる。
絶大な魔力で戦況を一気に覆す、けた外れの魔道士と。
飄々としながらも凄まじい剣技を繰り出す魔法戦士……いや、侍が。
独りのときなら尻尾を巻いて逃げるような相手にも、勝てると思えた。
相手を甘く見ているわけではない。
このパーティーで、自分が出来る役割を、ありありと想像出来るのだ。
(あんたは、一撃は弱いけど、度胸とスピードだけは、あたしが保証するから)
研ぎ澄まされていく頭の中で、戦いを教えてくれた桜の言葉が蘇る。
(百発攻撃されたら、百回避けな。一発で倒れない敵なら、百発入れるの)
けれど、百発受け流されて、百発叩きのめされた。
姉が生きている間に、何千回、何万回と、負け続けた。
(あんた、弱いから。痛みを体で覚えなさい。マジで怖い思いをしたら、それだけ次負けるのが嫌になるでしょ?)
酷い教え方だ。彼女に人に教える才能があったとは思えないが、シオンは喰らいついた。
やがて、全然届かなかった姉に、ようやく一撃が入るようになった。
肉体強化した桜の動きに、生身で追いつけるようになってきた。その剣筋を、見切れるようになってきた。木刀で作る生傷が減ってきた。
だが、シオンが強くなると、桜はもっと強くなり、またシオンの攻撃が入らなくなった、ようやく避けられるようになった攻撃も、より鋭く、強く、シオンを打ちのめした。
それもまた、避けられるようになった。
ついに、彼女の首筋に、ナイフを突きつけられるようになった。
そしてとうとう、シオンにだけ本物の刃物を持たせていた桜が、自身も本物の剣を使うようになった。
さすがに殺される、とそのときは思った。
凄まじく集中した。せざるを得なかった。一撃をかわすごとに命が削り取られているようで、短い時間の稽古でも、恐ろしく疲れるようになった。
だがそれも、だんだんと慣れてきた。
いつの間にか、震えなくなっていた。
息が続くようになってきた。
疲れなくなってきた。
桜の剣が、獣にとっての牙と爪だ。
姉より強い獣がいるとは、思えなかったが。
初めて、彼女の背中を取ったときに、言われた。
桜が死ぬ、少し前の話だった。
(前に、あんた弱いって、言ったよね。あれ、ウソよ)
あれは、初めて褒められたんだろうか。
彼女は快活な笑みを浮かべ、言った。
(あたしが強いだけなの)
ああ。知ってたよ。
シオンはスカーフの上から魔石を握った。
大型の魔獣は四つ足で悠然と歩いていた。
風のような速さで向かってくる獣人に気付いても、動じることも臆することもなく、ゆらりと立ち上がった。
そう見えるだけかもしれないが、4メートルはゆうに超えているような気がした。
野生では異質な赤い体毛。
赤く血走った目。
かつて日本の山野に堂々と君臨していた魔獣は、黒妖犬や獄狼などの外来種の魔獣が、その繁殖力で日本固有の魔獣を追いやっていく中、頂点に君臨し続けた。
一頭で、火を噴く複数のガルムを屠るという。
その能力は、ただただ圧倒的な力と、生命力のみ。
威嚇の咆哮が、シオンにまともに浴びせられた。本来、魔獣は人が勝てる相手ではない。格上の存在が発する咆哮は、強烈な精神魔法のようなもので、それだけで魂を砕く力がある。分かっていても本能で身が竦む。桜がくれた魔石を身に着け、紅子に肉体強化してもらっていなければ、いやでも動きが鈍っただろう。
正面からじゃ、どうしようも無い。硬い筋肉と、頑丈な皮膚、その上を更に厚い体毛で覆われている。蒼兵衛の言うように、手にしたダガーでは浅く傷をつける程度だ。しかし相手は一撃で、シオンを屠れるのだ。
