婚約
突然の申し出に、疑問符の大雨に打たれているような気持ちになった。
エーリク様がただ単純に、私との婚約を結びたいと思うわけがない。
理由があって、このような申し出をしているのだ。
混乱の中、言葉を振り絞る。
「あの、それは、何か意味があってのことなのでしょうか?」
「ゼラを守るため――というのは大前提で、人々の信仰を聖教会側に偏らせないようにするための対策でもある」
まず、シモンが私との離縁を公表していないため、知らない人が多い。
未だに私が〝メクレンブルク大公家の聖嫁〟だと思っている人達が大半なのである。
「まず、離縁について人々に知ってもらう必要がある」
エーリク様が知人の新聞記者に、記事を作るように打診する予定だという。
「それについて、問題ないだろうか?」
「もちろんです! むしろ、積極的に知っていただきたいくらいで」
記事ではメクレンブルク大公家の屋敷を追い出され、路頭に迷う聖女――みたいな人々の同情を集めるような見出しで出すという。
「もしも別の見出しがいい、というのであれば、変えることも可能だが」
「いえいえ、真実をお伝えいただけたらなと思います」
記事の最後は聖教会で聖騎士達を助けたのを最後に、聖女は聖職者らに事件の犯人だと濡れ衣を着せられそうになり、大聖堂を後にする。その後、行方知れず。
「という内容を予定している」
「いい記事だと思います」
こういう狙って打ち出す記事は事実を誇張して報じることが多々あるのだが、今回に限っては何一つ作られた部分がない。すべて事実であった。
「記事を読んだ者達は、聖女はどこにいるのか心配し始めるだろう」
聖人インゴルフにばかり集まっていた関心が、聖女のほうにも流れるようになる。これが狙いだという。
それが出たあとも、定期的に聖女についての記事を出すという。
「メクレンブルク大公家の聖嫁時代の慈善活動や、夫シモンや義母メクレンブルク大公夫人からの嫌がらせ、不在時に信者らが起こした抗議活動、聖女となったゼラの人となり――出せるものは出して、悲劇のヒロインというのを演出し、皆の関心を惹きつけるつもりだ」
「は、はあ……」
恥ずかしい気がするものの、今はそんなことを言っている場合ではないのだろう。
「一ヶ月後に開催される夜会は王妃の主催であるものの、実際は聖人インゴルフの枢機卿就任をお披露目する場でもある」
「もしや、そこでわたくしとエーリク様が二人で参加して、婚約を発表し、人々の注目をかっ攫う、という作戦ですの!?」
「そうだ」
見事な目論みに、思わず拍手してしまう。
「エーリク様、今世紀最大のすばらしい作戦ですわ!」
「そうだろう?」
これ以上ない、聖人インゴルフに対する妨害活動となるだろう。
「しかし、エーリク様はよろしいのですか?」
「何がだ?」
「わたくしとの婚約を大事にすることによって、何か不利益が生じないか心配しているのです」
「不利益? 聖人インゴルフの鼻っ面を折ること以上の利益など望んでいないのだが」
「いえ、そうではなくて」
エーリク様は御年二十五歳。
乗りに乗っている結婚適齢期というものである。
未来のオルデンブルク大公家の跡取りを立てるために、結婚しなければならないのだ。
「その、結婚されたいお方や、お慕いしているお方など、いらっしゃるのではありませんか?」
「あーーー、その件に関しては、まあ、ゼラは心配しなくていい。僕にも考えがある」
「考えとは?」
「今は話すべきときではない。すべて終わったら、打ち明けよう」
「……」
これまでハキハキ喋っていたのに、突然煮え切らないような言葉を返す。
事件が解決するまで、モヤモヤした気持ちを抱えなければならない、ということなのか。
いいや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
聖人インゴルフのせいで、国が傾くかもしれないのだ。
私の気持ちなんて、二の次三の次。
ゆらゆら不安定な感情には、ぎゅっと強く蓋をする必要があるのだろう。
今は必要とされている、悲劇の中で苦しみ、路頭に迷っていたが、オルデンブルク大公エーリク様に救われた聖女、というのを演じなければならないのだ。
「わかりました。お引き受けいたします」
「いいのか?」
「はい、わたくしでお役に立てるのであれば」
「ゼラ、ありがとう!」
エーリク様は私の手を握り、深々と頭を下げる。
これでよかったのだ、と自分に言い聞かせたのだった。
◇◇◇
そんなわけで、私はエーリク様の婚約者となった。
両親にも婚約について打診したようで、エーリク様が多額の口止め料を払うと、父は喜んで署名したらしい。
私を心配する様子は欠片もなかったようで、まあ、なんというか相変わらずだなとしか思わなかった。
その後、私に関する記事が出回った。
エーリク様の支援のもと、普段の倍以上の部数を刷ったため、ありとあらゆる人達が記事を読んでくれたようだ。
思惑通り、聖女となった私に同情の声が集まっているという。
関心の声が集まっている旬を逃さず、第二報、第三報と記事をどんどん出して行ったらしい。
その結果、エーリク様と記事の力で作り出した〝悲劇の聖女ギーゼラ〟は、あっという間に時の人となっているようだ。




