第1話 天下無双の盗賊 五右衛門、天を斬る
東西東西──(とーざいとーざい)!
三千世界を束ねる天の中央、神々はここにあり! 正義を語り、ルールを定め、秩序を保つは天の務め。
されど、その天のルールを鼻で笑い、
神すら踏みつけ、仏を嘲り、
修行も悟りも放り出し──
ただ、“強い”という一点で、頂に立った者が一人。
名を知らず、位も嘲り《あざけ》持たず──
だが神々は震えた、その男の気配に。
神々の戦議殿は、ざわめいていた。
「来たのか……奴が」
「先日、雷部将三十二体が壊滅。神獣部隊も半日保たず」
「二郎真君ですら──」
「一太刀だったそうだ」
「地上では城を三つ、七日で落としたと聞く……」
震える声で報告が続く。 その場にいるのは名だたる神将、仙帝、天女、仏陀までもが顔を揃える。
だが──誰一人、その男に勝てるとは言わなかった。
その時、
神殿の花が風もなく揺れた。
空から落ちた桃の花びら一枚。
それが地に触れた瞬間、空間が「裂けた」。
「──来たか」
「結界を破った……!」
一歩踏み出す影。
白き着流し。腰に無銘の刀。裸足。
裸足の足裏が大理石を踏む音だけが、殿中に響く。
乱れ髪の奥で笑う目は、神々をまるで野良犬のように値踏みしている。
「……遠き者は音に聞け。近き者は目にも見よ」
「天下の大泥棒、石川五右衛門──参ったぜ」
「春の眺めが価値があるって? たいしたことではない。」
「この五右衛門には、暇つぶしにもなりゃしねぇ。」
「おいおい、偉そうに並びやがって……神々ってのは暇なのか?」
一歩、また一歩──獲物を狩る獣のように、音もなく躙り寄る。
神々の結界が砕け、雷が鳴る。
男は煙管の灰を指先で弾き、あっさりと言い捨てる。
「修行? ああ、そんなもんしてる暇があったら……」
「桃の一つでも盗み食いした方が早ぇんだよ。」
雷神・風神・剣仙・天兵が一斉に襲いかかる!
「討てェッ!!」
光が奔る。槍が唸る。空が裂ける。
だが──
すべて、斬られていた。
刀は抜かれていない。
風が止み、神々が倒れ、静寂が残る。
「一撃で十分。修行十年分ってとこか?」
「──ま、知らねぇけどな。修行なんて、したことねぇからよ」
「奴は……何者だ……?」
天帝の側近が震える。
老仙が絞り出すように呟く。
「石川……五右衛門。かつて地上を騒がせた、盗賊の名だ」
「だが奴は……何百年前に処刑されたはず……!」
「まさか……まさか、蟠桃を──」
──第1話、幕。
二郎真君・・・天界の警察官、秩序の番人。 西遊記では天界で暴れた悟空と互角の戦いをくり出した。
蟠桃・・・不老不死の果実