ギーゼラにできること
このあと、エーリク様は国王陛下からの呼び出しを受けているという。私は屋敷に戻っておくように言われた。
しかしながら私にもできることがあるのではないか、と思ってお願いしてみる。
「あの、このあと大聖堂に潜入して、魔法について調べてきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「危険だ、許可できない」
ズバッと反対されてしまう。
「けれども魔力を奪う魔法が常時展開されているのであれば、大聖堂内にいる人達に危険が及んでいると思うのですが」
「それはそうだが……。ならば、僕も行く」
「国王陛下とのお約束を破らないでくださいませ」
それに一緒に潜入できたとしても、二人で行動したら目立ってしまうだろう。そう訴えても、エーリク様は納得できていないようだった。
「おそらくメクレンブルク大公家側がゼラのことを血眼になって探し始めることだろう。そんな状況の中で大聖堂に潜入するなど、飛んで火に入る夏の虫としか言えない」
エーリク様は痛いところをぐいぐい突いてくる。だが、負けるわけにはいかなかった。
「少しでも、お役に立ちたいのです」
「そう思うのならば、屋敷で大人しくしてくれ。ゼラは自分の存在がいかに、メクレンブルク大公家にとって重要かわかっていない」
そのように言われると、メクレンブルク大公家から大切にされていたように聞こえるから不思議だ。
実際は内部情報を知っているので、逃がしたくないだけだと思うが。
「それに、大聖堂を探っても、ゼラは魔法についての知識などないゆえ、見つけることなどできないだろう」
ついに、言い返せないくらいの境地にまで追い詰められてしまった。
ダメだったか、と思ったが思いがけない方向から助け船が届く。
『メルヴ・ウィザード、魔法、ワカルヨ!』
『ふわりんも~』
「なっ!?」
メルヴ・ウィザードはその名に〝魔法使い〟の名前が入っているように、魔法のエキスパートだという。
ふわりんも妖精族なので、魔法の気配には敏感だと主張していた。
「大聖堂にこのような根菜精霊が闊歩していたら、目立つだろうが」
『平気! メルヴ・ウィザード、姿ヲ消セルカラ!』
メルヴ・ウィザードが手を高く掲げると、床から杖がにょっきりと生えてきた。
持ち手は木で、先端が葉っぱのかわいらしい杖である。
『――姿ヲ隠セ、隠密!』
呪文を唱えると、メルヴ・ウィザードの姿がスーーっと消えていく。
「まあ! 便利な魔法ですのね」
「ああ、だが、この魔法は自分自身にしかかけられない」
「まあ、残念。わたくしも姿を隠すことができたら、潜入しやすくなるのですが」
上手いように事は運ばないものである。
「魔導眼鏡を貸せ。姿を消したメルヴ・ウィザードを目視できるようにしておくから」
「ありがとうございます」
これでメルヴ・ウィザードを見失わないだろう。
さらに、エーリク様は魔力吸収の魔法を弾き返す結界を私たちにかけてくれた。これで魔力の枯渇状態にはならないはず。
『ふわりんは、鞄になる~』
そう言うやいなや、ふわりんはくるりと一回転すると、ショルダー付きの鞄に変化した。
鞄の蓋に目と口があり、ふわりんの名残がある。
姿が見えなくなったメルヴ・ウィザードと、鞄に変化したふわりんが、声を合わせて『これで大丈夫!』と叫ぶ。
エーリク様は眉間にできた皺をもみほぐし、「はーーーー」と盛大なため息を吐いていた。
「大聖堂に行かないと気が済まないのだな?」
「はい」
「わかった」
腕輪を出すように言われて差しだすと、新たな転移先を設定してくれたようだ。
「大聖堂と下町の教会、魔導省の僕の執務室と、オルデンブルク大公家の屋敷行きを追加しておいた」
「ありがとうございます」
「それから――」
エーリク様は思いがけない行動に出る。
私が装着した腕輪をそっと握ったまま、填め込まれた宝石に口づけしたのだ。
「――!?」
赤い宝石が眩い光を放つ。
すぐに消費した魔力を補充してくれたのだと気付いた。
顔をあげたエーリク様と目が合ってしまう。
するとみるみるうちにエーリク様の顔が赤くなっていく。
「変なことはしていない! 魔力を吹き込んだだけだ」
「わかっております。ただ、突然でしたので驚いて」
これくらいのことで恥ずかしがっている場合ではなかった。
行動を起こすのであれば、早いほうがいいだろう。
「では、行ってまいります」
まず、向かったのは下町の教会である。潜入用の修道服を借りるために、やってきたのだ。
子ども達に見つからないよう、裏口からそっと入っていった。
顔見知りのシスターは裏庭で洗濯物を取り込んでいるところだった。
魔導眼鏡を外してから声をかける。
「シスター・リリー、ごきげんよう」
「ギーゼラ様、なぜここに!?」
「少し用事がありまして」
「こっちへ!!」
シスター・リリーは私の腕を掴むと、ぐいぐい礼拝堂の中へ誘う。
連れてこられた先は告解室だった。
「どうかしたのですか?」
「それはこちらの台詞です!」
そう言ってシスター・リリーはポケットの中に入れていた紙を広げる。
「こちらは……?」
子どもが書き殴ったような絵が描かれていた。
「先ほど、メクレンブルク大公家のシモン様が持ってきたんです。メクレンブルク大公家の聖嫁を探している、と」
ミミズが這ったような文字で、〝この顔にピンときたら! メクレンブルク大公家の聖嫁、見つけた者には金貨一枚〟とあった。まるで指名手配犯のようである。
「いったいどうして、このような事態になったのですか?」
「わたくしもわからないのです。離縁を突きつけてきたのは、あちら側でしたのに」
シモンは他に配るように、と十枚も指名手配書をシスター・リリーに押しつけてきたらしい。
「わたくしも一枚いただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
指名手配書は聖教会でも聖書の写本にのみ使う活版印刷を使って刷ったようだ。
貴重な品なのに、なんてことに使ってくれるのか、と呆れてしまう。
「ギーゼラ様、今、どちらにいらっしゃるのですか? 場合によっては、ここにいたほうが安全かと思うのですが」
そういえば彼女は、オルデンブルク大公家が放った密偵だと言っていた。
けれども彼女に危険が及ぶかもしれないので、私の情報は打ち明けないほうがいいだろう。
「とあるお方の庇護下におりますの」
「いったいどこの誰なのですか? 信用に値する人物なのでしょうか?」
「ええ、大丈夫だと思うのですが」
シスター・リリーは疑惑の眼差しを向けているものの、とあるお方は彼女の親玉である。
「どうかご心配なく」
「うーーーん」
ここで本題に移る。
「慈善活動をしたいので、修道服をお借りしたいな、と思っているのですが」
「そんなことを言って、危険なところに首を突っ込むおつもりでは?」
さすが、エーリク様が放った密偵である。とてつもなく勘が鋭い。
「いえ、その、そんなことはないのですが」
「嫌な予感がしますので、お貸しすることはできかねます」
「わ、わかりました」
信用がないものである。がっくりしつつ、シスター・リリーと別れることとなった。




