第28話『――はい。いつまでも』
『グズッ……んっ……』
闇に沈む部屋の中、ぽつりと浮かぶブラウン管テレビの光。
揺れる映像が、泣きじゃくるセレスの顔をやさしく切り取っていた。
『ヤレヤレですわ』
『まったく……良いところでしたのに、邪魔が入ってしまいましたわね』
戻ってきたブランが、淑やかにテレビの前に正座をする。
横で泣いているセレスには目もくれず、再び "シューティングゲーム" を始めた。
『ごめん、なさい……グスッ……うるさくして』
『別に、あなたに言っていませんの』
ボカン!
ブランがテレビの中で操っていた機体は、弾幕に飲み込まれ残機が1つ減る。
『……』
『泣いている……その…………"友人" を追い返すほど、野暮ではありませんわ』
『……ありがとう、ございます』
『ダメ、ですね。"人前" で泣いてしまうなんて――管理AI失格です』
『――ふん』
『あのクズが現れる前、あなたがよく一人で泣いていたのなんて、誰でも知っていますわ』
『泣き虫の癖に、心配をかけまいと気丈に振る舞い、ワールド存続をずっと考えてきた』
『そんな "あなた" だから、皆も協力していましたの』
『仕事だから、なんて薄っぺらい理由でモノを創っていませんわ』
『あと、わたくし "AI" ですのでノーカンですの』
『だから……たまには、甘えることも……覚えてください、まし』
『いえ、覚えるべき、ですわ』
ブランは、再びゲームを開始する。
ブラウン管テレビに照らされた、彼女の表情はひっそりと朱に染まっていた。
今まで聞いたことがないブランの言葉に、セレスは思わず目を丸くした。
その目元に、やがてふっと、あたたかな光が差し込むのに時間はかからなかった。
『ありがとう、ございます……それでは、お言葉に甘えます』
『……!』
『い、いきなり膝に寝るなんて、あなた……大胆ですわね』
『ダメ……でした?』
『くっ……ダメと、いつ言いまして?』
『好きなだけ――』
ボカン!
テレビ画面からは、悲しいBGMとともに "GAME OVER" の文字が浮かんでいた。
『ふふ……GAME OVER、ですよ?』
『やっぱりどきましょうか』
『最初からやるために、わざと死んだんですの!』
『別にあなたのせいで、手元が狂ったわけではないので!』
『自惚れも大概にしてくださいまし』
『ふんっ』
膝の上にいるセレスを落とさないように、ブランはリセットボタンへ手を伸ばした。
***
『……』
『ブラン』
『もう "52回" ほどGAME OVERになってますが、楽しいですか?』
『クリア方法なら前に――』
『楽しいか楽しくないかで聞かれたら……楽しくないですわね』
『でも、わたくし、負けたままでいることが嫌いなんですの』
『バグ技でのクリアなんて、わたくしには "負け" も同然ですわ』
『あと、カウント、やめてくださいまし』
ブランは、腹いせか癒しを求めてか、セレスのほっぺをむにむにしていた。
『負けひゃまま……でひゅか』
『ぶひゃん……私、どうひたらいいんでひょ』
『そのまま喋らないでくださいまし……動悸がしますわ』
『ワールド存続のことか、あのクズのことか――わたくしにはどうでもいいですわ』
『ただ、一つ言えることは……あなたは一人ではないということですの』
『あなたがワールドを終わらせる、と言うのであれば、わたくしも最期まで隣におりますわ』
『きっと、ヌルもエンプも――このワールドのAI全て、あなたを憎む者なんておりませんの』
『セレス、あなたは "そういう存在" ということだけは、覚えておいてくださいまし』
『ブラン――』
ピロン。
ブランの目の前に、チャットウィンドウが展開される。
『…………』
『まったく、今日はよく邪魔が入りますわね』
『どうやら、あのクズの元にも、2名ほどおせっかいがいるようですわ』
『どうやって嗅ぎつけたのやら』
セレスは何か勘づいたのか『ふふっ』と笑い、意を決したように立ち上がる。
『何を笑ってるんですの』
『いーえっ! 何もありません!』
『ただ、これだけは言わせてもらいますね』
『ブラン』
『ありがと! ちゅっ』
『んなっ! な、なななにをやってるんですの……殺す気ですの!?』