だからか、相手はシオンが咆哮に怖じ気づかずとも、気にも留めない。観察するようにその動きを見ている。
シオンはリスのように木を駆け上がり、太い幹から幹に飛び移るようにして、上へ上へと登った。
そこで鬼熊は腕を伸ばし、シオンを叩き落とそうとしてか、腕を振り上げ木に叩き付けた。一本が鎌のように鋭い爪が木の皮をごっそり削り取り、幹の半分を抉られて、そこから先がメキメキと折れ曲がった。
その前に、シオンは跳んでいた。
鬼熊はその巨体にも関わらず素早く、反対の腕で二撃めを繰り出してきた。柔軟なワーキャットは、空中で身を捩じって、突き上げられた腕の周りを回るようにしてするりとすり抜けた。
一番安全な、首の後ろに取り付く。長い獣毛を片手で掴み、反対の手でダガーを抜いた。首周りの肉は特に厚い。このまま狙うなら顔だが、周り込む間に叩き落とされる。
鬼熊が首を振るだけで、強い遠心力が発生し、見えない手で引っ張られているかのようだ。
だが、いつもと違って、魔法によって身体能力が向上している。しがみ付く腕は少しも疲れないし、息も上がらない。多分、攻撃力も上がっている。
だが、まだだ。
シオンはダガーを握り締め、その瞬間を、じっと待った。
「燃えて!」
シオンの耳に、いつになく凛とした声が届いた。
大雑把な詠唱と共に、流星のような炎の塊が、三発飛んできた。
シオンが取り付いている頭部を避けたようで、鬼熊の腹と後肢に炸裂した。
ただ、周囲への延焼を避けるためか、ゴブリンのときより威力が絞ってある。ガルムの炎にも耐える鬼熊の体を、炎上させるまでには至らない。
「おかわり!」
思わずシオンが手を離してしまいそうになる気の抜けた詠唱と共に、再び火球が続けざまに三発、同じ場所に撃ち込まれた。
さすがに鬼熊も咆哮を上げ、炎が飛んできた方向に体を向ける。
シオンは素早く頭に駆け上がり、手にしていたダガーを、鬼熊の目に深々と突き立てた。
(一撃で倒せないなら、百回でも攻撃しなさい)
桜の無茶な教えに従い、すぐに新しいダガーを抜く。
だが、すぐさま鬼熊の腕が、シオンを叩き落としにかかった。
片目をやられても、鬼熊は冷静だった。やはりこれは、ただの獣とは違う。残った赤い目でシオンを睨み、嫌な予感がしてすぐにシオンは飛び退いた。軽く虫でも払うかのような動作で、シオンが居た場所を大きな爪が掠めた。
シオンは背中の毛を掴み、ぶら下がっていた。背中にダガーを突き立て、肉体強化した腕の力で、思いのほか深く刃が喰い込んだが、鬼熊はやはり気に留めない。
「燃えて!」
その顔に、紅子から三回めの攻撃が入った。
鬼熊の動きが流石に止まる。
シオンは再び、鬼熊の体を駆け上がった。シオンが何をするのか分かってか、鬼熊が腕を振る。
あの腕に、軽く当たっただけでも脳震盪を起こす。
爪に掠りでもすれば、密猟者の男のように体を裂かれるだろう。
それでも、シオンはギリギリの戦い方をしてでも、敵の注意を引き付けていなければならない。
これほどの大型に、致命的なダメージを与えるのは、紅子の魔法でしかあり得ない。
だからシオンは、鬼熊にとって嫌がらせ程度にしかならない攻撃でも、休まずひたすら繰り返す。さすがに片目をやられれば、もう片方は守ろうとするだろう。
