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オルデンブルク大公家の屋敷へ

 教会の裏口に、不思議な形をした馬車が停まっていたので驚く。

 馬車よりも車体が少々細長く、御者の席は見当たらなかった。

 さらに馬の姿もない。


「エーリク様、こちらは?」

「魔導車だ」

「初めて耳にしました」

「当たり前だ。僕が発明したものだから」


 なんでも魔導車というのは馬も御者も必要とせず、魔力のみで動くという画期的な乗り物のようだ。

 エーリク様が近づいて手をかざすと魔法陣が浮かび、ドアが自動で開いた。


「乗れ」

「はい」


 内部は馬車よりもずっと広く、大人が六名ほど乗っても余裕がありそうだ。

 シートは革張りで高級感があり、落ち着いた空間である。

 エーリク様が向かい合った席に腰掛け、何やら魔法を展開させている。

 馬車のように揺れることなく動き始めたので、驚いてしまった。


「操縦者は必要ないのですね」

「ああ。地図に登録した場所に、自動運転で連れていく機能が備わっているからな」


 魔導車というのはとてつもなく画期的な発明品だと思った。

 走行のさいの物音はなく、振動もない。本当に動いているのか疑問に思うも、景色は移り変わっている。


「どうだ?」

「すばらしい乗り心地です」

「だろう?」


 エーリク様は満足げな様子で頷いていた。


「この魔導車も、いつか普及させるおつもりなのですか?」

「いや、どうだろう。議会に持ち込んだら、魔導鉄道みたいに、これまで働いていた者達の雇用がどうだとか、環境破壊だとか、どこかのメクレンブルク大公家の聖嫁みたいな者に痛いところをつつかれるかもしれない」

「わたくしはもうエーリク様がやられることを反対なんていたしません、そもそも議会には参加しません」

「いや、僕の秘書官として一緒に参加してもらうが?」

「……」


 これまでメクレンブルク大公家側にいたのに、オルデンブルク大公家側についたとなると、裏切り者扱いされそうだ。

 いや、裏切り者で間違いないのだが。


「今度はメクレンブルク大公家の者達をこてんぱんにすればいい」

「そ、それは……」

「誰がやってくるか楽しみだな」


 それに関しては興味がある。おそらく義母かシモンだろうが、彼らがどういう顔で議会に参加するのか。今世紀最大の見物になりそうだ。


 言葉を交わすうちにも、魔導車はどんどん進んでいく。

 オルデンブルク大公家のタウンハウスは王都郊外にあるようだ。

 これまで一族の者以外に明かしたことのない情報だという。


「誰もが知りたがるオルデンブルク大公家の秘密を知るんだ。光栄に思え」

「は、はあ」


 なぜ、一介の秘書ごときに大事な情報を隠しもせずに連れていくのか。と思ったものの、私にオルデンブルク大公家の極秘事項をどんどん抱えさせて、絶対に逃がさないという手口なのかもしれない。


 魔導車はあっという間に王都から離れ、森のほうへと向かっているようだ。

 時間が経つにつれて鬱蒼うっそうと木々が生い茂る薄暗い景色へと変わっていった。

 この先に本当にタウンハウスがあるのか、疑わしく思ってしまう。

 まだ森の中だったが、魔導車が停まった。

 ここで突然、エーリク様が魔法を発動させる。


「――っ!?」


 まさか人気ひとけのない場所で私を処分するつもりなのか、と思ったが衝撃はやってこない。

 魔法陣は消えてなくなり、何事も起きなかった。


「あ、あの、その魔法はなんなのですか?」

「窓の外を見てみろ」


 何があるのかと覗き込むと、木々がわさわさ揺れながら移動していた。

 ドアが開くように左右に避ける。

 その先に屋敷が見えたものだから驚いた。


「こ、こちらは――」

「大自然の門とでも言えばいいのか」


 驚いたことに、オルデンブルク大公家の屋敷は森の中に隠れるように存在するようだ。

 魔導車が敷地内へと進んでいく。

 庭にはたくさんの草花が生い茂っていた。


「まあ、きれい」


 春の花々がたくさん咲いていて、心が癒やされる。

 聖教会の神を信仰する家では、神々が地上で暮らしていた神話時代から自生する古代種の植物しか植えてはいけないことになっているのだ。

 そのため、一般的な家庭にあるような品種改良された美しい花々を目にする機会はほとんどなかったのである。

 エーリク様曰く、庭の草花は魔法に使うために育てているらしい。花を使う魔法というのはいったいどんなものなのか。話を聞いているだけでわくわくしてしまう。

 庭を通り過ぎると、黒檀こくたんを積んで造ったかのような黒煉瓦の屋敷がどっしり構えていた。

 要塞のように堅牢な印象があり、メクレンブルク大公家の白亜の美しい屋敷とは真逆の印象だった。

 屋敷の前で魔導車は停まる。エーリク様が先に下りて、私を屋敷へ導いてくれた。

 これだけ大きな屋敷なので、使用人は大勢いるだろう。

 そう思って中に入ると、広いエントランスホールはがらんとしていた。

 エーリク様は不思議そうな顔で問いかけてくる。


「どうした?」

「いえ、立派なお屋敷だと思いまして」

「そうだろう?」


 エーリク様は使用人の出迎えがないことなど欠片も気にすることなく、ずんずんと進んでいく。


 長い廊下には歴代の当主の肖像画らしきものが飾られていた。

 皆、立派な髭を生やした威厳たっぷりのお方ばかりである。

 一枚一枚見ながら歩いていたら、肖像画に描かれた男性の瞳が私の進む方向へぎょろりと動いたので、思わず悲鳴をあげてしまった。


「きゃあ!」

「どうした?」

「絵、絵が、動いたもので」

「ああ……」


 エーリク様は肖像画があるところまで戻ってきて見上げる。

 改めて確認してみると、目が動いたようには見えなかった。


高祖父おじい様、彼女を驚かせないでほしい」


 なぜ話しかけているのか、と思った瞬間、肖像画に描かれた威厳たっぷりの男性がにっこり微笑んだので、再度悲鳴をあげそうになった。


『いやいやすまんすまん! お前が生まれて初めてかわいちゃんを連れてきたものだから、気になって見てしもうて』

「はあ」


 エーリク様は肖像画と普通に喋っている。いったいどういう仕組みなのか。


「あ、あの、エーリク様、こちらのお方は?」

「僕の高祖父だ」


 高祖父だと紹介された男性が手を振ってきたので、ひとまず会釈を返す。


「なぜ、その、動かれているのでしょうか?」

「魔法だ」


 なんでもオルデンブルク大公家では、生きているように見える肖像画を作るのが慣わしだという。生前に魔力の一部を肖像画に付与し、その人物の人格などを移す魔法のようだ。


『エーリクの坊や、早く紹介してくれ』

「僕は坊やじゃ――」

『いいから早う! 他の者達も気になっておるようだから!』


 気がつけば、肖像画の視線が私達に集まっていた。

 悲鳴をあげなかった私を誰が褒めてほしい。


「彼女はギーゼラ・フォン・リンブルフ。僕の筆頭秘書官だ!」

『え~~~~~~、花嫁さんじゃないのか~~~~い!!』

「うるさい!!」


 エーリク様はご先祖様に対して反抗的な態度を取り、私にも「早くついてこい!」と叫んだのだった。 

 

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