聖人インゴルフについて
その後、エーリク様が調査した聖人インゴルフについての情報を共有してもらった。
「最初に姿を確認したのは二十二年も前、ですか」
「ああ。当時はブラザー見習いとして、奉仕活動に勤しんでいたらしい」
当時の年齢にして八歳ほどだったという記録が残っているらしい。
悪魔なので成人した姿でい続けたのかと思いきや、きちんと幼少期と呼ばれるものがあったという。
身よりがなかったようだが、聖教会の上層部の者に気に入られていたため、王宮にも出入りしていたようだ。
「そのときから、王妃の目に留まり、頻繁に私室に呼ばれることもあったそうだ」
「一介のブラザー見習いが、王妃様の私室に入り浸っていたということですの?」
エーリク様は重々しい様子で頷いた。
どうして王妃はそのような行動に出たのか。理由について語られる。
「ちょうどそのころ、王妃は子を亡くしている」
「そうだったのですか!?」
「ああ。享年八歳だったらしい」
なんでも王太子殿下は双子の次男だったようで、未来の国王として約束された長男を亡くしたようだ。
亡くなった長男は旅先で奇病に罹り、一晩のうちに干からびてしまったという。
王妃は精神を病み、塞ぎ込んでしまったようだ。
「聖人インゴルフと亡くした子どもの面立ちがそっくりだったため、王妃は喪失感から、傍に置くようになったようだ」
素性の知れない子を傍に置くことに対して周囲はよく思っていなかったようだが、事情が事情なだけに強く反対できなかったという。そんな王妃と聖人インゴルフの関係は二十二年、途切れることなく続いたようだ。
その間に、聖人インゴルフはちゃくちゃくと力を付けていたに違いない。
思っていたよりも長い付き合いだったというわけだ。
「王妃様は聖人インゴルフを、実の息子のように想っていたのでしょうか?」
「おそらくそうなのだろう」
きっと王妃だけでなく、国王陛下も同じように、聖人インゴルフに対して特別な想いを抱いているのかもしれない。
でないと、彼が特別扱いを受ける理由が理解できないから。
「まあ、王妃と聖人インゴルフの関係も、順調だったわけではないらしい」
「何かあったのですか?」
「ああ。聖人インゴルフとの付き合いが始まった数ヶ月後、メクレンブルク大公が王妃に物申したようだ」
一人の聖職者に肩入れするのはよくない、立場を弁えるように、と。
「王妃は思いのほかメクレンブルク大公の言うことを聞き入れ、一年ほどは関係をきっぱり断っていたらしい」
けれどもメクレンブルク大公が聖地巡礼の旅に出て、長期間王都を空けたのをきっかけに、聖人インゴルフとの関係が復活したという。
「メクレンブルク大公が王都に戻ってきた頃には、王妃と聖人インゴルフの絆は強固なものとなり、二度と引き離すことはできなくなったそうだ」
「そう、だったのですね」
メクレンブルク大公が聖地巡礼の旅に出ている間、王太子殿下の病気が発症するようになったようだ。
国内の医者が匙を投げる中、聖人インゴルフだけが治療に成功させた。
そのため、王妃の信頼をここぞとばかりに勝ち取ってしまったようだ。
「それから聖人インゴルフは数々の奇跡の力を揮っていたようだが、調べてみたら親族に金を握らせて作ったものばかりだった」
それだけでなく回復術によって完治した者や、魔法医の治療によって寛解した者に対しても、聖職者と魔法医を買収し、手柄を横取りしていたらしい。
聖人インゴルフの実体は、金と権力で塗り固められたものだったようだ。
「彼が偽物の聖人だと訴えるのは十分過ぎる情報かと思いますが」
「いや、まだ弱い」
聖人インゴルフは二十二年もの間、多くの人々からの信頼を勝ち取っているのだ。
それを集めた情報だけで覆すのは難しいという。
「今、奴がやらかしているという事実が必要だ」
一歩対応を間違ったら、訴えた側が窮地に陥ることになるようで、エーリク様は慎重に事を進めているという。
「それにしても、王太子殿下が双子の兄弟だったとは、存じませんでした」
「ああ、一部の者達しか知らないはずだ」
現王太子殿下は生まれたときから体が弱かったため、公表されていなかったという。
亡くなった殿下は健康そのものだったようだが、不慮の事故で命を落としてしまったそうだ。
「王太子殿下は生まれたときから長く生きられないだろうと言われていたようで……」
健康に問題がないと言われていた殿下を亡くした国王夫妻の落胆は深かったのだろう。
「その絶望感と悲しみに聖人インゴルフが付け入った、というわけですのね」
「ああ」
どうして聖人インゴルフはああも国王夫妻に気に入られているのか、と謎だった。
けれどもエーリク様の調査結果を聞いて納得してしまった。
人の弱みを利用するとは、まさに悪魔の所業である。
そんな彼の暗躍を、これ以上許してはいけない。
これからどうするのか、エーリク様は作戦を練っているという。
「ひとまず、聖女の名を社交界に広めるつもりだ」
私の存在が重要になってくるようだ。
「そのために、僕の婚約者として夜会に参加してほしい」
まさかの展開に、ヒュ! と息を吸い込んでしまった。




