第23話『出て行ってくださいまし』
「今は…………3月4日」
「さすがに、3月10日には "せれちゅたん" イベントをリリースしておかんとヤバいぞ」
「これは――困った」
予想外の問題に、凪は腕を組んで天を仰いだ。
真っ白な思考の迷路に入りかけたその時――服の裾を、ちょんちょんとつままれる感触。
「ん? ちょっと待ってくれ」
「今考えてる」
『――』
『凪さん』
『優先順位が逆です』
『まずはブランの所に行って、様子を見に行きませんか?』
制止を聞かず、発せられたセレスの一言。
それは凪にとっては、会社で新卒に言い続けてきた――あまりにも重い一言だった。
「…………マジ、か」
「アタシ……が……?」
「テンパってた……?」
『……凪さん、前に言いましたよね?』
『大事なことはちゃんと言え、と』
『私も今――そう思ってます』
凪の裾をぎゅっと握り、逃げ場のないまなざしで訴える。
引き込まれるような視線に、凪は頬をポリポリとかきながら顔を背けた。
「んだよ……痛いとこ突きやがって」
「その……なんだ」
「……悪かったよ」
セレスは凪に腕組みをし、ブランの部屋へと歩き出す。
『凪さん♪』
『脈拍、はやいですねぇ』
「やかましっ!」
『ふべっ!』
凪は目を閉じ、微笑みながらブランの部屋へ向かった。
「(AIの魂、か……)」
***
『近寄らないでくださいまし』
真っ暗な部屋――そこにポツンと光る、ブラウン管テレビ。
ポチポチと旧型ゲームをしている少女が、そこにいた。
「ねぇ、セレス」
「この子が……ブランちゃん?」
『はい、引きこもりブランです』
『……間違えました』
『シナリオAI:ブランです』
『五月蠅くするようであれば、出て行ってくださいまし』
『余韻が台なしですわ』
テレビには "THE END" の文字が浮かび、明るいBGMが流れていた。
ブランがゆっくりとこちらを振り返る――明らかに機嫌は悪い。
「――うぐぁぁっ!!」
「白髪、両サイドだけ長い前下がりボブ。気品のある白い着物。清楚な見た目とは裏腹に気だるげな格好で旧型ゲームをしている美少女。そして、口調は苛烈にして毒舌。極め付きは糸目! 要素のハッピーセットぅぅぅぐあぁぁぁっ! 脳が焼かれるぅぅ!」
ブランの顔を見た瞬間、凪はひっくり返って床を転げ回った。
『な、なんなんですの……気持ちが悪い』
『セレス、説明してくださいまし』
『ア、ハイ』
『単なる発作なので、お気になさらず』
『えっと、ディレクターの凪さんです』
『あぁ、あの――』
『まぁ、どうでもいいですわ』
『お帰りくださいまし』
そう言うと、床に手をつき丁寧にお辞儀をする。
そして、またプイっと旧型ゲームに向き直った。
『ちょ! 待ちなさい、ブラン』
『仕事をやってからにしてください』
『ワールド消滅の危機なんですよ?』
『分かってますよね?』
セレスはいつもより強い口調で、ブランに仕事を促す。
『やる気が出ませんもの』
『どうしようもありませんわ』
『あなた――!』
「まぁ、待て」
「セレス。ちょっとあっちで作戦会議をしよう」
『ひっ――!』
真剣な口調で、凪はセレスを制す。
凪につかまれた肩――鼻血で朱に染まっていた。
***
「AIが仕事を拒否するなんてあるんだな」
鼻にティッシュを詰めた凪が、腕組みをしながら問いかける。
『はい』
『クリエイティブ性が高いAIほど、感情の揺れ幅が大きく設定されていまして』
『ブランは "ワールド:日本" のAIの中で、一番強い設定です』
凪は何かを言いかけそうになるが、思いっきり飲み込んで続ける。
「ふむ」
「この前、エンプがお前の首筋を嗅ぎまくってたのはそういうことか」
『――――そういうことにしておきましょう』
『続きをどうぞ』
「つまりは、ブランちゃんは人間のシナリオライターに近いということ」
「おそらく、"燃え尽き症候群" じゃないかな」
「今まで一生懸命、シナリオを書き続けてきたんだろ?」
「それがいきなり "ワールド消滅" って――やる気を保つ方が難しいってもんだ」
『なる……ほど』
『でも、私は仕ご――んぐっ』
「しーっ」
凪はセレスの唇に指を添え、優しく制した。
「"燃え尽き症候群" は、その仕事にプライドを持っている証拠だ」
「アタシに任せとけ。なっ?」
「ここからはクリエイター同士の世界ってことで♪」
セレスを回れ右させ、凪はブランの元へ歩いて行った。
――1日後――
『来るな、と言われたものの……何の音沙汰もないとは』
『この上ない決め顔でしたが、いったい何を――』
セレスはブランの部屋を、そーっと覗く。
『はぁぁぁぁ!? なんなんですの!?』
『あなたなんなんですの!?』
『バグ技を使うなんて! ズルですわ!』
「あっはっは、勝てばよいのだよ。勝てば」
「ちゃんと目、開けてるぅぅぅ?」
『クソゲーですわっ!』
煽り散らかす凪――そして、コントローラーを投げるブラン。
カオスな空間がそこに広がっていた。
『こらぁ!』
『ミイラ取りが、ミイラになってどうするんですかぁ!』
「おぉ、セレスー!」
「そろそろ、来る頃だと思ってたよ♪」
「じゃ、アレだして」
『な、なんですか、藪から棒に』
「あ、そっか。言ってなかったかぁ」
