綿埃妖精!?
拳大のふわふわした綿みたいな何かを、私は盛大に踏んづけていたようだ。
それがただのぬいぐるみの類いではないことは、瞬きをしていたのでわかっていた。
慌てて足を避けたあと、しゃがみ込む。
「も、申し訳ありません!」
『いいよ~』
のんびりとした言葉が返ってくる。
「綿埃妖精か、姿を現すのは珍しいな」
「その、知らずに踏んでしまったようで」
「まあ、逃げ隠れしていないくらいだから大丈夫だろう」
なんでも綿埃妖精というのは臆病な生き物らしく、エーリク様も過去に見かけたのは片手で足りるほどだったらしい。
綿埃妖精は逃げる様子もないどころか、私の周囲を嬉しそうに跳ね回っていた。
「もう懐かれたのか」
「懐いているのですか?」
「見てわかるだろうが」
つぶらな瞳でじっと見つめてくるので、そっと手を差し伸べてみると、跳び乗ってきた。
ふわふわな触り心地で、ほんのり温かい。
せっかくなので、自己紹介してみる。
「初めまして、ギーゼラ・フォン・リンブルフと申します」
『ギーゼラ! ギーゼラ! よろしく!』
綿埃妖精がそう言うと、目の前に魔法陣が浮かんでギョッとする。
「エーリク様、こちらの魔法はなんですの?」
「綿埃妖精との使い魔契約が結ばれた証だ」
「なっ!?」
ただ挨拶をしただけだったのに、綿埃妖精は私の使い魔になったらしい。
「ど、どうしてでしょう? 綿埃妖精は屋敷と契約しているのでは?」
「野良が住み着いている、と以前肖像画の先祖から聞いた覚えがあった」
「そ、そうだったのですね」
妖精や精霊は気に入った人間を見つけると、契約を持ちかけてくることがあるらしい。
うっかり踏みつけただけなのだが、いったいどうして気に入られるような事態になったのか。謎でしかなかった。
「綿埃妖精は戦闘能力も高いゆえ、傍に置いていて損ではないだろう」
「この子、お強いのですか?」
「意外とな」
本当なのかと綿埃妖精を見ると、床に下りたって数回飛び跳ねる。すると、ふわふわの体から鋭い針を突き出し、栗のイガみたいな形状になった。
キリッとした目で私を見つめ、己の力を主張してくる。
『強いよ~』
「ええ、強そうです」
この状態で体当たりでもされたら、ダメージを食らうだろう。
もしかしたらシモンから仕返しされるような事態も想定できるので、そのさいはこの子の力を借りよう。
「ああ、お名前をお聞きしていませんでしたね」
『名前、ないの』
「まあ、そうだったのですね。では、わたくしが命名してもよろしいでしょうか?」
そんな提案をすると、綿埃妖精は嬉しそうに飛び跳ねる。
「では――〝ふわりん〟というのはいかがでしょう?」
『よきかな~』
綿埃妖精改め、ふわりんは名前を気に入ってくれたようだ。
よかった、よかった、と思っていたら、ふわりんの体は光で包まれる。
「えっ、エーリク様、これはなんですの!?」
「命名による進化だろう」
名により新たな命を授ける――その言葉のとおり、命名には対象に力を与える効果があるという。
光が収まると、ふわりんの背には小さな羽根が生えていた。
嬉しそうにぱたぱたと飛び回っている。
「神学校に通っていたと話していたな」
「はい」
「魔法はまったく習っていないと?」
「ええ、そうなんです」
「我が家にやってきた初日に使い魔を従え、進化まで促すとは、魔法使いとして実に優秀だ。魔法を習ってみるつもりはないか?」
「そうですね、考えておきます」
「わかった」
奥にある扉の向こうが寝室、さらにその奥が風呂場になるという。部屋にある物はなんでも使っていいようで、至れり尽くせりだと思った。
「石鹸や洗髪剤なども状態保存の魔法がかかっているから、普通に使えるはずだ」
「はい、ありがたく使わせていただきます」
その後、夕食の時間まで休んでおくといいと言われ、エーリク様と別れることとなる。
屋敷は自由に歩き回っていいようで、案内はふわりんがしてくれるようだ。
『案内する~?』
「いえ、少し休もうと思います」
一日の間でいろいろあったので、なんだか疲れていた。
少しだけ休ませていただこう。
長椅子に腰掛けると、眠気に襲われる。
眠るつもりはまったくなかったのだが、あっという間に意識が遠のいていった。
◇◇◇
目覚めたのは太陽が沈むような時間帯だった。
慌てて飛び起きる。
いつの間にか毛布を被っていたと思ったら、ふわりんが変化したものだったらしい。
『起きた~?』
「はい」
風邪を引かないように被せてくれたのだろう。お礼を言うと、元のふわふわとした形状に戻った。
そろそろ夕食の時間だというので、身なりだけ整えよう。
先ほどエーリク様から賜った腕輪の呪文を摩ると、衣装部屋に一瞬で転移できた。
時間がないので、一人で着ることができそうな生成り色のドレスを手に取り、部屋に転移する。
お風呂に入りたかったのだが、そのような時間などないだろう。
そういえば、ドレスの寸法はどうなのか。エーリク様は私と義姉は同じくらいの背丈なので入るだろう、と言っていたが。
着てみると、少し大きいように思えてならなかった。
「ど、どうしましょう」
すぐに手直しなんてできるものではない。リボンで調節できないものか、と思っていたらふわりんがまさかの行動に出る。
『任せて~』
「え?」
ふわりんは体から針のようなものを生やし、矢を射るように突き出してきた。
針には糸のようなものが繋がっていて、何度もちくちくとドレスに刺す。
あっという間に私の体に合うように整えてくれた。
『できた~』
「ありがとうございます」
まさかふわりんにこんな能力があったなんて。
盛大に感謝したのだった。