依頼を
「マルベリーさんには以前、魔導噴水の水質検査をしていただいたんです」
「そうだったのか?」
マルベリーさんは腕を組み、深々と頷く。
「そのような調査をしていたなど、知らなかった」
「ええ。聖教会の上層部でのみ、議題に上がっていたことですので」
王都の中央広場に設置され、多くの人々の生活水の供給拠点となる魔導噴水の水質が、悪いのではないかという意見が上がったのだ。
「魔導噴水が汚水の水質を浄化してから各家庭へ送り込むというのを、信じられない人達がいたようで」
汚水のまま送っているに違いない。それが知れ渡れば、魔導会が失脚するきっかけにもなる、などと主張していたのだ。
それを議会へ持って行くのは私だ。ただ、根拠もない意見を出すわけにはいかない。
「そんなわけで、独自に水質を調べようと思いまして」
調査の結果、水質が悪ければ魔導会に改善するように言えばいいだけの話である。
その後、私は聖教会で飲まれている湧き水と魔導噴水の水を採取し、マルベリーさんにそれぞれ解析できないか依頼したのだ。
「なぜ、聖教会の水も調べたのか?」
「いえ、以前から信者の方々の間でまずい、まずいと噂になっていたものですから」
いい機会だと思って、ついでに調べようと思い立ったのである。
「結果を待つ間、わたくしは魔導噴水の水が供給される家庭に調査にいきまして」
ただ、聖教会の上層部の人間は魔法を信じない集まりなので、解析結果に納得しない者もいるかもしれない。
そういう状況になったときの対策として、魔導噴水の水を使って具合が悪くなっている人はいないか、臭いや色などないかなど聞いて回った。
「その後、三日くらいでマルベリーさんに解析していただいたんです。結果は、魔導噴水が浄化した水は、聖教会で使われている湧き水よりも断然きれいだということがわかりました!」
一方、聖教会の水は汚水とまではいかないが、飲めたものではないことが明らかとなる。
なんでも聖教会で利用されている湧き水には各家庭や工房から排出された水が地下に染みこんでおり、あまりきれいな状態ではないようだ。
「聖教会のシスターやブラザーにも水質について調査したところ、臭いがある、まずい、などという結果があつまりまして」
また、水を飲んだあとお腹を壊したり、気分が悪くなったりする人もいた。その結果から、問題があるのは聖教会の水だということが明らかとなる。
それらの調査を発表したところ、魔法による解析は信用できないと言われ、私の調査は改ざんしているなどと言われてしまった。
しかしながら裏打ちされた調査結果がないものを議会に持って行けるわけがない。
もしも告発するさいは、個人で行ってくださいと言うと、誰も反論しなかった。
「とまあ、そんなこともありまして。すみません、話が逸れてしまいました」
「いや、聖教会内でそのようなことがあったとは知らなかった。まさかそこまでして調べてくれたとは……感謝する」
「いえいえ。難癖みたいなものは内部で潰しませんと、失礼になるので」
こんな感じで、マルベリーさんには魔法関係でたくさんお世話になっていたのである。
本題へと移る前に、マルベリーさんは私とエーリク様の関係が気になって仕方がないようだった。
それも無理はないだろう。かつては敵対関係にある仲だったから。
「実はわたくし、メクレンブルク大公家のシモンと別れまして」
「なっ――ついに、あの男に見切りをつけたのか?」
「いえ、彼のほうから別れるように言われたのです」
「なんだと!? あの男、いったい何を考えているのか!?」
きっとシモンは何も考えていない。自分がやりたいように、欲望のままに、自由に生きているだけなのだ。
「それで、メクレンブルク大公家の屋敷を追いだされたあと、運よくエーリク様にお会いしまして」
「僕は聖人インゴルフについて調査するために、聖教会の関係者の手が必要だった。ゼラは衣食住の保証があるところで働きたかった、完全な利害の一致だ」
「そうだったのだな」
その後、行動を共にするようになり、今に至るというわけだ。
聖人インゴルフについて、その名は下町にも届いていたという。
もともと下町の者達は神を信仰していなかった。けれどもここ数年、聖人インゴルフの役に立ちたいからと言って、聖教会へ身を寄せる者達も少なくなかったという。
「聖人インゴルフか……。話を聞く限り、胡散臭い存在だと思っていた」
なんでも下町では、聖人インゴルフの傍に仕えるだけで、不治の病が完治したなどという話も広まっていたらしい。
「それを信じ、聖教会へ行って、その後帰らぬ者もいたようだ」
「酷い話です」
「まったくだ」
一番の被害者は王太子殿下だろう。
聖人インゴルフは魔力を奪っただけでなく、何かしているに違いない。
「そんなわけで、この包帯に付着している血から、魔力吸収以外の何かを魔法で解析できないだろうか?」
「わかった、時間がしばしかかるだろうが、預かっておこう」
「感謝する」
マルベリーさんが得意とするのは、魔法で筋肉を強化させて戦うものだという。
けれども解析魔法もまた、得意としているのだ。
「解析が終わったら、オルデンブルク大公家に結果を届けよう」
「ああ、頼む、謝礼は――」
「店の商品を買ってほしい」
「わかった。ゼラ、この店にある品で、必要な物はすべて購入するように」
「よろしいのですか?」
「ああ」
そんなわけで、マルベリーさん特製の石鹸や洗髪剤、化粧品などを購入する。
エーリク様は依頼料が思っていたよりも安く済んだといい、マルベリーさんは売り上げが上がったと喜び、私も欲しかった品を手に入れたので、みんなでほくほく気分になったのだった。
◇◇◇
その後、エーリク様は王宮に行って、王太子殿下の不在が露見していないか調べにいった。
帰ってきたのは二時間後だった。
「誰も、まったく気付いていなかった」
「よかったです」
そもそも王太子殿下が拠点としているのは、国王夫妻が暮らす区画からもっとも遠い場所にあるようで、人の出入りは多くないという。
なんでも病気の悪化を原因に、静かな場所のほうがいいだろうと聖人インゴルフが言って移動させたのだとか。
「王太子殿下が使うはずだった区画は現在、第二王子に占領されているようだ」
「それもまた、酷い話ですわね」
ホッとしたのもつかの間のこと。
エーリク様はいい話だけでなく、悪い話も持ち帰ってきた。
「メクレンブルク大公の不在をいいことに、聖人インゴルフが聖教会の枢機卿を名乗り出したようだ」
「なっ――!?」
聖教会の枢機卿は代々、メクレンブルク大公家の当主が就くものである。
百歩譲ってシモンが代理で就任するのならばわかるが、聖人インゴルフが枢機卿を名乗るなんて。
「シモン・フォン・メクレンブルクも枢機卿を名乗ろうと声を上げたようだが、上層部の諮問会議で賛成が集まらなかったらしい」
「……」
声には出さなかったが、「ざまあみろ」と思ったのは秘密だ。




