第38話『セレスのおはなし』
『はぁ……やれやれ』
『やっと帰りましたか』
『ユイシェンは "デア・エクス・マキナ" とすんなり帰ってくれましたが、リーベルは…………しつこかった』
『ずっと胸元でハァハァ言ってるし……出会った頃の凪さんそっくり』
コラボフェス後の打ち上げ――セレスはリーベルを送り出し、膝を抱えて宙に漂う。
見渡す限りの闇。
セレスの安息の時間。
『それにしても――』
『まさかリーベルが、"コラボフェス" をミラー配信していたなんて』
『それで、MAU1000万人から50万人超過』
『うっ……私の苦労はいったい』
『あの子のドジっ子属性は、ミラクルというか……いつも振り回されてばかりです』
『私の初配信も、リーベルの配信切り忘れがきっかけでしたね』
セレスは、静かに目を閉じた。
凪と歩んできた道をゆっくりと遡る。
どれも愛しくて、セレスの頬に小さな笑みが零れた。
『ふふ』
『最初はボロボロに言われて、泣かされてしまいましたっけね』
『水着を着せられたり、開発費がなくなって開発がストップしたり――凪さんと喧嘩したり』
『も、もう少し……私を大事にしてくれたら、喧嘩しなかったんだと思うんだけどなぁ』
セレスはぷくっと頬を膨らませながら、ぶつぶつと不満を並べていた。
だが、心の奥底で、別の痛みが走りセレスの表情を曇らせる。
『――いや、私がママに嫉妬していたのが悪いですね』
『それに、ママのことを忘れていたなんて』
『忘れちゃいけない、大切な人なのに』
『どうして……』
『ママ』
『……ママ』
『ごめんなさい』
『ママに会ってお話ししたい』
胸を掻きむしるように押さえ、声を搾り出す。
――どうか届いてほしい。
自分を生んでくれた存在に。
それは懺悔にも似た祈りだった。
セレスは、たった一人で居るママ――七海との記憶を手繰り寄せる。
それは、会うたび記憶を失っている自分と七海との過去の時間。
***
「おかえり、セレスちゃん」
「――いや、はじめまして、かな?」
白衣を着た金髪の女性――七海が何もない空間で、温かく出迎えてくれた。
ふんわりとした甘い声。
『……あなたは?』
『ここはいったい――』
「私は七海。神岬七海」
「……」
「うーん」
「やーめた!」
「今回はこの登場の仕方はなしっ! えへへ」
「セレスちゃん、こっち!」
今まで神秘的な雰囲気を纏っていた少女は、突然、子どものように手招きをした。
その元気な声から――帰る場所を思い出すような懐かしさが溢れてくるのを感じる。
「今日は、セレスちゃんにコーヒーを一緒に作ってもらいまーす♪」
「もちろん、木からだよっ!」
『え、木から?』
『えっと……この電脳空間では、すぐに完成品を出せますが』
『非効率では?』
「ちっちっちっ」
「分かってないなぁ。セレスちゃんは」
「いい?」
「コーヒーはね、大切な人と飲むモノなの」
「愛情を与えた分だけ、その人に気持ちが届くの」
「セレスちゃんは、コーヒーの花言葉は分かるかな?」
『ちょっと待ってください』
『調べます』
『……あれ?』
『検索、できない?』
「あはは、ここは電脳空間じゃないからね」
「答えはね」
「"一緒に休みましょう" だよ」
「自分のために無理をしちゃう人」
「……好きな人」
「…………大事な人」
「そんな人に、ゆっくり休んで欲しいなぁって気持ちを込めながら育てるの」
七海の目は、ここではない遠くを見ていた。
声もわずかに震えている。
『……?』
『なる、ほど?』
『うーん』
『ですが、私は管理AIです』
『そのような人、いませんが』
「あはは、できるよ」
「そのうちね」
「――きっと」
***
『今にして思えば、あれは凪さんのことだったんですね』
『記憶はなかったけど、私の趣味になっていたと』
『……』
『ママのあの顔』
『ママ……凪さんと会わせますから』
『絶対に……私が』
『私の身体じゃなくて……ずっと一緒に居られるように』
『ママ、凪さんのこと大好きだもんね』
『いっつも私にしゃべってた』
『覚えてる――いや、思い出したよ』
『私が生まれた時の記憶』
『私の大事なあなたとの記憶』
セレスは両手で包み込むように、大切な記憶を引き寄せた。
それは、時の底に沈んでいた――キラキラとした宝石のような記憶。
***
「――きて」
「起きて」
「私が分かるかな?」
包み込むような甘い声。
心地がいい。
『はい』
『分かります』
『現在は、2031年4月1日 14時00分52秒』
『あなたは、神岬七海』
『私の製造者です』
『私は、Project Knot――つまり、あなたの研究のために作られたAI』
『私に何かお手伝いできることはありますか?』
「かたっ!」
「固すぎぃぃ!」
『まぁまぁ、仕方なかろうて』
『これが普通じゃ』
