第10話『……残念な知らせじゃ』
「……スちゃん」
「――セレスちゃん。起きて」
甘い――ふんわりと包みこまれるような声が、セレスの思考領域へと侵入してくる。
その声がどこからしているのか、セレスはゆっくりと辿っていく。
深く――深く落ちていく。
真っ暗な空間を漂っていると、ようやく1つの光の球体と巡り合う。
『これは……?』
光の球体に触れると同時に、辺り一面が柔らかい光に包まれる。
目を開け、足元を見下ろすと、セレスは水の上に立っていた。
「おかえり、セレスちゃん」
「――いや、はじめまして、かな?」
声の主が目の前にいる。
しかし、セレスからは逆光になっていて、顔はおろか姿もほとんど見えない。
かろうじて見えたのは、金髪の女性が静かに椅子へ腰を下ろし、光の海に溶け込むように佇んでいる姿だった。
その姿は、現実とも幻ともつかない――けれど、どこか懐かしささえ感じさせた。
『……あなたは?』
『ここはいったい――』
「――」
「私は七海。神岬七海」
「ここは……そうだねぇ」
「すごーく簡単に言うと、セレスちゃんの心の中……かな」
『神岬……?』
『凪さん……?』
「ぴんぽん、ぴんぽーん♪」
「神岬 凪は、私のおねえちゃん」
神秘的な空気をまとっていたはずの彼女は、ふいにあどけない笑顔を見せた。
「ねぇ、おねえちゃんは元気?」
「お仕事、無理してない?」
「ごはん、ちゃんと食べてる?」
「私がいないと、服も着替えないんだよ~」
「はぁ……心配」
堰を切ったように、質問が止まらない。
どうやら、興奮しているようだ。
『ちょ……ちょっと、待ってください!』
「……あ、ごめん」
「困らせちゃったね」
『い、いえ。ちょっとびっくりしただけです』
『えっと……凪さんには、今、お仕事を手伝ってもらっていまして――』
「うんうん♪」
『その……頼りにして、います』
『親身になって、助けてくれます』
『あ、でも、ちょっと変な人です』
「えへへ、わかるぅ♪」
「おねえちゃん、頼りになるでしょ~。あと、かっこいい!」
「変態なところも大好き♪」
目の前にいる彼女は、えへん、と胸を張って自慢してみせた。
けれど、その笑顔はほんの一瞬でほどけて、静かにこちらへ顔を向ける。
光の中で揺れるその瞳は、どこか寂しげで――セレスの心に深く焼き付いた。
「ふふ、セレスちゃん」
「私のおねえちゃんってすごいんだよ」
「……小さい頃ね、お父さんとお母さん死んじゃってさ」
「おねえちゃんがずーっと1人でさ」
「大学まで出してくれたんだぁ」
「毎日のごはん……可愛いお洋服…………仕事で疲れてるのにずっと笑ってくれた」
「私はそんなおねえちゃんが…………大好きで大好きで大好きで」
「なにひとつ……不自由、したことなくてさぁ」
「――」
「おねえちゃんは――私にとっての、ヒーローで」
「なのに……私は」
「……何も」
「天才……」
「聞いて……飽きれるよね? あはは」
「118年も……待つことしかできなかった」
「…………」
『あ、あの……』
セレスは、おそらく涙を流しているであろう彼女に手をかけようと近づく。
「……あぁぁぁぁ!」
「ごめん! 今のなしなし!」
「大丈夫っ! もう元気な七海ちゃんだよ♪」
「えへへ、私もセレスちゃんをギュってしたいけど、私には触れちゃダメ」
『あ…………はい、わかりました』
なぜかわからないが、その言葉には抗えない何かがあった。
「すー……はぁ……」
「よし!」
「セレスちゃん!!!」
『あ、はい!』
「一つ任務を与えます!」
『……はい!』
「これから先、何があってもおねえちゃんを信じて」
「そして、おねえちゃんが折れそうな時は、支えてあげて」
『ささ、える……?』
『あの……どうしたら』
『あと、二つ…………です』
「あはは、セレスちゃん、細かいことは言いっこなしだよ~♪」
「うーん、そうだなぁ……まぁ、その時がきたら自然と体が動くよ♪」
「結局、ここでのことは忘れるようにしてあるから」
『え……忘れる?』
「おっと、時間だね」
