番外編①(後編)光の方へ
【注意】やや残酷な表現(戦いや人の死に関するもの)があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
約二年後。アルベルトが十七になった年のことだった。
傭兵団はカンナス将軍に率いられたエイノール王国軍に雇われていた。
傭兵は正規軍に損害が出ないように囮として使われるだけの、使い捨ての道具だ。
アルベルトはマウリやエンシオをはじめとする、自分を慕う若い奴らと綿密に打ち合わせをしていた。
自分たちだけで大きな手柄をたてて、報酬を得ようと。
自分たちは団の中でも一番前に立たされる。そんな団長をはじめとする大人たちを出し抜いてやろうとしていたのだ。
アルベルトは戦いが始まるや否や、仲間たちと決めていた方向へ突如として馬を走らせた。
そのせいで敵と急に真正面から当たることになった団長たちは右往左往する。
団長たちを敵と戦わせている中、アルベルトたちは戦場を決めていた通りに引っ掻き回した。挟み込まれないようにだけ気をつけながら、目の前いる敵をひたすら片付けていく。
その日はエンシオにとって記念すべき日だった。
エンシオは傭兵団の奴らに家族を殺された挙句、下働きをさせられていた。力をつけた彼は戦場を走り回って、家族の仇を背後から切り殺していく。
アルベルトたちは彼がそれを成し遂げるのを助けつつ、敵とも戦い続けた。
団長たちを先に戦わせたことで、アルベルトたちは敵将がいる敵の本隊の近くまで、ほぼ無傷でたどり着いた。
しかも、途中から戦場の端に集まってこっそりと移動していたから、敵は予想していない方向からのアルベルトたちの攻撃に呆気なく崩れた。
アルベルトたちは命をなげうつような勢いで敵に突っ込んで、そして、アルベルトが敵の将軍の首を取った。
仲間の半分は死んだ。
団長たちも死んだ。
父親も死んだ。
でも、アルベルトは生き残って、後から何事かと駆けつけた正規軍のカンナス将軍の前に敵将の首を差し出した。
「お前が指揮官かね?」
「そんなたいそうなもんじゃないですよ、将軍。まとめ役、くらいですかね」
「お前たちの団長はどこだ?」
「死にました。だから、褒美は俺たちにください。死んだ奴らの分も。そういう約束だと聞いてるんでね」
アルベルトは早く首を受け取って欲しかった。いつまでもこんなものを持っていたくない。
誰も取りに来ないので、それを馬上から彼らの足元に放り投げた。
じっとこちらを見てくる将軍は、アルベルトのその行動に、にやりと笑った。
何がおかしいのかアルベルトには分からなかった。
「若いな……。だが……」
将軍はしばらくあごに手を当てて考えていた。
アルベルトが報酬の催促をしようとした時に、彼はおもむろに横にいた兵士に何事かを命じると、馬を返す。
アルベルトはその兵士についてくるように言われ、心配の声をあげたマウリをなだめると将軍の後を追った。
ついていった先には大きなテントがあった。馬から降りてその中に入って驚いた。
テントの中は、こんな戦場には必要ないほど飾りたてられている。実用的ではない金色の盾や、毛皮の敷物や毛の長い絨毯は戦いには邪魔でしかない。
でも、将軍はそこにどこか満足そうな顔で立っていた。アルベルトが不用品に目をやっていると、何を勘違いしたのか、自慢げに一つ一つの品物について語り出す。
アルベルトはそれを黙って聞いた。誰か偉いやつにもらったらしかったが、戦場には要らないものだということに変わりはなかった。
やがて話し終えた将軍は、兵士に手渡された、おそらく金が入った皮袋を手に言った。
「褒美はやろう。名は?」
「……アルベルト」
「そうか。アルベルト。正規軍に入る気はないか? 一応エイノール人だろう?」
「親父はそう言ってたけど……。正規軍に……?」
「私はお前を気に入ったよ。見込みがある」
生意気盛りのアルベルトは、この男が本気かどうか、試してみようと思った。どうせ、正規軍の中で下っ端として使われるのだろうと思ったのだ。
「生き残った団員のうち、俺に着いてきてくれた奴らも一緒になら考えてやるよ」
「いいだろう。近いうちにお前には一つ隊を任せる。気心の知れた仲間がいた方がいいだろう」
「……あんた、本気か……?」
「本気だとも。私はずっと自分の跡を継ぐ者を探していた。今日見つけたんだといいが」
アルベルトは信じられない思いで、将軍を見つめた。
信じられるわけがない。利用しようとしているだけに決まっている。
「私には野望があるんだよ、アルベルト。お前にも手伝ってもらう。お前がこの先も生き残れば、伯爵家の養子にする」
アルベルトは話が旨すぎると思った。対価には何かとんでもなく大きなものを求められているという気がした。
だが、都合が悪くなればこいつを切り捨てるのはこちらの自由だ。
アルベルトは将軍の話に乗ることにした。何にしろ、正規軍に入ればどこにでも大手を振って行ける。
惨めな思いはしなくて済む。
アルベルトが頷くと、将軍は皮袋を手渡してきて、アルベルトの仲間たち用のテントも用意すると言ってくれた。
食事も、これまでも用意はしてもらえたが、食べるのは自分たちのテントの近くだった。でも、今日からは正規軍と一緒の場所で食べていいらしい。
気味の悪い笑顔でこちらを見る将軍に、アルベルトは表情を変えないで頷いた。
アルベルトは仲間にどう説明しようかと思いながら歩いた。馬を引きながら、いつもよりもずっとずっと重い皮袋を抱えている。
これは皆にとって、自分にとって本当に正しい選択だったのだろうか。
地面に目をやりながら歩いていると、足元を影が通り過ぎて行った。アルベルトは足を止めて空を見上げた。誰かが通信用の鷹を放ったようだった。
太陽は輝いていた。アルベルトは光を浴びていた。そのまぶしさに目を細めながら思った。
そうだった。自分たちはのし上がるのだ。あの光り輝く場所に、これで少しは近づけた。今はそれでいい。
アルベルトは仲間たちの元に、ほんの少し重くなった責任感を抱えて歩いて行った。
◆
アルベルトは目を開けた。まだ部屋は薄暗い。
それもそのはずで、いつも夜明け頃に目覚めるから、まだ日の光はほとんど部屋に入らない。カーテンを開けても同じようなものだろう。
アルベルトは静かに起き上がると腕を伸ばして、ふと、自分の腕はこんなに長かっただろうかと思った。
きっと、さっき見ていた夢のせいだろう。子どもの頃の夢を見たような気がするが、内容はよく思い出せない。
横にはこちらを向いて寝ているマリアーナがいる。彼女を起こさないように注意しながら、その柔らかな金色の髪をなでる。
アルベルトは静かにベッドを抜け出すと、書き物机に向かった。便箋を取り、ペンをインクに浸すが、何を書いたらいいのか思いつかない。
こう毎日のことだと、習った語彙だけではすぐに書くことがなくなってしまう。
アルベルトはペンを走らせると、こんなものでいいのか首をひねる。ベランク語を話すことはできても、文字で書こうとすると、急にたどたどしくなるのがもどかしい。
でも昔、母語であるエイノール語の読み書きを勉強した時も同じだった。
手紙を置こうと枕元に戻ると、カーテンからわずかに漏れ始めた光が、ちょうどマリアーナの髪を照らしていた。
アルベルトはほんの少し迷ってから、その髪に口づけた。
おわり。
(次回から本編に戻ります。)
最後の夢から覚めたシーンは前後のお話(16話と17話)の間ではありません。適当な日の出来事です。