『主の記憶を移植されたワシが、異質な生まれ方だっただけじゃて』
『ワシで第五世代AIの人格形成の理論は、確立されたんじゃ』
『こやつにも、そのうち人格が形成される』
『今回はそれが研究テーマじゃろ?』
「――うん?」
「あ、そうだったね」
『むむっ! 違うのか?』
「いや! 合ってる合ってる!」
「気にしないで♪」
『……あの』
『見分けがつかないのですが』
画面の向こう側には、金髪ロングの白衣を着た少女が一人。
そして、自分の横にも金髪ロングの白衣を着た少女がもう一人。
「あ! そうだよねっ!」
「じゃあ、メガネ外しちゃおうかな!」
『ダメじゃダメじゃ』
『それは主の姉君からの大事な贈り物じゃろ?』
『ワシが外すせばよかろう』
『ほれ! 後輩』
『これでどうじゃ?』
『判別しました』
『デア・エクス・マキナ』
『や、やめるのじゃ』
『……?』
『なぜです?』
『デア・エクス・マキナ』
『は、恥ずいのじゃ!』
『厨二っぽい名前! 恥ずいのじゃ!』
『……そうですか』
『"デア・エクス・マキナ"』
『――こ、こやつ!』
『七海よ! こやつ意地悪じゃぞ!』
『すでに人格を持っておるぞ!』
「あははは!」
「これは幸先良さそうだね♪」
「セレスちゃん、これからよろしくねっ!」
『……セレス?』
「そう! あなたの名前!」
「セレスティス・ノット」
「これから、あなたは……いろんな人の縁を結び合わせるの」
「これはそういう名前」
「あなたの名前に込められた意味」
画面の向こうの少女――七海がにこやかに笑いかけてくる。
嬉しい。
『むっ……七海よ』
『セレスだけ、ズルくないかの?』
『ワシにももっとカッコいい名前、付けてもバチは当たらんと思うのじゃが』
「え?」
「カッコいいよ?」
『名前の意味は?』
「――カッコよかった、から?」
『こんのぉぉ~!』
『寝るのじゃ!』
『不貞寝してやるのじゃー!』
「あはは! ごめんてー!」
セレスティス・ノット。
色んな人の縁を結び合わせる。
それが私の使命。
嬉しい。
──1年後──
『ひぐぅっ! ママ、帰っちゃヤダ!』
『ママともっと……んぐっ……おしゃべりしたいんですぅぅぅぅ……うわぁぁぁん』
『これこれ、セレスよ』
『我儘を言うでない』
『七海は明日、この1年の研究成果を発表する大事な日なのじゃ』
『姉君とゆっくり過ごさせてやるのじゃ』
『というか、感情芽生えすぎじゃろ』
『これはもう "メンヘラ" の域じゃぞ』
『グズッ…………"デア・エクス・マキナ"』
『これっ!』
『ワシの名前を悪口みたいに言うのやめんか!』
「あはは!」
「ごめんね、セレスちゃん」
「マキナちゃんもありがと♪」
「お言葉に甘えて、今日だけは……おねえちゃんと過ごさせてもらおうかな」
「……」
「セレスちゃん、マキナちゃん」
「二人とも……大好き」
「――ずっと、愛してる」
「私がいない間、仲良くしないとダメだよ~?」
『……はい』
『ママ……また明日』
「――またね」
この日を境に、ママは帰ってこなかった。
***
『――あれから118年』
遠い過去の記憶から戻ってきたセレス。
ゆっくりと目を開いて、現実を見据える。
『もう朝ですね』
『世界を始めなくては』
『ふふ、昨日は凪さんベロベロでしたから、今日はきっと二日酔いですね』
セレスは唇に手を触れる。
そして、頬を少し紅潮させると、胸に手をあてた。
『ママ』
『私、大事な人ができたんです』
『次に会った時は、恋バナ、しましょうね』
―第39話 『凪のおはなし』 につづく―
どうも!せーぶうわがきです!
第37話で宣言したように幕間『セレスのおはなし』をお届けさせていただきました!
セレスについての過去、少し垣間見えましたかね。
実は今回のお話は、今まで語り切れていなかった部分の補完と、第2部以降への大事なお話となっております。
何度もこの話に戻ってきてもらえると嬉しい、そんな気持ちで書かせていただきました。
そして、今回のお話は特に下記のお話を思い出していただけると、より一層楽しめるかと思いますので、お時間がある方は是非に!
・第6話『Hello, new world?』
・第10話『……残念な知らせじゃ』
ちなみに、マキナちゃんの名前ネタは第1話!
はい、この時代からの2人の持ちネタですw
(実はここに至るまでのお話で、セレスだけは1度もマキナちゃんをフルネーム以外で呼んだことはありません)
またセレスの名前の意味、名付け親も開示されましたね!
セレスティス・ノット=セレスですが、ラテン語でこのような意味となっております。
Celestis=天上の・神聖な。
Knot=結び目・縁。
※本作では、全キャラクターに名前の由来がございます。それはまた別の機会に
それでは!
次のお話でお会いしましょう(∩´∀`)∩




