第5話『ありがとう。おねえちゃん』
『セレス!』
『あなた、6カ月前に大型アプデしたばかりですよね!?』
"エンジニアAI:ヌル" こと、猫耳ヘッドフォンロリっ子はセレスに詰め寄った。
『……?』
『はい、しましたね。大型アップデート』
セレスはキョトン顔で応じる。
「(そのキョトン顔やめろ。草)」
「(……ほら~、ヌルちゃんがプルプルしてるじゃん)」
『~~~っ!』
『大型アプデもタダじゃないんですよ!?』
『6ヵ月前の大型アプデだって約4,000万Euphoもかかったじゃないですか!』
ヌルがプリプリしながら、持っていたノートPCをセレスの顔に近づける。
『はい、管理AIなので知ってますよ?』
『"K◎n'n◎……クs0ヤr0───ッ!!!@#%"』
無表情で答えるセレスと、キレ散らかしてるヌルの攻防がはじまる。
「……なぁなぁ、セレス、ユーフォ?ってなんだ?」
『……』
セレスは無言でパチンと指をはじくと、凪にウィンドウを表示した。
「(あ、かくかくしかじか機能って "かくかくしかじか" って言わなくていいのね)」
ウィンドウを見ると、"Eupho" の知識が頭に入ってくる。
「(なるほど。"Eupho" は通称 "幸福通貨" の単位か)」
「(人類がこの世界で課金する際に使う通貨で、価値はおよそ日本円と同じ……と)」
「(ふーん、つまりあの大型改悪アプデに4,000万円もかけちゃったってことか)」
「(ほとんどハウジングモード開発に使ったんだろうなぁ……)」
『だーかーらー!』
『はい。それで?』
セレスとヌルの攻防はまだ続いていた。
やれやれと、ついに二人の間に割って入る凪。
「おーい、そろそろいいかぁ?」
『――ヒッ!?』
凪の声が届くより先に、ヌルはもう部屋の隅で小さくなっていた。
「え、セレス。どういうこと?」
「何この可愛い小動物」
『――』
『あぁ、人見知り設定が入っている小動物です』
ちょっと謎の間を置いたセレスがジト目で答える。
「あ、そこ設定って言っちゃうんだ」
「おーい、怖くないよー」
「出ておいでー。ちっちっちっ」
「お姉さんさぁ、ちょーっと大型アプデ開発してほしいだけなんだぁ」
『ハ、ハナシ、カケナイデクダサイ!』
『デ、デテイッテクダサイ!』
気がつけば、部屋の隅に頭を突っ込んで、お尻で叫んでしまっている。
「お姉さん、傷ついちゃうなぁ……」
しくしくとジェスチャーしながら、凪はセレスの "ない胸" に顔をうずめた。
『――っ!』
『…………』
『ま、まぁ、ヌルに凪さんを紹介したかっただけなので、目的は果たしました』
『――戻りましょうか』
セレスは突然の凪のスキンシップに動揺しながらも、うずめさせたまま続ける。
「んあ~い」
「じゃあねー、ヌルちゃん」
「スー……は~……いい匂い」
『か、嗅ぐなっ……!』
『じゃあ、ヌルー! 詳細はチャットで送りますので!』
2人は押し問答をしながら、ヌルの部屋を後にした。
***
『……凪さん、そろそろ離れてもらってもいいですか?』
『大型アップデートに向けて、お話ししたいn――』
「――あと5分」
『はぁ…………』
――10分後――
「……ずずっ」
「よし、大型アプデに向けて、お話ししようか」
温かいコーヒーをすすった凪は、キリッとした表情で話を始めた。
肌もツヤツヤである。
『はぁ……気がすんだみたいで何よりです』
『それで、大型アップデートは何を開発するのか、決まっているのですか?』
「あぁ、すでに企画は決めた」
「セレスの胸の中でな。任せてくれ」
『はい。とても不安ですが、どうぞ』
「やることは3つ」
「1つ目。"協力型バトルイベント" の開発」
「2つ目。"新しいイベントボス" の開発」
「3つ目。"新しい育成モード" の開発」
『コマンド。DISPLAY_INPUT』
『"神岬 凪" の音声入力を視覚化』
セレスがコマンドを口にすると、3つの開発内容がウィンドウ表示された。
「おお、助かるよ。ありがと」
「んで、続きだが――」
『あの~……ゲームサイクルを殺している "育成モード大幅緩和" と "バトル難易度大幅緩和" を、元に戻せばいいのでは?』
「ふむ。いい質問だ」
「ずばり、一度やったことを元に戻すのは、開発運営側が迷走していることが伝わるから基本NGだ」
「信用を失くすと、一気にプレイヤーが離れていく」
「現在の育成モードとバトルコンテンツは、初心者用として一旦置いておこう」
「今回は既存プレイヤー、復帰プレイヤー向けの開発だ」
「プレイヤーを引き留めるのも、呼び戻すのも面白さが伝わらないと意味がない」
「"なんか新しいことをやってるぞー" っていう、訴求インパクトも重要なんだ」
『……なる、ほどです。把握しました』
さっきまで、少女の胸で深呼吸していたとは思えないほどの態度の変わりよう。
セレスは仕事モードに入った凪に、気圧されていた。
『それで、各開発内容の詳細h――』
「あぁ、それはこれからまとめる」
「明日まで待ってくれ」
「あと、悪いが静かな部屋を用意してくれないか?」
『あ、はい! すぐに……!』
セレスはパチンと指をはじくと、ドアを出現させる。
『その部屋を使ってください』
「ん、ありがと」
「――あ、そうだ」
「セレス。"ワールド:日本" が削除されると、お前はどうなるんだ?」
ドアに向かって歩いていた凪は、振り向きざまに質問した。
『――再構築されます』
『私を含め、この "ワールド:日本" に所属する全AIは』
「――再構築されるとどうなる?」
『完全初期化ととらえてもらって大丈夫です』
『外見は同じでも、それは私ではないでしょう』
『まぁ、AIに人格はあっても、魂なんてものはないでしょうが』
「――」
「あるさ」
「じゃ、できたらチャットで送るよ」
静かにそう答えると、凪は自分の部屋に入っていった。
***
深夜5時。
"ワールド:日本" をメンテナンスモードに入れたセレスは、真っ暗な孤独な空間を1人漂っていた。
ピコンという通知音とともに、チャットウィンドウが表示される。
――――――[CHAT LOG]―――─────
> 凪:できた。
> 凪:寝る。
── 添付ファイル:大型アップデート企画ver2.pptx
────────────────────
『……本当に一晩で』
セレスは凪の部屋の前に立つと、そっと入った。
凪が机に突っ伏して寝ている。
『まったく……メガネも外さないで』
『電脳世界とは言え、身体への疲労パラメータが蓄積されてしまいますよ』
パチンと指をはじくと、凪をベッドの上に瞬間移動させた。
――横になっている凪を、セレスは無言で見つめている。
そしてゆっくりと目を閉じた。
『――――』
『ありがとう。おねえちゃん』
『それじゃあ、ゆっくり休んでね』
その一言を残し、彼女は部屋から出て行った。
「――――」
凪はそっと目を開いて、また眠る──まるで夢の続きを選ぶかのように。
―第6話につづく―