『いーえ! "生きる" おまじないです♪』
『どうやら私も、負けたままでいることが嫌いだったみたいです』
『――ふ、ふんっ』
『いってらっしゃいまし!』
床に転がるブランを置いて、セレスは凪の元へ――強く歩を進めた。
***
"ホシ娘" のハウジングモード――洋風の家に併設された木造のテラスに、凪が一人腰かけていた。
セレスも、視線を合わせることなく、その隣にそっと座る。
夜の静けさが、二人の間に長く伸びていた。
「その、セレス……ごめん」
『……』
『何に対しての謝罪ですか?』
凪は深く深呼吸する――そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前の気持ちを考えていなかったこと……事前に相談しなかったこと」
「そして、"一番" って言えないこと」
『知って……ます』
『凪さんと妹さんとの間に、私が入り込む余地がないことくらい……分かってるつもりです』
「……ごめん」
「でもな、これだけは信じてほしい」
「アタシは、セレスのことを "パートナー" だと思ってる」
『パートナー?』
「あぁ」
「前に言ったな」
「ディレクターとプロジェクトマネージャーは、一蓮托生」
「お前は "スペシャルプロジェクトマネージャー" だって」
『はい』
「お前には、何度も助けられてたんだ」
「アタシがミスをして、開発費が足りなくなった時の補填」
「お前が慣れない配信をして、プレイヤーを常に楽しませていたこと」
「"せれちゅたん" の新しい進化先の提案と、開発費の捻出」
「どれが欠けても、今の現状はない」
「それにな……」
凪は、目を合わせないまま、セレスの手をそっと握る。
「アタシがここに来た時――生きる気力も何もなかったんだ」
「ずっと、もう死んでもいいやって思ってた」
「毎日」
「そんなアタシを、笑わせてくれて、やる気をくれて、生きる意味を思い出させてくれたのは他でもない "セレス" なんだ」
「だから、アタシにとってセレスは、"最高のパートナー"」
セレスの握られた手は、だんだんと温もりを帯びていった。
――その熱と共に、二人の視線は深く交わる。
『それを言うなら、私もです』
『凪さんが来る前、ワールド存続が何をしてもダメで絶望していました』
『人類の方が滅びればいいと思うくらい』
『でも、凪さんは、私に "希望" を教えてくれました』
『何がダメで、どうすればいいのか』
『常に私の前に立って、引っ張ってくれました』
『あなたは、私の "希望" そのものだったんです』
『だから私、凪さんのように希望を与えられる存在になりたかったんです』
『凪さんの隣に立ちたいと思ったんです』
『――』
『私は今、凪さんの隣に立てていますか?』
セレスも凪の手を、強く握り返す。
セレスの目からは、熱く――眩しい意志を感じた。
「あぁ……あぁ! もちろんだ」
「その……なんだ」
「前に言った言葉をもう一度言うが、今度は意味合いが違う」
「一回しか言わない、から」
凪は頬を紅潮させ、瞳を揺らしながら口を開いた。
「セレス」
「――アタシの傍にいてくれ」
それは凪からセレスへの再契約――誓いの言葉だった。
セレスの瞳から、自然と雫がこぼれる。
そして、幸せそうな笑顔を凪に向けた。
『――はい。いつまでも』
―第29話につづく―
どうも、せーぶうわがきです!
今回の二人の会話には、お互い子どものような素振りを見せながらも、今まで隠してきた気持ちが交錯しています。
セレスが絶望していたと言っていますが、第一話の第一声がまさにそれでした。
そして、どの程度絶望していたのかは、ブランが凪が来る前のセレスの状況を少しだけ言ってくれましたね。
ブランが急浮上しておりますが、セレスに特別な感情があったのかどうかは、是非24話の別れ際から続けて読んでいただけると、この時どういう気持ちで発言したのか分かるかと思います。
ブランとセレス、この二人も今後とも注目していただけるとわたくし嬉しいです。
(ちなみに、ブランがプレイしているシューティングゲームは、第24話で凪がプレイさせたファンからの二次創作ゲームです)
では!今回はこの辺で。
第29話でお会いしましょう!




