第二幕:青の記憶
翔太は苛ついていた。 ほんの数分前の自分を呪いたいほどに。
薄い壁の向こうから聞こえてくる無邪気な笑い声に、心の中で舌打ちをした。
「あはは!! 翔太にそんな事言われたの!?」
「そうなんです。翔太さん、全然相手にしてくれなくて……」
(亮の奴……絶対俺がここにいる事忘れてる)
翔太は盛大なため息が出そうになるのを必死で噛み殺した。
ここで気づかれては、わざわざ自らこんな所に隠れた意味がない。
(……本人の前で相談とか乗るなよ、全く)
亮のお人好しぶりに翔太は怒りを通り越して、尊敬の念すら覚えた。
そして自分がもうしばらくこの狭くて暗い空間から出られない事を悟った。
「でもなんでそんなに翔太にこだわるの? 強くなるなら他の人でも……」
「ダメなんですッ! 翔太さんじゃなきゃ、ダメなんです」
「……何か、深い理由がありそうだね?」
声色が変わった。
たとえ見えなくても翔太には亮が優しい顔をしている事くらい分かった。
(いつもそうだ)
いつだって誰にも話すまいと思っていた事でさえ、気づくと亮には話してしまう自分がいる。
紫苑亮とはそんな不思議な力を持った人なのだ。
「俺、何も出来なかったんです……」
***
何も出来なかった。
『健斗! 何してるの!? 早く逃げなさい!! 早くッ!!』
俺は逃げなかったんじゃない。
動けなかったんだ……。
『この子だけは助けてください! 私はどうなってもいいから!! どうかこの子だけは!』
自分の身を呈して守ってくれた人。
俺は弱い……何も、出来ない。
『鬼王さまはね、眩しいものが嫌いなの。だから……消えて?』
『……けんッ、と……』
大切な人が闇へ染まっていくのを見ている事しか出来なかった。
『次は坊やの番ね……?』
迫る絶望に、声も出ない。
世界が黒く染まる。
抗う力さえも俺には無かった。
やめて!! 怖いよ!! 誰か助けてッ!!!
「……ッ!」
(……え?)
一瞬、何が起きたか分からなかった。
暗闇に走った青い閃光。
気づいた時にはもう全てが終わっていた。
『おい、そこのガキ』
(…………)
『 』
俺にはその背中の眩しさが全てだった。