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プロローグ
東西東西──!(とーざいとーざい!)
月は血の色に染まり、夜風は冷たく吹きすさぶ。
都の広場、その中央に、鉄の大釜が据えられている。
煮えたぎる湯の音が、グツグツ耳の中まで響く
群衆のざわめき。
その前に、縄で縛られた一人の男──石川五右衛門。
「天下の大盗人、天帝の宝を狙いし逆賊!」
役人が声を張り上げる。
しかし群衆の目は、畏怖ではなく疑念に揺れていた。
五右衛門は笑った。
煙管をくわえ、縛られた身でなお粋を失わず。
「粋の道は、命より重ぇ──」
そう言い放つと同時に、彼は自ら大釜へと飛び込んだ。
炎が舞い、湯が立ち上り、月光さえ赤く染まる。
観衆が息を呑んだ瞬間──
大釜の中から、煙が立ち昇る。
その煙は人の形を取り、月下を舞い上がる。
声が響く。
「有頂天を盗んだ男──石川五右衛門。
この身焦がされようと、美学は焼けぬ!」
その夜、釜茹での男は処刑され、歴史に消えた。
──だが、煙は消えず、天へと漂った。
それが全ての始まりだった。




