第8話『いいぞ。もっとやれ』
凪は考え込んでいた。
いつも判断が早い凪には珍しい長考――。
そして、考えがまとまったのだろう。
静かに目を開き、口を開く。
「よし、この子はn――」
『諦めてください。ヌルです』
セレスの高性能推論エンジンが火を吹く。
凪の思考パターンを完璧に読み切った、強烈にして苛烈にして無慈悲な回答だ。
凪は静かに席を立って、トボトボと自分の部屋に向かって歩き出す。
『……凪さん?』
「これが……Iの……ことか」
『え?』
『何ですか?』
「これがAIのすることかよぉぉ」
凪の目には光が宿っていない。
腐敗した死んだ魚の目がそこにあった。
「もうダメだ……アタシのツンツンロリっ子が」
「――ねる」
『わぁぁ! 寝ないでください!』
『引きこもらないでくださいっ!』
「もう無理ぽ」
『え、ちょ、力つよ。決意が固い……!』
『ごめんなさい、ごめんなさい!』
『なんでもしますからぁぁ――!』
爽やかな草原に、あまりにも業が深いセリフが響きわたる。
セレスがマズいと察した時には、もう手遅れだった。
――10分後――
「スー……あのね……メンヘラはいいと思うの」
「でもね。強属性に、違う強属性はダメだと思うの」
「打ち消し合ってると……スー……思うの」
「うーん、うーん」
凪はセレスの胸に顔をうずめて、駄々をこねていた。
『――えぇ、そうですね』
『わかりますよ』
『それでは、チャットでのヌルは、ヌルBとしましょうか』
『そうしましょう』
凪の頭をなでながら、目に光が宿っていないセレスがそこにいた。
会話の内容さえ聞こえなければ、聖母像のような光景だ。
「でもねでもね……ヌルちゃんのアイデンティティは大事にしたいと思うの」
「あと5分……スー……こうしてれば元気出るの」
『(え……めんどくさ)』
――10分後――
――――――[CHAT LOG]―――――――
> 凪:ヌルちゃーん。爆速な確認ありがと。
> 凪:昨日は怖がらせちゃってごめんね。
> ヌル:えーん、凪っち、圧倒的陳謝!(´•̥ ω •̥` )
> ヌル:ちょっと人見知りモード突入だったなり。。。
> ヌル:ヌル、かっこいい凪っち大好きだよ(*•᎑<*)ー☆
――――――――――――――――――
「え……セレス、たまらん」
「ヌルちゃん、たまらんって」
『ア、ハイ』
その返事に感情はなかった。
ただただ空虚。
セレスは対 凪スキル "受け流し" を覚えた。
――――――[CHAT LOG]―――――――
> 凪:えへ、えへへ。ありがと。
> 凪:あ、そうだ。確認したいことって何かな?
> ヌル:あ、そうそう!
> ヌル:開発項目「② "新しいイベントボス" の開発」で新スキル開発はあるでござる?(´っ・ω・)っ
> 凪:あ、そうだなぁ。
> 凪:とりあえず、今使えるスキル一覧くれる?
> 凪:新しいスキル開発、必要だったら仕様を送るよ。
> ヌル:了解なり!(๑•̀ω•́๑)ゞ
――――――――――――――――――
ピロン。
早速、スキル一覧が送られてきた。
「はっや――」
「うーん……あとは、開発工数を聞いておくかな」
――――――[CHAT LOG]―――――――
> 凪:ヌルちゃん、ヌルちゃん。
>凪:今回の大型アプデ、どれくらいで開発できるかな?
> ヌル:15日!!(❛ᴗ˂ )⌒♡
> 凪:え、全部?
> ヌル:もち!!(❛ᴗ˂ )⌒♡
> ヌル:早速今日から着手するでござる!
> ヌル:わかんないところは、凸っちゃうのでヨロソー!(´•̥ ω •̥` )
> 凪:えへ、えへへ、いつでもおいでー。
―――――――――――――――――――――
肌をツヤツヤさせた凪は、天を仰ぐ――。
「あぁ……2150年、いいな」
『……』
反応が返ってこない。
前方に目をやると、頬をふくらませているセレスがいた。
「セレスちゃーん? どうしたのかなぁ?」
「お姉さんの膝の上においでよー」
『…………』
ちょっと揺さぶられたのか、セレスは横目でチラッと見る。
「ちっちっちっ」
「セレスちゃーん、お・い・で♪」
『…………』
『………………ふん』
セレスはプリプリしながら、凪の上に座った。
「(座るんかーい!)」
『……で、次はどうするんですか』
「そうだなぁ……次は、新イベボス "管理AI セレス" のビジュアルだな」
「デザイナーAIとかいんの?」
『はい。いますよ』
凪は膝の上にいるセレスを抱っこしながら、椅子をギコギコとゆりかごをしていた。
「よし。それじゃあ、早速つれていってくれ」
『…………』
「…………」
「……また、夜してやるから」
『――いきますよ』
テコでも動きそうになかったセレスが、すでに新しい扉の前にいた。
『何してるんですか?』
『早く行きますよ』
「お、おぅ」
「(――気に入ったんだな)」
***
「……なんなんだ」
「この空間は――」
『あ、あの……!』
『毎回言ってますよね……んっ』
『……近いですって! エンプ!』
『……ふふ♪』
セレスは、目隠しをしたエンプと呼ばれた "メイド服美女" に迫られていた。
『な、凪さん!』
『見てないで助けてくださいっ――!』
「……」
「はぁ……やれやれ」
懇願するセレスを見て、凪は重い腰を持ち上げる。
「……ふむ」
「いいぞ。もっとやれ」
―第9話につづく―




