報告
魔導省から帰ってきたエーリク様は、まっすぐ私達がいる寝室へとやってきてくれた。
「エーリク様、おかえりなさいませ! お待ちしておりました!」
「あ、ああ」
喜びのあまり駆け寄っていってしまい、エーリク様を少し困らせてしまった。
そんなエーリク様は大聖堂に潜入した私がなんらかの成果を持ち帰ってくるだろうと考えていたようで、寝台に横たわるメクレンブルク大公を見ても驚いた様子は見せなかった。
「ゼラ、話を聞かせてもらえるか?」
「はい」
大聖堂で見て聞いてきたことを、そのままエーリク様に伝えた。
話を聞いていくうちに眉間の皺が深くなっていったのだが、七階での出来事を話し終える頃には、表情が険しいどころではなくなっていた。
「というわけで、白猫さんのおかげで助かったのですが」
「そうか」
エーリク様はそれ以外反応せず、さらりと流してしまう。
それとなく、今は深く触れないほうがいいだろうと思って別の話題に移った。
「あのお方はわたくしのことを聖女と勘違いしているようで」
「呆れたとしか言いようがない」
「まったくです」
聖教会内の治安は乱れ、上層部の者達の神への信仰なんてあったものではなく、皆、隠れて魔導具の恩恵に与っていた。
そして、聖教会に出入りする人々の魔力を吸収し、我が物にしていた聖人インゴルフ――。
「やはりあの男が諸悪の根源だったのか」
「ええ、そのように思いました」
その正体について考える。
「まず見た目から、人外じみたような容貌をしているように感じました」
「たしかに、整いすぎて、創り物のように思える」
人でない何かが、人を惑わすために美しい人間に化けた。
そんな印象がある。
さらに彼を取り巻くようにいたシスター達の様子もおかしかった。
「どこか上の空で、意識がはっきりしていない様子でした」
「女好きの人外か……。思い当たるとしたら、〝インキュバス〟くらいしか思いつかないな」
「たしかに、そうかもしれません」
インキュバス――対象を魅了して夢心地にし、精気を吸い取る悪魔。
美しい容貌といい、女性好きといい、そうとしか思えなくなる。
聖人インゴルフをメクレンブルク大公家に招いていたメクレンブルク大公夫人も、もしかしたら何年も前から魅了されていた状態だったのかもしれない。
「彼はわたくしを、花嫁として迎えたい、と言っておりました」
「なんだと!?」
犯人として捕まるか、それとも聖人インゴルフの花嫁となるか、最低最悪な二択を迫ってきたのだ。
「あいつ……許さん」
エーリク様が転移魔法を可能とする腕輪を持たせてくれていなかったら、今頃私はどうなっていたのか。
考えるだけでも恐ろしい。
「聖人インゴルフは、人が望むありとあらゆる欲望を手にしたい、と言っておりました」
「一介の悪魔が、それを手にしてどうするというのだ」
「わかりません」
聖人インゴルフ――彼は汚い手を使って聖教会を乗っ取ろうと画策していた。
否、聖教会だけではない。
「聖人インゴルフは、王宮にも出入りしていたそうですね」
「ああ……」
彼は国王陛下と王妃の信頼を勝ち取り、王太子殿下の治療に当たっていたという。
「王太子殿下の病気について、とにかく王妃が気にしているようだった」
治療を成功させた聖人インゴルフを、王妃が盲信していることを国王陛下は理解していたという。けれども心の拠り所にもなっているようなので、見て見ぬ振りをしているようにエーリク様は考えていたようだ。
「先ほどの謁見でも、国王陛下と医者が匙を投げた病気の症状が、なぜか聖人インゴルフの治療だけ有効だったと話していたのだが」
「怪しいとしか言いようがありません」
「まったくだ」
ここで、ロイス司教が話していた情報について思い出す。
「そういえば、ロイス司教が王太子陣営は泥船だ、なんて話をしていたのを盗み聞きしたのですが」
「ああ」
途端にエーリク様の表情が暗くなる。
「実をいえば、王太子殿下の容態が思わしくなく……」
国王陛下の呼び出しも、その関係だったという。
「二、三日のうちに峠が訪れそうだ、と話していて」
「それも、聖人インゴルフが関わっているのではありませんか?」
彼は私がいなくなったのをきっかけに、作戦を実行すると話していた。
「メクレンブルク大公と同じように、魔力を奪っているのかもしれません」
「たしかに、ありうる」
病気というのも、聖人インゴルフが魔力を奪っていただけなのではないか、と思ってしまった。それに関してはエーリク様も同意する。
「魔力の枯渇状態であれば、医者ではどうにもできない」
ならば、メルヴ・ウィザードの葉っぱで王太子殿下の容態はよくなるのではないか。
「そうだな。試してみる価値はあるかもしれない」
メルヴ・ウィザードに聞いてみると、快く葉っぱを提供してくれると言った。
そうと決まれば、行動は早いほうがいいだろう。
「ただ、王太子殿下に会うのはとても難しい」
なんでも王妃が王太子殿下の容態悪化を防ぐために、いっさいの面会を禁じているという。オルデンブルク大公であるエーリク様でさえ、面会許可が下りないようだ。
さらに王宮には強力な結界が常時展開されているため、蟻の一匹さえも忍び込むことが難しいという。
「でしたらわたくしを聖女と騙って、面会を試みることは可能でしょうか?」
聖女であるというのは、聖人インゴルフのお墨付きである。
実際に聖女としての能力があるわけではないが、面会を叶えるための助けにはなるだろう。
「面会拒絶を希望しているのは王妃様ですよね?」
「ああ、そうだが」
「でしたら、国王陛下にこっそりお願いできないでしょうか?」
聖人インゴルフがインキュバスであるのならば、魅了できているのは異性のみ。
国王陛下は正気を保っている可能性がある。
「たしかに、国王陛下に精神汚染の兆候はなかった。もしかしたら、叶うかもしれない。試してみる価値はある」
「ただ、わたくしの扱いがどうなっているかが、問題かもしれませんね」
先ほどの騒動の現場にはシモンがいた。彼ならば、私を徹底的に悪人にし、騒動の犯人に仕立てるだろう。
「どうだろうな。今後、聖人インゴルフがゼラの存在を利用したいと考えるならば、悪いようにはならないはずだが」
メクレンブルク大公を連れ出したことにより、なんらかの事件として扱われるだろう。
「王太子殿の容態も気になるところだが」
明日の新聞を見て、向こうの出方を窺うことにした。
◇◇◇
翌日の朝――記事が出たようで、エーリク様が見せてくれた。
「メクレンブルク大公、誘拐事件、ですか」
「ああ」
メクレンブルク大公が何者かの手によって誘拐され、聖教会は混乱の中に呑み込まれている、と書かれている。
「犯人は不明、聖騎士が調査をしている、ですか」
「やはり、ゼラを犯人扱いするつもりはなかったようだ」
「では、聖女作戦はできるのですね?」
「ああ」
王太子殿下の容態が悪くならないうちに、行動しなければならないだろう。




