大聖堂にて
老若男女が人数にして三十人いるかいないか、くらいか。
そんな彼らが口を揃えてメクレンブルク大公家の聖嫁――つまり私を連れてくるように訴えているのだ。
いったいなぜ? と思ったが、信者の方々の顔に見覚えがある。
ミサのあとの集まりに通ってきていた人達だった。
なぜ、このような事態になっているのか。
シモンとの離縁及び改宗について、知らされていないので、このような訴えを起こしたのかもしれないが。
トラブルや誤解を避けるために誰かが言いにくればいいものの、聖教会側が何か行動を起こしてくる気配はない。
「もう二日もいないぞ!」
「顔を見せてほしい!」
「独り占めするな!」
彼らの訴えを聞いていると、いたたまれないような気持ちになる。
そんな私を心配したのか、メルヴ・ウィザードが手をぎゅっと握ってきた。
ふわりんも私に頬ずりして励ましてくれる。
大丈夫、なんて言っていたらエーリク様が声をかけてきた。
「ゼラ、行くぞ」
「はい」
約束の時間もあるので、ここで気を取られている場合ではないのだ。
エーリク様とユーノさんのあとに続く。
朝の大聖堂は特に人でごった返していた。この時間帯は特に人が多い。
ミサに参加する人、それ以外の礼拝に訪れる人、説教や福音を聞きにきた人、奉仕活動にきた人、聖書を学びにきた人――さまざまな目的をもってやってきていた。
信者を導くシスターやブラザー達は忙しく走り回っている。
この様子では、抗議活動に応じる暇もないのだろう。
主神像の前で待っていたら、迎えの者がやってきた。
「オルデンブルク大公閣下、お待たせしました」
三十代半ばくらいの男性で、装いからして序列は助祭だろう。
「初めてお目にかかります、私はリーキ・ドルーと申します。ロイス司教のもとにご案内しますね」
「ああ、頼む」
ドルー助祭の先導で、面会が行われる客室を目指す。
階段をひたすら上がり、上がり、上がり……。
足取りがだんだん重たくなるユーノさんが、ボソリと呟く。
「魔導省だったら、上層階への移動は魔導昇降機があって、一瞬で行けるんですけどねえ」
その言葉は聴覚が鋭いドルー助祭の耳に届いたのだろう。
彼は振り返って物申した。
「申し訳ありません、あと少しで到着しますので」
にこやかな様子で言っていたものの、瞳の奥は笑っていないように思えた。
「チッ、魔法使い風情が」
我が耳を疑うような言葉も聞こえる。
ユーノさんが抗議しようとしたものの、エーリク様が「いい、相手にするな」と制していた。
ピリピリした空気の中、進んでいく。
あと少しと言いながら、三層分くらいは階段を上ったか。
やっとのことで面会を行う客室に行き着いた。
「どうぞ、おかけになってください」
エーリク様は勧められるがまま椅子に腰かけ、ユーノさんはその背後を守るように立つ。
私はどこに立っておこうか、と思ったらエーリク様が隣に座るように促す。
いいのか、と思ったが私に拒否権などないので従った。
「ロイス司教を呼んでまいりますので、しばしお待ちを!」
バタン! と扉が勢いよく閉められたあと、ユーノさんが抗議の声をあげた。
「酷いですよお、こんなに階段を上らせるなんて! 閣下、こんな高い場所で面会を行う必要なんてありますか?」
「あるだろう。見てみろ、この景色を」
窓から見える光景は、王都の街並みを一望できる。
その中で、魔導会が統べる魔導省の建物も発見できた。
「うわ~、魔導省の建物って大聖堂よりも低い位置にあるんですねえ」
「それをわからせるために、わざわざ高層階まで案内したのだろう」
「性格悪いですね!」
ユーノさんの遠慮のない言葉に笑ってしまいそうになる。
「それにしても閣下、驚きましたねえ。メクレンブルク大公家の聖嫁を巡って騒ぎが起きているみたいで」
「黙れ」
「ええっ、酷くないですかあ~?」
私を配慮した結果、酷い物言いになってしまったのだろう。
心の中でユーノさんに謝罪する。
「それにしても、二日も顔を出さないなんて、何があったんですかねえ。メクレンブルク大公家の聖嫁って言えば、聖教会の信仰の象徴みたいなもので、お慕いしている方々も多いと聞きました」
いつ、どこでメクレンブルク大公家の聖嫁が信仰の象徴になっていたのか。
私の知らないところで聖嫁の名が噂が一人歩きを通して、大暴走していないか心配になる。
「抗議活動をしたい気持ちはわかりますよねえ。私、メクレンブルク大公家の聖嫁に会いに、こっそり大聖堂に行ったことがあるんです」
「お前は何をしているんだ」
魔導会は神の信仰を禁じていないものの、政敵関係にあるので、よく思われていないようだ。
「はは、途中で魔導会の所属だとバレて追いだされそうになったのですが、寄付金を積んだら通してもらえたんですよ~」
「酷い話だ」
「ですよね。あのときのブラザーの顔、私は忘れません」
「酷いのはお前だ」
「ええっ、なんでですか~!」
まさかユーノさんが寄付金を払ってまでもミサのあとの集まりに参加していたなんて。
メクレンブルク大公家の聖嫁の名の独り歩きというものを恐ろしく思った。
「それで、寄付金を払ってまで会いにいったメクレンブルク大公家の聖嫁ですが、とてつもなくお美しくて。彼女以上に清らかで透明感のあるお方は存在しないと思います! 毎日でも通いたくなったのですが、ブラザーに目を付けられていたようで、二回目以降も寄付金を請求された上に、聖教会への所属を迫られたものですから、行くのを諦めたという経緯がありました」
何度もエーリク様がメクレンブルク大公家の聖嫁についての話題を流そうとしていたのに、ユーノさんは負けずに話しきってしまった。
聞いているだけだったのに、恥ずかしくなる。
「いやはや、メクレンブルク大公家の聖嫁はどうしたんでしょうねえ。やむをえない事情があるのであれば、発表しているはずですし。もしかして、夫に愛想を尽かして出て行ったとか? だとしたら、どこに行ったんでしょうかねえ」
ここにいます、とは言えるわけもなく、気まずく思う。
「ユーノ・フォン・キルスティンに命じる、僕が許可するまで喋るな」
「え? どうしてですか? 静かだと気まずくなると思って、話題を提供していたのですが」
「余計なお世話だ、いいから黙れ」
ユーノさんの口が封じられると、途端に静かになる。ユーノさんはだから言ったでしょう、と言わんばかりの表情でエーリク様を見ていた。
手持ち無沙汰でいたら、メルヴ・ウィザードが私の膝にちょこんと座った。
「おい、メルヴ・ウィザード、そこに座るな」
「構いませんわ」
「いいわけないだろう――」
ここで扉が叩かれ、ロイス司教がやってきた。
待たされること三十分ほど、ようやくお出ましというわけだった。