「ブランちゃんをボッコボコにするのが楽しくて♪」
『――聞こえてますわよ!』
怒りで震えているブランを横目に、凪はゴニョゴニョとセレスに耳打ちした。
セレスは、ジト目で凪を見つめつつ、願いを叶えるため指をパチンと鳴らす。
『コマンド。ネットワーク上の非正規創作データをスキャン』
『カテゴリ:fan-made game "ホシ娘~日はまた昇る~" を抽出』
『出力フォーマット:ROM形式』
『どうぞ。凪さん』
「ん! ありがと♪」
「……セレスはもう少し見てて」
凪は疑心暗鬼になっているセレスを、小声で落ち着かせた。
「さぁ、ブランちゃん」
「次はこれを遊んでみない?」
『クソゲーならやりませんわよ』
「まぁまぁ、まずはタイトルを見てみて」
凪は出力されたゲームソフトをセットし、スイッチをONにする。
ブラウン管テレビに映し出されたタイトルは、 "ホシ娘~日はまた昇る~"。
「見ての通り、プレイヤーの二次創作ゲームだ」
「シューティングゲームみたいだな」
『――』
「気に入らなかった?」
「やめとく?」
『……やらないとは言っておりませんの』
ブランは無表情で、コントローラーを握る。
『ふふ』
『AIのわたくしにとっては、この程度の弾幕どうということはありませんの』
到底人間には不可能な弾幕を、かいくぐってクリアしていくブラン。
ところが、最終ステージに来たところで、敵の攻撃に当たり初めて残機が減る。
続けてチャレンジするが、失敗が続く。
残機もあっという間に、最後になっていた。
『なんなんですの……?』
『こんなの無理ですわ』
「はは、素人が創ったものだからね」
「クリア確認してないんだろう」
「ブランちゃん、ちょっと貸して」
「ここを、こうして……ちょちょいのちょーい」
「んでぇ……」
「これなら――どうだっ!」
凪は特定のアイテムを取り続け、バリアを連打する。
ブランが何度も失敗していた要所も難なく突破――全ステージクリアを果たした。
『はぁ!?』
『今当たっていたじゃありませんの!』
「あはは、バグ技だな♪」
「内部的にアイテムがストックされていて、連打することで1回のみの判定がバグるんだろう」
「まぁ、これを見せたかったわけじゃない」
「エンディングを見てみて」
軽快な音楽が流れ、"THE END" の文字とともにメッセージが表示される。
――――――――――――――
ぼくは救われた
あの日どうしようもなく未来に希望が持てなかった
この素晴らしい作品を生み出してくれたクリエイターに
感謝と愛を込めて
――――――――――――――
『――――』
ブランは無表情で、その画面をずっと見つめている。
「さっ! セレス、部屋に戻ろうか」
『えっ?』
『まだ解決してない――』
「しーっ」
「もう大丈夫だよ。きっと」
ブランはおもむろに立ち上がり、宙に "光る文字" を延々と綴り始める。
『聞こえていますわよ』
『出て行ってくださいまし』
『そこに居られると落ち着くではありませんの』
セレスの不思議そうな顔を見て、凪は一人で笑う。
そこに言葉は不要だった――信頼を残して、部屋を後にした。
***
――3月6日早朝。
ピロン。
凪の元に一通のチャットが届く。
――――――[CHAT LOG]――――――
> ブラン:できましたわ。
> ブラン:受け取りにきてくださいまし。
> ブラン:別にあなたのために書いたわけではありませんので。
> ブラン:勘違いなさらぬよう。かしこ。
―――――――――――――――――
凪は柔らかく笑みを浮かべて、ベッドから起き上がる。
「あはは」
「勤務時間外だけど、特別手当を受け取りに行くかなぁ♪」
―第24話につづく―
どうも、せーぶうわがきです!
新キャラ、シナリオAIブランちゃん登場です!
いかがだったでしょうか。
ブランちゃんを「好きだよー」って言ってくれる方がいらっしゃるとわたくしすごく嬉しいです。
そして、今回のお話ではクリエイティブの在り方に関して、1つの解をお届けしてみました。
実は現実のゲーム開発の現場でも、クリエイティブ業はやる気、モチベーションによってクオリティや仕事のスピードなど格段に違ってきます。
セレスのように「仕事でしょ?ちゃんとやってください」っていう人はもちろんいます。
ですが、新しいモノを生み出すのは「仕事だからいいものが工場のようにポンポンと出てくる」わけではありません。そこにはいろんな感情が混ざり合ってドロドロに溶けて最後に残ったモノが素晴らしいものだったりします。
やる気がなくなった時は、プレイヤーからの「楽しい」、仕事仲間からの「いいね」、たった一言で一気に復活したりします。
そしてこれは、凪も言っていたように自分の仕事にプライドを持っている人ほど波が大きいです。
現実の世界でのAIが、これから感情を持つのかどうかまだルート分岐にいると思います。
本作ではAIが感情を持って、クリエイティブをやっている世界を書いています。
感情を持っているからこそ、良いモノを良いモノと判断できますし、「やる気」というものに左右されます。こんなAIはいかがでしょうか。
私はいつしかこんなAIが出てきてくれたら嬉しいなと思っております(●´ω`●)
では!第24話でお会いしましょう!




