ついに訪れるそのとき
エーリク様の作戦は想定していた以上の成果があったようで、今はどの社交場に行っても行方不明になった聖女の話題で持ちきりらしい。
聖人インゴルフの枢機卿就任なんて誰も口にせず、皆の関心は聖女である私の行方と、離縁を申し出たシモンの悪評ばかり流れているようだ。
今はまだ動くときではないようなので、王太子殿下やメクレンブルク大公の看病をしたり、メルヴ・ウィザードと一緒に料理を作ったりお菓子を焼いたり、ふわりんと刺繍をしたり、とさまざまなことをして過ごす。
マルベリーさんとも連絡を取っていたが、魔法による解析はもう少しかかるとのこと。
手紙をやりとりする中で新作のアイデアを送ったところ、試作品もどっさり届いた。
ベリーの香りがする石鹸は本当にいい匂いで、人気商品になること間違いないだろう。
新聞社の記者から、何か記事を書いてくれないか、と言われた。
相手はメクレンブルク大公家の暴露を期待していたようだが、私はルーベン様との闘病生活について書かせてもらった。
薬も、祈りも、回復術が効かない不治の病との戦いは壮絶で、ルーベン様は死を覚悟しているとは常に口にしていた。
ただ、覚悟できているからといっても、恐ろしいことに変わりなかったようで……。
夜を迎える度に、このまま眠ったら二度と目覚めることができないのではないか、とぐるぐる考えていたようだ。
そんな中で、ルーベン様が印象的な話をしていた。
死を覚悟するというのは、生きるのを諦めたわけではない、と。
神から与えられた人生を全うし、 定められた運命を受け入れることだと語っていた。
それは〝降伏〟に近い感情だという。
圧倒的な力を前にしたら、自分の強い意志だけではどうにもならないことが多々ある。
もういい、負けた。そう認めることによって、気持ちが楽になれた、と。
私達が生きる世界では、降伏しなければならない状況が多々ある。
ルーベン様との結婚生活を経て、学ぶことができたのだった。
もしかしたら没書になるかもしれない、なんて思ったものの、記事を読んだ記者はぜひとも掲載させてほしい、と言ってくれたようだ。
この世界にはボロボロになりながらも、戦わなくてはいけない道しか知らない人がいるかもしれない。
そんな人にルーベン様の生き方が届けばいいな、と思った。
◇◇◇
あっという間に月日は流れ、聖人インゴルフの枢機卿就任お披露目の夜会当日となった。
聖女に対して関心を集める新聞はあっという間に完売し、社交場でも噂話で持ちきりだという。
そんな状況で出て行けば、確実に注目の的となる。
作戦を実行する日がやってきたのだ。
上手くいくのか、ドキドキしていた。
そんな私を、ふわりんが励ましてくれる。
『大丈夫だよ~』
「ふわりん、ありがとうございます」
自分が主役になると思っていた夜会で、その座を奪われるなど、聖人インゴルフは考えていないだろう。
ふわりんの言うとおり、大丈夫と自らに言い聞かせ、夜会の会場となる王宮へ足を運んだのだった。
久しぶりに規模の大きな夜会だからか、王宮へ繋がる道は大渋滞だった。
そんな状況の中、貴賓客は専用の通路を通るようで、スイスイ到着できた。
裏口から王宮内へと入る。
私は時間が経つにつれて緊張していた。
その一方、エーリク様は堂々としている。
「ゼラ、表情が硬いな」
「これからやる小芝居が上手くいくのか、気が気でなくて」
「上手くいかなくてもいい。聖女ギーゼラが姿を現しただけで、皆の注目は集まるだろうから」
「そうかもしれませんが……」
一世一代の大舞台である。
私に与えられた配役があまりにも大きすぎるが、可能な限り頑張りたい。
今日はメルヴ・ウィザードやふわりんも一緒である。
ふわりんはドレスの飾りに擬態し、メルヴ・ウィザードは姿を消して傍にいてくれる。
エーリク様ももちろん一緒だ。
一人じゃない、だから心配するようなことなんて起こらない。そう、信じて前に進むしかなかった。
エーリク様と私は会場のバルコニーで待機し、中の様子を覗う。
しばらく待っていると、聖人インゴルフが満を持して登場した。
枢機卿のみが着用を許される緋色の聖衣を身に纏い、皆からの羨望の眼差しを一身に浴びていた。
「そろそろだな」
「ええ」
エーリク様が扉の向こう側にいる侍従に合図を出すと、声を張り上げ、私達の登場を知らせてくれた。
「オルデンブルク大公、エーリク様及び、聖女ギーゼラ様のおなりです!!」
聖女と聞いて、皆が振り返る。
「なっ、聖女様だって!?」
「あの、行方不明だっていう?」
「まさか、今日おいでになるなんて!」
先ほどまで聖人インゴルフを見ていたのに、皆の注目が私達へと集まった。
「聖女様だ!」
「聖女様!」
「本物だ!」
ワッと人々が押し寄せる。
その中で、聖人インゴルフはポツンと孤立していた。
作戦は大成功である。
そう思っていたのだが、聖人インゴルフはまさかの発言をした。
「皆、落ち着くんだ! その聖女は偽物だから!」
ありえないことを叫んだのだった。