顔まで上がってくれば、引きずり下ろそうとする。激しく上半身を振られ、シオンは肩口にしがみ付く。そこに爪が振り下ろされるが、避けて頭に駆け上がった。鼻先に振り下ろしたダガーは、刃先が逸れて食い込まず、浅い傷を作った。
首を振り、落とされかけたところに、牙が迫った。シオンはその鼻先を蹴って、ふわりと宙を跳んだ。手にしたダガーを、素早く投げる。
肉体強化された腕から放たれたダガーは、鋭く速く飛び、弾丸のように鬼熊の開いているほうの目に刺さった。
振り上げられた腕を、また身を捻って交わす。
延々と終わらないダンスを続けるように、シオンは鬼熊に張り付きながら、攻撃を交わし、断続的に攻撃を入れた。
力も無い、魔法も無い。
だからせめて、相手から、死ぬまで離れない。
かけてもらった肉体強化魔法が解けてきたのか、徐々に腕が重くなる。心臓が急に苦しくなった。
だが、このぐらいの苦しさは、いつも味わっている。五分楽をしたのだから、残りの時間は自分の力で稼ぐ。
「砕けて!」
紅子の声が響き、鬼熊が立っている足許の地面が、中に爆弾でも埋まっていたかのように炸裂した。
見たことも無い魔法だ。
鬼熊の後肢がぐらついた。シオンはその体を蹴って、跳んだ。
両手に構えたダガーを、眉間に突き立てる。
「おかわり!」
再び地面が破裂する。
高威力の火魔法を三回撃ったあと、そう間を置かず、この威力の魔法を連続して撃てる彼女は、間違いなく天才魔道士だ。
だが、そろそろ連発は苦しいだろう。
鬼熊が大きく、大気を震わせる咆哮を上げる。
シオンはその眉間にダガーを何度も振り下ろした。硬い頭蓋骨に刃が弾かれる。
だが、それでもいい。壊れるまで、振り下ろすだけだ。
肉体強化が解けると、その咆哮だけで、全身に刃物をつき立てられるようなプレッシャーがシオンを襲った。細く短く呼吸しながら、シオンはスカーフの下の魔石を掴んだ。
ワーキャットでなく、体重が軽くなければ、これほど長くしがみ付いているなんて出来ない。
だが、出来ないことが出来なければ、シオンのような少年が、この世界で生き残っていくことは出来ない。
「ああああっ!」
シオンは吠え、血塗れのダガーを、渾身の力で眉間に振り下ろした。鬼熊の外皮は鉄の鎧以上に硬いが、脳を揺さぶられれば、動きが止まる。
「小野原くん、よけてー!」
その声が聴こえるより速く、シオンは跳んでいた。
どうしてか、根拠も無いのに、紅子がもう一発、魔法を撃ってくると思ったのだ。
「私の魔力を火種にして、私の炎が翻る。私の蒔いた魔力の種が、芽吹き、大地の殻を焦がしながら突き破る。茎を伸ばし、火柱になる。葉を広げ、燃え盛る。蕾の綻びとともに、私の敵を焼き尽くす、紅蓮の花が咲き誇る」
さっき、地面が割れた箇所から、炎が吹き上がった。
火柱が鬼熊の体を包む。鬼熊は森を震わせるほどの声で吠えた。
振り上げた腕が、近くの木に火を燃え移らせ、咄嗟に近くの木の枝に飛び移ったシオンにまで、火の手が迫った。慌てて跳び下りる。
目を失い、炎に焼かれながらも、鬼熊は身悶えもせず、シオンが離れたことでかえって解き放たれたように、前肢を下ろし、四つ足の獣の姿に戻った。
自らを焼いているはずの炎を纏うように、紅蓮の重戦車となった魔獣は、一点を睨みつけていた。
紅子がいるほうだ。
「浅羽!」
シオンは紅子の許に走った。
「わ、わわっ」
と、さっきまでの凛とした声とは程遠い、慌てた声が響く。
肉体強化が効いていたときより、感覚的には速く、シオンは駆けていた。
彼女のところには行かせないと、言ったのに。