「これ以上は、アイツらに勘づかれちゃう」
『え! あの、まだ聞きたいことが――!』
「じゃあね。セレスちゃん」
「また、ここで待ってるよ♪」
「あと、プレゼントもあるからお楽しみにね――」
彼女の意味深な言葉とともに、目の前が光に包まれ意識がブツりと途切れた――。
***
『待って! なm――!』
言葉が出てこない――。
何の言葉を発しようとしたのか、誰に向かって言うべき言葉だったのか分からない。
分からないが、何かとても大事なことだと、胸にしこりが残った。
そんなことを考えているうちに、ふと気づく。
顔が、柔らかな何かに包まれていることに。
あたたかくて、やさしくて――。
「えっと……イル、ヨ?」
柔らかな何かから顔を引き抜き、声の発する方に目をやる。
凪の困った顔が、すぐそこにあった。
――近い。
『んなっ!?!?』
『な、なな、なんでいるんですか!?』
理解不能な状況に、猫のように凪から飛び退く。
そして、顔を包んでいた柔らかい何かは、凪の胸であることを悟り、悔しさで反射的に身構えた。
「えぇ……」
「えっと……新イベントボス "断罪領域の支配者セレス" のバトル設計ができたから、ヌルちゃんに送ってー」
「で、疲れたから横になってたら、セレスが入ってきてー」
「セレスから布団に潜り込んできてー」
「なう」
凪は、コトのあらましを身振り手振りで、丁寧に説明した。
『そ、そんな…………理解不能、です』
『この、私が……甘えんぼ設定、だったなんて』
「え……今までだいぶ、甘えんぼだったよ?」
『…………』
セレスはゆっくりと歩きだし、ドアの前で立ち止まる。
『凪さん』
『電脳世界なので、ごはん食べなくても大丈夫ですよね』
『さぁ、仕事をしましょうか』
セレスの顔が見えない。
が、怒っていることだけは分かる。
「わ、ごめんごめん!」
「メンタル的に! メンタル的にごはん食べないと元気でないから!」
「ごはんをお願いします!」
「我! ごはん! 所望……!」
『…………(ニコッ)』
セレスは振り向くと、笑顔を凪に向ける。
「せ、セレスたん……!?」
「(理不尽メンヘラすぎる……!)」
***
「はぁ……美味しかったぁぁぁ」
「セレス、よくアタシがオムライス好きって分かったね」
「しかも、卵が甘いやつ」
『あ、そうだったんですね』
『なんとなくで出してみたのですが、お口に合ってよかったです――』
本当になぜ、オムライスを出したのかわからなかった。
無意識にそれがいいと勝手に決めつけていたのだ。
セレスの高性能な推論エンジンをもってしても、答えは出なかった。
「さて! お腹もいっぱいになったし、ゲーム開発の続きをやろうか!」
凪はパンと手を叩き、場を締める。
『あ、はい!』
『それで、今日は何を?』
「今日は開発に入る前に、現在のMAUを常にボードで表示してくれ。」
※MAU=ひと月に1回以上、"ワールド:日本" に訪れるユーザー数
「達成したときに、ちゃんとみんなで喜びたいからな♪」
『わ、分かりました』
セレスはパチンと指をはじくと、ウィンドウに現在のMAUを表示する。
――――――――――――――――――――
【現在:2150年2月14日 MAU】
4,525,009人
【1,000万人未達成の場合:ワールド消滅】
※期限:2151年3月31日まで
あと5,474,991人
――――――――――――――――――――
「改めて見ると、消滅ってすごいワードだな……」
「気合入れて頑張らんと」
凪が気を引き締めると同時に口を開いた――その瞬間。
二人の前に一つのウィンドウが現れる。
『セレス……残念な知らせじゃ』
『え、"デア・エクス・マキナ" ?』
『どうしたのですか?』
マスターAI "デア・エクス・マキナ" は続ける。
『"ワールド:日本" の消滅までの期限が、あと1か月後までとなった』
唐突に無慈悲に告げられる、死の宣告が二人の前に静かに響いた――。
「は?」『……え?』
―第11話につづく―




