治療を
「ああ……王太子殿下……なんという……」
王太子殿下の姿は骨と皮だけのしわくちゃな状態になっていた。
たしか、王太子殿下は二十六歳で、金色の髪に紫色の瞳を持つ美丈夫だったと聞いている。
金色の髪は白髪となり、瞳も見えていないのか虚ろだった。
枯れ木のように細い腕は包帯が巻かれている。
「あの、おケガされているのですか?」
その問いにアンハイサー隊長が答えた。
「ええ……。薬瓶を落としたさいに、内出血してしまい」
軽い薬瓶を落としただけで内出血してしまうなんて。
体が弱りきっている証拠だろう。
ルーベン様の晩年もそうだった。少し体をぶつけただけで、内出血が起こっていたのだ。そのたびに私は回復術を使って癒やしていたのを思い出す。
そうだ! と思い立ち、提案してみる。
「よろしければ、王太子殿下に回復術を施してもよろしいでしょうか? きっと痛みなど引くはずですので」
「ええ、ぜひ! お願いします」
王太子殿下へはエーリク様から回復術の説明をしてもらった。すると、喜んでくれたようだ。
「では、行いますね」
包帯を外すと、赤黒くなっていて、なんとも痛ましい様子だった。
患部に手を当てて呪文を唱える。
「――再生せよ、回復!」
輝きに包まれたあと、「ああ」と安堵するような王太子殿下の声が聞こえた。
光が収まったあと、騎士達のどよめきの声が巻き起こる。
「ああ、なんという」
「これは」
「奇跡だ!!」
王太子殿下の内出血の痕はきれいさっぱりなくなる。
ただそれだけでなく、健康的な張りのある肌が戻ってきたのだ。
「どうやら、ゼラの回復術は王太子殿下に有効なようだ」
「よかったです」
それからエーリク様が鑑定魔法で王太子殿下の容態を調べる。
「やはり、魔力の大半が奪われている」
メルヴ・ウィザードの葉っぱから作った魔法薬が有効となるだろう。
さっそく飲ませると、顔色がぐっとよくなった。その状態に、回復術を施すと、枯れ木のようになっていた姿から元の二十代の状態へと戻ってくる。
「エーリク……聖女ギーゼラ、あり、がとう」
「王太子殿下!」
「なんと、もったいないお言葉です!」
その後、王太子殿下は優しく微笑んだあと、疲れたのか眠ってしまった。
アンハイサー隊長が別室で話したいというので、移動する。
「オルデンブルク大公閣下、聖女ギーゼラ様、本当に、なんと感謝の気持ちを伝えていいものなのか……」
なんでも歴代の近衛部隊隊長は、なかなか容態がよくならない王太子殿下の治療に当たる聖人インゴルフの存在について、疑問を投げかけていたらしい。
「しかしながら、意見した者達はすべて辺境送りとなりました。連絡するも、誰一人として音沙汰がなく……」
送られた先は、魔物がはびこる〝死の辺境〟と呼ばれる場所で、通常は犯罪者を収容するような場所だったらしい。
元近衛騎士に科せられたのは、辺境送りという名の死刑に近いものだったのかもしれない。
「聖人インゴルフの働きに触れた者達は、もれなく姿を消しました」
王太子殿下の近衛騎士となった者は呪われる――騎士隊の中でそんな噂話も流れていたようだ。
「そのため誰も就きたがらず、私のような若輩者が務めることとなり」
「立派にお仕えする姿は、素晴らしいものだと思っておりました」
「ああ、そうだ。誰にもできることではないだろう」
私達の言葉を聞いたアンハイサー隊長は涙ぐむ。
聖人インゴルフの胡散臭い治療に気付きながらも、それを指摘できず、王太子殿下が弱っていく様子を見守るだけというのは辛かっただろう。
「なぜ、彼のような詐欺師が、国王夫妻の信頼を得て、暗躍できているのか、不思議でなりません……!」
なんでも最初に王太子殿下を診察した医者が不治の病だと言ったことが、聖人インゴルフの暗躍を許す結果となったらしい。
「治らない病気だから、奇跡も効きにくい、生きているだけでも幸運なのだ、と王妃様はおっしゃっておりまして」
衰弱しきって、言葉もまともに喋ることができず、老人のような姿になっても、王妃は聖人インゴルフに感謝していたという。
その様子は騎士達にとって、異質に映っていたらしい。
「ただ、せっかく治療していただいても、このあと聖人インゴルフの治療を受けてしまっては、元通りになると思われます」
そうなのだ。いくら回復しても、聖人インゴルフの治療を受けてしまっては意味がない。
「ああ、それについてだが、提案がある」
それは、誰もが想像していなかった作戦だった。
「王太子殿下の身柄はオルデンブルク大公家が預かりたい」
「それは、許可が下りるでしょうか?」
「まあ、下りないだろう」
王妃は自分の命よりも、王太子殿下を大事にしているという。
いくら訴えても、話が通じるわけがないとエーリク様は言い切った。
「これから僕が幻術で、王太子殿下がその場で眠っているような状態を作り出す。それで、王妃は騙せるだろう」
問題は聖人インゴルフである。彼が悪魔だとしたら、幻術では騙しきれないようだ。
「あのお方がやってくるのは、十日に一度くらいです。一昨日やってきたので、しばらくやってこないでしょう」
「それだけ猶予があれば十分だ」
エーリク様は強い眼差しをアンハイサー隊長に向けながら言う。
「奴がここを再訪するまでに、悪事を暴いてやる!」
それまで、どうか耐えてほしい。そう訴える。
「ああ、オルデンブルク大公……なんと感謝していいのやら」
「感謝は騒動が解決してから言ってほしい」
場合によっては、近衛騎士の面々も窮地に立たされることになる。
それも覚悟しておくように、とエーリク様は話していた。
「もちろん、我々も共に危険な橋は渡るつもりです!」
なんとも頼もしい言葉が返ってきたのだった。




