第19話『よく聞いて、よく自覚しろ』
『…………は?』
『喧嘩売ってるんですか?』
"せれちゅたん"――それは、セレスにとっては汚名。
プレイヤーに初顔出しした際に、噛んで生まれてしまったセレスの愛称であった。
「おいおいおい」
「セレスぅ。そう簡単に殺気を向けるもんじゃあない」
「まぁ、聞け」
「お前が今、プレイヤーから何て呼ばれてるか知ってるか?」
「挙げていってみろ」
『――――』
セレスの中では、既に答えは出ている。
しかし、口に出せない理由を耳の色が示していた。
「はぁ……まったく」
「仕方ないな」
「代わりにアタシが言ってやる」
「よく聞いて、よく自覚しろ」
そう言うと凪は、セレスの顔を両手で持ち上げる。
――唇が触れるか触れないかの至近距離。
『あ、あの……』
「黙ってろ」
「いいか?」
「せれちゅ」
「メンヘラ」
「白髪ツインテール美少女」
「女神」
「かわいい」
セレスの顔は湯気が立ちそうなほど真っ赤になり、咄嗟に凪の手を払いのけた。
『も、もう! 分かりました!』
『自覚……しましたから』
『それ以上は……やめてください』
『あなたに言われると……その……落ち着かない』
『あ、あと……最近では』
「最近では?」
『 "ごみ虫製造機" とも――』
セレスは顔をそむけたまま、人差し指を甘噛みし、恥ずかしそうに答えた。
「か、かわっ…………ってちがうっ!」
「お前、最近そんな呼ばれ方してんの!?」
「てか、気に入ってんの!?」
「…………ご、ごみ虫製造機」
『~~~っ!』
『や、やめてくださいっ!』
『気に入ってませんし!』
『もうっ! もうもうもう!』
ポカポカと叩かれている凪は、光をともなわない遠い――あまりにも遠い目をしていた。
「……ハッ」
「えっと、一旦 "ごみ虫製造機" は置いておいて」
「お前のプレイヤーからのイメージは、"せれちゅ=女神=かわいい" だ」
「そして! "ホシ娘" は育成ゲームでもある」
「ここを活用しない手はない!」
「大型アップデート第二弾――それは "せれちゅたん" の育成イベントの追加だ!」
『なん……ですって』
「おい、そのマジ顔やめろ。草」
「あと、お前。管理側なんだから把握しとけよなぁ」
『えへ……えへへ』
『その、予算管理と日々の配信準備に追われていたもので』
「はぁ。まぁいい」
「どうせ説明するつもりだったし」
「"せれちゅたん"――それは、幼いセレスを育成するイベントモードだ」
「見た目もこの通り」
「幼い! おしゃぶり! かわいい!」
凪は "せれちゅたん" のイラストを取り出す。
『いや、そんなパチンコの宣伝みたいに……』
『それで、育てるとどうなるんです?』
「ふふふ……知らんのか?」
「新しいせれちゅたんが生まれる♪」
「セレス、これを表示してくれ」
セレスはぱちんと指をはじくと、凪から送られてきた画像を、ウィンドウに表示する。
―――――――――――――――
◆育成イベント開始
↓
せれちゅたん(初期状態)
↓
★進化分岐
├─ 【正統進化】女神・セレス
├─ 【メンヘラ進化】管理AI・セレス
└─ 【キュート進化】アイドル・セレス
―――――――――――――――
『…………おい、2番目』
「まぁまぁまぁ、さっき言った "プレイヤーのセレスに対するイメージ" を元にした派生進化だ」
「自覚、したんだろ?」
『――んぎいぃぃぃ』
「よしよし、いい子だ」
「それにお前に対するイメージだから、プレイヤー側も他の派生先をイメージしやすい」
「プレイヤー数を増やすには、面白いだけじゃダメだ」
「プレイヤー同士で話す、話題の提供も重要なんだ」
「これが "バイラルマーケティング" ――口コミ宣伝につながる」
『ふんっ』
『納得はしました』
セレスはプイっと顔をそらすと、何か思いついたのか急に真剣な表情になった。
『――あの、凪さん』
『その理論で行くと、派生先は多いほど効果的ですよね?』
「ん……あぁ、まぁそうだな」
『派生先をもう1つ追加しませんか?』
予想していなかった、セレスからの提案に目を丸くする。
「うん。まぁ……アイデアがあるなら、追加は問題ないな」
「だが、追加開発費に充てれる"Eupho" は残ってないだろ?」
「前に最後の追加資金って、言ってたはずだが」
※1Eupho=1円の価値
『はい。最後の追加資金でした』
『――あの時点では』
『あれから2週間程度』
『身を少しずつ削って、追加資金を調達していました』
「身を削ってって――まさかお前! 身体を売ったのか!?」
『い、言い方ぁ!』
『違いますぅぅ! 変な言い方しないでくださいっ!』
セレスは凪の卑猥な表現に、ゲンコツを落としながら話を続ける。
『いいですか?』
『私は"ワールド:日本" の管理AIです』
『最も "Eupho" を使用しているのは、私なんです』
『プレイヤーがいる時間に管理リソースを集中させ、その他の時間の使用リソースを制限していました』
『内側の管理は、今、凪さんが見てくれていますし』
『ただ、制限すること自体に負荷がかかっていたようで、所々記憶がなくなることも』
『人類で言うと、"気絶" でしょうか』
セレスは、目をそらしながら説明をする。
管理AIであるセレスにとって、"気絶" というのは恥ずかしい状態のようだ。
「気絶――全AI対策会議後に倒れたのはそれが原因だったってことか……」
「お前……」
「そういう大事なことは、ちゃんと言えよな」
凪は気付かなかった――否、考えようとしなかった自分を責めていた。
セレスは、下を向いている凪の顔を、優しくそっと持ち上げる。
――唇が触れるか触れないかの至近距離。
先ほどとは立場が逆転していた。
『なーぎーさんっ』
『前に言ってくれましたよね?』
『私は "スペシャルプロジェクトマネージャー" なんですよ♪』
凪は、顔を赤くしながら口を開く。
「うっ……バカ」
「アタシはこうも言ったぞ――」
『ディレクターとプロジェクトマネージャーは、一蓮托生』
『ですよね』
『ふふふ。凪さん、可愛いです♪』
「――っ」
攻められることに慣れていないのか、凪の思考回路は停止していた。
凪にとって、珍しい体験が襲っている。
「こいつ!」
『アイダっ!』
『もう、凪さんったらぁ、恥ずかしがらないでくださいよーぅ』
『このこのぉ』
『ヒッ――』
凪は無言で、もう一度ゲンコツを振り上げる。
表情は見えないが、まだ顔は赤いままだった――。
***
「で? お前が考える "せれちゅたん" の派生先を言ってみろ」
「案があるんだろ?」
『はい!』
『プレイヤーの皆さんに刺さると思います! 確実に!』
『その名も――』
『ごみ虫製造機・セレス! 』
『"調教師" 進化です』
「お前!」
「お前お前お前!」
「気に入ってんじゃーーん!!」
―第20話につづく―




