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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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舟幽霊

作者: 國米修市
掲載日:2026/10/10

本作は、TOKYO MXにて土曜朝7:30から放送されていた15分間のテレビシリーズ『妖ばなし』(L4提供)の第52話として放映された映像を元に、AIの力を借りて短編小説として再構築したものです。

短い物語の中には、荒れ狂う海で繰り広げられる「鯨漁の圧倒的な迫力」と、運命に翻弄される「恋人たちの悲しい物語」がぎゅっと詰まっています。

元の映像が持っていた怪談としての不気味さや、登場人物たちの切ない思いを、文章ならではの表現で丁寧にお届けできるよう執筆しました。

少し恐ろしくも哀しい妖(あやかし)の世界を、どうぞ最後までお楽しみください。

暗い夜の海。波間には点々と、迎え火のような不知火が灯っていた。

切り立った崖の上には、一人の若い娘、初江が一人で佇んでいる。その手には柄杓の入った手桶が握られ、背後には石を積み上げた簡素な墓があった。

これは、とある漁村の、恋人たちの悲しい物語である。

時は遡り、よく晴れた昼の砂浜。

浜に引き上げられた木造の小舟に腰掛ける初江は、深く顔を曇らせていた。彼女の隣には、日に焼けた若い漁師、新治が心配そうに立っている。

「親方は、隣の和田浦の網元の息子の、加平と一緒になれって」

初江の沈痛な言葉に、新治は驚いたように聞き返した。

「初江は、嫁に行くのか」

「やだ。加平は乱暴者だから、好かん」

初江は顔を伏せ、切実な思いを口にする。

「私は、新治と一緒にいたい」

その一途な言葉を聞いた新治は、決意を込めて言った。

「今度のクジラ漁に出る時は、俺が必ず一番銛を打って仕留めてみせる。そしたら親方に、初江と夫婦になるのを認めてもらう」

新治の力強い言葉に、初江の顔に希望の光が差す。二人は強く抱きしめ合い、新治は「和田浦の加平なんかに渡さない」と固く誓った。

その後、新治は親方のいる薄暗い漁師小屋を訪ねた。

「親方、俺を、初江と夫婦にしてほしい」

深々と頭を下げる新治に対し、親方は渋い顔をした。

「初江は、和田浦の加平が嫁に欲しいと言ってきている」

「初江は加平は嫌いだと言っている」と食い下がる新治に、親方は亡き友への義理を語った。

「初江のことは、死んだ五平にくれぐれもよろしくと頼まれていた。しっかりした漁師にしか嫁にはやれん」

それでも新治の眼差しは揺るがなかった。

「次にクジラが来たら、俺が必ず一番銛を打ち込む。そしたら、俺を初江の婿にしてくれ」

そのただならぬ覚悟に、ついに親方も頷いた。

「わかった。次にクジラが来たら、和田浦からも漁に出る。お前が加平より先にクジラの鼻こぶに一番銛を打ったら、初江との祝言を許してやる」

「俺が必ず一番銛を打つ」

二人の真剣なやり取りを、小屋の外で同じ漁師の佐吉が密かに聞き耳を立てていた。

一方、小屋の裏手では、初江が加平に壁際まで追いつめられていた。

「初江、お前、俺と夫婦になるのが嫌だと言ってるらしいな」

加平の威圧的な態度にも、初江は毅然と言い放つ。

「私は新治と一緒になる」

「俺よりあの貧乏漁師の新治の方がいいのか。いいから俺の女房になれ」

加平が無理やり初江に迫ろうとしたその瞬間、空を切って一本の銛が飛来し、加平の顔のすぐ横の壁に深々と突き刺さった。

驚愕して振り向く加平の視線の先には、静かな怒りを燃やす新治が立っていた。

「行け。今度のクジラ狩りで俺が一番銛を打ったら、初江は俺の嫁になる。お前にはやらん」

加平は忌々しそうに鼻で笑い、壁に刺さった見事な銛を見やった。

「お前が一番銛を打つとは限らんぞ。一番銛は俺が打つ。ついでにこの『鯱丸』も初江と一緒に俺に譲らんか」

「この鯱丸は親父の形見だ。初江も鯱丸も、お前にはやらん」

