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開店準備

 その話を聞いたのは、大伯父のお葬式での事でした。

 大伯父は私の祖父の兄で、兄弟の中では一番の長生きでした。兄弟皆を見送ってから行くのだと常々言っていましたが、本当にその通りになってみんなで「あの人はやっぱりすごいなぁ」なんて言っていた話の流れで、その話が出たのです。


「あのおうちもどうしましょうね」

「そうだなぁ、住む人が居ないと家も痛むし……管理できる人もいないしなぁ」


 それは、大伯父の住んでいた家の話でした。

 大伯父は一人暮らしで、その家は他の親戚の家から少し離れた、静かな山際にありました。

 なので皆、あの家はどうしようかと少し困っていたのです。大伯父の一人暮らしの家と言ってもそこまで古くはない、大伯父が建てたおうちです。綺麗好きの大伯父が住んでいたから、中も荒れたりしておりません。けれど、管理するのは大変です。


 だから、壊すのは勿体ないから売ってしまうか、どうするか。そんな話になっておりました。

 私は大伯父の事が大好きでしたので、おうちにも何度も遊びに行っていました。

 そんなおうちの行く末の話にひっそり聞き耳を立てて、そわそわ不安になっていると、叔母の一人が私に気が付いて、ふと思い立ったかのように言ったのです。


千鶴ちづるちゃん、もしよかったら住まない?引っ越し考えてるって言ってなかった?」

「そう、ですね。家の更新どうしようかなぁと思ってはいましたけれど……私が住んでもいいんですか?」

「誰も住まないで売っちゃうよりも、千鶴ちゃんが住んでくれた方が伯父さんも嬉しいわよ。ねぇ?」


 そんな叔母さんの言葉に、皆が頷いてくれました。

 住むのに不便じゃないか、と私の心配をしてくれる人もいましたけれど、私は車も持っていますし、大伯父の家はネット環境もしっかり整っているので問題はないのです。

 それに私は成人してからも、大伯父に会いに時々通っていましたから、家の傍にあるお店もある程度把握しています。



 そんなわけで、私は大伯父の家に住むことになりました。

 古民家というには新しくて綺麗な大伯父のおうちは、中もすっかり片付いています。大伯父が亡くなる前に自分で片付けてくれていたので、遺品整理も本当に簡単に終わってしまいました。

 私の引っ越しも、引っ越し業者に頼んで運んでもらったものを使う物から順番に荷ほどきしていくと、存外時間もかからずとりあえず暮らせる状態は整いました。


 思ったよりも時間が余ってしまったなぁなんて考えて、スーパーに買い物に行くことにしました。

 冷蔵庫はもう稼働していますけれど、中身が空ですから。食料は何より早く必要なので、車を出して買い物に行きます。

 今日の夕飯を考えながらスーパーで買い物をして、戻ってきて食材を冷蔵庫にしまったら、引っ越し作業は順調かと母から連絡が来ていましたので、それに粗方終わってしまって暇ですと返事をしました。


 夕飯までは少し時間があるけれど、あまりしっかり食べてしまうと食事の時間がズレるなと思って買ってきたパンの袋を開けて齧りながら、この後の事を考えます。

 元々私はこの家に泊まることもあったので、私が寝る場所は既に確保されています。シーツも洗ってあるものを持ってきてかけておいたので、寝る場所には困りません。キッチン周りも、使うものは全部出してあります。というか、大伯父は料理上手な人だったので、料理道具はこの家に揃っていました。


 となれば、次に開ける箱はパソコン周りになるでしょう。あれは仕事道具でもありますから、早めに開けておきたいところです。

 置く場所は既に決めてあって、大伯父の書斎を仕事部屋にさせてもらう予定になっています。

 持ってきた本も、本棚の空いている部分に置かせてもらう予定です。大伯父の書斎には本が残されていましたけれど、あれはそのまま置いておいて、そのうち読むことにします。


 さてそんなわけで、予定は決まりましたのでパンを食べきって書斎に向かいます。

 パソコン関係、仕事関係の物は全てここに運んでもらっていますので、後は開けてセットしていくだけです。

 あれこれ引っ張り出してはコードを繋ぎ、道具を引出しにしまっていきます。そうして作業を続けていると、引出しから、見慣れぬ鍵が出て来ました。


「……どこの鍵?」


 私は思わず首を傾げました。何せ、こんな鍵は見たことがありません。

 アンティーク調の、小さな鍵です。手の中に納まるくらいの大きさで、上の部分は輪っかになっていて、楕円で飾り彫りがされています。

 可愛い鍵ですけれど、大伯父の持ち物だとは思えません。……いえ、飾りやおもちゃじゃないとしたら、持っていてもおかしくはないですけれど、だとしたらこれはどこの鍵だから、と事前に伝えるかこの鍵で開く何かのところに、まとめて置いておいてくれるはずです。


