朝食を作ろう!
翌日――朝からメルヴ・ウィザードが卵を運んできてくれた。
『手伝ウヨ!』
「ありがとうございます、助かります」
メルヴ・ウィザードには野菜の下ごしらえを頼んでおいた。
「ブロッコリーを刻んで、バターで炒めていただけますか?」
『ワカッタ!』
私は次なる調理に移る。
卵をドキドキしながら割ってみるも、黄身は緑色で変化はなし。
すぐに変わるものではないのだろう。
仕方がないので、緑色が気にならない料理の第二弾――キッシュを作ってみる。
まず、小麦粉に水、塩、油脂を加えて練る。これは〝パート・ブリゼ〟と呼ばれる練りパイで、キッシュの土台となる生地だ。
貴族の食卓に上がるのは生地にバターをたっぷり使って作る〝パート・フィユテ〟と呼ばれる折りパイだが、修道院で作られているのはバターを使わない練りパイのほうなのだ。
練りパイは一晩休ませるとザクッと仕上がるが、今日は時間がないのでそのまま焼こう。
パイの型に生地を合わせて、はみ出た部分はナイフでそぎ取る。
焼くときに生地が不必要に膨らまないよう、タルトストーンを入れるのも忘れずに。
土台を焼いている間、アパレイユ――具材を混ぜた卵液を作る。
溶いた卵に牛乳、溶かしバター、チーズ、塩、コショウを加え、ブロッコリーのバター炒め、ベーコン、キノコを入れて混ぜ合わせる。
焼き上がった練りパイに、アパレイユを入れ、窯で二十分ほど焼いたら、ブロッコリーのキッシュの完成だ。
「おいしそうに焼けました!」
『イイ匂イダネ』
「ええ」
ここでふと、メルヴ・ウィザードに何もお礼をしていなかったことを思い出す。
「メルヴさんも食事をされるのですか?」
『シナイヨ!』
エーリク様と契約を結び、魔力の供給を受けているため、人間のように食事を取らなくてもいいようだ。
「何かお好きなものとかありますか?」
『ウーン、蜂蜜湯!』
それは蜂蜜をお湯で溶いただけの飲み物らしい。それならば用意できる。
「では、今から作りますね」
『アリガト!』
魔導ポットで水を沸かし、カップにたっぷり蜂蜜を垂らしたあとお湯を注ぐ。
「はい、どうぞ」
『ワーイ!』
メルヴ・ウィザードがふうふうと息を吹きかけると、片眼鏡が曇る。
「眼鏡、拭いて差し上げましょうか?」
『オ願~イ』
メルヴ・ウィザードから託された片眼鏡を、エプロンの端で拭く。
きれいになったか、とかざして確認したら、周囲に小さな光の粒が舞っていて驚く。
「こ、これはなんですの?」
『妖精トカ、精霊ダヨ』
「そ、そうだったのですね」
気付かないうちに、妖精や精霊が集まっていたらしい。
メルヴ・ウィザードの片眼鏡は、目には見えない存在を目視できるような効果があるようだ。
「この子達は、メルヴさんについてやってきたのですか?」
『違ウ~、オルデンブルク大公ノ花嫁、見ニキタ、ミタイ』
「なっ――わたくしはエーリク様の花嫁ではありませんわ」
『ソウナノ?』
「ええ」
まさか花嫁だと勘違いされていたとは。なんとも言えない気持ちを抱えつつ、片眼鏡をメルヴ・ウィザードに返した。
「みなさん、解散しましたか?」
『ウウン、料理見ルノ、楽シイッテ』
「さ、さようでございましたか」
なんとも好奇心旺盛な妖精や精霊達である。
こうなったら最後まで付き合っていただこうと開き直りながら、調理を再開させる。
焼きたてのキッシュは切り分けてお皿に盛り、昨日焼いたパンとサラダ、ソーセージを添える。
昨日のビーフシチューの残りはカップに注ぎ、キッシュに使った練りパイで蓋をするように被せて焼いたら、シチューパイの完成だ。
朝食の準備が整ったので、食堂へと移動する。
エーリク様はすでにいて、新聞を読んでいたようだ。
「エーリク様、おはようございます」
「おはよう」
なんでも昨晩は久しぶりによく眠れたようで、目覚めもよかったという。
「食生活が変わった影響だろう」
「だといいのですが」
毎朝感じていた倦怠感もないようで、言われてみれば顔色もよく見える。
「医者が食事は大事だ、と訴えていたわけが実感できた。これまで食べていたものは、最低限の栄養しかなかったのだろう」
慈善活動で覚えた料理がここで役立つとは思わなかった。指導してくれたシスター達に感謝しなければ。
エーリク様と一緒に朝食を食べる。
キッシュの生地は香ばしく、中は濃厚で、とても上手にできていた。
シチューパイも食べ応えがあっておいしかった。
エーリク様は一口食べる度に、料理を絶賛してくれる。
作りがいがあるというものだ。
食後、紅茶を飲んでいたらこのあとの予定について知らせてくれた。
「今日は聖教会に行く」
魔導噴水を破壊された抗議と、修繕費を請求しに行くようだ。
「聖教会側から謝罪などあったのですか?」
「いいや、ない。抗議文も無視されている」
直接行かないと伝わらないと判断したようで、上層部とコンタクトを取り、面会を行うことに決めたという。
「上手くいくとは思えないがな」
「でしたら、わたくしも同行してもよろしいでしょうか?」
「いいのか?」
「ええ」
これまでメクレンブルク大公家に嫁いでいたのに、オルデンブルク大公と行動を共にしているのを見たら確実に裏切り者扱いを受けるだろう。
ただ離縁を一方的に言い渡し、改宗するように強いたのはシモンである。
私の意思なんて、欠片も尊重されない中での決定だったのだ。
誰にも文句を言わせるつもりなどない。
そういえば、改宗について話していなかったと思って打ち明ける。
「実は、離縁のさいに元夫から改宗するように言い渡されまして」
「なんだと!? なぜ、そのようなことを命じたのだ?」
「わたくしの顔を二度と見たくなかったようで」
「改宗を迫るなど、呆れた話だ」
これまでの神を信仰し、生きてきた私を否定されるようなものだった。
「簡単に受け入れられるものでもないだろうに……」
「メクレンブルク大公家を追いだされた時点で、わたくしの人生は一度終わったものだと考えるようにしておりました。聖教会の方々に改宗について何か言われたときは、今は〝にゃんこ教〟の白猫様を信仰しています、と答えますので」
「なんだ、それは」
「猫を愛する宗教なんです」
ところで昨晩見かけた白猫はエーリク様の使い魔なのか、聞いてみる。
「あの、昨日の夜に最高にかわいい白猫さんを見かけまして、あの子はエーリク様の使い魔なのですか?」
「知らん」
「野良猫、というわけなのでしょうか?」
「知らん」
毛並みもきれいで、我が物顔で屋敷の廊下を闊歩していたので、エーリク様の使い魔だと思っていたのだが。
「今度見かけたら、どこの子なのか聞いておきますね」
それができるかどうかは、実際に白猫を前にしてみないとわからないが。
「また会えるでしょうか?」
「いいから放っておけ」
エーリク様はあの白猫を見ていないので、魅力がわからないのだろう。
どうにか話をつけて、いつか紹介できたらいいなと思った。




