大聖堂へ
聖教会へ行くことは急遽決めたようで、当然ながら歓迎など欠片もされていないという。
突然の申し出だったからか、聖教会のトップであるメクレンブルク大公と会うことはできず、代わりに序列第三位のロイス司教が応じてくれるようだ。
魔導会側はその対応に納得していないものの、エーリク様は面談の約束を取り付けただけでも儲けものだと思っているらしい。
「一応、変装をしておくように」
「わたくしを連れていたら、エーリク様にご迷惑がかかるからですよね?」
「いや、違う。お前に危害を与える者がいるかもしれないからな」
特に、シモンを警戒しているという。
「できるならば、トラブルは避けたい」
「そう、ですわね」
議会に参加するさいのエーリク様みたいに外套の頭巾を深く被っていればいいかと思ったが、それでは変装が甘いという。
「これを使え」
エーリク様が差しだしてくれたのは眼鏡である。
「魔導眼鏡――これをかけると、姿形を惑わすことができる」
眼鏡の縁に刻まれた呪文を摩ると、魔法陣が浮かび上がる。
「このように展開させたあと、変装したい者のイメージを口にするんだ」
使用例として、エーリク様が魔導眼鏡をかけてくれた。
「〝年齢・四十歳〟、〝性別・男〟、〝瞳・赤〟、〝髪色・金〟」
言い終えると魔法陣から眩い光が放たれ、エーリク様の全身を包み込む。
光が収まったあと、その場に立っていたのは、金髪に赤い瞳を持つ壮年の男性だった。
顔立ちを変えただけなのだが、年齢がかけ離れていると本人とは思えない。
「どうだ?」
「エーリク様には見えません!」
「だろう? ただこれは幻術で、何かの拍子に魔法が解けることがある。そのため、顔は隠した状態で、保険としてこれを使っておくといい」
「はい、ありがとうございます」
念のため魔法が解けたときを想定し、今の姿とそう変わらない設定にしておく。
「〝年齢・二十歳前後〟、〝性別・女〟、〝瞳・ブラウン〟、〝髪色・黒〟」
魔法陣が浮かび上がり、一瞬で姿が変わったようだ。
姿見で確認する。
髪色や瞳の色が変わっただけで別人のようだ。顔立ちも変えることができるようだが、今日のところはこれくらいにしておこう。
「これでよろしいでしょうか?」
「問題ない」
今日は魔導省に行かず、そのまま聖教会へ向かうという。
「それでは、ご一緒させていただきます」
「ああ、頼む」
出発しようとしたら、ふわりんとメルヴ・ウィザードがエントランスホールにいた。
「あら、どうかしましたの?」
『ゴ一緒ニイクヨ!』
『お出かけ~』
そんな主張にエーリク様が物申す。
「メルヴ・ウィザード、お前はこれまで一度もついてこなかった癖に、どういうつもりだ?」
『ギーゼラ、心配!』
ふわりんもこくこくと頷いている。
「心強いです」
そんな言葉を返すと、ふわりんとメルヴ・ウィザードは胸を張って任せてくれと言わんばかりの強い眼差しを向けてくれた。
馬車に乗り込み、王都の中心街にある大聖堂を目指す。
「そういえば、わたくしの名前も口にしないほうがいいですよね?」
「そうだな。偽名でも考えるか?」
「いえ、よろしければ〝ゼラ〟とお呼びください」
ゼラは幼少期の愛称だが、今は誰も呼ばなくなった。
「ふわりん、ゼラ、ですわよ」
『ゼラ~』
「メルヴさんも、ゼラとお呼びくださいね」
『ゼラ!』
「エーリク様も、ゼラと」
「……」
ご唱和いただく空気感だったが、エーリク様はぷいっと顔を背ける。
恥ずかしいのだろうと思っていたものの、メルヴ・ウィザードは容赦しなかった。
『エーリク、ゼラ、呼ンデ!』
「必要なときに呼ぶ」
『練習シテオカナイト、間違ウ!』
「間違うわけないだろうが」
メルヴ・ウィザードはじーっと見つけてエーリク様に圧力をかける。ふわりんも加わったことから、耐えきれなくなったようだ。
「ゼラ! これでいいな?」
『ウン!』
『上手~』
再び顔を逸らしたエーリク様の耳の端っこが赤くなっていた。
やはり恥ずかしかったのだろう。
かわいいところがあるものだ、と思ったのだった。
外部の者達は大聖堂に馬車で近づけないようで、途中から徒歩となる。
「部下を一人連れて行く」
エーリク様直属の補佐官だという。大聖堂の近くで待ち合わせているようだ。
「合流できるでしょうか?」
大聖堂に近づくにつれ、人がどんどん多くなる。
皆、朝のミサに参加するためにやってきているのだろう。
つい二日前まで、ミサのあと信者の方々の前で神の言葉を代読する時間があった。
メクレンブルク大公夫人の名代としてやっていたのだが、毎日のように通ってきてくれる人もいたのだ。
今は誰がやっているのだろうか、と気になってしまう。
なんて考え事をしていたら、エーリク様の補佐官が手を振ってやってきた。
「閣下! そこにおられましたか!」
やってきたのは、眼鏡をかけた三十代半ばくらいの男性である。
彼はすぐに私の存在に気付き、「おや」という表情を浮かべた。
「ユーノ、この者は僕の秘書官を務める者だ。詳しくは魔導省で説明するゆえ、今は黙って受け入れろ」
「閣下、ついに秘書官をつけてくださるのですね!」
素性の知れない者をざっくりと紹介し、いろいろ聞くなと言ったのに、エーリク様の補佐官、ユーノさんは感激した様子でいた。
「秘書官様、わたくしめはユーノ・フォン・キルスティンと申します。今後末永く、よろしくお願いいたします!!」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
ひとまず、ゼラという名前だけ伝えておいた。
「ゼラさんですね!」
「お前は気軽にゼラの名前を呼ぶな」
「ひいん」
なんだかユーノさんに対して当たりが強いように思えて注意したくなったものの、二人の間には長年の付き合いを経た気安さを感じたので、私が口だししていいものではないだろう。
自己紹介の時間は終わりと思いきや、足下にいたメルヴ・ウィザードと私の肩にいたふわりんが我も我もと主張してきた。
『メルヴ・ウィザード、ト』
『ふわりんもいるよ~』
「おやおや、閣下の使い魔様ですね。初めてお目にかかります」
『ふわりんは、ゼラの使い魔~』
「さようでございましたか」
なんだかほのぼのした空気となる。
しかしながらそう感じたのは一瞬で、すぐ近くで聞こえた怒号で空気が一変する。
何やら大聖堂の広場で抗議活動が行われているらしい。
昨日の魔導噴水を破壊した騒ぎを受け、魔導会の人達が集まってしまったのかと思っていたが――。
「メクレンブルク大公家の聖嫁を隠すな!!」
「早く出せ!!」
「俺達からメクレンブルク大公家の聖嫁を奪うな!!」
抗議活動をしていたのは、聖教会の信者だったらしい。
それよりも、抗議の内容にギョッとしてしまった。