「何か開かないもの……」


 この家で鍵がかかっていたもの、あったでしょうか。

 うーんと唸って考えてみましたが、思い当たるものはありません。けれど大伯父がわざわざ引出しに入れて残しておいた鍵ですから、大事なものである可能性は高いです。

 なので私は、鍵をポケットに入れて作業を続けることにしました。


 そうして、パソコン周りを整えて、お腹が空いたので夕食を作ろう、とキッチンに戻り、ご飯を作って食べた後。

 夕食の片付けもして、そろそろお風呂にでも入ろうかなと思って廊下を進んでいた時。

 なんだか、見慣れない扉を見つけました。


 大伯父のおうちは床も壁も天井も、基本的にシンプルで木目調な作りです。

 けれどその扉は、装飾のついた豪華で重厚な扉で、ドアノブは金です。大伯父の趣味とはなんだか違う感じがします。もっと落ち着いたものが好きな人だと思っていました。


「……というか、こんな扉あったっけ」


 ぽつりと、自分の口からこぼれた声に、少し冷静になりました。

 そうです、私はこの家に何度も通っていましたし、泊まることもありました。

 なのに、この扉を見た覚えはありません。この扉はキッチンから浴室に繋がる廊下に存在しています。何度も訪れて何度も泊まった家で、こんなに目立つものを、何度も通る廊下で見落とすでしょうか。


 まじまじと扉を観察してみても、やっぱり見覚えはありません。

 意を決してドアノブに手をかけてみましたけれど、鍵がかかっているのかノブをひねれど開きません。

 そこで、ふと思い出しました。見覚えのない、アンティーク調の装飾が豪華な物。昼間にも、見つけましたね?


 ポケットから鍵を取り出して扉と見比べてみると、なんだか雰囲気が似ています。この扉を開けるための物だと思うと、しっくりきます。

 ドアノブの下に鍵穴があったので、鍵を差し込んでみます。回すと、カチと音がしました。

 鍵を抜いて、再度ポケットの中へ。そして、今度こそとノブをひねると、扉は静かに開きました。


 扉を開けた先にあったのは、ちょっとあり得ない空間でした。

 そもそも家の構造的に隙間があるわけもないところに扉があったわけですけれど、その扉の先には何かのお店のような、そこまで広くはないけれどしっかりした空間が広がっていたのです。

 扉のすぐ先は段差になっていて、三段ほど下る階段になっていました。そこには外履きらしきスリッパが置いてあったので、ひとまずそれに履き替えて階段を下りました。


 三段ほどの階段の先は、キッチンがありました。それも、なんだかお店のようなキッチンです。

 壁側にコンロやシンクがあり、オーブンらしきものや冷蔵庫などもあります。

 反対側には木製のカウンターがあり、下が棚になっていて、ガラス戸で見えている中にはかなりの量と種類のお皿が入っています。


 家とつながる扉の傍に腰までの扉があったので、そこからカウンターの反対側に行けました。

 反対側にはカウンターに合わせて置かれている背もたれ付きの椅子と、背もたれのない椅子がありました。窓などはないけれど、その代わりなのかいくつか壁に絵が飾られています。

 ここは一体、と考えていた時、カラン、と少し低い、鈴のような音がしました。


 音の方を見ると、誰かが扉を開けています。

 家に繋がる扉ではありません。カウンターの外側から続く扉です。

 そしてそれを開けている人は、なにやら物語の中のような、甲冑を着ている男の人でした。


「……き、みは……」


 本当なら、早く家に戻って扉に鍵をかけてしまった方がいいんだろうと思うのですけれど、その男の人が、あまりにも愕然としていて、どこか悲しそうで、今にも泣きだしそうで……だから思わず、声をかけてしまいました。


