マルベリーの正体
マルベリーさんは叫ぶ。
「むう、何奴!! 変質者であるな!!」
「誰が変質者だ!!」
野太い声が響き渡るも、助けに飛びだしてくる者はおらず。
回れ右をして逃げだしたマルベリーさんを、エーリク様は魔法で捕まえようとする。
「――大地を這え、蔓よ!!」
魔法陣が浮かび上がり、そこから蔓は躍り出て、マルベリーさんのあとを追跡する。
マルベリーさんが逃げる速度はかなりのものだったが、蔓も猛追していた。
蔓はあっという間に追いつき、腕に絡みついたものの、マルベリーさんは大きく腕を振り上げた。
「ふん!!」
魔法の蔓はぶちりと千切れた。
「なっ――剣でも断ちきることができない、魔法の蔓なのだが!」
それで終わりではなかった。エーリク様はさらなる魔法を放つ。
「――行く手を阻め、蔦よ!」
路地裏から蔓が壁のように高く茂って、通行止めにしてしまう。
「こしゃくな!」
マルベリーさんはそう叫ぶと、大きく跳び上がった。
蔓でできた壁を飛び越え、走って行ってしまった。
「野生動物のような動きをしてからに!」
諦めるのかと思いきや、エーリク様は想定外の行動に出る。
私を抱き寄せ、叫んだ。
「マルセル、この娘がどうなってもいいのか!?」
「!?」
エーリク様は私を人質にして、マルベリーさんをおびき寄せる作戦に出たらしい。
首元に突きつけられているのはナイフではなく、その辺に落ちていた土鳩か何かの羽根だった。
こんな作戦でマルベリーさんを呼び寄せられるわけがない。
そう思っていたが――。
「その者に触れるでない!!」
マルベリーさんはそう叫び、土煙を猛烈に上げながら戻ってきた。
「おおおおおおお!!!!」
マルベリーさんが握った拳に魔法陣が浮かび上がる。
あれは、私を助けてくれたときも見た覚えがあった。
エーリク様は魔法を展開し、マルベリーさんの拳を受ける。
「ああああああああ!!!!」
魔法で展開された障壁が拳を受け止めたものの、ミシミシ音をたてて崩壊し始める。
「この、馬鹿力が!」
エーリク様は障壁を重ねて展開させると、マルベリーさんの拳を弾き返す。
マルベリーさんの拳からは、もくもくとした白煙が上がっていた。
「ギーゼラ殿に突きつけたナイフを離せ!」
「ナイフというのは、これのことか?」
エーリク様が土鳩の羽根を少しあげたら、鼻先をかすめてくすぐったくなってしまう。
「くしゅん!」
我慢できず、くしゃみをしてしまった。
ようやくエーリク様が私を人質にするつもりはないと気付いたようで、マルベリーさんは拳を収める。
冷静になったと判断したエーリク様は、マルベリーさんに話しかけた。
「久しいな、〝豪腕魔法使い〟マルセル・エンバームよ」
「その名前はとうに捨てたわ!」
豪腕魔法使い、マルセル――それを聞いて思い出す。
たしか、先代四賢者の一人で、十年前に魔導省をあとにしたお方だ。
「マルベリーさんが、マルセルさんだったのですね」
私がそう呟くと、マルベリーさんは悲しげな表情を浮かべる。
「マルセル、お前はなぜ、女装をして名を偽り、商店を営業している?」
「生きるために、必要だったものだ」
女装を始めたきっかけは、客が怖がっていたからだという。
「闘志族が持つこの筋肉は、人々にとって威圧的に映るのだ」
ふりふりのエプロンや、レースたっぷりのドレスで隠してしまえば怖くない。
そう、気付いたという。
「別の意味で怖くないのか?」
「今、なんと申した?」
「いや、なんでもない」
これまで女性として接していたのだが、マルベリーさんは生物上は男性だという。
「ギーゼラ殿よ、これまで騙していてすまなかった」
「いいえ、わたくしはマルベリーさんと、性別なんて関係なく、一人の人間として接していましたので」
そんな言葉を返すと、マルベリーさんは安堵するように微笑んでくれた。
「立ち話もなんだ、中へ入られよ」
「ありがとうございます、お邪魔します」
エーリク様を振り返ったら、なんとも腑に落ちないような表情でいた。
「どうかなさったのですか?」
「突っ込みどころが満載で……いや、なんでもない」
話はお店の中でさせていただくこととなった。
店内はオシャレなアンティークショップという雰囲気で、かわいいくまのぬいぐるみなども飾られている。ここの石鹸や香水は貴族女性に人気で、侍女やメイドが下町まで買いにやってくるそうだ。
「マルセル……お前、こんな趣味だったのか?」
「いいや、最初は筋肉痛に効く薬や、プロテインジュースを販売していたのだが、怖がられたので、今の店にリニューアルしたのだ」
マルベリーさんは花のカップに紅茶を淹れてくれた。茶菓子としてクッキーも用意してくれる。
いつも相談にやってくるたびに、今日出してくれたようなお茶やお菓子を用意してくれるのだ。それがおいしくて、通っていたというのもある。
「ギーゼラ殿、クッキーは先日から販売をし始めた」
「まあ、そうでしたのね!」
マルベリーさんが焼いたクッキーは絶品なので、絶対に売り出したほうがいいと言っていたのだ。
「早くも売れ筋商品となり、予約も数十件入っている」
「そうなると思っていました!」
今日、出してくれたのは試作品だという。
「紅茶の茶葉を練り込んでみたのだが、どうだろうか?」
「おいしいです!」
「よかった」
ほのぼのとした時間を過ごしていたが、エーリク様の一言で我に返った。
「おい、いい加減にしないか!」
久しぶりにやってきたので、ついつい話し込んでしまった。
本題へと移らなければ。




