メクレンブルク大公家の聖嫁はどこに?
いったいどういうことなのか。
私とシモンの離縁はメクレンブルク大公の許可の元、進められたと聞いていたのに。
「離縁? 何を言っているのか」
「息子から聞いていないのか? すでに離縁を成立していると聞いた」
「誰がそのようなことを言っていたのだ?」
「まあ、風の噂だ」
メクレンブルク大公は傍に控えていた聖騎士に、シモンを連れてくるように命じていた。本人から聞くのが一番だろう。
「その様子では、大聖堂の近くでメクレンブルク大公家の聖嫁を出すように抗議する信者の声も届いていないようだな」
「なんだ、それは?」
「直接見てもらったほうがわかりやすいだろう」
エーリク様が呪文を唱えると、窓に外の様子が映し出される。
まだ抗議活動をしていたようで、熱く訴えていた。
『メクレンブルク大公家の聖嫁を隠すなーー!』
『二日もきていないぞ、早く出せーー!』
『メクレンブルク大公家の聖嫁を連れてくるまで帰らないぞー!』
抗議活動を目にしたメクレンブルク大公は、わなわなと震えていた。
「なんなのだ、これは……?」
メクレンブルク大公は傍にいたロイス司教に問いかけるも、彼も把握していなかったようで、顔色を悪くするだけだった。
「なぜ、貴殿までも把握していないのだ?」
「ヒイッ、も、申し訳ありません」
「誰か、他に説明できる者はいないのか!?」
シーーンと静まり返る。途端に気まずい空間になってしまった。
「ギーゼラはなぜ、大聖堂に二日もやってきていないのか」
この疑問にも答えられる者はいないようだ。
もしかしなくとも、シモンは私との離縁を勝手に進めていたのだろう。
そしてそれを、父親であるメクレンブルク大公に報告していないのだ。
どうしてそんな行動に出たのか。理解に苦しむ。
そうこうしているうちに、廊下から騒がしい声が聞こえた。
「おい、乱暴に引きずるな! 自分で歩ける! クソが!」
聖職者とは思えない、乱暴な物言いだった。
メクレンブルク大公はシモンの声だとわかっているのだろう。表情が怒りの色で染まっていく。
扉が勢いよく開かれ、転がり込むようにシモンが登場した。
「罪人のように運びやがって……! クソ騎士共が!」
「その〝クソ騎士〟とやらは、私の直属となる配下だが?」
「バカが! 教育が足りない――ヒッ、父上!?」
シモンは呼びだされたのがメクレンブルク大公だと把握していなかったのか。
蛇に睨まれた蛙のような状況となり、即座に姿勢を正す。
「父上――いえ、猊下! いったい何事でしょう?」
「それは私が聞きたい」
「はい?」
シモンはこれから何を追求されるのか、ピンときていないようだった。
なんともおめでたい男だと思ってしまう。
「しらばっくれるな! ギーゼラのことだ! 二日間大聖堂にやってきていないと言うではないか!」
メクレンブルク大公はシモンが正直に話す、最後の機会を作ってやったのだろう。
けれども彼はそれをあっさり棒に振る。
「はて、どうしたんでしょう?」
メクレンブルク大公の堪忍袋の緒が、ぶちりと切れる音が聞こえた気がした。
「なぜ妻の不在をお前は把握していないんだ!」
「そ、それは――猊下だってそうではありませんか!? 母上について、把握していらっしゃるのでしょうか?」
シモンにしては痛いところを突いてくる。
メクレンブルク大公はほとんど屋敷に戻らず、妻子はほったらかし状態だった。
「さすがの私も、自らの妻が何かあったときは知らせが届くようにしている! お前は、それすらしていないだろうが!」
シモンは痛恨の一撃を食らってしまった。
ぐうの音も出ないようで、顔を俯かせるばかりだった。
「この一件だけではない。オルデンブルク大公から、ギーゼラとお前はすでに離縁している状態だと聞いた。いったいどういうことなのか?」
「は、はい?」
シモンは明後日の方向を見ながら唇を尖らせ、理解しがたいという表情を浮かべていた。
「な、なぜ、ギーゼラと離縁していることになっているのでしょう?」
信じがたい気持ちになる。
シモンのほうから離縁を迫ったのに、しらばっくれるなんて。
「オルデンブルク大公、何か勘違いをされているのでは?」
「ほう? この僕が嘘を吐いていると?」
「そ、そうだ! 嘘に決まっている!」
「だったら、メクレンブルク大公家の聖嫁をここに連れてきて、夫婦円満だと証明してほしい」
エーリク様の言葉に、メクレンブルク大公も「そのようにしてみろ」と命じる。
「あ、えっと……今から帰って、ギーゼラを連れてくるとなると、んーーー、十時間、くらいかかるかと」
「そんなにかかるわけあるか! このバカ息子が!」
メクレンブルク大公は気持ちがいいくらい、シモンを言葉で叩きのめしてくれる。
「もういい、私が帰ってギーゼラに直接確認する!」
「お、お待ちください猊下! ギーゼラはこの私が、首根っこを掴んで連れてまいりますので」
「首根っこを掴んで連れていくのはお前だ! 詳しい話を聞かせてもらうぞ!」
「ヒイイイイ!!」
これからメクレンブルク大公の厳しい追及が始まるらしい。
再度シモンは聖騎士に掴まり、連行されるように去って行った。
メクレンブルク大公はゴホン! と咳払いし、謝罪する。
「愚息シモンが無礼を働いた」
「いいや、構わない」
メクレンブルク大公は小切手を取りだし、さらさらと金額を記入していく。
差しだされたそれは、エーリク様が思っていたよりも多額の金だったようだ。
「少々多いのでは?」
「恥ずかしいところを見せてしまったゆえ、口止め料も含まれている」
「なるほど、そういうわけか。ならば、このまま受け取っておくとしよう」
その後、メクレンブルク大公は聖騎士に私達を丁重に送るように命じてからいなくなる。
「オルデンブルク大公閣下、こちらへ」
「ああ」
帰りは丁寧に送り届けてもらった。
大聖堂の外で行われていた抗議活動については、聖騎士達が対応しているようだ。
乱暴な扱いは受けていないようで、ひとまず安堵する。
「ゼラ、このあと僕らは魔導省へ戻るが、どうする?」
「同行してお邪魔でなければ、ご一緒したいです」
「わかった」
メルヴ・ウィザードとは手を繋いでいたのだが、退屈だったのか眠そうだった。
抱っこしてあげると、ぷうぷうと寝息を立てて眠ってしまった。
「おい、甘やかすな」
「少しの間だけですので」
その後、馬車に乗って魔導省へ向かったのだった。