新治が鋭く睨みつけると、加平は不敵な笑みを残して背を向けた。

「いずれはどっちも、俺の物になるさ」

加平が立ち去った後、残された新治と初江は無言で見つめ合い、互いの無事を確認するように静かに頷き合った。

その時、村の静寂を切り裂くように、半鐘の音が甲高く鳴り響いた。

「クジラが来たぞー!」

漁師たちの叫び声が飛び交い、浜は一気に緊迫した空気に包まれていくのであった。

荒れ狂う沖の海。空には稲妻が走り、激しい雨が打ち付ける中、群れをなしたクジラたちが波間から背を現し、高々と潮を吹いていた。

「クジラが来たぞ! 阿久根の先にクジラが来たぞ!」

漁師たちの怒号が飛び交う中、無数の小舟が荒波を掻き分けて沖へと進んでいく。

群れの先頭を行く舟の舳先には、鋭く銛を構える新治の姿があった。その後ろでは、仲間の佐吉がしっかりと命綱を握りしめている。

そこへ並ぶように近づいてきた別の舟の舳先には、和田浦の加平が銛を構えて立っていた。

「新治、お前、一番銛を打ったら、初江を嫁に欲しいと言ってるらしいな。だが今日の一番銛は俺が打つ。初江のことは諦めるんだな」

加平の挑発に対し、新治は力強く睨み返す。

「加平、お前なんかに負けない。一番銛は俺が打つ!」

新治と加平を乗せた二隻の舟は、他の舟団から抜け出し、逃げるクジラの群れを追って猛然と突き進んでいった。

やがて新治の舟が、一頭の巨大なクジラに肉薄する。

「もっと近くにつけてくれ!」

新治の叫びに、「舟を、クジラの近くに寄せろ!」と佐吉が応え、舟の男たちも力強く舟を寄せた。

目標のすぐそばへと近づいた瞬間、新治は渾身の力を込めてクジラの鼻コブに向けて銛を放った。

見事、銛は深く突き刺さり、繋がれた命綱がピンと張り詰める。新治は必死に綱を掴み、背後では佐吉も共に綱を支えた。

「新治が銛を打ったぞ! 一番銛は新治が打ったぞ!」

他の舟の男たちからあがる歓声を聞き、加平は忌々しそうに「ちっ」と舌打ちをして顔を歪めた。

「俺が一番銛だ! 俺が一番銛だぞ!」

新治が喜びに満ちた声を上げた、まさにその時だった。

「……悪いな、新治」

「えっ?」

背後で綱を支えていた佐吉が不意に手を放し、あろうことか無防備な新治の背中を強く突き飛ばしたのだ。

バランスを崩した新治は、冷たく荒れ狂う海へと投げ出されてしまった。

銛を打たれた巨大なクジラは大きく潮を吹くと、深く暗い海底へと一気に潜り始める。

新治は逃れることもできず、クジラに引かれる綱とともに、海の底深くへと引きずり込まれていった。

夜の静けさに包まれた海岸には、波打ち際に点々と迎え火のような灯火が揺らめいている。

小高い崖の上では、初江が一人、暗い海を見つめて佇んでいた。

彼女は柄杓の入った手桶を持ち、石を積み上げただけの両親の墓の前にひざまずいて、静かに水を掛けている。

「おっとう。おっかあ……」

初江は悲痛な声で語りかけた。

「親方は和田浦の加平のところに嫁にやろうとしてる。加平は好かん。おっとうたちにはすまないが、私はこの浜を出ようと思う」

「それは困るな」

背後から突然響いた声に、初江は弾かれたように振り返った。そこには、闇に紛れて加平と佐吉が立っていた。

「お前は俺の嫁になるんだ。勝手に浜を出て行かれては困る」と加平が冷たく言い放つ。

「お前は俺たちと一緒に和田浦に来るんだ」と佐吉も逃げ道を塞ぐように続いた。

初江は持っていた柄杓を強く握りしめ、必死に抵抗する。

「嫌だ、お前は好かん!」

しかし、男二人の力には敵わず、初江は捕らえられ、無残にも気絶させられてしまった。

「早く浜に運んで、和田浦まで連れていくんだ」

加平の指示で初江を運ぼうとした佐吉だったが、彼女の手から柄杓を取ろうとしても、固く握りしめられていてどうしても外れない。

「くそ、しっかり握っていて取れん」

「構わん、そのまま連れていくぞ」

その時、不意にガツンと何かがぶつかる硬い音が響いた。

「何だ?」

加平が崖から顔を出して下を覗き込むと、手の届きそうな岩肌に、見覚えのある一本の銛が突き刺さっていた。

