第9話『……はい、マスター♡』
『…………?』
「……(コクリ)」
メイド服美女エンプと凪の視線?が交わる。
それは長年戦場を駆け抜けた友のような、完璧なアイコンタクト。
癖が一致した瞬間、主従契約が勝手に結ばれるのも自然の摂理であった。
『……はい、マスター♡』
『ヒッ――』
「じゃ、アタシもテイスティングと洒落込みますかね」
『ヒィィ――』
二人の前に、セレスの抵抗はむなしく散っていった。
――10分後――
『凪さん、エンプ。わかりますか?』
『お仕事なんですよ』
『遊びを作ってますが、遊びじゃないんですよ』
――さすがに怒られた。
『だいたいエンプ!』
『あなたはなんで毎回、私の匂いを嗅ぐんですか!』
『…………?』
『……設定』
『あー、ハイハイ! そうでしたね!』
『目隠ししているから、匂いで誰か判別してるんでしたね!』
『――って、バカァ!』
執拗なまでにセレスの首筋を嗅いでいた、デザイナーAI:エンプの秘密――もとい、設定が明かされる。
「ナン……ダト。その手が――」
「セレス。今まで隠していたが……実はアタシもなんだ」
『――おい』
「ア、イエ、ダイジョウブデス」
ゴミを見る目――流石の凪と言えど、美少女からのその視線には逆らえなかった。
『はぁ……反省しているようなので、今回は特別に許します』
『では、凪さん。話を進めてください』
正座している凪に、セレスは指をピッとエンプに移動させ、仕事の依頼を促す。
「そうだった……楽しくてつい、本題を忘れてた」
「エンプ。お前には、新イベントボスのデザインをしてほしい」
『企画書……見た』
『どんな……イメージ?』
「えっと、武器は――」
エンプは凪の唇に指を当てて、そっと制した。
『……読み取る』
「え、ちょ、ラッキースケ――」
エンプの顔が、ゆっくりと凪の顔に近づいていく――。
凪がキュッと目を閉じると、額にひんやりとした肌が当たった。
「んっ…………デコかぁ~」
「……えっと、セレス。これ何してんの?」
『…………凪さんの思考にリンクして、イメージ情報をダウンロードしているのでしょう』
口数の少ないエンプの代わりに、セレスがジト目で解説する。
『…………終わった』
エンプがパチンと指をはじくと、ウィンドウが表示される。
――――――――――――――――――
[ SYSTEM: IMAGE DOWNLOAD ] .......... DONE
> ACCESS POINT:NAGI_BRAIN_CORE
- 外見:セレス
- 服装:赤と黒が混じったドレス
- 武器:大きなハンマー
- 備考:厨二臭がやや強め、魔王風
――――――――――――――――――
『……描いていい?』
「え、すご……うんうん! 描いて描いて!」
『50パターンで……いい?』
「50……!? う、うん。OK」
「えっと、どんくらいでできるんだ?」
『…………8分?』
「う、嘘だろ……」
「ちょっと待ってるから頼む!」
『……はい、マスター♡』
2150年の電脳世界の技術に、ダウナー系の凪が珍しく興奮している。
そんな凪を見てか、口数の少ないエンプの背中からも嬉しいが醸し出されていた。
『…………では、私は戻っていますね』
「セレス。ここにいな」
トボトボと身を引こうとするセレスの腕をつかんで、凪は静かに引き留めた。
「クリエイターの仕事を見るのも、プロジェクトマネージャーの仕事だよ」
『プロジェクトマネージャー……?』
「そう。PMな」
「セレス。お前の仕事は開発費、開発スケジュール、クリエイターの管理」
「ゲーム開発の現場において、重要な役割のひとつだ」
「アタシは、企画、仕様検討、クオリティチェック、プロモーション戦略検討」
「ディレクターの仕事だな」
「ディレクターとプロジェクトマネージャーは、一蓮托生」
「プロジェクトマネージャーが、しっかり管理してくれるから、ディレクターはゲーム開発に集中できるんだ」
「セレス。頼りにしてるよ」
「ずっと、アタシの傍にいな」
凪の最後の一言には、なんとも言えない哀愁が漂っていた。
その哀愁の真意を、セレスはまだ知らない――。
『……ずるいです』
――8分後――
『……できた』
『イメージ……近いの……ある?』
50枚のイラストが、宙に浮いて表示されている。
「すっご……ホントに8分で」
「うーん、これと……これと……最後にこれ!」
「この3点がイメージ近いかな」
凪は30秒もかからず、50枚の中から3枚をピックアップする。
「で、服装はこれ」
「武器がこのデザインでぇ……うーん、あと2倍大きく」
「あ、胸は小さく」
「ぺったんこ」
「見て、本物を」
『は?』
セレスは聞き捨てならないセリフに、眉をピクつかせながら胸を張る。
『…………?』
『凪……セレス……意外とある』
『……着やせ』
『ちょっと、エンプ!?』
「エンプ……もっと詳しく」
『……はい、マスター♡』
凪とエンプは、セレスの胸を真剣なまなざしで見つめながら、"おっぱい談義" を始める。
『もう! 二人して私の胸を凝視しないでくださいっ!』
『ぺったん……小さくていいですからっ!』
セレスは小さなプライドを残しつつ、二人に最大限の譲歩をした。
***
『……どう?』
エンプは10秒もかからずに、調整バージョンを提示してきた。
「うん!」
「うんうん!」
「アタシの頭の中にあったイメージそのままだ!」
「これで開発項目② "新しいイベントボス" のビジュアル完成だな!」
「名付けて、 "断罪領域の支配者セレス" ってとこかなぁ」
「技名は――クリムゾンブレイク……ジャッジメントエリア」
「ふむ……支配者セレスのバトル設計は……ぶつぶつ」
新ボスの出来の良さに、凪は自分の世界にどんどん入っていく。
『……凪さん?』
「んっ……あぁ、ごめん」
「エンプ、このビジュアルを元に3D化して、完成したらヌルちゃんに送ってくれる?」
『……はい、マスター♡』
「エンプ、素敵なデザインをありがと」
「じゃ、またな」
凪は生き生きとした顔で、エンプに別れを告げ、ドアに向かって歩いていく。
『――――はい、マスター』
『また……きて』
『セレスも……』
『はい! エンプ、また来ますね!』
エンプの表情は変わらない。
しかし、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせながら、凪とセレスを見送った。
***
「よし、セレス」
「今日はこのまま "支配者セレス" のバトル設計を考えるよ」
「また部屋にこもるから、ドア出してくれる?」
『――え』
当然、ドアを出してくれると考えていた凪は、セレスの戸惑いに記憶をさかのぼる。
「(あ……昼間に約束したゆりかごかぁ)」
「甘えんぼセレスちゃん。終わったら連絡するから」
「昼間の続きは、その後で、なっ」
『は、はぁ!? 違いますがっ!?』
『もう、早く仕事してください!』
『…………ふん!』
セレスはパチンと指をはじき、凪の部屋のドアを出現させる。
凪はニヤけ顔のまま、自分の部屋に入っていった。
***
『ふむ……大型アプデ開発は順調なようじゃの』
『流石は、七海の姉と言ったところじゃな』
『――――』
『――じゃが、時間はもうさほど残されておらんか』
『七海……約束は守るからの』
暗い部屋に一人、金髪ロングの白衣を着た少女がつぶやく。
赤いチャイナメガネを見つめながら――。
―第10話につづく―




