まさかまさかの危機
再度、注目は聖人インゴルフに集まった。
その瞬間、彼は恍惚の表情を浮かべる。
どうやら人の関心を引くことが、快感になっているようだ。
呆れたとしか言いようがない。
それよりも、私を偽物扱いするとは……。
「彼女は聖女を騙る、まったくの偽物!」
人々は戸惑いの表情と共に、聖人インゴルフと私を交互に見る。
残念ながら私自身が本物の聖女という証拠はない。
そのため、どうしたものかと思っていたら、エーリク様が言い返してくれた。
「何を言っている。ここにいるのはメクレンブルク大公家に尽くし、聖教会での活動に加え、慈善活動にも精力的だった、メクレンブルク大公家の聖嫁と呼ばれていたお方だ!」
「流行りに乗じて、どこぞの舞台女優を立てただけでは?」
「何を言っている?」
聖人インゴルフが楽しげな様子で言う。
「誰か、オルデンブルク大公と一緒にいる女性が聖女ギーゼラだと証明できる者はいるだろうか?」
声をかけるも、反応はない。
その点に関して、申し訳なく思う。
聖教会では常にベールで顔を隠しており、このような夜会に顔を出すことはなかった。
そう、つまり、私の顔はまったく知れ渡っていないのである。
大聖堂で聖騎士相手に通用したのは、彼らの前でだけは比較的顔を晒していたからだ。
周囲を見渡すも、家族や知人の姿はない。
終わった……と思ってしまう。
申し訳なく思ってエーリク様の顔を見るも、彼は聖人インゴルフを睨み付けていた。
気持ちで負けてはいけない。そう思って私も顔を上げる。
それにしても、まさかここで偽物扱いされるとは夢にも思っていなかった。
一方、私達の登場に関して、聖人インゴルフは驚いた様子がない。
まさか、作戦をわかっていたというのか。
さすがの彼も、この状況は想像できていなかったと思うのだが……。
なんて考えていたら、さらなる出来事が私達を襲う。
「彼女こそ、本物の聖女だ!」
聖人インゴルフがそう叫んだあと、白い修道服に身を包みベールで顔を隠した女性が、ロイス司教と共に登場する。
「なっ――!」
「彼女はいったい……!?」
あれは私がよく、大聖堂で身に纏っていた服装である。
私に扮した女性は手を掲げ、口元に笑みを浮かべながら言葉を発した。
「みなさん、長らくご心配をおかけしました。わたくしはこの通り、元気ですので」
私の声にそっくりで、ギョッとしてしまう。
それを聞いた人々は即座に反応した。
「メクレンブルク大公家の聖嫁様だ!」
「ああ、メクレンブルク大公家の聖嫁様に間違いない!」
「やっとお会いできた!」
皆、突然現れた偽聖女のもとへ集っていった。
エーリク様は信じがたい、という瞳で目の前の状況を見つめている。
「あの者はいったい……」
思い当たるのは一人しかいない。
「おそらく、聖女を演じているのはイゾルテでしょう」
舞台女優イゾルテ・グリーム――彼女にかかってしまえば、聖女を演じることなど容易いことなのだ。
舞台女優に偽物を演じさせていたのは、聖人インゴルフのほうだったのだ。
「なっ、イゾルテ・グリームだと?」
「ええ」
身長や立ち姿から推測するに、間違いないだろう。
修道服は腰回りがゆったりしているので、妊娠しているお腹が目立たない。
イゾルテにとって都合がいい装いのようだ。
聖人インゴルフはしてやったり、という眼差しを私達に向けていた。
そんな中で、彼は予想だにしない発表を行う。
「聖女は隣にいる、ロイス司教との結婚が決まったんだ。皆、祝福するように!」
どうやら作戦は私達とまったく同じ、婚約を発表することによって、聖女は手の内にあると訴えたかったのだろう。
それを聞いたエーリク様は「やられた!」と吐き捨てるように言った。
次の瞬間、何か発見したようで、ズンズン歩き始める。私も離れないようにあとに続いた。
「おい、お前――!」
「ひい!」
エーリク様が腕を掴んだのは、見覚えのない男性。
ぐっと接近し、周囲の人々には聞こえないような声で話しかける。
「情報を漏らしたな!?」
「も、も、も、申し訳ありません!」
彼は新聞社の記者らしい。
私達の作戦を知る唯一の人物でもあった。
エーリク様と懇意にしていたようだが、聖人インゴルフに今日の作戦について話してしまったという。
「つ、妻と、こ、子どもを、人質に、さ、されていまして……」
どうやら聖人インゴルフは手段を選ばず、卑怯な手を使ってでもこの場を支配したかったらしい。
エーリク様は記者の腕を放すと、悔しそうに背を向ける。
この一ヶ月間、秘密裏に動いていた作戦が失敗した。
聖人インゴルフはそんな私達の姿を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
本当に性格が悪い、と思ってしまった。
ここで、国王夫妻が登場した。
「ああ、我らが国王に王妃――ちょうどいいところにいらっしゃった」
「ずいぶんと盛り上がっていたようだな」
「楽しそうね」
「ええ、ええ、そうなんです。前代未聞の事態となりまして」
聖人インゴルフは聖女に扮したイゾルテを紹介したあと、私達を手で示しながら言った。
「ご覧ください、このおめでたい席に、偽物聖女がやってきたんです」