「『鯱丸』だ。新治の銛だ」と、佐吉が驚愕の声を上げる。

「取れ。ついでにその銛も俺のもんにする」

加平の欲深い命令に従い、佐吉が崖から身を乗り出して鯱丸に手を伸ばそうとしたその瞬間だった。

バランスが崩れた初江の両親の墓石がガラガラと崩れ落ち、暗い崖下の海へと次々に吸い込まれていったのだ。

気絶した初江を乗せ、加平と佐吉は小舟で夜の海を進んでいた。

初江のそばには、崖で拾い上げた新治の銛「鯱丸」が転がっている。

「和田浦に連れて行きさえすれば、どうにでもなる。邪魔な新治もいなくなった。これで初江は俺のもんだ」

加平の勝ち誇った言葉が、静かな海に響く。

小舟が海の上を進んでいくうち、いつの間にか辺りに濃い霧が立ち込めてきた。

「霧が出てきたな」

「なんだか気味が悪い……」

加平と佐吉が周囲を見回していると、霧の奥から不気味な声が響き渡った。

「佐吉……。佐吉……」

「わぁっ!」

恐る恐る佐吉が舟べりから下を見ると、そこには海に沈んだはずの新治がしがみつき、恨めしそうな眼差しでこちらを見上げていたのだ。

「新治……! 何しに来た!」

「佐吉。俺もお前の舟に乗せてくれ」

新治の怨念のこもった声に、佐吉は恐怖に震えながら拒絶した。

「ダメだ! お前は死んでるじゃろう。幽霊は舟には乗せん!」

「それじゃあ……『鯱丸』を返してくれ」

「ダメだ! これはもう俺のもんだ!」

加平が横から怒鳴りつける。

「『鯱丸』の代わりに、柄杓をくれ」

佐吉はふと気づいた。気絶している初江が、固く握りしめていた柄杓から手を離していたのだ。

佐吉は慌ててそれを拾い上げると、新治に向けて叫んだ。

「これでええか!」

佐吉は思い切り遠くの海へと柄杓を投げ捨てた。

ポチャンと音を立てて海に落ちる柄杓。

すると、新治はゆっくりと舟べりから手を離し、再び暗い海の底へと沈んでいった。

「早く和田浦に戻るぞ」

「ああ」

二人が急いで舟を漕ぎ始めようとした、その時だった。

あたり一面の海から、柄杓を持った無数の青白い手が、次々と海面から突き出してきたのだ。

「な、なんだこれは……!」

柄杓を持った無数の手が、一斉に加平たちの舟に向かって海の水を注ぎ始める。

「悪かった! 新治、許してくれ! 新治! 新治!」

佐吉は恐怖のあまり狂乱して叫んだ。

「あ、でも俺は加平に……加平に頼まれただけなんだ!」

その言葉に、今度は加平が激昂してわめき散らす。

「俺は悪くない! やったのは佐吉だ! 佐吉がやったんだ!」

「俺は悪くない! 加平がやれって言ったんだ!」

「俺は悪くない! ああーっ!」

互いに醜く罪をなすりつけ合う二人を嘲笑うかのように、手は容赦なく舟に水を注ぎ続けた。

「助けてくれーっ! 助けてくれーー!!」

水が溢れ、ゆっくりと沈んでいく舟と共に、加平と佐吉の絶叫は海の底へと消えていった。

夜が明け、朝の光が差し込む崖の上。

初江はゆっくりと目を覚ました。

あたりを見回すと、手に持っていたはずの柄杓がない。そして、加平と佐吉の姿も消えていた。

ふと、新治の声が聞こえた気がした。

「初江」

「新治……!」

初江は振り返るが、そこには誰もいない。

ただ、海から吹き付ける風の音がするだけだった。

初江が崖の端に立ち、海の方を見下ろすと、そこには恐ろしい光景が広がっていた。

崖下の岩場に、加平と佐吉が血を流して落ちて死んでいたのだ。

そして、そのすぐそばには、新治の愛用していた銛「鯱丸」が、岩に深々と突き刺さっていた。

初江はただ一人、崖の上に立ち尽くし、冷たい海風に吹かれながら、その光景を見つめ続けるのだった。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

本作の元となった『妖ばなし』の少し恐ろしくも切ない世界観、楽しんでいただけたでしょうか。

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