ギーゼラの腹芸
この辺りの魔法の反応はなくなったという。あるとしたら、上の階だとメルヴ・ウィザードは話していた。
さて、これからどうするか。
イゾルテとロイス司教はそのまま退室していったらしい。ここから内部に潜入しようかと取っ手を引くも、しっかり施錠されていた。
すぐ上は最上階だが、六階より上はバルコニーがなかった。
内部から七階へと行くしかない。
「ここの鍵をどうにかするしかないようですわね」
鍵穴を覗き込んでいたら、ふわりんが自らの毛を鋭くさせたものを貸してくれた。
『これで鍵、開くかも~?』
「ピッキングですわね」
『そう~』
ピッキングなんてするのは生まれて初めてである。
上手くいくものなのか。
いや、やるしかないのだろう。
つんつん鍵穴を突くこと五分――ガチャ、と音がして開く手応えを感じた。
取っ手を引くと、扉が開く。
「やりましたわ!」
なんて喜んでいたら、大聖堂の鐘が鳴ったので驚く。
上層階で聞く鐘は迫力がありすぎた。
胸を押さえ、はーーーーと息を吐いて呼吸を整えてから中へと入る。
まさか鍵を開けることができるなんて。
どうやら私は解錠の才能があったらしい。
「ふわりんの毛もよかったのかもしれませんね。さすがですわ」
『えへへ~』
喜び勇んで中へと入る。
ロイス司教は贅沢な部屋を与えられているようだ。
そして、魔導具らしき品をたくさん所有していた。
熱心に神を信仰する者達には清貧を求めているというのに、上層部の人間はそれを守っていないなんて。呆れたとしか言いようがない。
メクレンブルク大公はどうなのだろうか?
あのお方は敬虔という言葉を擬人化させたような人物なのだが。
メクレンブルク大公も他の人達と同じように、ズブズブに魔導具を利用しているのかもしれない。
だって、これだけ内部で魔導具が使われているのだ。メクレンブルク大公だけ利用していないわけがない。
もしかしたら魔力吸収の魔法も、メクレンブルク大公の命令で展開させている可能性がある。
聖教会を統べるお方なので、そのような魔法があっても、誰も文句など言えないだろうから。
廊下に繋がる扉を発見したものの、おそらく守衛の聖騎士がいるのは間違いないだろう。
どうしたものかと考えていたが、そもそも六階は関係者以外立ち入り禁止。
通常であれば、イゾルテは入ることが許されない神聖な区画なのだ。
それを許しているということは、担当する聖騎士はロイス司教と繋がっていて、見て見ぬ振りをしているに違いない。
さらに、守衛聖騎士は交代時間が決まっている。きっと先ほどの鐘で、新しい聖騎士と交代しただろう。
ならば、堂々と出ていたら怪しまれないのではないか。
本当に? 大丈夫?
そんな不安に襲われるも、これ以上大聖堂の上層階に長居したくない。
ええい、ままよ! 意を決し、廊下に出る。
想定していたとおり、聖騎士は廊下にいた。
おそらく中には誰もいないと聞いていたのだろう、出てきた私を見てギョッとする。
「なっ、お前、どうしてそこにいた!?」
落ち着け、落ち着けと自らに言い聞かせながら言葉を返す。
「ロイス様より部屋の中を整えるよう、命じられておりました」
自分でもびっくりするくらい、冷静な声が出せた。
それは説得力のある言葉に聞こえたのだろう。聖騎士は何も言い返さず、早く行くようにと返してきた。
やった! 見逃してもらえた!
押し寄せる喜びと安堵が表情に出ないよう、ぺこりと頭を下げて騎士の前を通り過ぎる。
ばくん、ばくんと心臓が脈打っていた。
こういう腹芸は苦手だ。どうかこの先、誰にも会いませんように、と願うばかりである。
一応、六階の区画を調べて回ったが、魔法の反応はなかったようだ。
最後は七階を調査するばかり。
上へ繋がる階段の前には、やはり聖騎士達の姿があった。
七階には聖教会が保管する聖遺物なども保管されているため、警備が厳重ゆえ、そこに繋がる通路は守りが堅いのだろう。
ロイス司教の名において、ここを通過させていただく。
そんな心意気と共に進んだのだが――。
「おい、通過証明書を出せ!」
「名前と所属も答えるように!」
先ほどの聖騎士のように、簡単に通してくれるわけがなかった。
「えーっと、そのー」
「どうした!?」
「早く答えろ!」
額に汗がぶわっと浮かんだ。心臓も早鐘を打っている。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
先ほどの聖騎士のように、騙すことができる様子は欠片もなかった。
ロイス司教の名声も効きそうにない。
このままでは不審者扱いで、拘束されてしまう。
転移の腕輪を使って逃げたら、掴まることもないだろう。
ただその場合、侵入者があったとみなされて聖教会側の警備が厳しくなり、二度と潜入が叶わなくなる。
ここはなんとしてでも、切り抜けなければならない。
「おい、なんとか言わないか!」
「怪しい奴め!」
こうなったら最後の手段だ。
そう判断し、変装用の魔導眼鏡を外した。
「――わたくしです」
元メクレンブルク大公家の聖嫁の立場を利用するしかなかった。
この聖騎士達が私の顔を覚えていますように、と祈りつつの最終手段である。
ちらり、と聖騎士の顔を見たら、驚いた表情でいた。
「メクレンブルク大公家の聖嫁様!」
「どうしてこちらに!?」
どうやら彼らは私の顔を覚えていたようだ。
ひとまずホッと胸をなで下ろす。
「どうしてシスターの格好を?」
「それは――」
普段、修道服なんて着ていなかったので、聖騎士の目には不審に映ったのだろう。
「これまでいったいどこにいらっしゃったのでしょうか?」
そういえば私の指名手配書……ではなく、捜索依頼が出ていたのだ。
黙っていたら、質問攻めに遭ってしまう。
こうなったら、とひっくるめて適当な作り話をしてみた。
「実は、聖地巡礼の旅に出ておりまして、そのさい、目立たないよう修道服を着ておりましたの」
「さようでございましたか」
「よく、ご無事で」
納得してくれたようで安堵する。
「その、聖嫁様の捜索依頼が出ていたのはご存じでしょうか?」
「どなたも、聖嫁様の所在について把握しておらず」
「ええ……。実は、夫婦ケンカをしまして、黙って出て行ってしまったのです」
魂の穢れを感じ、聖地巡礼の旅をして癒やしにいったのだ、と説明しておく。
少々苦しい言い訳だったか。
念には念をと思い、小芝居を追加してみる。
「夫には愛人がいて、家にはとてもいられなくて……」
シモンがイゾルテという愛人を傍に置いていることは、聖騎士達も周知のことだろう。
彼らは同情的な眼差しで私を見つめていた。
「なんと嘆かわしい」
「そういうわけだったのですね」
捜索依頼の紙を見て、慌てて戻ってきたのだと言うと、彼らは「どうぞ」と言って通してくれた。
どうせ上にも聖騎士がいるだろう。同じ説明をするのが面倒なので、一人だけ聖騎士についてきてもらうことにした。




