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第三幕:嵐の前の静けさ

「けんちゃーん! けん……あぁ! 健ちゃんこんなトコにいた!!」

「……一弥さん?」

「もうお昼だから戻ってこいって、渉が。何、また翔太に逃げられたの?」

「あ、はい」

「もういいよ! あんな奴ほっといて飯食おうぜ! 飯!」

「え、あ……」

「じゃあ亮! もうすぐ葵がご飯持ってくっから」

「うん」

「よし。行こう! 健ちゃん」

「え、あ、ちょっと待ってください一弥さん!」


 一弥に半ば引っ張られるような形で連れられて、健斗は転びそうになりながら振り向いた。

 その顔は、何か言いたげだった。


「またいつでも遊びにおいで」


 そう亮が笑うと、健斗は瞳を輝かせて『はい!』と威勢の良い返事をした。

 あたたかい気持ちに満たされる。

 亮は久しぶりに感じる高鳴る鼓動に頬を緩めずにはいられなかった。


「何、その楽しそうな顔……」

「ゲッ……!」

「何、今の? ゲッ……! って何? ねーねーねーねー」

「うわーん! ごめんって! 許して翔太っ」


 翔太の中で、もう怒りなどとっくに失せていた。

 しかし初めて見るこんなに楽しそうな亮をからかわずにはいられなかった。


「紫苑さま。ご飯持ってきましたよー……って翔太!?」

「今日は渉の鯖味噌か。これは食べなくちゃな」

「こんなトコで何してんの。健ちゃんが探してたよ?」

「……知ってる」

「ぷっ!」


 口を尖らせて膨れる翔太があまりに可愛くて、亮は思わず吹き出した。

 葵は何が何だか分からないといった顔で、亮の前に持ってきた食事を置いた。

 部屋に甘辛い、いい匂いが充満する。

 まだクスクスと笑い続ける亮を見た翔太が彼の頭を軽くペシンと叩いた。


「紫苑さまに手を上げるなんて、翔太だからって許さないよ」

「あ、光……」

「上等だ、相手になるぜ?」

「もう喧嘩はやめてよ! 二人とも! 紫苑さまも止めてください!」

「光おかえり~」

「……ただいま戻りました」


 大きくため息をついて、光は翔太に向けていた殺気を押し込めた。

 何故だか分からないが亮の前では心を乱す事など出来ないのだ。

 気づくと気持ちが穏やかになってしまう。

 光は我が主人ながら不思議な人だと思った。

 翔太も最初から喧嘩する気などさらさらなかったようで。


「あ、うめえ……」

「ちょっとそれ紫苑さまの!!」


 亮のご飯をつまみ食いして、葵に怒られている。

 自分の食事を食べられてもニコニコと動じない主人に、光はまたため息をついた。


「紫苑さまは翔太に甘すぎです!」

「そうかな?」

「そうですよ」

「で、何か分かった?」

「はい。あの子の母親が川村総合病院に入院してます。紫苑さまの予想通り、鬼王の襲撃を受けて今は生きる人形ですね」

「そう……」


 翔太はもう一口漬物をつまむと、部屋の戸に手をかける。


「おい、翔太! まだ話が!」

「あー腹減ったぁー……」


 翔太はそのまま部屋を出て行ってしまった。


 亮はいつもそうだ。

 自分の食事を食べられても、話の途中で立ち去られても文句も言わない。

 やっぱり甘い、と思う。

 それがこの人のいいところではあるのだけど。

 亮が今まで本気で怒った事などあるのだろうか?

 あの、人を怒らせる事が特技のような人達と一緒にいて、よく怒らないでいられるもんだと光は思う。


「あの野郎……最後まで話聞かないで行きやがった」

「あぁ。それなら大丈夫」

「……?」

「翔太なら大丈夫だよ」


 大丈夫だよ。

 そう亮が笑うと本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。


「葵、光。健斗を、よろしくね」

「「はい!」」


 光は、自分の使命は亮の優しさを守る事にあるのだと思った。


(この人の笑顔を奪うというなら、誰であっても俺は許さない)


 急に鼻をかすめる空気の匂いが変わる。

 今夜は雨になるだろう。

 雲一つない空を眺めながら、この穏やかな日が続く事を心から願った。

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