「あの、大丈夫ですか?何かあったのですか?」


 なんて、どう答えたらいいのかも分からないようなことを言った私を見て、その人が余計に泣きそうな顔をするものですから、私は慌ててしまいました。

 あらどうしましょう、何か、お茶でもお出ししたらいいでしょうか、なんて考えていたら、男の人が何かを小さく呟きました。

 聞き取れませんでしたけれど、なんとなく、これかな?と思う言葉がありましたので、私は改めて、男の人に向き直りました。


「もしかして、大伯父の……宗次郎そうじろうじいのお知り合いですか?」

「……そうだ。君は、彼の孫か?」

「いえ、私は、宗次郎の兄弟の孫です。大伯父、生涯独身で子供もおりませんでしたから」


 ここに繋がっているのは大伯父の家の廊下ですから、大伯父とお知り合いでもおかしくはありません。

 ……いえ、この状況が十分おかしいというのは分かっているのですけれど、でも今はそんなことよりも、目の前の泣きそうなお兄さんが優先です。

 一応念のため、ということでカウンターの内側に入りまして、お兄さんにはカウンターの椅子を勧めておきます。


 出せるものが何かないかしらと思ってカウンターの中をあれこれ見てみましたけれど、何もなかったので申し訳ないですけれどそのままで、お兄さんに向き直ります。

 お兄さんは、私が何かないかとがちゃがちゃやっている間に大分落ち着いたのか、泣きそうな感じはなくなっていました。それでも、まだ感情をまとめきれない感じがあります。


「ごめんなさい、私、先ほどここに繋がる扉を見つけたばっかりで、状況もよく分かっていないのです」

「そうだったのか……ここは、ソウジロウがやっていたキッサテンだ」

「喫茶店……大伯父、そんなことしてたのですか……」


 何をしているのかよく分からない人でしたけれど、大伯父が喫茶店を経営していただなんて話は本当に初めて聞きました。

 誰か親戚が知っていたりはしなかったのでしょうか。知っていたら、私が引っ越す前に教えてくれそうなものですし、誰も知らなかったのでしょうね。


「このキッサテンは、夜更けにだけ、俺たちの世界に繋がるらしい」

「世界に」

「ああ。お互いの世界を行き来は出来ず、この店の中でしか交わることはない」

「ほぉ……なるほど」


 つまりは不思議空間という事ですね。

 信じがたいことではありますけれど、そもそも家の廊下に急に現れたはずの扉の先にさらに扉があって、そこから人が入ってきているのですから、ある程度の不思議は許容するべきでしょう。

 それに、お兄さんの恰好といい、堀の深いお顔の作りといい、鮮やかな色の髪と目の色といい、他の世界と言われた方が納得できることが多いです。


 大伯父ったら、こんな素敵な事を内緒にしていたのですね。私にはこっそり教えてくれるとか、そういうことをするつもりはなかったのでしょうか。

 私は昔から大伯父に懐いていましたし、大伯父も私を可愛がってくれましたけれど、それとこれとは別、という事ですかね。


「ここには……疲れた者が、招かれるんだ。世界と世界の間で、ふっと息を吐ける、そんな場所だった」

「なるほど……大伯父らしいですねぇ」

「……ソウジロウは、今は?」

「……大伯父は亡くなりまして、私が彼の家に住むことになったのです。ここを見つけたのも、その引っ越しの作業中に見つけた鍵が理由だと思います」

「そう、か。……もう長くはないと、本人が言っていた。だが、そうか……亡くなった、のか……」


 お兄さんは、嚙みしめるようにそう言って、また泣きそうな顔をしました。

 その顔を見て、私は思わず言ってしまったのです。


「あの、もしよろしければ、また明日いらしてくださいな。今度はちゃんと、お茶など用意しておきますので」


 大伯父の友人だったのだろうお兄さんを、このままにしておくのは気が引けます。

 けれど今日は、何も用意がありません。何せ偶然ここを見つけただけですから。ですので、また明日。

 どうなっているのかは分からないですけれど、私も大伯父の話は聞きたいので、お兄さんにはまた会えたらいいなと思います。


 そんなわけでお兄さんに約束を取り付けて、去って行く背中を見送りました。

 そして再度カウンターの中を見渡して、棚を開けたりしていったところ、大伯父の字で書かれたノートを一冊見つけました。

 表紙には、「(推定)千鶴へ。 喫茶三日月、引継ぎと説明」と書かれています。


「もう、大伯父ったら。引き継がせる気があるのなら、先に説明しておいてくださいな。あと、ノートも分かりやすいところに置いておいてください」


 大伯父のお茶目にぷりぷり文句を言いながら、私はノートを開きました。

 そこには、このお店に関することが、しっかりと書き残されておりました。

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