事件は解決となり
「王太子殿下、インゴルフに噛まれた痕は?」
「大丈夫、深くないよ」
すでに、魔法薬で治療済みだという。
噛まれた痕は残っておらず、痛みもないという。
安否確認をしている間に、聖人インゴルフの体は灰となり、消えてなくなる。
「あ……!」
「王太子殿下、やっと朽ちたようです」
「みたいだね」
終わった、すべて終わったのだ。
私を取り囲んでいた蔦の結界は消えてなくなり、エーリク様が駆けてきた。
「ゼラ、大丈夫だったか!?」
「わたくしはこのとおり、なんともありません」
「よかった……!」
エーリク様はそう言って、私を抱きしめる。
その瞬間、やっと安堵の息を吐くことができた。
ふわりんとメルヴ・ウィザードもやってくる。
『やっと終わったね~』
『本当ニ!』
二人とも聖人インゴルフの血の棘にやられたように見えたものの、この通り元気いっぱいである。
実を言えばここに来るまでの間、エーリク様が作戦を練っていたのだ。
王太子殿下の部屋に入るのは私だけで、エーリク様やふわりん、メルヴ・ウィザードは幻術で本体のように見せた存在を同行させる、と。
一緒にいるように見えて、エーリク様やメルヴ・ウィザードは、廊下から攻撃をしていたのだ。そして、攻撃されたのも幻術で作り出した存在である。当然ながら、ダメージはゼロだ。
私はエーリク様の「絶対危険な目には遭わせない」という言葉を信じ、単独で聖人インゴルフに挑んだのである。
「皆の者、無事か!?」
飛ぶ込むようにしてやってきたのは、マルベリーさん。
彼はメクレンブルク大公の護衛に就いていたのだ。
ゾンビをすべて倒したあと、エーリク様が水晶通信ですべて終わったと知らせてくれたらしい。
「そうか、聖人インゴルフは倒れたか……。しかし、なんの役にも立たず」
「いいや、そんなことはない。お前は王太子殿下の血を解析してくれたではないか」
そうなのだ。マルベリーさんは王太子殿下の血から、吸血反応を発見した。
吸血鬼によって血が奪われているかもしれないと、そこまで解析してくれたのだ。
そして、吸血鬼の弱点はニンニクというのが相場である。そのため、吸血鬼がやってきたときに備え、ニンニクを使った料理を毎日食べてもらっていたのだ。
「王太子殿下、その、ニンニク料理ばかりで申し訳ありませんでした」
「いやいや、思いのほかニンニク料理がおいしくて、元気にもなった気がするし、聖人インゴルフを撃破できたわけだから、いいこと尽くめだよ」
優しいお言葉に、胸がじーんとなる。
「でも、ここまで効果があったなんて」
「ゼラが作る聖水も、なんらかの影響があったのでしょう」
そうなのだ。ニンニクだけでは不安なので、魔除け効果のある聖水を毎日飲んでいただいていた。
「最期、インゴルフが灰になってしまったのは聖水の浄化効果に違いないでしょう」
「さすが、聖女特製の聖水というわけだ」
「いえ、その、わたくしが聖女というには、聖人インゴルフを惹きつけるために名乗っていただけでして」
「そんなことはないよ、ギーゼラ、君は間違いなく、我が国の聖女だ」
王太子殿下の言葉に、エーリク様やマルベリーさんも頷く。
「さすが、エーリクの初恋の君だ」
「王太子殿下、それは――」
「あれ、まだ言っていなかったの? 婚約したから、てっきり告げていたとばかり」
〝初恋の君〟というのはどういうことなのか?
エーリク様のほうを見ると、ふいっと顔を逸らされてしまった。
「さて、邪魔者は去るとするか!」
「そうだね」
マルベリーさんは聖人インゴルフが残した灰を箒で集めて蓋つきの缶に移し、王太子殿下と共に去って行く。
メルヴ・ウィザードは『メクレンブルク大公ノ、トコロニ、イコウ』と言い、ふわりんも『一緒に行く~』と言っていなくなった。
二人きりとなってしまう。
「あの、エーリク様、先ほど王太子殿下がおっしゃっていた件とは、なんなのでしょうか?」
「それは、その、僕の初恋がゼラだった、というだけだ!」
「わたくしが、初恋なのですか!?」
なんでも私とエーリク様は子どもの頃、顔を会わせていたらしい。
「ゼラは覚えていないだろう。その当時、僕のことを勘違いしていたからな」
「勘違い、ですか?」
「ああ」
エーリク様は少々投げやりな様子で言葉を返した。
なんでも私達が出会ったのは、神学校にいたころの話だという。
「年に一度、慈善市があって、一般に神学校が解放される日があっただろう」
「ありましたね」
「その日、僕は神学校へ足を運んだんだ」
それはエーリク様が九歳くらいの話だという。
「当時の僕は、魔法と聖術がどう違うか、気になって仕方がなかった」
けれども聖術については神学校に通う者ではないと学べない。
エーリク様は神学校に行って、少しでも聖術について知ることができたら、と思っていたのだとか。
「ただ、神学校の者達は魔法使いに冷たかった」
聖術について聞こうと話しかけるも、魔法使いの外套を着た姿を見ただけで避けて通っていったという。
「中には僕を乱暴に突き飛ばす人もいて、倒れてしまったんだ。あっけなく転がる僕を、神学校の奴らは皆、笑っていた。けれども一人の少女が手を差し伸べてくれたんだ。それがゼラ、お前だった」
記憶を辿ったところ、それらしき出来事があったのを思い出す。
「しかしエーリク様、そのお方は女の子では?」
「ああ、そうだ。ゼラは僕を女と勘違いしていた。けれども間違いなく、それは僕だ」
あまりにもかわいい顔立ちだったため、勘違いしてしまったらしい。
私はエーリク様を女の子だと勘違いしたまま、神学校を案内したという。
「魔法使いであっても差別せず、心優しい女性がいるのか、と信じられない気持ちになった。結婚するなら彼女みたいな人がいい、いいや、彼女しかいない。そう思って父に相談するも、聖教会に属する者はダメだと反対されてしまい……」
エーリク様はその後、二度と私と会うこともないだろうと考えていたという。
「ずっとゼラのことは心にあって、でも、そんなゼラがメクレンブルク大公家の聖嫁となり、議会で再開するなど、夢にも思っていなかった」
エーリク様はまっすぐ私を見つめる。
「ギーゼラ、この先も、伴侶として、僕と一緒にいてほしい」
「わたくしが、エーリク様の伴侶ですって?」
「ああ、そうだ。ずっとずっと、そうであればいい、と願っていた」
エーリク様は私の手を包み込むように握り、頭を垂れる。
「どうか頼む、僕を見捨てないでくれ」
「見捨てるって……」
「だめだろうか?」
捨てられた犬のような顔で私を見る。
断ることができるわけがなかった。
「わたくしでよければ」
「ゼラ、ありがとう」
エーリク様は私を抱き上げ、大喜びしてくれる。
まさかまさかの求婚となったのだった。