走りながら、ウエストバッグと腰のダガーホルダーを捨てた。
唸り声を上げ、鬼熊も地面を蹴った。
「お、小野原くんっ!」
腰が引けているのか、魔法の使いすぎか、よろよろと走ってきた紅子の腰を掴んで抱え上げると、横の茂みに飛び込み、そのまま走った。
「わ、私、余計なことしちゃった……?」
シオンに抱えられた紅子が、杖の柄をぎゅっと握り締め、蒼褪めた顔を上げる。
「大丈夫、効いてる。すごいよ、お前は。あとは任せよう。自信ありそうだったし」
「あ、え? え? 誰に?」
「……おサムライさんに」
あ、と紅子は忘れていたかのように、声を上げた。
「森の中で使う魔法じゃない……なんて娘だ」
いきなりこの光景を見た者がいれば、新種の炎のモンスターが出たと思うかもしれない。そんなことを蒼兵衛は思いながら、鬼熊の前に飛び出した。
鬼熊の突進のスピードと巨体で、彼は数秒後には跳ね飛ばされ、踏み殺される。そのうえ死体は丸焦げになるだろう。
だが、蒼兵衛は慌てる様子も無く、刀の柄に手をかけた。
「……別に、今まで隠れて見ていたわけじゃないぞ」
と誰が聴いているわけでもないのに、言い訳のように呟く。
「柊魔刀流、蒼刃剣」
抜いた刀は、その刀身が青く発光していた。魔法付与用の武器は、その魔力感応の高さから、非常に高価だ。注ぎ込まれる魔力に反応し、美しく輝く。だがそれは、鍛錬を積んだ術者ゆえに生み出せる光だ。
蒼兵衛は奥義の名を、静かに唱えた。
「龍頭一閃」
抜刀と同時に振り抜いた彼の剣は、頭を低くして突進してきた魔獣の、腕の付け根と首の間を、やすやすと斬り裂いた。
普通なら、巨体の突進に刀は折られ、蒼兵衛は吹っ飛ばされている。
だが、そうはならなかった。
力すら入って無いような一振りで、蒼兵衛の刀は折れるどころか、鬼熊の胴に深々と刃を食い込ませ、そのまま斬り払ってしまった。
龍の頭であっても斬り落とすのではないかという、鮮やかな一薙ぎだった。人形から部品でも取れたかのように、鬼熊の片腕がぼろりと落ちた。
血を吹き散らしながらも、勢いのついた鬼熊は、頭から巨木に突撃し、ドンと轟音を立て、その幹をへし折った。それでも止まらず、数本の木を薙ぎ倒し、ようやく止まった。
バチバチと音を立て、倒れた樹木に鬼熊の体から火が燃え移っていく。
鬼熊は片腕をもがれた痛みに我を忘れることなく、身を起こそうとした。だが、血涙を流す目は見えておらず、下肢から胴体にかけて焼けただれ、赤い毛皮はぼろぼろだった。
それでも、目の前の人間たちを、屠るために立ち上がろうと、片腕を地面にしっかりと付け、起き上がった。
「凄まじい戦意だな。お前のような戦士は、人には居ないだろうな。まあ、だから魔物というんだったな」
蒼兵衛は刀を手に、鬼熊の許に歩いてきた。
シオンはすっかり腰の抜けた紅子を抱いたまま、離れたところからその光景を見ていた。紅子は腰こそ立たなくなっていたが、目は逸らさなかった。
「だが、私たちの勝ちだ」
蒼兵衛は青く輝く刀身を振り上げた。
「痛いだろう。熱いだろう。もう、楽になるといい。三対一で、悪かったな。そのぶん、貴様の気骨には、必ず報いよう」
何故か、シオンには、鬼熊が自分から頭を垂れたような気がした。
まさか、偶然だ。
モンスターが、人のように振舞うなんて。
けれど、蒼兵衛が語りかけた途端、鬼熊は急に静かになったようだった。
蒼く光る刀身に、炎が照り返る。
蒼兵衛は、そのまま片腕で、鬼熊の首を刎ね飛ばした。