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度重なる追放

 メイドは私が敷地内から出るまで監視し、わざとらしく裏門の柵を大きな音を立てて閉めていた。

 少し前まで私に誠心誠意仕えていると思っていたメイドだったので、空しい気持ちがこみ上げてくる。

 三年間もの間暮らしたメクレンブルク大公家の屋敷を見上げた。

 聖教会を統べる一族らしく、白亜の建物は美しい。

 けれどもそれは見た目だけで、中身に住む人々は……。

 いいや、決めつけるのはよくない。メクレンブルク大公家の人だって、ルーベン様みたいな尊敬に値するお方もいたのだから。

 もう、すべて終わったことだ。何もかも、悪い夢をみたと思って忘れよう。

 私は一人元婚家となった屋敷をあとにする。

 ずっしりと重たい鞄を手にしながら。


「……?」


 いいや、重すぎないか、と思って思わず歩みを止める。

 ワンピースと靴、日記帳しか入っていない鞄がやたら重たいと思って中身を見てみたら、石が詰まっていて驚いた。

 きっとシモンの仕業だろう。なんて陰湿なことをしてくれるのか。呆れて言葉も出ない。 しゃがみ込んで鞄から石を取りだし、メクレンブルク大公家の塀の傍に並べておく。

 これでよし、と再び立ち上がる。

 するとあまりにも鞄が軽くて、身軽な状態となった。

 まるでシモンと離縁し、自由になった開放感のようだと思ってしまう。

 この三年間、本当に息苦しかった。

 ルーベン様の病気のことも、任される仕事の多さも、シモンと愛人のことも。

 それだけではない。義父と義母の関係も最悪で、その問題にも何度も巻き込まれた。

 義父は聖教会の枢機卿カーディナルであり、聖務省を統べるトップでもある。

 多忙なことから、メクレンブルク大公家の屋敷に戻ることなどなかった。それに関わる鬱憤うっぷんのすべてを、義母は私にぶつけていたのだ。

 そのため屋敷の実権は義母にあり、メクレンブルク大公夫人がすべき仕事のすべてをするように命じられていた。

 もっとも負担だったのは、月に何度か行われる議会への参加である。

 何度もシモンが行ってくれないかと懇願するも、忙しいのを理由に断られていたのだ。

 メクレンブルク大公夫人でもない私が議会へ参加することに関して、他の代表がいいように思うわけがなく。

 特にメクレンブルク大公家の政敵せいてき、魔導会及び魔導省を統べるオルデンブルク大公家の若き当主エーリク・フォン・オルデンブルクからは、毎回害虫を見るような眼差しを浴びていた。

 あの気まずい議会からも解放されたのだ。

 足取り軽く実家に戻ったわけだったが、待っていたのは厳しい父からの言葉だった。


「シモン殿から離縁を突きつけられただと!? この恥知らずが!!」


 父は敬虔けいけんな聖教会の信者で、私がメクレンブルク大公家に嫁げることを誰よりも喜んでいた。

 そのため、落胆を通り越してこのような態度に出たのだろう。


「シモン様にはわたくしと結婚するより前から愛人がいたようで、その、初夜も執り行っていないような白い結婚でした」

「何を言っているのだ!? 愛人の管理は妻となる女の仕事だろうが!!」


 そんなの知るわけがない。そう思いつつ母のほうを見たら、悲しげな表情で見つめ返された。

 まさか母も父の愛人を管理しているというのか。

 私にあの気が強いイゾルテの制御なんて無理だ。

 幸いにも、義母とイゾルテの相性がいいわけなどなく、屋敷内で大きな衝突やトラブルなどはなかった。

 けれどもシモンに私に関する不満を訴えていたようで、嫌がらせをするなと責められていたのだ。当然ながら、イゾルテと二人きりになったことはなく、嫌がらせの事実もなかったのだが。


「あなた、もう終わったことですから」

「うるさい! お前がギーゼラをそうやって甘やかすから、こういう事態を招いたんだ!」

「お父様、お母様は関係ありませんわ」

「お前は口を挟むな!」


 今後、どうすべきか話をしにきたというのに、父は怒ってばかりだった。

 きっとメクレンブルク大公家から離縁を言い渡された娘を出してしまったことに関して、腹が立ってならないのだろう。


「ひとまず、持参品を返すように」

「お父様、その件なのですが、持参品は慰謝料として受け取りたいとメクレンブルク大公家側が申しておりまして、返してもらえませんでした」

「なんだと!?」


 もしも認められないのならば、父が直接メクレンブルク大公と交渉してほしい。

 そうお願いしようと思っていたのだが、話は思わぬ方向へと転がっていく。


「持参品を奪われるなど、ありえないだろうが! ギーゼラ、お前がメクレンブルク大公家と話を付けて、取り返してこい!」

「お父様、それは難しいかと」

「つべこべ言うな! 持参品を取り返すまで、この家の出入りを禁じる!」


 父は家令に私を追いだすよう命じる。

 忠実な父のしもべである家令はメイドに、私を玄関先まで連れて行くように指示を出す。

 先ほどのように連行されるのはまっぴらだ。自分で歩けると言ってメイド達より前を進んで行く。

 家令とメイドに見送られるような形で、私は実家を出たのだった。


 ◇◇◇


「……はあ」


 手元にお金なんてなく、行く当てもない。

 深く長いため息が零れた。

 仕方がないので、慈善活動を行っていた下町の教会に向かった。

 そこには身寄りのない子ども達とシスターが暮らしており、やる仕事は山のようにある。

 労働と引き換えに、しばし滞在を許してくれないか。

 そんな思いを胸に訪問した。

 子ども達は私を見るなり、大歓迎してくれる。


「わあ、ギーゼラ様だあ!」

「やったあ!」

「何して遊ぶ~?」


 このところ忙しく、なかなか訪問できていなかったのに、子ども達は明るく迎えてくれた。

 シモンに離縁状を突きつけられ、実家からも追いだされたとき、世界中が敵に回ってしまったかのように思えた。

 けれどもそれは勘違いで、私を必要としてくれる人達がいるのだ。

 ひとしきり子ども達と遊んだあと、シスターが私の訪問に気付く。


「ギーゼラ様、今日はどうかされたのですか?」

「それは、いろいろありまして」


 別室に移り、事情を打ち明ける。


「というわけで、行く当てがなくなってしまったので、ここでお世話になれないかと思っているのですが」

「いえいえ、このような場所より、大聖堂に行かれたほうがいいかと!」


 正直、メクレンブルク大公家の権力が届く場所にいたくない。

 この教会もその一つなのだが、下町の端っこにあるような場所にあるここまで気にもかけないだろう。

 そんな魂胆もあってやってきたのだが――。


「うちではとても、ギーゼラ様を受け入れることなんでできません」


 どうやら私はここでも必要とされなかったらしい。

 がっくりとうな垂れつつも、ただで帰るわけにはいかないと礼拝堂へと足を運ぶ。

 今日は忙しく、ルーベン様のために祈る時間を作れなかったのだ。

 礼拝堂の扉を開くと、そこには二十代前半くらいの男性が立っていた。

 肩まである長い銀の髪をゆるくハーフアップにした、背がすらりと高く、手足が長い男性。

 太陽光を浴びたステンドグラスの影に立つ姿は神々しく、まるで天の御使いのように錯覚してしまう。

 黒衣をまとった姿でなければ、膝を突いて平伏していただろう。

 振り返った青年は見目麗しい、思わず見とれてしまうほどだった。


「お前は――」


 その声を聞いてハッと我に返る。

 彼はオルデンブルク大公家当主、エーリク・フォン・オルデンブルクだった。

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